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18 子ネズミと友達

 さっきよりもパレードの音が近づいてきた。

 入り組んでいた地区を抜けたらしく、一気に人通りが多くなる。路地も開けて、辺りは賑やかな下町の風景に変わっていた。

 少し離れたところに、わたくしたちが飛び降りてきた階層の広場を見上げることができた。ここまで来れば、さすがにもう強盗の集団に襲われることもないだろう。


「ありがとう、ロージー。君は命の恩人だよ」


 殿下が心の底から感謝を述べる。わたくしも倣ってお礼を言った。

 ロージーはむず痒そうにしながら、ぶっきらぼうに頷いている。


「その年であんなに強力な魔法を自在に使いこなせるなんて……君は……」


 殿下の詮索に、ロージーはばつが悪そうに目を泳がせた。

 口を割る気配がないので、わたくしも興味本位で少し突っついてみることにする。


「ロージー様……カーディナル魔法伯家の方ですわね? うわさを聞いたことがありますわ」

「……そうだよ。俺はカーディナル家の五男坊だ」


 カーディナル魔法伯。領地を持たず、魔法の研究において国に貢献する特別な爵位の一族だ。

 この研究都市の創設にも大きく関わっている一族でもあるけれど、彼らが貴族の中でも特殊な位置づけにあるのはそれだけが原因ではない。


「それとも、『カーディナルの実験ネズミ』って言ったほうが有名か?」


 カーディナル家は、魔法の探求のため、実験と研究に一定の治外法権が与えられていた。戦乱の時代、外敵に対抗するために国から与えられた特権だ。

 当主と血がつながった親、子、兄弟姉妹に限り人体実験を許容するというのもその一つ。

 実験体を確保するためカーディナル家はどの世代でも子沢山で、その在り方に蔑意を抱く貴族の間で、失礼なあだ名が定着してしまっているという事実も聞いたことがあった。


「俺は普通より早く、五歳の時に魔力回路を開かれた。それ以来まともな体の成長はできなかったが、人間としての体が完成しきる前に魔力回路を優先する成長に転換したおかげで、魔力は自分の体よりも自在に扱える。これは魔法を使うために作られた体ってわけだ」


 わたくしよりも頭一つ小さいロージーは、見せつけるように自分の頭の上に手を置いた。

 ルーデンス殿下が、珍しく責めるような口調でロージーに言った。


「だからって、あんな危ないところに出入りして遊んでるなんて」

「しょうがないだろ。誰も俺と遊んでくれる奴なんていないんだから」


 その言葉に、ルーデンス殿下はわかりやすく息を飲んだ。

 正体を明かして口が緩んだのか、ロージーは内心を吐露していった。


「俺の家族は俺の魔力と、体の状態にしか興味がない。まあ俺もあの家の子供だからそこに文句はないけどさ。親は小遣いをくれるだけだし、きょうだいの遊び相手なんていくら命があっても足りない。他の家の子供には遠巻きにされるか、話せたとしても見た目がコレだから話も合わない」


 言葉遣いや態度から薄々勘付いていたけれど、五歳から成長速度が遅れているということは、ロージーはわたくしたちが思っているより年齢が高いということだ。外見だけ同世代の相手が寄ってきたとしても、話が合わないのは想像に易かった。


「ある時気晴らしに屋敷を出てぶらついてたら、あの酒場にたどり着いたんだ。最初はさっきみたいなヤバい目に遭ったけど、片っ端からやり返してたら、いつの間にかあんな感じになった」

