81話 糸口
知らざるを、知らずとせよ。
雨は小康状態になることもなく降り続いていた。任務の前に風邪でも引きそうだと既死軍の制服を絞りながらヒデは階段を上がる。一階である程度水分を落としたはずの髪からもぼたぼたとしずくが垂れている。屋内の床がまだ乾いているところを見ると、どうやら一番乗りらしかった。
「元日から既死軍の誰かに会えるの嬉しい~!」
階段を上る足音を聞いて待ち構えていたのだろう。ドアを開けるなり、陰から飛び出したルキがヒデに大判のタオルを頭から被せて抱き着いた。
「ぬ、濡れますよ」
「大丈夫大丈夫~。それより、あけましておめでとう~」
ルキは満面の笑みでヒデの頭をくしゃくしゃとタオルで乱暴に拭く。探偵役のルキは万が一に備えて、既死軍が一堂に会する新年の集まりにも顔を出すことはない。毎年元日をたった一人で過ごしていたことを考えると、当然の喜びなのかもしれないと、ヒデはされるがままの状態で苦笑いしながら挨拶を返す。
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「よろしく~。楽しい一年にしようね~」
「そうなるように頑張ります」
気が済んだのか、ルキはヒデから離れ、応接用の机に準備していた資料を指さす。
「ケイから聞いてる~? 結構急ぎの任務なんだよね~。ヤンとレンジが揃うまであれ読んどいて~」
「急ぎとは聞いてませんけど、ケイさんの様子見てたらそうなのかなとは思いました」
ヒデの言葉にルキは「ケイには新年もないね~」とけらけらと笑った。
しばらくすると、ヒデと同様に雨を滴らせたヤンとジライが到着した。相変わらずのルキとヤンの一悶着のあと、ルキは説明を始める。
去年の秋ごろ、既死軍が初めて出会った液体火薬『三号四七五度』は、それまで蜉蒼が使っていた固形の火薬とは違い、特定の金属に触れただけで大爆発を起こす。帝国内唯一の製造元は比較的大手の火薬類製造企業だったが、そこからどういう訳か蜉蒼の手に渡っていた。ケイとイチが長らくその流通経路を探っていたが、やっと確信が持てたらしい。今日行くのは保管場所とのことだった。
「で~今回はなんと! みんな初めてじゃないかな!? 島だよ~!」
「『島だよ~!』じゃねぇんだよ」
呆れたようにヤンが片手で顔を覆う。任務の場所を発表するだけで何故こんなにも楽しそうなのか理解に苦しむといった様子だ。
「島と言ってもさ~、潮の満ち引きによっては陸続きになるんだよね~。これ、島って言うのかな~?」
「知らねぇよ」
「そういう島は陸繋島って呼ばれてる。潮が引いたときに現れる道は陸繋砂州。ってケイさんが言ってる」
扉の方から突然聞こえた電子合成音に三人は思わずその方を向いた。そこにいたのは珍しく既死軍の制服を着ているイチだった。顔半分をすっぽり覆うフェイスマスクの黒と、制服の白が今までになく新鮮に見えた。
「いらっしゃ~い。待ってたよ~」
手を振るルキをちらりと見たイチは三人に「今日はよろしく」と目だけで笑った。
「それでね~詳しいことは移動器で読んでくれたらいいんだけど~、保管庫には製造方法その他諸々の情報があるって話~。とりあえずこれ、無くさないように持ってってね~。遼平に渡しとくからさ~首尾よくやってね~」
そう言って引き出しから取り出したのは親指の爪ほどの大きさをした位置情報を伝える発信機だった。ヤンは受け取りながら、なぜ自分がこの任務に選ばれたのかを理解した。
「蜉蒼のやつに取り付けろってか」
「ご名答~。遼平さ~闇賭場でイカサマして相当儲けてたじゃん~。ケイはその腕を買ってるんだよ~」
「そんな任務行ってたのか、ヤンは」
レンジが驚いたように隣に座っているヤンを見る。誘同士はお互いがどんな任務へ行っていたかはあまり共有しない。必要な情報はケイを通じて教えられる。それだけで十分だった。現に、今、シドがいないことも「任務に行っている」と納得すれば、それ以上の詮索はだれもしなかった。
「あれだよ。レンジもイチと治持隊の制服で来ただろ。去年の春ぐらいにさ、雑居ビルのやつ」
そこまで聞いて、レンジが思い出したように手を叩く。
「でも確か、ヤンは店員だっただろ」
「最初は客として潜り込んでたんだ。それから店員、というか用心棒になったんだよ」
「じゃあヒデも?」
「僕は最初っから店員だったよ」
レンジはなるほどと言った様子で当時の任務の全貌を今更ながら理解していた。
「まぁまぁ、あとは移動器で喋ってね~。もう何回もケイの雷が落ちててさ~耳ちぎれそ~」
ピアスがついた右耳を塞ぎながらルキが笑う。四人はソファから立ち上がり、じっとりと濡れて不愉快な制服を翻し、扉へと向かった。
