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Blackish Dance  作者: ジュンち
82/227

82話 一翼

自分を、貫け。

 イチは双眼鏡を覗き、ヒデに声をかける。

「ヒデ、あそこの見張り、多分一人。懐中電灯か何か持ってるみたいで、わずかにだけど、明かりが動いてる。倒せる?」

 それは先ほどヒデも確認した人影だった。イチが言うにはどうやら一人らしい。

「距離が問題かな。矢を目的の場所まで飛ばすだけなら四町は大丈夫だろうけど、攻撃力を損なわずにってなると、その半分の距離だと思う。ここから島までってどのくらいだっけ」

「運のいいことに、約二町」

『その通りだ。ただ、確実性が欲しい。もう少し近づけるか。今日の月明かりならそこまで見えもしないだろう』

「いいえ、ケイさん。僕なら、二町で大丈夫です」

 ヒデはそう言うと、陰から姿を現して矢をつがえる。

『わかった。賭けるまでもない。信用してるぞ、ヒデ』

「ありがとうございます。あの人が動かないことを祈っててください」

 ヒデは目を閉じると深呼吸をした。視界から何もかもが、音さえも消え失せる。そこに存在するのはただ、ヒデと目標となる的だけだった。

 ゆっくりと目を開ける。かすかに揺らめく点ほどの灯り、そこまで続く絹糸のような細い一本の線がヒデには見えていた。弓矢を持った両手を頭上に上げ、弦を引きながら手を下ろす。一呼吸を置くと、瞬きをするのさえ憚られるような静寂を纏い、矢を放った。

「行こう。矢の道筋は僕が一番よくわかってる。確実に射抜いた」

 ヒデは間髪入れずに声をかける。双眼鏡を覗いたままだったイチも目を離して残りの二人に視線を向けた。

「明かりが地面に落ちたのを認める。ヒデの言うとおり、見張りは死んでる」

『よくやった。ちょうど潮が引いた時間だ。今から二時間五十分。火薬庫の様子さえ教えてくれれば火薬の処分は堕貔(ダビ)がする。お前らは情報の奪取が任務だ。そして、俺の読みが正しければ今日、必ず蜉蒼(フソウ)が現れる。発信機を握らせてくれ。頼んだ』

「ケイさんの読みはいつも正しいです」

 そう言いながらイチは立ち上がり、三人の方に向き直った。

「僕は今回も情報をケイさんに手渡すまでが任務。だから、三人とも」

 イチが発する声は紛れもなくイチのものだ。しかし、電子合成音では感情までは伝わってこない。イチは一人ずつに視線を合わせ言葉以外の何かを伝えようとする。

「僕を死ぬ気で守って」


 四人は白い制服が汚れるのも構わず泥濘の道を走り始めた。普段なら何ということのない距離だったが、先ほどまで海だった道は足取りを重くした。

 レンジが苛立ちを隠しきれない様子で誰に言うでもなく文句をこぼす。

「わざわざこんなところに軍の施設作るなんて、先人は何考えてんだよ」

「建設当時の地図では陸続きになってる。この八十年ほどで海面が上昇。多分地球温暖化の影響」

『聞くところによると、海面は百年で七寸上昇してるらしいな。更にこの先百年では二尺四寸上昇するという研究結果もある。百年後は帝国も低い土地は海底帝国だな』

 ケイは笑いながらイチの言葉を補足する。ヒデは学校で嫌と言うほど聞かされた「地球温暖化による悪影響」を、学校を離れた今になって身をもって知ることになるとは、と呆れたような表情になった。

 そうこうしている内に、何とか島にたどり着いた。四人はすぐにヒデの言った通り一人の男が島の入り口で倒れているのを確認した。イチはゴソゴソと男のポケットなどを探り、何かを手にしていた。

 ヒデも男に近づくと、見事胸部に突き刺さっていた矢を嫌悪感を(いだ)くこともなく引き抜く。

「また使うのかよ、それ」

 気味悪そうに眉をひそめたレンジがヒデの手元を見る。ヒデは制服の裾で矢についた血液をぬぐいながらあっけらかんと返事をする。きれいになった矢じりに、その声は満足そうにさえ聞こえた。

「みんなの武器と違って消耗品だから。ほら、この矢一本作るのだって貴重な資源使ってるわけだし、大事にしないと地球温暖化よろしく後々不利益被りそうで」

「百年後なんて死んでるからいいじゃねぇか」

「というか、矢は多く持ってるに越したことはないから、ただそれだけ。実際は地球環境なんてどうでもいい」

「ヒデってたまに怖いぐらいあっさりと切り捨てるよな」

「そうかな?」

 二人がそう言って笑っている間に、イチとヤンは用済みとなった男を引きずり、立哨台(りっしょうだい)に押し込む仕事を終えていた。力仕事をめったにしないイチは「僕に(イザナ)は無理」と小さくこぼし、ため息をついている。

 何事もなかったかのように施設に向かって歩き出した三人の後ろで、ヒデは壁にもたれてだらりと項垂れている男を一瞥した。この男は自分が今までに殺した有象無象の一人にすぎない。触れればまだ温かさが残っているだろう。しかし、今はもう冷たくなるのを待つばかりだ。立哨台(りっしょうだい)は外よりも暗く、男の顔には闇のような影が落ちている。