「それで、彼らも乱暴せずにおとなしく賭け事をしていたんですのね。暴力では勝てないから」

「もしかして、負け続けていた理由って……」


 ロージーは不貞腐れたように言い捨てた。


「だって、金さえ出せば気前よく相手してくれるだろ」


 わたくしも殿下も、心底呆れた。

 悪いかよ、と言わんばかりの態度でいるロージーに、一言物申してやろうと口を開いたその時だった。


「あーっ! 居ました! あそこです!」


 声が降ってきたほうを見上げると、高台の広場の上からこちらを指さすコドラリス先生と、手すりに身を乗り出して手を振るプリステラ嬢、アローナ嬢の姿があった。


「二人とも、そこを動かないで! いま護衛の方が迎えに行きましたからね!」


 先生が厳しい声で叫んでいる。街並みの隙間から、広場から降りられる階段が見えたので、あそこから護衛の小父様が迎えに来るのだろう。

 音楽や花火が鳴り響くお祭りの賑わいの只中なのに、唐突に現実に引き戻された気がした。帰ってからのお説教を思うと、胃がずんと重くなる。

 ロージーはふっと静かに笑って言った。


「よかったな、迎えが来たみたいで」


 そして、一歩下がってわたくしたちと距離を置く。


「じゃあな。まぁ、なんだかんだ楽しかったよ」

「待って、ロージー!」


 そのまま人混みに紛れて行こうとしたロージーを、ルーデンス殿下は引き留めた。


「君、学園には通ってないのか。三年までは義務教育のはずだろう?」

「あー……行ってもあんまり意味ないし、特例で休学中」

「じゃあ、来て」

「は?」


 怪訝そうに首を傾げるロージーに、殿下は淀みなく言った。


「僕はルディ。彼女はカレッタ嬢。二人とも学園の一年生だ。僕は一日中コドラリス先生の資料室に居るから、いつ来てくれても構わない。だから来てほしい」

「行ってどうするんだよ」

「僕と遊ぼう」


 ぽかん、という擬音がぴったりの表情で、ロージーは口を開けて固まった。


「僕ら、『友達』だろう?」


 しばらく時が止まったかのように、ロージーは殿下とわたくしを見つめていた。


「カレッタお嬢様! ルディ様!」


 音楽と往来のざわめきの間を抜けて、護衛の声と足音が背後から近づいてくる。

 その声でロージーは我に返って、人混みに向かって踵を返し、姿を消していった。

 最後に見えたその口元は、なんとなく笑っていたような気がする。




 お説教はコドラリス先生だけに留まらず、学年主任教師の所まで連れていかれてこってりと絞られた。

 実家宛にも速達の手紙を出された。その場で書かされたわたくしの速報版暫定反省文も同封だ。

 明日、王都の屋敷に帰ったら、わたくしはお父様に土下座をして、あとは冬休みが明けるまで巣穴に篭るサンショウウオのように大人しくしていなければならない。完全版反省文と大量の課題がお供に出されたので退屈はしないはずだ。


 今は学年主任教師との面談が終わって、教員室の一角にある指導室(通称、お説教部屋)のソファに二人並んで干物のように干からびて待機している。コドラリス先生がわたくしを部屋まで監視する名目で女子寮母を呼びに行っているのだ。

 まだ夜会の最中なので、怖い最上級生の寮長と、それよりもっと怖いお兄様が飛んでくる事態にならなくて本当に良かった。明日の朝になったら簀巻きにされると思うけれど。


「ならず者と関わった話はなんとか隠し通せてよかったね……」

「それがバレたらわたくしは学園を辞めさせられますわ……」

「それは困る……なんか、僕はあんな感じで申し訳ないよ。受ける打撃が違いすぎる……」

「気にかけていただけるだけでも、浮かばれますわ……」


 ただでさえ素行不良の疑いが掛けられているわたくしなのに、そんなスキャンダル、一発アウトだ。

 対してルーデンス殿下のほうは、王宮に報告しても仕方がないのでもみ消される方向になったらしい。

 反省文と課題の量は同じだけれど、精神的負担は……この場合どちらが重いのだろうか?

 疲れ切った様子で天井を見上げていた殿下が、ぽつりと呟く。


「ロージー、学園に来てくれるかな」

「そうですわね……」


 来るかどうかは、ロージーの気分次第といった雰囲気だった。


「ルディ様のお気持ちは彼にも十分伝わったと思いますわ。わたくしたちは、彼が遊びに来るのを楽しみに待っていましょう」

「そうだね」


 そう言って気配を和らげた殿下だったけれど、何かを深く考え込んでいるようで、すぐに難しい顔に戻ってしまった。


「……もっと、何かできるんじゃないかな……身を危険にさらさない……もっと明るくて楽しい、何か……」


 見えないものを探るような殿下の呟きが、静かな部屋の天井に染み込んでいった。


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