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Blackish Dance  作者: ジュンち
83/228

83話 消去と再構築

決断には、運命が付き纏う。

 レンジとヒデが残すはあと二部屋となった。どこも代わり映えのしない殺風景な部屋で、部屋というよりも物置のような使われ方をしているのがほとんどだった。

 事前情報ではここに住み込んでいる人間が数人確認されているとのことだったが、ケイからの情報とはいえ、それすら疑わしく思えるほどだった。簡易的に造られた水回りが使用されている形跡があることだけが、ここに人間がいることを示す確からしい情報だ。

 そんな二人は一階左側の奥から二番目のドア前で立ち尽くしていた。波音に掻き消されそうな小声で会話をする。

「やっぱりここ、だよね」

「南京錠って、あからさますぎるだろ。罠か?」

「開けてみないことには何とも。レンジって、こういうの開けられる?」

 ヒデはしゃがんでドアにかけられた頑丈な南京錠を手にする。今までは半開きのドアさえあったが、ここだけはきちんと施錠されている。まだ見ていない一室にも鍵はかけられていないようだった。一階では唯一、この部屋だけが厳重に閉ざされている。

「俺の糸に切れない物はない」

 レンジは南京錠がかけられている掛金の脆弱そうな部分に糸を絡める。時には骨すら切り落とすその糸はレンジにかかれば金属すら切断するのは容易いことだった。

「それ、レンジの手は切れないの?」

 華麗な切断面に、ヒデは自分でも馬鹿馬鹿しい質問をしたものだとすぐさま呆れる。しかし、レンジは馬鹿にすることもなく返事をしてくれた。

「俺のは特殊な手袋だからな。流石に素手だと危ないと思う。ていうかヒデの手袋だって、俺たちのと形違うだろ。弓用みたいな感じで」

 言われてみればそうだなと、ヒデは今さらながら、レンジのより少し分厚く感じる手袋を何度か握ったり開いたりしてみる。そんな様子を見て少し笑ったレンジはドアノブに手をかける。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 扉の前に仁王立ちをしたヤンは今か今かと敵の襲来に備えていた。しかし、実際は背後から控えめな家探(やさが)しの音が聞こえるだけで、それすらも波音に掻き消されそうだ。階下からも物音が聞こえてくる様子はない。ただ、深夜の真っ暗な世界で海を間近に感じながら時を過ごしている。この島にいられるのはあとどれぐらいだろうかと時間だけが気になっていた。

「ヤン、見て見て」

 扉の隙間からつつかれ、肩越しにイチの嬉しそうな顔を見遣る。手にあった電球はよく見る透明のガラス製のものではなく、真下の丸くなっている部分以外が黒い塗料で塗りつぶされた珍しいものだった。

「これ、戦時中の灯火管制用電球。まだあるなんてすごくない?」

「そうだな。で、他にいいもんは見つかったのか」

 古ぼけた骨董品を今さら一体何に使うのかと、ヤンはため息交じりに尋ねる。得意げなイチは電球を持つのと逆の手中にある紙束を見せた。目だけでも喜びが伝わってくる。

「あった。大事なところは記憶したから、万が一、ここが爆散蒸発して資料が全部無くなっても大丈夫」

「滅多なことは言うんじゃねぇよ」

 イチは再び呆れ顔をしたヤンを室内に招き入れて扉を閉めると、声をひそめてこれからのこと伝える。

「あとは悪者を倒すだけ。多分一階はそろそろ探索が終わってる。何かあるとしたら二階。だから合流がオススメ」

「ってことだけど、そっちはどうだ。レンジ、ヒデ」

 当然聞いていただろうとヤンは床で遮られた二人に話しかける。すぐさまレンジから返事があったものの、その声は妙な感じがした。

『いや、一旦こっちに来てくれ。人質がいた』

 イチが小さく「うそぉ」と声を漏らした。いつもはっきりと言い切るように話すイチにしては珍しく間延びした声で、加えてその表情は意外さよりも面倒ごとが増えたとでも言いたげだった。

「は? それ、蜉蒼(フソウ)の人間じゃなくて?」

『一応身元は確認してもらったんだけど、何か、まぁ、作戦会議ってやつ』

 歯切れの悪いレンジがブツリと無線を切ると、またしても波音だけが聞こえる空間に戻った。顔を見合わせた二人は人質がいるならばと階下へと向かった。

 左右に伸びる建物の中心にある階段を下り、暗がりの廊下を確認すると、右側の奥でヒデが手を振っていた。白い制服はこういう時便利だなとイチとヤンは古びた木製の廊下がうっかり悲鳴を上げないようにその方へ進む。

 数十分ぶりに再会したヤンとイチに耳打ちをするようにヒデは状況を説明する。

「人質は元々製薬会社で研究者やってた松永って人なんだけど、ケイさんが言うには行方不明になったのが三か月前。それですぐに死亡が確認されて、僕らと同じく死人扱いになってるらしい。ここらへんは今ケイさんが詳細を確認中だからいいんだけど、問題は首に付けられてる爆弾。特定の場所、ケイさんの見立てではこの部屋か建物の外に出ると爆発するっぽい」

