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17 ロージーの実力

 店に居たのはほんの数十分の出来事なのに、ずいぶん久しぶりに陽の光を浴びた気がした。

 もうパレードは始まってしまっているようで、遠くから繰り返す花火の音と、楽隊の奏でる軽快な音楽が小さく聞こえてくる。まだ空は青いけれど、冬至の弱く短い日差しは傾き始め、早くも赤みを帯びてきている。

 これから太陽が沈んで夜が更けるまで、パレードは街じゅうを練り歩いていくのだ。はぐれる前の、見物を予定していた場所まで、早く戻らなければ。

 店から十分に離れたところまで歩いて、男の子はようやく振り返った。


「……この辺りなら大丈夫そうだな。さて、君らは学園の生徒だろ。どうしてこんなところにいるんだ。監督の先生はどうした」

「それが、色々ありまして……」


 わたくしが経緯を説明すると、男の子は呆れ返った。


「見ず知らずのおっさんにほいほいついて行くなよ……マジで危なかったんだからな」

「ご、ごめんなさい……カレッタ嬢もごめん……」

「いいえ、わたくしもお止めできず……」


 ぺこぺことお互い謝り返すわたくしたちに、男の子は溜め息を吐いて追い打ちをかけた。


「あそこのオヤジ、人がよさそうに見えて、あの辺りの顔役だからな。下手したら今頃、二人揃って売り飛ばされてたぜ」

「えぇ!?」

「ああ、やっぱりそういうたぐいでしたのね……」

「ま、お得意様の俺が、たまたま連れ込まれるのを見てたことに感謝してくれよ。外で張ってた連中がいなくなるまで時間も稼げたし。しかし君、大した度胸だよ!」

「僕?」


 男の子は殿下の背を軽く叩いて笑った。


「ああ、あのロクデナシどもの鼻っ柱を叩き折るなんて、傑作だ。あれがあったから最終的にオヤジも手を引いたんだと思う。一目置かれたってやつだな」

「そんな。僕はただ、上手い大人とゲームできるのが楽しくて……本物のイカサマまで見られるなんて、嬉しくて夢中になっちゃったよ」


 顔を真っ赤にして興奮気味に話す殿下の発言に、男の子は目を丸くして、今度は大笑いをし始めた。

 ゲーム好きをこじらせ一人で日々研鑽を積み、強い相手を求めていた殿下にとって、あの場所は最高に刺激的な舞台だったことを悟り、わたくしは気が遠くなった。

 同志として気持ちはわかるので、文句は言えない。言えないけれど、もう少し心臓に優しくしていただきたい。

 笑いすぎて引きつり始めた男の子に、殿下は不機嫌そうに詰め寄った。


「君こそ、どうしてわざと負けてたんだ?」


 その言葉で、男の子はピタリと動きを止めた。


「わざわざ魔法まで使って、あの人たちの様子や手札を探っていただろう。微弱な風魔法だね。普通じゃ真似できない繊細な使い方だけど、魔法の気配くらいなら僕たちにでも感じ取れるよ。あんなことができる君は、勝とうと思えば簡単だったはずだ」


 殿下の指摘に、男の子は黙りこくったままだった。


「あなた、貴族ですわよね。ロージーというお名前はご本名?」

「……ああそうだよ」


 渋々と男の子は頷いた。

 ロージー、ロージー。どこかで聞いたことがあるような……?

 古い記憶のページを捲ろうとした、その時。


「そこ行く高貴なお坊ちゃん方。道案内しましょうかぁ?」

「……しまった」


 お世辞にも親切そうには見えない粗野な風体の男たちが、わたくしたちを挟むように前後から現れた。


「こいつら、さっきの店の?」

「いや、あのオヤジは筋は通すから、また別口だ。店の下っ端から話が漏れたんだろうな」

「店主が言っていたのは、このことだったのですわね……」


 ならず者たちはじりじりと包囲網を狭めてくる。手にこん棒やナイフを持っている者もいた。

 『治安が良い街』の名が聞いて呆れてしまいますわ……などと軽口を叩きたかったけれど、現実は恐ろしくて歯の根が震えてしまうのを抑えるのに必死だった。

 そんな状況だというのに、ロージーは幼い顔に似合わない不敵な笑みを浮かべて言った。


「ちょうどいい。さっきの店の連中が、どうして俺みたいな子供に手出しできないか、教えてやるよ」


 言い終わる前から膨らみ始めた魔力が、その瞬間一気に爆発した。

 辺りに暴風が吹き荒れ、体が揺さぶられる。目を開けているのもやっとの状態だ。

 飛び掛かってこようとしていた男たちは木の葉のように吹き飛ばされて地面に転がった。


「はっ!」


 なんとか起き上がり、こん棒を振りかぶった男に、ロージーは手のひらを向ける。

 直後、男は見えない巨人に真正面から平手を打ちこまれたように勢いよく吹き飛んで、建物の壁に叩き付けられた。


 おそらく、圧縮した空気弾を撃ち込んだのだと思う。辺りに吹き荒れる竜巻のような風は足止めか。どちらも風魔法の基本技だけれど、とんでもない威力だ。

 ここまで強力な魔法で、異なる複数種類の魔法を同時に使うなんて、学園の教師でもできる人はほとんどいない。それこそ戦場で戦う軍人か、あるいは……。

 ロージーは他の男たちにも次々と空気弾を撃ち込み、動きを止めていく。

 その時、ほんの一瞬の隙をついて、ロージーの死角に当たる方向から殴りかかろうとする輩がいた。


「危ない! 後ろ!」


 叫んだルーデンス殿下が魔法で地面をちょっとだけ窪ませる。殿下の得意技だ。ロージーに比べれば地味な魔法だけれど非常に効果的で、足元のバランスを崩した悪漢はたたらを踏んだ。

 すぐに振り返ったロージーが的確に仕留める。


「やるじゃん」


 なぜか楽し気なロージーの声が、暴風の中でもやけにはっきりと耳に届いた。


「よし、逃げよう! 走れ!」


 全員をきっちりと地面に沈めたタイミングで、ロージーは暴風魔法を解いて走り出した。

 後に続こうとすると、諦め悪く、すれ違いざまに伏せたままわたくし目掛けてナイフを投げてくる悪漢がいた。


「あら」


 ナイフの軌道がやけにゆっくりと見える。

 何かを思う間もなく……わたくしはいつものようにそれをハンマーで叩き落とした。

 驚愕に見開かれた悪漢の目と視線がぶつかった。


「何だ今の……」


 ぼそりと呟かれたロージーの震える声に答えている暇はない。

 わたくしたちはウロコアシに追われた時と同様に必死で足を動かして、その場を後にした。


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