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19 新学期の後ろ向きな抱負

 波乱の冬至祭、そして辛苦の冬休みを乗り越え、待ちに待ったシャバ、ではなくて新学期。


 今日は午前で授業が終わるから、プリステラ嬢たちとゆっくり昼食を取ってから、資料室へ遊びに行く約束をしている。

 二人には冬至祭で迷惑をかけてしまったので、お詫びとして次の休みに我が家でのお茶会へ招待しようと思っている。センスのいいお母様が整えている公爵家自慢の喫茶室の使用を許可されたので、きっと二人も喜んでくれるはずだ。訳ありのルーデンス殿下をお呼びできないのが残念である。

 楽しい予定を頭に浮かべながら教室へ向かっていると、廊下で第一王子殿下と鉢合わせた。


「おはようございます。第一王子殿下」

「ああ、おはよう」


 日々練習しているすまし顔とお辞儀でいつものように挨拶すると、第一王子殿下はさわやかな朝に似合わない、不機嫌そうな顔で返事をした。

 周りにいるお友達の令息方を含めて、なんだか不穏な雰囲気だ。


「カレッタ嬢、君は、冬至祭の日はどうしたんだ?」


 珍しいことに、第一王子殿下から話しかけられる。厳しい口調だ。


「冬至祭の日は、友人たちと街へ見物に行っておりましたわ」

「その途中、勝手にみんなを置いて、一人で遊び歩いていたと聞いた。裏路地から出てくるのを見た者もいるらしい」


 ……なるほど。そういう方向の悪評になっているわけですわね。

 他に街へ出ていた生徒はたくさん居ただろう。目撃者が居るのは不思議なことではない。

 裏路地の目撃者は、でっち上げでなければ第二王子殿下も見えていたはずだけれど、意図して伏せているのか、気が付かなかったか。殿下には悪いけれど後者のような気がする。


「勝手ではなく、人混みではぐれてしまいましたの。どこが裏通りになるかは存じ上げませんでしたが、焦って寂れた道に迷い込んでしまったのは事実ですわ」

「ふぅん、なるほど?」


 明らかに納得していない声色だ。こういう状況ではもう何を言っても無駄だろう。

 何かに怒っている相手には、ひとまず全部言わせてしまうほうがいい。

 第一王子殿下は冷たい口調で言った。


「そういうのはやめたほうがいい」


 注意をするにしては含みのある曖昧な言葉選びに、思わず首を傾げるのをぐっと堪えた。

 そういうの、って、どういうの?


「君は高位貴族で、僕の婚約者だ。常に意識して、周りに見られていることを自覚してほしい。他人に迷惑ばかりかけるような人間に、僕は興味はない」


 ばかり、ということは、冬至祭だけの話ではないのだろう。

 今日までにわたくしが築いた、他人に心を開かない、奇抜なスカートに謎のハンマーを持ち歩く目立ちたがりの変わり者、立場の弱い令嬢を取り巻きにしている、成績も第一クラスの及第点ぎりぎりで不出来、そして今回追加された自分勝手……そんな評判をひっくるめて苦言を呈しているのだ。

 うまくやれていない自覚はあるので反論はしないけれど、朝の往来でそんなことを言う辺り、殿下も配慮が足りないお子様だ。


「ご配慮に感謝申し上げます。肝に銘じておきますわ」


 ついつい嫌味を返してしまったけれど、殿下は気が付かなかったようだ。

 気が済んだのか鼻息をフンと鳴らして、お友達を連れて教室へと入って行った。


 授業中も第一王子殿下に言われたことを反芻してしまい、まったく集中できなかった。

 気にして落ち込んでいるのではない。逆だ。腹が立っていた。

 常に見られている? わたくしのどこを見ているというのか。

 陰で嫌味を囁きあって、婚約者に悪評を吹き込むようなクラスメイト達に、わたくしの大切にしているものをこれっぽっちも見せてやりたくなんかない。もちろん真に受けている婚約者様にもだ。

 もうこのクラスでは意地でもハンマー捌きを見せてやらないと心に決めた。


 それにしても、興味もない相手をいつも見ているなんて、みんな相当暇なのだろう。ほかにやることはないのだろうか。

 若さとは尊い宝であり、儚く移ろう人生の花。学生時代はあっという間なのだから、興味のない相手に時間を割くより、もっと有意義に過ごすべきだと思う。

 第一王子殿下も、そんなに暇ならマールー部にでも入ったらいいのに。




「三人とも、お帰り! 新年おめでとう」


 資料室に入ると、ルーデンス殿下が晴れやかな顔で出迎えてくださった。

 殿下はもちろん王宮には帰らず、冬休みもずっと学園に居たらしい。一応、王宮で王族は全員参加の新年行事があったはずだけれど、言うまでもなく不参加だ。


「領地からお土産を持ってきましたよ。特産の飴です!」

「ちょっと、そんな貧相なものルディ様に……!」

「まあまあアローナさん。ちょっと包みは野趣溢れていますが、甘味に貴賤はありませんわ」

「え、逆にかっこいいよこの包装。ネオン子爵領って楽しそうなところだね。ありがとう」


 ポットでもらってきたお茶を淹れて、プリステラ嬢のお土産の飴(食べたことがない味だったけれど慣れればとても美味しかった)にみんなで舌鼓を打ちながら、冬休みの出来事を語り合う。和やかなお茶会だ。

 そして、ゆっくり話せずにいた冬至祭の真相を、二人にも話すことにした。


「そんなことになっていただなんて……」

「ご無事で本当によかったです!」


 アローナ嬢は真っ青になり、プリステラ嬢は目に涙を溜めてわたくしに抱き着いた。

 何度目かわからないけれど、もう一度きちんと謝った。

 いろいろと迷惑をかけているのに笑って許してくれる二人はとても優しい。もし友達を辞めたいなどと言われたら、再起不能になるほどへこみそうだ。この二人には、嘘も隠し事もしたくないと思った。


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