 何の感情も湧かなかった。


 島は海沿いに歩けば一時間もかからずに一周できてしまうほど小さい。中心には小高い丘があり、木々が鬱蒼と夜を凌駕する暗闇を作り出している。その丘から少し離れたところに建物が佇んでいた。事前の情報によれば、建設当時は兵舎として使われていたという。白い壁に瓦葺きの屋根のその兵舎は、今となっては古さを感じさせる二階建てだった。玄関は建物の中心にあり、そこから左右に廊下が伸びている。今はだれもいないのか、灯火管制の名残か、屋内は消灯されているように真っ暗だった。

 少し離れた木陰で立ち止まったイチはしばらくじっと兵舎を見ると、ケイに連絡を入れた。

「ケイさん、もらった建設時の設計図とは窓の数から違っています。内部も増改築されている可能性が高いです。規模は恐らく変わらないので、予想通り、保管庫は洞窟式のところだと思います。今から建物に潜入します」

『わかった。よろしく頼む』

 返事をしたイチは三人を振り返り、一本の鍵を見せる。

「恐らく、鍵は死んだ男が持ってたこれ。内部は玄関を入ってから一階と二階に別れて調べる。何か情報があるとしたら、当時上官の個室だったところ、二階の右奥。だから僕はそこに行く。ヤン、ついてきて。レンジとヒデは一階の玄関から見て右から捜索。以上」

 三人はイチの指示にうなずくと、玄関に向かった。ここが戦場になるのか、それとも穏便に済むのかはわからない。既に一人死んだ。正月早々、今年も変わらない一年になりそうだとヒデは後に続いて兵舎に入った。

 一階は暗く、しんと静まり返っていた。どこも電気は消えているようで、人間の気配は感じられない。無言で二手にわかれると、イチとヤンは足音を立てないように木製の古ぼけた階段を上って行った。

 イチに言われた通り、玄関から左右に伸びる廊下の右手にレンジとヒデは歩き始めた。四部屋ほど通り過ぎて到着した一番奥の部屋は鍵が開いていた。レンジは静かにドアノブを回し、隙間から真っ暗な室内を窺う。安全を確認したレンジはそのままドアを開け、室内に入った。

 椅子一つすらない殺風景な室内を見回したレンジは「何もなさそうだな」とささやく。月明かりを頼りによく見れば床にも埃が積もり、二人の足跡をくっきりと残している。使われている形跡はなさそうだった。

 レンジは目だけで合図をすると、廊下へ出て隣の部屋へと進んだ。そこも拍子抜けするほどあっさりと扉が開いた。しかし、室内には天井まで届くかというほど段ボールが所狭しと置かれている。ヒデが手近にあった開封済みの段ボールを覗いてみると、缶詰めをはじめとする保存食が詰まっていた。一つを手に取ってみると、ヒデですら見たことのある大手食品会社のどこにでもある商品だった。

「そっちは缶詰めか。俺が見たのには飲み水が入ってた」

「ここに籠城でもするつもりなのかなぁ」

 ヒデの言い方にレンジはふっと笑う。

「まともな飯も食えないのに、そこまでして死守したいところなのかよ。それよりどうする。ひと箱ずつ見てくか?」

「とりあえずは後回しにしておこうよ。時間ないんでしょ」

「それもそうだな」

 ざっと室内を見て回った二人は先ほどと同じく何の成果もなく部屋を後にした。


 二階の右奥、イチはかれこれ数分間も扉にかけられた南京錠と格闘していた。隣では暇そうにヤンがあくびをしている。耳を澄ましてみても遠くから聞こえるのは波音だけで、階下でも何事も起こっていないようだった。ヤンは何度目になるかわからないあくびを今度は噛み殺した。

 ケイの報告書によると、ここに何人かが生活していることは確からしい。しかし、今の時間帯は寝ているのか、それとも外出しているのか、通り過ぎて来た部屋からはだれの気配も感じられなかった。ところどころ腐って抜け落ちそうな床は時代の流れと、世間から忘れ去られていた年月を感じさせる。

 今まで聞こえていたカチャカチャという音がやみ、ヤンは視線を窓の外からイチに向ける。その手元には開錠された錠前があった。もたれていた窓側の壁から体を離し、イチに近寄る。

「扉は俺が開ける。イチは離れてろ」

 浅く頷くと、イチは錠前を手にしたまま数歩離れた。ヤンは小さく深呼吸をすると、ゆっくりドアノブを回す。ドアノブが回る音やドアが軋みながら開く音が廊下中に響き渡るように思えた。

 わずかな隙間から室内を見回すも、そこに人影は認められなかった。人が通れるほどドアを開けると、ヤンとイチはするりと室内へと滑り込む。

「当たりみたいです。資料室って感じですね」

 イチはケイに無線で話しかけながら壁中に備え付けられた書類棚の方へと歩いて行く。室内の様子には目もくれず、数冊のファイルを取り出し、懐中電灯を片手にパラパラとめくり始めた。ぼそぼそとケイと何か会話をしているようだったが、ヤンには興味のないことだった。書架や机の引き出しを簡単に見て回ると、イチの横に座り込んだ。

「なぁイチ、先に他の部屋見に行かないか?」

「僕はここにいるから、見てくれていい」

「けど、イチに何かあったらどうするんだよ」

「この建物に爆発物はなさそう。だから安心して探索して来て。抜けそうな床には気を付けて」

「そういう訳にもいかねぇ。俺は任されてるからな」

 ヤンは腰を上げると、鞭を手にした。イチは視線をファイルからヤンに移す。見上げるその表情は暗がりにも自信に満ちていることがわかった。イチの視線に気づいたヤンはその瞳を真っすぐ見て口角を上げる。

「俺が守るんだろ、イチのことは」


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