13 迷ったときは動かないこと
学園は、王都から馬車で半日ほど離れた都市にある。
この都市はもともと、好条件な地勢ながら当時まだ手つかずだったこの地に、国の学問研究所が建てられたのが始まりだ。
研究者や知識層とその家族が集まり、教えを乞う門下生が集まり、研究用の素材集めや魔獣狩りのために冒険者が集まり。すると今度は、商売目当てに様々な商人が集まり、店や物流で雇われる労働者が雪だるま式に集まった。
立地が良かったため、情勢不安の時代には軍の駐屯地兼訓練施設も作られた。
魔法使いとしての武力だけでなく経済的にも重要な戦力である貴族の質を高めるために王立学園ができてからは、子供のために寄付や投資をし、別荘を構える貴族も現れて……そうやって、研究所を中心にどんどん発展していったのが、この都市だった。
多くの貴族が子供時代を過ごすこの都市は、国内でも群を抜いて治安がいい都市としても有名だ。局所的に存在するごく一部のどうしようもない地区を除けば、自警団が十分に配置されているし、移民の都市なので助け合いの精神が強いという。
なので、たとえ高位の貴族の子でも、監督の教師と護衛がいれば、学園の敷地から外の街に出かけることができる。
それは、この季節で街が一番賑わいに満ちる『冬至祭』の日も許されていた。
「いいですか。私や護衛の皆さんのそばから絶対に離れないこと。知らない人について行かないこと。買い食いをしたいときは毒見をしますので必ず声を掛けてください。その他の売り物にも勝手に手を触れないように。気になるものを見かけても急に駆け出してはいけません。お手洗いや具合が悪いときは早めに申し出てください。それから……」
「見て見て見て! 『軽三』! あれ軽三だよ! 小さい!」
「牽いている生き物はなんですの? 鳥? かわいいですわ!」
「あれはウロコアシですよ。生まれてふた月であの大きさになるので家畜として大人気です」
「あんなに大きいのですか……よくローストになって出てくるお肉ですわよね?」
「おいしいのは一回り小型のハイイロウロコアシですね~。愛でてよし、食べてよし、です」
「へぇ~。あ、あっちの軽三はまた違うのが牽いてる!」
「皆さーん、聞いてますかー?」
学園から貸し出された馬車の中で、わたくしたちは道行く人々の賑わいを眺めるのに夢中になっていた。
今日の監督役、コドラリス先生が深いため息を吐くのが聞こえてきたけれど、もう何度も聞いた注意事項なので、今は窓の外の光景のほうが重要だ。それだけ貴族の子供が街へ出かけるのは貴重な機会だった。
ちなみに、今日のためにわざわざお父様が手配してくださった公爵家護衛騎士の小父様二人組は、馬車の後ろに取り付けられた従者台に立ち乗りしている。窓越しに時折目が合うのだけれど、中ではしゃぐお子様四人の姿を微笑ましく眺めてくれているようだ。
特にルーデンス殿下の興奮がすごい。
高貴な身分では普段なかなかお目にかかれない庶民の足、『軽量三輪牽引車』がいたくお気に召したようで、馬車とすれ違うたびに食い入るように観察している。やはり乗り物は子供心をくすぐるロマンの塊である。
「それにしてもプリステラさん、詳しいですわね」
「私の家は領民と接する機会が多いので。小さな田舎町でしたが、平民の生活はよく見て育ちました。軽三に乗ったことだってあるんですよ」
「あら、田舎育ちも役に立つことがありますのね」
「私なんかがアローナさんの役に立てるならうれしいです。なんでも訊いてくださいね」
「うぅ……」
プリステラ嬢のお姉ちゃんオーラにあてられて照れるアローナ嬢。
お互いに最近慣れてきたのか、貴族令嬢たらんと過剰にツンツンしがちなアローナ嬢の姿勢を感じ取るたび、プリステラ嬢がそのおおらかさで丸ごと包み込むような関係が出来上がってきた。
勉強会で苦楽を共にした経験も大きい。頭の良さは全員大して差がなかったけれど、プリステラ嬢は理解した部分を人に教えるのがとても上手だったのだ。
おかげで全員入学時よりも僅かながら成績が上がり、そのご褒美として今日の外出が許されていた。まさに頼れるお姉ちゃんである。
そして、わたくしもそんな二人を眺めるのがひそかな楽しみになってきている。前世で、孫姉妹が可愛くて仕方なかったという記憶がうっすらと残っているからかもしれない。わたくしのお友達、二人纏めてかわいい。
「先生は王都生まれの箱入り育ちだもんね。プリステラ嬢のほうが色々知ってそう」
「ルディ君、大人を軽んじてはいけません。私だって、学園に通っていたころは何度か街に出たことがありますからね。そうそう、この都市の冬至祭は、派手な山車や踊り手が練り歩くパレードが見られますよ」
「パレード!」
ルーデンス殿下だけでなく、子供四人の声が綺麗に重なった。
パレード。なんて面白そうな響き。
「見たい! 絶対見たい!」
「わかっています。パレードは午後から始まりますから、それまで広場の大市を見て、定番の観光地区もいくつか回りましょう。ほら、そろそろ到着しますよ。しっかり約束を守って、離れないように付いてきてくださいね」
先生の言葉に、わたくしたちは声をそろえて元気よく返事した。
……のが、数時間ほど前のやり取りである。
「これ、完全にはぐれたよね……」
「うう、絶対怒られるやつですわ……」
先生どころか、なんと護衛の小父様方ともはぐれてしまったわたくしとルーデンス殿下は二人で頭を抱えた。
これはどう考えても明日からの冬休み、外出禁止確定だ。王都の屋敷に帰ったら、小父様方の首が飛ばないようにお父様に本気の泣き土下座をしなければならない。
「カレッタ嬢は悪くないよ! 僕が引っ張りまわしたから」
「いいえ、わたくしも夢中になってしまいましたから。それよりとにかく、安全そうなところで待機しましょう。そう遠く離れてはいないはずですわ。きっと護衛たちが見つけてくれます」
今いる大通り沿いは、もうすぐ始まるパレードを見物しようと集まってくる人でどんどん密度が増してきている。いくら治安が良く、他の貴族も多く出歩いている場所とはいえ、こういう時はよからぬことをたくらむ不埒者が必ずいるものだ。
今は下手に動かず、人混みを避けて、安全かつ目立つところで、先生や護衛に見つけてもらえるのを待つのが得策だと思えた。呼び込みをしていて人目が集まる、大きめの露店の店先で待たせてもらうのが良いだろう。
ちょうどいい場所がないかとあたりを見回すと、すぐそこに目立つ露店があった。気風の良さそうなご婦人が元気に呼び込みをしている焼き菓子の屋台だ。甘い良い匂いが漂っていて、若者や子供連れが列を成している。
見通しもいい場所なので、あそこで待たせてもらえば護衛たちの目にも留まりやすいはずだ。
「ルディ様、ひとまずあのお店の前へ……」
わたくしたちが歩き出そうとした瞬間、どこからともなく大きな花火の音が辺りに響いた。




