14 ルディの魔法
パレード用に準備していた一発が暴発してしまったのだと思う。
驚く人々の声で周囲がどよめく。そのどよめきの中に、がたがたんと何かが揺れてぶつかるような音と、焦ったような男性の叫び声が混じったのを、わたくしの耳は拾った。
「あっ、こら、待て!」
つられて声のほうを向いたわたくしは、一瞬思考が止まってしまった。それが命取りだった。
視線の先から、子供の背丈と変わらない大きさの屈強な荷運び鳥、二羽のウロコアシが一直線にこちらに向かって突っ込んでくるところだったのだ。
「うわああっ!」
状況に気づいたルーデンス殿下も悲鳴を上げる。
殿下は不意にわたくしの腕をがしりと掴むと、驚いて硬直してしまっていたわたくしを引っ張って反対方向へ逃げ出した。
目の前にあった細い路地に咄嗟に飛び込むわたくしたち。
ところが。
「なっ、なんでついてくるんですのぉぉぉぉぉ!?」
なんとも不運なことに、ウロコアシたちも後を追うように路地へ入ってきてしまった。
半狂乱な様子でこちらに向かって来るウロコアシたちの勢いはそのままで、もし追い付かれてあの強靭な脚に蹴られでもしたらただでは済まない。
今まで貴族として生きてきた中で最高の速度と必死さで、わたくしたちは逃げ場のない一本道を走り抜けるしかなかった。
「もっ……無理……」
「頑張って! もうすぐ通りを抜けそうだ……!」
薄暗かった路地の向こうが急に開けて見えた。
大通りに抜けたかと安堵するよりも早く、一歩前を行くルーデンス殿下が絶望の悲鳴を上げた。
「うえええなんで! ダメだ! 道がない!」
「えぇ!?」
正面は胸ほどの高さの壁が道を塞いでいて、その先には連なる建物の屋根がちらりと見えた。
屋根ということは、二階以上の高さがあるということだ。
後ろの暴走鳥コンビは相変わらずの興奮状態で、全く停まる気配がない。
振り向いて見えたのは一瞬、しかしはっきりとわたくしの目に焼き付いた太い脚と鋭い爪。
限界まできた疲労感と、最悪の想像に血の気が引いていく……。
「カレッタ嬢!」
決然とした声で呼ばれてはっとする。
ルーデンス殿下が腕をひときわ強く引いた。
「飛び越えるよ! 思い切り踏み切って!」
「えっ? そんなの……」
「いいから僕を信じて!」
もう何も考える余裕などなかった。
わたくしは殿下に手を引かれるまま、行き止まりにめがけて突進する。
前世の跳び箱運動の記憶が自動的によみがえってきて、その体の動きを無意識になぞった。
タイミングを見計らって、思い切り地面を踏みしめると。
「ひぇっ……」
踏みしめた地面が、なぜか大きく沈み込んだ。
ぐぐん、と視界が大きく下がり、次の瞬間体全体が一気に持ち上がる。
気が付くと、わたくしの体は路地の行き止まりを軽く飛び越え、空中に放り出されていた。
「ひぁぁぁああああああ!!!」
下の地面がどんどん近づいてくる。
空中では身動きもとれなくて、このままでは受け身も取れずおしりから地面に激突してしまう。
思わずルーデンス殿下の腕を自分から握り返して全身をこわばらせ、衝撃を覚悟した。
ところが、やってきた衝撃は想像とは全く違うものだった。
わたくしのおしりが着いた地面は、またしても柔らかく大きく沈み込み、衝撃をすべて吸収してみせたのだ。
反動で何度も体が上下に跳ね動き、揺さぶられる。
呆然としている間に、後を付いてきていたウロコアシたちも高い壁の上から飛び降りてきて、わたくしたちの周りでわたくしと同じように、跳ねる地面の上でじたばたともがいていた。
混乱のまま態勢を立て直した鳥たちは、そのままどこへとも知れず走り去っていってしまった。
やがて大きな波が収まるように揺れが収束すると、地面は何事もなかったように固くなり、驚くほど静かな路地に座り込むわたくしたちだけが残った。
呼吸が整っても何も言えないわたくしの横で、座っていたルーデンス殿下はどさりと仰向けに寝転がった。
「っはー……できたぁ……よかった……」
肺の空気をすべて吐き出すような大きな息を吐きながら、安堵した声で呟く殿下。その顔は喜劇役者でも真似をするのが難しそうなほど奇妙にひきつった笑い顔をしていた。
そこでようやく思い出す。ルーデンス殿下は土属性の魔法使いだ。
「今のは……土属性魔法なんですの?」
「うん。あんな使い方は初めてしたけど、うまくいってよかったぁ……」
今度こそ、殿下は心から安心したように笑った。
「助かりましたわ。それにしてもよく、咄嗟であんなことを思いつきましたわね」
貴族の魔法は戦う力。つまり戦闘を前提とするものだ。
土属性魔法と言えば一般的には石礫を投げつけたり、地面から鋭い突起状にした固い土を隆起させたりする。魔力量が多ければ土塁や塹壕を作り、非魔法使いの一般兵を補助する役割も担うことがあるけれど、逆に言えばそれだけできれば十分活躍できるので、あまり多彩な発展はしていない。
あんなふうに地面を、前世の世界のトランポリンのように柔らかく変化させるなんて、そうそう思いつかないはずだ。なぜなら、この世界にトランポリンなど無い。
「それこそカレッタ嬢のおかげだよ!」
上体を勢いよく起こして、ルーデンス殿下はこちらを向いた。
「あの時、急に君のハンマーを思い出してね、ひらめいたんだ。柔らかいハンマーで魔法弾を跳ね返していたし、あんなふうに柔らかかったら落ちても怪我しないかなって」
「そうは言っても、あの短時間で新しい魔法を考え付いて成功させるなんて、すごいことですわ」
殿下はご自分の実力をいつも卑下しているけれど、わたくしなんかよりもずっといろいろなことができるし、ここぞという時の集中力は目を見張るものがある。
だからこそわたくしは殿下を好敵手と認めているのだ。
ここは心から彼を讃えておこうと決めて、改めてお礼を言った。
「助けてくださって、ありがとうございます」
安心感も相まって、普段よりずいぶん脱力した笑顔になってしまった気がした。
「う、うん」
殿下はほんの一瞬目を瞠って、褒められて照れたのか久しぶりに顔全体を赤面させた。
あまりきっかり決めてはいませんが、ヒクイドリとヴェロキラプトル(映画じゃないほう)を掛け合わせたようなイメージで書いてます。ウロコアシ。




