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Blackish Dance  作者: ジュンち
94/227

94話 慈心

海よりも、山よりも。

 昼下がり、すっかりたばこの煙で満たされた居間でケイとヤヨイは机を挟んで向かい合わせに座っていた。ヤヨイは憚ることもせず、たばこの白い煙を吐き出す。手元の灰皿では吸い殻が山を作っている。

 机の上には資料の紙束が所狭しと並べられ、どの紙にも真っ黒になるほどの書き込みがされている。その中から三枚を取り上げ、ヤヨイはまじまじと見つめる。

「こいつら三人って確か生まれた年一緒じゃなかったっけ」

「そうだ。庚午(かのえうま)之年(のとし)だな。知ってか知らずか、仲もいい。まぁ今回は留守番だけどな」

 大して面白くもないケイの返答に、ヤヨイはかみ殺したように笑う。いぶかしんだ表情のケイは「何がおかしいんだ?」首をわずかにかしげる。

「いやあ、『他人に干渉するなかれ』。そういう暗黙の了解は今も昔も守られないんだな、ってな」

 その言葉を鼻で笑い飛ばしたケイにヤヨイは煙を吹き付ける。

 いつ、誰が死んでしまうかわからない既死軍(キシグン)では、いつのころからか「他人に干渉するな」という暗黙の了解があった。過去にも立ち入らず、必要以上にお互いを知ることもしない。誰もがそれを理解し、貫こうとはしている。しかし、長年同じ場所に住み、共に数多くの任務をこなしていれば、それは無理な話であると誰もがその内に悟るのだった。

「そういやケイにもいたな。名前、忘れちまったけど」

 手で眼前の渦巻く煙を払いのけながらケイは何度か咳払いをした。しばらく考え込んだように沈黙したのち、ケイは「俺も、忘れたよ」とこぼした。

「それが良い。人間っていうのは全てを覚えていられるほど賢い生き物じゃない。意外とお前も人間っぽいところあるんだな」

「それ、嫌味か?」

 ヤヨイはいたずらっぽく歯を見せて笑い、吸い殻の山にまた礎を一本追加する。今にも崩れそうなバランスで作り上げられる山をケイはぼんやりと見つめた。記憶力で言えば自分の右に出る者はこの国にはいないだろう。いつかミヤがうっかり口を滑らせてしまった言葉を思い出した。自分はこの頭脳のために呼び戻され、今もなお既死軍(キシグン)にいる。それならば使えるだけ使わなければ存在価値がないように思えた。

「なぁ、ケイ」

 ヤヨイの声にはっと今に引き戻される。

「俺に『仲良し』はいねぇ。だからこそお前に聞きたい」

 資料を机に放り投げたヤヨイは新しいたばこに火をつけた。

「もし庚午(こうご)の三人で誰かが死んだとして、残りはどう動くのか。お前は興味ないか? 単純な好奇心として」

「興味も好奇心もないが、その問いの答えとしては誰が死ぬか、によるんじゃないか。残された人間にとっても、既死軍(キシグン)にとっても」

「それは情報統括官としての意見だ。『経験者様』はどう思う」

 ケイは開きかけた口をつぐみ、視線を握った拳に落とした。「忘れた」と言ったのに、それでも問いかけてくるヤヨイはやはり性格的に難ありだと悪態をつくこともできる。しかし、視線を泳がせ、何度か言葉を飲み込む。