 渋々と状況を把握したヤンはイチを横目で見る。ケイはこのような状況になることまで見越してイチを任務に寄越したとでもいうのだろうか。イチが任務の場所に現れるのはほとんどが戦闘後、ただ情報を持って帰るだけでいいという状況下だった。だからこそ、今回イチが初めから同行しているのは不思議に思っていた。一体、ケイには何手先まで見えているのだろうか。怖い男だとは常々感じていたが、深謀遠慮を巡らせるケイあってこその既死軍(キシグン)だと自分を納得させる。

 ヒデの説明を聞いたイチは即座に自分に求められていることを理解し、見えない口元に笑みを浮かべた。

「で、僕が解除する」

「そうそう。とりあえず見てみてよ」

 快諾したイチはヒデの後について室内に入った。そこは独房と形容するのが正しく思えるような空間だった。

 簡易ベッドに浅く腰掛け、両手で顔を覆っている細身の中年男性が人質となっている松永だ。人質ということは立派な被害者だ。それにもかかわらず、イチが目にしたのは頭に拳銃を突きつけられている哀れな姿だった。なぜそんな扱いなのかとイチは驚いた表情で松永からレンジに視線を動かす。

 イチが口を開く前に、言い訳でもするかのようにレンジが先に話を始めた。

「いや、怯えてるってことはマジで人質なんだと思うけど、演技ってこともあり得るし、身元も調査中だし、まぁ、そういうことだ」

 少々呆れたような仕草をしたイチだったが、「(イザナ)のやり方に口出しはしない」とうなずいた。

「松永、あなたが助かったとして」

 意思の確認でもするようにイチはしゃがんで視線を合わせる。感情のない電子合成音はヒデたちにとっては聞き慣れたものだったが、彼には特異なものに聞こえたらしい。自分に向けられる無機質な声に、指の隙間から見える眉を一瞬ひそめた。

「今、松永には二つの選択肢があります」

 淡々とした一方的な通達を三人は見守っていた。ケイから告げられているのか、イチが自分で最善策を考えたのか、その選択肢は既死軍(キシグン)らしいものだった。

「このまま死人として僕らを手伝うか、それとも、生き返って家族の元に戻るかです。つまり、松永をこんな目に合わせた人たちに復讐するか、しないかです」

「もちろん、家族のところに、戻りたい」

 憔悴しきった、か細い声で松永はぽつりぽつりと言葉を続ける。

「私は間違いなく犯罪に加担したのだろう。それは認めよう。これが理由で死刑になっても、私は自分が死ぬのは構わない。だけど、君たちにもわかるだろ。その前に、一目、家族に会いたい。私は家族に危害を加えると脅されていた。だから、加担するしかなかった。もし、解放されるなら、一刻も早く家族の元へ」

 手で顔を覆ったまま、松永は再び沈黙する。既死軍(キシグン)の四人はお互いに顔を見合わせた。全員の気持ちを代弁するかのように、立ち上がったイチが松永を見下ろす。

「生憎ですが、僕たちにはその気持ちはわかりません。でも、松永がそう望むなら、僕らは最善を尽くします。ただし、条件が一つだけあります」

「何でも受け入れる。君たちは私を助けてくれるんだろ」

「記憶を消させてもらいます」

 間髪入れずのイチの言葉に、今まで顔を伏せていた松永が初めて顔を上げた。イチの目元しか見えない顔は松永にどう映ったのだろうか。口を何度か動かすも、それが声になることはなかった。

「まずはここで知ったこと、全てについて僕らに情報を提供してもらいます。そのあとは、松永が穏やかに余生を過ごしたいと思うなら、記憶を消すのが一番です。これは最大限の優しさです」

「何を、どこまで消される」

「全てです」

 松永は短く「そんな」と絶望を孕んだ声色で呟いた。その声にイチは淡々と選択を迫る。

「では、僕らと復讐でもしますか?」

 その問いに返事はなかった。この沈黙はイチの提案に対する拒否を意味するのだろう。

 これで蜉蒼(フソウ)に関する情報も増え、ヤヨイの知識や技術も向上する。一石二鳥どころか、もっと利益があるように思えた。人質がいたのは誤算だったが、結果的によかったとイチは見えない口角を上げた。

 この短時間で覚悟を決めたのか、諦めたのか、松永は消え入りそうな決意を表明する。

「記憶は、思い出は、また作ればいいです。でも、家族は作り直すことができませんから、どうぞ、消してください」

「では、僕らの提案に同意したとみなします。詳細は松永が無事に助かってからお伝えします」

 自分の決断に呆然としている松永から、今度は三人の方に体ごと向けたイチは「それで」と会話を仕切り直した。

「僕は爆弾の構造を調べるけど、みんなは。ここに全員いても仕方ない」

「じゃあ、今度は俺がここで見張ってるよ。縛っとけば大丈夫だろ」

 そう言うとレンジはすぐさま松永の腕を背中に回させ、手と足を自分の糸で縛り上げる。全員が九割九分九厘、正真正銘の人質だと思ってはいるが、できる限りの防衛をしておくに越したことはない。最早抵抗する気力もないのか、松永は言われるがまま拘束された。

 三人を残したヤンとヒデは廊下に出た。一階には蜉蒼(フソウ)はいなかった。もしこの建物にいるならば二階のどこかだ。示し合わせたように、二人は階段を上がっていった。


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