12 冬至祭の過ごし方
広く複雑な構造をしている学園内には、在学生なら誰でも利用できる共有スペースがいくつもある。
勉強や会議に使えるように机が並んだ学習室。体を動かせるように広々として鏡もある舞踊室。
そして、好きな時に軽食やお茶を楽しめる喫茶室は、ちょっとした待ち合わせとおしゃべりにちょうどいい。
開放的な窓際の明るい席で、わたくしはお兄様と二人でお茶を飲んでいた。
外はすっかり冷たい木枯らしが吹く季節になっているけれど、喫茶室の中は立派な暖炉の熱で春のように温かい。
いい香りのするお茶を含んでほっと息をつくわたくしの正面で、お兄様は捨てられた犬のような顔になっていた。
「本当に? 本当にダメなのか、カレッタ?」
「ダメですわ。お兄様はわたくしに、お友達との約束を破れとおっしゃるの?」
「う……そう言われると……」
そう、今日わたくしをお茶に誘ったお兄様の用件とは、再来週の冬休み前にある冬至祭の夜会に、わたくしをパートナーとして連れていきたいというものだった。
全六年制の学園は、三年までの低学年と、四年からの高学年で活動が変わる部分がある。冬至祭など折に触れて開催される夜会はその代表的なものだ。
今年で学園の四年生、十五歳になったお兄様は、身長はすらりと伸びてたくましい体つきになってきて、顔つきもずいぶん大人びてきた。
公爵子息らしい自信にあふれた物腰と、高い魔法の技術を買われて生徒会にも入っている。たまに学園内で見かけると、必ず周囲の令嬢方から熱い視線と黄色い声を送られているモテモテぶりだ。
あけすけに言ってボッチの妹にかまけている場合ではないと思う。
「だいたい、どうして高学年の夜会に新入生の妹を連れて行こうとなさるのですか」
「それは、可愛い妹を見せびらかしたいからに決まっているだろう」
曇りのない瞳でそう言い切るお兄様。
無駄なところまで自信にあふれているのも考え物ですわね。
「夜会でやることではございませんわ。そんなことをしてはさすがに周りのご令嬢方も幻滅しますわよ」
「僕のことはいいんだよ。お前はこんなに大人びて賢くて、話せば弁も立つし、笑ってくれれば花のように可愛い自慢の妹なのに。みんなにお前のことを知ってほしいんだよ。僕は本当にお前のことが心配で……」
お兄様は少し真剣なトーンになって言ったけれど、中途半端なところで言葉を飲み込む。ご自分が耳にしたわたくしのよろしくない評判を、悟らせたくなかったのかもしれない。
わたくしもあえて自分から詳しく知ろうとはしていないけれど、たまにアローナ嬢やプリステラ嬢経由でさわり程度は教えてもらうことがある。
最近はどうも、最初のころ遊びに誘うたびにアローナ嬢たちが緊張していたのが誰かに目撃されていたようで、逆らえない令嬢たちを脅して言いなりにしているといううわさが立っているらしい。
アローナ嬢からは何度も謝罪されているけれど、一度ついてしまったイメージを改善するのは難しい。
幸い友人たちは人柄が良いので、わたくしの仲間扱いで煙たがられるのではなく、周囲から気遣われる方向になっているので学業には支障がないし、わたくし以外の友人もできている。
彼女たちがこれ以上困るような事態になればわたくしも考えるけれど、そうでもなければ特に何かするつもりはない。わたくしも平穏が好きだから。
「大丈夫ですわ。わたくしのお友達はちゃんと仲良くしてくれています。お友達やお兄様が分かっていてくださるだけで、十分ですわ」
「うーむ、そうは言ってもだな……」
お兄様は納得のいかない顔のままだった。
心配してくれるお兄様なのに、なんだか少しもやもやした気分になる。
交友関係も広く、みんなに頼られ期待されるお兄様の周囲はいつもキラキラして見える。そんな空間に冴えない妹を引っ張り出してどうしたいというのか。
ラミレージ公爵家の駄目なほう、なんて十分自覚はあるけれど、直接他人の口から聞く事態になどなったらお兄様を嫌いになりかねない。
ふと、ルーデンス殿下のことを思い出す。生まれた瞬間から第一王子殿下と比べられ、何をやってもこき下ろされる気持ちは、こんな風だったのだろうか。
ここは強めに反発してうっぷんを溜めないようにしておくことにする。早めの反抗期ですわ。
「お兄様。お兄様とわたくしは家族とはいえ別の人間なのです。お兄様が居心地よく感じるものを、わたくしも同じように楽しめるとは限らないと申し上げておきますわ」
少し棘を含ませた口調でそう言うと、お兄様にも多少は効いたようだ。
「わかった。ごめんよ、確かに上級生の夜会は緊張するだろう。僕も初めての参加だから舞い上がっていた。今回は諦めるよ」
「今回は? まだお誘いになるおつもりですか」
「だって、お前が正式に参加する学年になったら、もう僕はエスコートできなくなってしまうじゃないか」
実はこっちが本音なんだ、といたずらっ子のように笑うお兄様。
確かに、わたくしが四年になる年はお兄様は既に卒業して……。
「もう正式なパートナーがいるのだから」
……忘れてた。
「だから、次の機会は予約させておくれ! 実際行くかはお前の気が向いたらでいいから」
「……考えておきますわ」
お兄様どころではない大物と並んで参加しなければならない未来をすっかり失念していた。
いきなり本番はさすがに不安すぎるので、適当なところでお兄様について行って練習しておくべきだ。
すまし顔で考えておくなんて偉そうに言ったけれど、伏してお願いしなければならないのはわたくしのほうだった……。
用件も済み、お茶も飲み終えたお兄様は、清々しい表情で席を立った。
「さて、生徒会の仕事があるからそろそろ行くよ。今日は話せてよかった」
「こちらこそ。お休みの日までお疲れ様ですわ。お仕事、頑張ってくださいませ」
「ああ。カレッタも、友達と冬至祭を楽しんでおいで。決して一人にはならないように」
「もちろんですわ」
冬至祭の計画を思うと自然と頬が緩んでしまう。
冬至祭の日、わたくしは先生やお友達と一緒に、初めて街のお祭りへ繰り出すのだ。
次回、楽しい?冬至祭編スタートです。数話ほど続きます。
新たなキャラクターも登場しますのでお楽しみに!