 それを見かねたのか、ヤヨイはつまらなさそうに「俺は誰が死んでも変わらないと思うけどな」と狭い場所に仰向けに寝転がった。

「お前は。もっと希望的観測はないのか」

 ケイは呆れた口調でヤヨイお決まりの悲観的な意見を咎める。

「誰が死んだって、忘れさせてやることはできるんだ。俺の手にかかればな」

「その話はまだいいだろ」

「まだ、ねぇ」

 何か言いたげな口調でヤヨイは口元に笑みを浮かべ、両手を頭の下で組む。ケイは自分に言い聞かせでもするようにうなずいた。

「ああ。まだ、だ。いずれは『狂気の科学者』の出番になる。いや、呼び方は『戦後最悪の殺人鬼』のほうがお気に入りだったか?」

「どっちでもいいが、どちらかと言えば後者の方が正しい。前者は気に食わん。俺は医者だからな」

「お前は狂ってるんだから科学者でも医者でも同じようなもんだろ」

「あんな陰湿なやつらと一緒にすんなよ」

 ケイが笑い、ヤヨイもつられて笑う。

「俺が医者であれ科学者であれ、やることに変わりはない」

 笑いがおさまったところでヤヨイは起き上がり、ケイに顔をグイと近づける。

「ところで、キョウはどうするんだ。また俺と一発やり合うつもりか? そのために俺を呼び出したんじゃねぇのかよ」

「いや、どうせヤヨイが折れてくれるのを見越して、今回も投薬は無しだ」

「バカか、オメェ。いつまでも甘ったれんな。偽善的な延命治療は毒にも薬にもならねぇぞ」

 呆れたようなため息をつきながらヤヨイは顔を離す。そのまま後ろ手に両手を畳について天井を仰いだ。

「情報統括官様に逆らうことはできないってわかってるからな。俺は大人だ。但し、俺が薬を与えても与えなくても、キョウの行き着く先は同じだってことは覚えておけ」

「結局、この話になるのか」

 先ほど自分で「まだ」と言ったばかりだ。それなのに、やはりヤヨイといると話題になるのはいつもこの話だった。

「だから俺はあいつから奪ってやった方がいいんじゃないかっていつも言ってるんだ」

 言葉を詰まらせるケイにヤヨイは間髪入れず続け、にやりと口角を上げる。

「記憶と感情を、だよ」

 たばこを再び咥えて白い煙を吐き出し、小さくつぶやくケイを見下す。

「サナみたいにか」

「便利だろ。記憶も感情もないサナは機械よろしく勤勉に働いてくれる。最高の堕貔(ダビ)だと俺は思うがな」

堕貔(ダビ)は足りてる」

「そういう話じゃないことぐらいわかってるくせに、往生際悪いな」

 再び沈黙したケイは膝の上で握られている拳に先ほどと同じく視線を落とした。確かにここ最近のキョウは言動に不安が残る。このまま任務に行かせても、よくて暴走、悪ければ(イザナ)に危害を加えるか、最悪死に至らしめる可能性すらある。既死軍(キシグン)のことを考えるならば、ヤヨイの言うとおりにするのが一番だろう。(イザナ)は飽くまで既死軍(キシグン)の一部だ。それをどう行使しようが、情報統括官である自分の思うがままだ。

「今からキョウに会いに行く。万が一、危険そうな場合は連絡する。先に義肢と義眼の整備でも準備しといてくれ」

 苦渋の決断でもするように、ケイはうつむいたまま結論を出した。そう言いながらも、既死軍(キシグン)のいいように扱っておいて、今更都合のいい優しさを見せるのは利己的なことに思えた。自分は既死軍(キシグン)の情報統括官で、一個人としての感情は持つべきではない。ケイは小さく頭を振った。

「まぁいいだろう。だが、お前はすぐに俺を頼ることになる」

 ヤヨイは煙を吐き出す。

「くだらん精神主義だけじゃ計画は机上の空論だ、とは言たいが、この既死軍(キシグン)じゃ、人を生かすのも殺すのも、お前の右手一つだもんな。俺なんかより、よっぽど生きにくいだろうよ」

 自分の思い通りに事が進んだからか、珍しくヤヨイが満足そうな表情を作る。さっさと立ち上がると、ケイの肩を叩き、居間を出ようとする。

「まぁ、無理はすんなよ」

「そうだな。病気になっても、お前は診てくれないんだもんな」

 ケイは振り返ってヤヨイを見上げ、ヤヨイはたばこを咥えたまま嫌味っぽく笑った。


 ヤヨイが去ってしばらくしてから、ケイはやっと重い腰を上げた。窓の外はどんよりと雲が垂れ込めていて、また雪が降り出しそうだった。窓を開けると、心臓まで凍ってしまいそうな冷気が一瞬で室内の暖かさを奪い去っていった。

 窓から顔を出したケイは深く息を吸い込む。冬の空気は甘く感じられる。生命の息吹も何も感じられないこの無機質な空気感がケイは好きだった。

 書類を作り上げたら任務が動き出す。遂に黎裔(レイエイ)へ行く。以前、ヤンが那由他に取り付けた位置情報発信機が那由他の生活圏を絞り出した。どうやら未だにその小さな機器は感づかれていないらしい。罠の可能性も十分あり得るが、今は一縷の望みに全てを賭けるしかない。

 両手を組んで天井に伸ばすと、体中が悲鳴を上げるように音を鳴らした。首や肩もついでに回しながら、頭の中ではどの順番で(イザナ)に任務を伝えるか考え始めていた。


 薄暗くなり始めたころ、半纏を着込んだケイは足早に射撃場へと向かっていた。手にはオイルランプを持ってはいるが、こんな時間に出歩くのは久しぶりで満足に明るいとは言えない明かりは多少心許なかった。

 雪が降りしきる中、射撃場にはぽつんと一つ明かりが灯っていた。ぼんやりと浮かんでいる人影はケイが近付くと、ぴたりと動きを止めた。薄い浴衣からはこの季節だというのに白い湯気が上がり、動きを止めてもなお濡れた髪先や顎からは汗がしたたり落ちている。

黎裔(レイエイ)へ行く」

 手の甲で汗を拭ったシドは、木刀を積もった雪に突き立てた。

「そのために俺を連れ戻したんだろ」

「そうだ。働いてもらわないと困る」

「誰が行く」

「ヤン、キョウ、チャコ、ヒデだ」

「了解した。話はそれだけか」

「何かほかに、俺と話したいことでも?」

 ケイは首をわずかに傾け、微笑んで見せる。だがその表情をシドが見ることはなかった。他人がこの場所に来たことが不満なのか、シドは無言でランプを持ち上げると、射撃場を去ろうとした。

 しかし、ケイの横を通ったところで歩みを止めた。

「感謝している、ケイ。俺を既死軍(キシグン)に戻してくれたこと」

 二人は背中合わせのまま、会話を続ける。

「俺は俺の仕事をしただけだ。既死軍(キシグン)にとっての、ひいては帝国にとっての利益にシドが必要だった。それだけだ。他意はない」

 ただ雪はしんしんと降り続け、静寂に静寂を重ねていく。今は物音ひとつ聞こえない。

「その感謝は、ミヤにも言ったか?」

 驚いたようにシドは振り返った。白い世界で長い黒髪が円を描くように美しく舞った。

「気持ちは言葉にしないと伝わらない。いくら一緒に時間を過ごそうとも、お前とミヤは違う人間だ。感情を共有しているわけじゃない。言わなくても伝わるなんていうのは思い上がりにすぎない」

 ケイもシドの方を向き、まっすぐその瞳を見つめる。

「伝えろ。ぶつけろ。それが嘘偽りのない愛ってもんだ」


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