10 窓から見えたもの
「わたくしを?」
「はい。この窓の外、分かりますか?」
殿下に促されて外をよく見てみると、歩道と庭木を挟んだすぐそこは、わたくしのクラスがいつも魔法実習をする屋外訓練場だった。
庭木が遮って広い訓練場のほとんどは見えないけれど、端の木陰にあるベンチはここからちょうど真正面に見ることができる。
「カレッタ様、いつもあそこに座っていますよね」
言われて、いつもの実習の時間を思い出す。
そう、わたくしはいつもあのベンチに座っている。
実習中になぜ端のベンチに座っているかというと、いつも一人で見学をしているからだ。
属性魔法であることが前提の実習なので、属性魔法が使えないわたくしは、参加しろと言われても何もできない。それだけわたくしの魔法はできることが少なかった。
しかもまだ無属性魔法はクラスメイトや教師の前では使ったことがないので、おそらくわたくしは完全に魔法が使えない生徒として認識されていることだろう。
別に隠しているわけではないのだけれど、訂正する話し相手も、見せる機会もなかったのでそうなってしまった。
そんなわたくしが実習の様子を眺めていても、何も学べることがない。
では何をしているのかというと。
「カレッタ様、いつもあそこで、一人遊びしていますよね。ハンカチを丸めてお手玉したり、持ち込んだ長いリボンをひたすら編んでいたり、ハンマーを片手でくるくる回したり……」
盗み見るつもりはなかったんですけど、とばつが悪そうに殿下は言う。
「そんなことするご令嬢がいるなんて知らなくて、だんだん見るのが楽しくなってきてしまって。それで、たまに僕が校舎のほうに行った時にも、遠くから、見かけることがあったりして……」
わたくしが気付いていなかっただけで、ルーデンス殿下はわたくしのことをよく見かけていたらしい。
ぽつぽつと心当たりのある場面を挙げられて、通りがかりに見ただけのものをよく覚えているものだと感心した。
「そんなによく覚えていてくださって、光栄ですわ」
「覚えていますよ!」
やにわに興奮した様子で、ルーデンス殿下が身を乗り出す。またほんのりと頬が赤くなってきていた。
「カレッタ様は一人でも腐らず堂々としていて、かっこよくて、でも遊んでいるときは本当に楽しそうで……僕っ、僕は、あなたに、憧れているんです!」
キラキラした目で真っ直ぐに言われ、胸の奥が落ち着かなくなる。
好きにやっているだけなのに、しかもわりと不真面目な方向なのに、そんな目で見ないでほしい。
「憧れなんて、恐れ多いですわ」
「いいえ。尊敬しています。目標です。僕はあなたみたいになりたいんです。いろんな遊びを知ってるし……とくにあの時、令嬢たちの魔法をハンマーでいなしたあれ! 僕、あれを見て本当に感動したんですよ、あんなことができるのかって!」
なんと、あのお遊びも見られていたらしい。
しかも、これは、褒められている。
褒められている!
誰かを巻き込んでも、基本的には本気で楽しんでやっているのは自分くらいしかいないんじゃないかと薄々思っていた、わたくしにとっての至高の遊戯、魔法弾アタック。
それを殿下は褒めてくださっている!
その事実に思い至った瞬間、わたくしの体は大きな波を全身に被ったような衝撃に襲われた。
大海原をいかだで漂流していて十日ぶりに陸地を見つけたら、こんな気分かもしれない。
つまり、ものすごく、途方もなく、嬉しかったのだ。
「……お、お褒めいただいて、いるのですわよね?」
「もちろん。どうやってあんなこと思いついたんですか? というか、あのハンマーが君の魔法? よく持ち歩いてるけどどこから出してるの? 戦う時もいつもあれで戦うの? それとも別の方法があるの? でも戦い方より、ほかにどんな遊びを知ってるかもっと教えてほしいな。ああどうしよう、君と話せたら訊きたいと思ってたことがたくさんあるんだ!」
いつの間にか礼儀正しい敬語はなりを潜め、おそらく素だろう砕けた口調で矢継ぎ早に話しかけてくるルーデンス殿下。
どうやら興奮すると夢中になってしまうタイプらしく、そんなところも親近感を抱いてしまう。
関わってはいけない面倒な立場の王子様、という現実は、この際頭の隅の隅に深海より深く沈めておくことにする。
だってこんなに面白いお方だし、なによりいい気分なのだ。
わたくしは殿下の質問に一つ一つ丁寧に答えながら、どこか懐かしい感情が湧き上がってくるのを感じていた。
その日は、しばらく経って資料室に顔を出したコドラリス先生に、殿下が掴みかからん勢いで飛びかかっていくまで、とても楽しいおしゃべりをして過ごした。