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15 奇妙な男の子

「とっ、とりあえず、上に戻る道を探さないと。この辺りには、あまり長居しないほうがいい気がする」


 殿下の手を借りて立ち上がり、わたくしも改めて辺りを見回した。

 壁伝いに古く薄汚れた長屋が立ち並ぶ、物寂しい通りだった。

 日当たりが悪く、民家や商店が混在しているけれど人気はない。補修されずに外壁が剥がれ始めていたり、入口にドアではなく板が打ち付けられていたりする。

 よく見ればあちこちにゴミが散乱していて、汚水のような嫌な臭いも漂っていた。日が沈んだらならず者の溜まり場になっていそうな雰囲気だ。

 お互いに怪我がないことを確認して、わたくしたちは帰り道を探し始めた。


「さっきも思ったんだけど、カレッタ嬢、あのハンマーは攻撃には使えないの? 本気でやれば、大人が思いきり蹴るくらいの威力は出せるって言ってたよね」

「まあ、考えもつきませんでしたわ」


 殿下の素朴な疑問に、わたくしは持論で答える。


「あのハンマーは大切な『遊び』の道具ですもの。人や動物に向けて振るうなんて、危ないことをしてはいけないのですわ。遊びを汚すような行為は絶対にしたくありません」

「なるほど……カレッタ嬢らしいね」


 殿下は納得して頷いてくださった。

 これを言って理解してくれる人は意外と少ない。お兄様なんかは、遊びよりも身を守ることのほうが大事だろうと怒るほどだ。さすがわたくしの好敵手、話が分かりますわ。


 しばらく二人でうろうろしていると、背後から一人の男性が声を掛けてきた。


「坊ちゃん、お嬢さん、迷子ですかい?」


 丸く突き出たお腹に前掛けをした恰幅の良い中年男性だ。背後の酒場兼宿屋から出てきたようなので、そこの従業員か店主だろうか。

 優し気な顔つきでこちらを気遣っているけれど……。

 わたくしは警戒するように伝えようとルーデンス殿下に身を寄せたけれど、その前に殿下が男に返答してしまった。


「はい。パレードが見える上の大通りに行きたいのですが、迷ってしまって。どう行けばいいか教えて頂けますか?」

「そうですか。お小さいお二人だけじゃあ不安でしょう。うちの若いモンに案内させますから、とりあえず中へ入って、ちょっと待っててください」

「ありがとうございます!」

「ちょっと、ちょっとお待ちを」


 引き留める暇もなく、男に背中をぐいぐい押されて、店に入れられてしまった。

 ばね式の自在扉を抜けた先は、テーブルが並んだ薄暗い酒場のホール。昼営業はとっくに終わっている時間帯だけれど、濃いたばこのにおいが鼻をついた。

 いちばん奥の席に目をやると、人相の悪い男たちが五、六人でテーブルを囲み、紫煙をくゆらせながら花数え札に興じていた。

 ぎろりと据わった視線がわたくしたちに注がれる。


「アんだぁ? 金持ちのガキが来るところじゃねぇぞ」

「親父、新しい小遣い稼ぎかぁ?」

「お客さんだ。テメェら手ぇ出すんじゃねぇぞ。……むさくるしくてすいませんね。すぐ戻りますんで」


 ガラの悪い客?の舌打ちもなんのその、店主はわたくしたちを置いて店の奥に消えていった。

 いや怖い怖い怖い!絶対カタギじゃありませんわ!

 ルーデンス殿下も怯えきった目で顔を引きつらせている。だから言わんこっちゃない。


 これはさっさと逃げるべき……と扉を振り返ると、ちょうど新しく誰かが入ってくるところだった。

 その姿にわたくしたちはまた驚いてしまう。

 入ってきたのは、わたくしたちよりも小さい、十歳になるか否かといった見た目の男の子だった。小動物のような雰囲気で、クリっとした目でじっとわたくしたちを見ている。

 そして、その高い声で意外な言葉を口にした。


「あれ~? 二人とも、こんなところで奇遇じゃん!」

「え?」


 人懐っこい笑みを浮かべて近づいてくる男の子に戸惑っていると、ガラの悪かった男たちの雰囲気が変わった。


「なんだロージー、お前の知り合いかよ」

「うん、友達」

「じゃあ、マジで手ぇ出せねぇな~」


 札を切りながらニヤニヤ笑う男たち。その男たちから見えないように、男の子は小さな声でわたくしたちに囁いた。


「話を合わせて。無事に送ってやるから少し付き合ってよ」


 小さい子らしからぬ堂々とした口調に少し気圧されたけれど、小さく頷いた。

 近くでよく見ると、男の子は服装こそ平民らしいけれど、生地も仕立ても良いものを身に纏っていた。ほんのりと魔法の気配も感じる。十中八九、彼は貴族だ。


「何? 俺の友達、カモろうとしてたわけ?」

「まぁなぁ、せっかくこんなトコまで足をお運び頂いたんだし?」

「学園のお坊ちゃん方はたんまり小遣いもらってるみてぇだしなぁ」

「ほどほどにしときなよ。痛い目見ても知らないからな」

「お前が言うと説得力ねぇわな、負け越しロージー」

「うっさい! 今日こそ勝ってやる!」


 見た目とは裏腹に堂に入った態度だ。ずんずんとテーブルに向かっていく男の子に、ルーデンス殿下が思わずといった様子で声を掛けた。


「待って、君、ここで賭け事してるの?」

「悪い? ま、息抜きってやつだよ」


 こともなげにそう言って、男の子はテーブルに座るとコインを数枚目の前に重ねた。


「なんだァ、ロージー、来てやがったのか」

「やー、オヤジさん、久しぶり」


 その時、奥から戻ってきた店主にも、男の子は飄々として片手を挙げた。


「その子ら、俺の友達なんだよ。こんなトコに迷い込んでるなんてびっくり。心配だから俺が上まで連れて帰るよ。だから、もう一回ちゃーんと、若い奴らに『話して』きたほうがいいよ」

「……そうかい」


 店主は感情が一切読み取れない無表情でそれだけ呟くと、再び奥に引っ込んで行った。

 ……何かとても恐ろしい計画が、今の男の子の一言で回避された、ような気がした。


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