「行ってらっしゃ~い。気をつけてね~」
相変わらずの腑抜けた表情で手を振りながら、ルキは階段を下りていく四人を見送り、扉を閉めた。
移動器に乗ったヤン、レンジ、ヒデは毎度一人分しか準備されない資料を回し読みする。イチはケイから直接内容を聞いて来たらしく、読まなくてもいいとのことだった。
「第二次世界大戦って一体いつの話だよ。旧帝国軍って案外適当だったんだな」
今向かっている火薬の保管庫が元々は旧帝国軍の所有物だったと知ったヤンは不満げな声をあげる。第二次世界大戦の終戦を境に体制が変わった帝国軍は、それ以前を「旧帝国軍」と呼び区別している。
ヒデは既に読んでいた資料に再度目を通しながら返事をする。
「旧帝国軍の火薬製造工場兼保管庫だったなら、まぁ理にかなった使い方だよね」
「けど、今の所有者が不明とはな。第三次世界大戦で詳細が焼失なんて怪しいもんだ」
「第三次世界大戦で有耶無耶になるのはよくある話だよね」
ヒデは笑いながらヤンに賛同する。そこにイチが情報を付け加えた。
「一応、そこに最近人の出入りがあるのは確認済み。近隣の住民は元は軍の所有地だったってことから近づきはしないみたい。だから恐らく出入りしてるのは蜉蒼の人間」
「近隣住民って。悠長なもんだな。一帯を吹き飛ばすほどの爆薬があるっていうのに」
ヤンは小馬鹿にしたように笑うと頭の後ろで手を組んだ。そんなヤンを上から覗き込むようにイチが顔をのぞかせる。
「案外、身近な危険ほど気付かない。僕らだって、どこに核兵器があるか知らない」
「そりゃそうだけど」
「堅洲村の地下にあるかも」
「それならそれで、拝んでみたいもんだな」
手のひらでイチの顔を押しのけると、ヤンは体勢を変えて座席に横になった。
「どうせ今日も長い戦いになるんだろ。俺は一足先に初夢でも見させてもらう」
「一芙蓉、二鷹、三茄子、ってやつか?」
今度はイチの代わりにレンジが顔を出した。せめてもの正月らしい会話だった。
「見る奴いんのかよ、そんな迷信じみた夢」
目を閉じたまま、不機嫌そうにヤンは返事をする。レンジもレンジで「いねぇだろ」と笑い、言葉を続けた。
「なぁ、イチ。これの由来って何なんだ」
「徳川将軍家ゆかりの地、駿河と関係がある物、だったかな。ちなみに、『四扇、五煙草、六座頭』って続きもある」
レンジとヒデが同時に「へぇ~」と驚きの声をあげる。
「流石イチだね」
「僕が、と言うより、ケイさんが宿家親だから。色んなこと教えてもらってる。たまにはケイさんの話し相手しに来てあげて」
イチの言葉にそれまで眠ろうと努めていたヤンが体を起こし、呆れた顔を作る。
「やめとけやめとけ。万年引きこもりのケイはイチぐらいとしか波長合わねぇよ」
『全部聞いてるからな、お前ら』
しびれを切らしたのか、全員の無線にケイの冷めた声が聞こえた。
長時間の移動を終え、地上に上がった一行は真っ暗な雑木林を抜け、海が見える開けた場所に出た。物陰に隠れ、島の方をそれぞれが確認する。頼りない月明かりでは空と海さえ溶け合い、境界線がはっきりとしない。
イチが代表してケイに連絡を入れる。
「ケイさん。到着しました。まだ潮は引ききっていないようです。予定通りです」
『あと十分ほどで干潮だ。陸繋砂州は潮が引いたとき、三十分から、長ければ四、五時間は出現する。今日の予測は約二時間五十分。泳いで帰りたくないなら、それまでに片をつけろ』
無線を聞きながら、隣同士になったヤンとヒデはほとんど意味をなさない双眼鏡を覗き、眉間にしわを寄せる。
「見えるか? ヒデ」
「うーん。陸繋砂州ってところから島に通じてる所、入り口っていうのかな? そこに一人、いや、二人?」
『残念ながら、急なことで巡回や交代の時間までは把握できていない。屋内の地図も旧帝国軍時代のものしか準備できなかった。まぁ、お前らなら大丈夫だろ』
「毎回簡単に言ってくれるよな」
無線を聞いたレンジがため息をつきながら再び目を凝らす。ぼんやりとではあるが、ヒデの言うとおり、唯一島に入れる場所には人間がいるように見えた。
ヒデはヤンと反対側に潜んでいるイチに話しかける。
「僕、イチと最初から任務するの初めてなんだけど、イチって武器は何か使えるの?」
「拳銃と軍刀は使えるけど、あんまり得意じゃない。そもそも運動自体苦手」
「イチはケイの世話でそれどころじゃねぇよな」
話に割り込んできたレンジはケイに聞こえているのも構わず笑いながら言葉を続ける。
「非戦闘員のまま、料理の腕あげてる方がケイ、というか既死軍のためだろ」
「それはそうかも」
イチも自分の境遇に同意を示す。その頭には今現在、この会話を聞きながらため息をついているケイの様子が浮かんでいた。




