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11 日陰の君

 そして、後日。


「ルーデンス殿下とお勉強会!!!」


 張り裂けそうな小声という器用な叫び声を上げたアローナ嬢は、ふらりと体を傾けた。


「お気は確かですか、カレッタ様」

「おかしい自覚はないのだけれど。安心なさって、とても面白いお方よ」

「カレッタ様の『面白い』は私たちにとって刺激が強すぎます」

「大丈夫。先生にもお許しいただいたわ。ずっとおひとりでいたから、お勉強がてら人付き合いの練習をしたいのですって。あの方も、わたくしのお友達なら安心できるとおっしゃっていたわ」

「流れるように巻き込まれている……」


 アローナ嬢が青ざめて頭を抱えてしまう。

 確かに面倒な立場のお方だけれど、子供同士の内輪の付き合いだし、先生のお墨付きもある。

 しかしこの反応……お友達のお友達に紹介されるのは緊張するものだけれど、ここまで嫌がるのは予想していなかった。何か理由があるのだろうか。

 アローナ嬢の尋常ではない様子に、プリステラ嬢も心配そうに声をかける。ちなみに今日のマールー部は朝の活動だったので、この後の放課後は用事がないそうだ。


「アローナさん、どうしてそんなに怯えているの?」

「プリステラさん、ただ事ではございませんのよ! 『日陰の君』ルーデンス殿下と言えば……」


 アローナ嬢は周りを気にしながら、声を潜めた。

 わたくしたちも自然と顔を寄せて聞く態勢になる。


「ルーデンス殿下と言えば、悪いうわさばかりですのよ。王宮での立場が弱く、出来が悪いのに第一王子殿下を妬んでいて、優秀な家庭教師は誰も寄り付かないそうですわ。それでいて不真面目な遊び好き。十二歳にして王宮のお金を賭け事につぎ込んで豪遊しているとか……」

「え? してないよそんなこと!」


 ちょうどわたくしの後ろから慌てたような声がした。三人同時にそちらを振り向くと、困ったような顔をしたルーデンス殿下ご本人が、意外なほど近くに立っていた。


「まぁ、全く気配を感じませんでしたわ」

「僕、存在感薄いからね。まさしく『日陰』ってやつ?」


 石像のように固まっていたアローナ嬢は、察しの良いご令嬢だった。

 硬直が解けると、はじけるように頭を下げる。右手でプリステラ嬢の袖を掴んで真似させるのも忘れない。


「待って待って、今ここでそれはナシ!」


 ルーデンス殿下は慌ててそれを止めさせる。

 おずおずと顔を上げた令嬢たちに、殿下は所在なさげに頼み込んだ。


「僕の顔、君たちも知らなかったんでしょう? このまま校舎のみんなにはなるべく知られたくないんだ……どうしてもこの辺りを通らなきゃいけないこともあってね。資料室棟、給湯室も手洗いもないし。だから、内緒で、目立たないように、知らないふりで。お願いします」

「そ、それがご命令でしたら……」


 蒼白な顔で頷くアローナ嬢に、ルーデンス殿下もほっとしたようだ。

 プリステラ嬢のほうはさすがというべきか、すでに好奇心に満ちた目を殿下に向けている。


「では、あの、なんとお呼びすればいいですか?」

「カレッタ嬢にも頼んだけど、適当にルディでいいよ。適当さが大事だよ」

「わかりました、ルディ!」

「殿方には最低限でも敬称を!」

「わかりました、ルディ様」

「うん。やっぱりそうなるんだね……カレッタ嬢もそこは譲らなかったし」

「わたくしもこう見えて公爵令嬢ですから」


 令嬢には令嬢なりの流儀があるのだ。


「ところで、本当に賭け事で豪遊などはされていませんの?」

「相手も居ないのに賭け事なんかできるわけないでしょう……」


 資料室に入って、それぞれの自己紹介(と、アローナ嬢の平謝り)を終えて勉強道具を広げながら、おしゃべりの続きをする。

 殿下は定位置の窓際の書き物机で、わたくしたちは部屋の中央を占拠している広い作業机を使うことにした。目標は、まもなくやってくる初めての定期考査での成績アップだ。


 わたくし含めて全員勉強に苦手意識があるので、ある意味地獄の特訓集会でもある。

 時間を見てコドラリス先生にも顔を出していただけることになっている。殿下がなにやら責任を取ってほしいなどと言って参加を約束させていた。

 先生が以前、期間限定で王族の家庭教師をしていたというのは、ルーデンス殿下のことだったらしく、お二人はとても仲が良い。


「そういううわさって、どこから流れてくるものなの? 微妙に合ってる部分もあるのが怖いね……」

「では賭け事以外の豪遊を?」

「豪遊はしてないってば!」


 全力で否定された。


「でも、遊び好きっていうのは合ってるよ。僕、ゲームそのものが大好きなんだ。もちろん何も賭けずにね。花数え札とか、詰め陣取り駒とか」

「詰め陣取り駒?」

「陣取り駒を一人で遊ぶんだよ。あらかじめ盤面を整えて、決められた残りの手数で勝つんだ」

「陣取り駒を、おひとりで……まさか花数え札のほうも……?」

「アローナ嬢、そんな目で見ないで……」


 アローナ嬢の憐みのこもった視線を避けるように、ルーデンス殿下は片手で顔を覆った。

 ちなみに、花数え札も陣取り駒も、平民から貴族まで幅広く遊ばれている遊戯であり……賭け事遊びの代名詞でもある。

 むしろ、賭け事もしないのにそういう遊戯を愛好している殿下のほうが珍奇と言えた。


 おそらくは殿下が遊び道具の調達をしているうちに、どこかからその話が漏れて、幼くして賭け事好きなどという不名誉なうわさが立ってしまったのだろうと想像がつく。

 プリステラ嬢がそんな孤独な殿下を励ますように、明るく言った。


「じゃあ、勉強がひと段落したら、みんなで遊びませんか?」

「え、いいの?」


 途端に嬉しそうな顔になる殿下。大変興味深い提案だったので、わたくしも何度も頷いた。


「やった! 先生以外とゲームで遊ぶなんて初めてだよ! よーし、がぜんやる気が出てきた」


 早く終わらせようと張り切る殿下は生き生きとして見えた。

 孤独な趣味に生きる者の苦悩には共感しかない。


「そうですわ、試験が明けたら、わたくしのハンマーも貸して差し上げます」

「本当! うわ、凄く嬉しい! 僕もあれやってみたい!」


 隣でアローナ嬢が身震いした。

 寒い季節になってきたし、次回から暖かいひざ掛けを用意しましょう。




 そして試験明け、実際にわたくしのハンマーをお貸しして挑戦していただいたところ、ルーデンス殿下はものすごくお上手だった。

 ご本人も大興奮で、いたくお気に召したご様子。


 運動神経が悪いなんて誰が言ったのかしら。それとも、ゲームだからこそ熱が入った? 

 わたくしは心の中で殿下をピチピチ好敵手として認め、自分もさらなる高みを目指そうと固く誓った。


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