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Blackish Dance  作者: ジュンち
80/228

80話 青雲(せいうん)

ゆく河の流れは、絶えない。

 大晦日、堅洲村(カタスムラ)では例年のごとくケイ主催の餅つきが行われていた。長年堅洲村(カタスムラ)に暮らしている面々にしてみれば毎年恒例の行事だったが、いつもと違うのはミヤの宿(イエ)ではなくケイの宿(イエ)の庭で行われていること、主催者であるケイが顔を出していないことだった。

 ヒデは手持ち無沙汰に杵を肩に担ぎ、イチとセンが炊き立てのもち米を熱そうにセイロから臼に移す様子を見ていた。去年は湯気を立てるもち米入りのセイロと、栄養失調一歩手前のケイの組み合わせがあまりにも似合わず、笑った記憶がある。

 同じく餅つき役を押し付けられていたチャコが水を張った桶で手を濡らしながらヒデを呼びつけた。周りには見物や冷やかしに来た宿家親(オヤ)(イザナ)が数人いる。しかし、去年自分を呼びに来たヤンの姿が今年は見当たらなかった。後でお裾分けでもしに行くかと思っていると、チャコに声をかけられた。

「今年も無事生き残れたなぁ」

 息を合わせながらバラバラだったもち米を一つのまとまりにしていく。チャコはヒデを見上げて笑った。

「お互いにね」

「来年もとりあえず生き抜くのが目標やな」

「チャコは大丈夫だよ。多分、気付いたらまた年末になってる気がする」

「そうやとえぇんやけどな。まぁ今年は既死軍(キシグン)から死人も出んかったし、めでたい一年やったわ」

「来年も平和だといいね」

「平和は無理やろな」

 ヒデの楽天的な発言に声を上げて笑ったチャコは再び桶に手を入れた。


 数人で丸めた作りたての餅をいくつか和紙に包んでヒデはヤンの宿(イエ)へ向かっていた。玄関の戸を開けて挨拶をすると、しばらくしてゴハが気だるげに奥から出てきた。

「なんだ、ヒデか。珍しいな」

「お裾分けに来ました」

 上り(がまち)に腰掛けたゴハはヒデから包みを受け取るとその場で開き、礼を述べた。

「あとで取りに行こうと思ってたんだ。助かる」

「今年はヤン、来なかったんですね」

「あぁ、あいつは明日祝詞(しゅくし)をするもんでな。今必死に覚えてるところだ」

 ヒデは「シドじゃないんですか?」とわかりやすく驚きの表情を作る。今年の元日の様子から、(イザナ)から宿家親(オヤ)への新年の挨拶は毎年シドがするものだと思っていた。

「シドはいないらしい。任務か何かだろ。ちなみにミヤさんもいないって。俺もさっき知った」

「そうなんですね」

「まぁ祝詞(しゅくし)もちょうど代替わりでいいんじゃないか。ヤンは(イザナ)を代表するのは恐縮してたがな」

「楽しみにしてるって伝えておいてください」

 軽く返事をしてゴハは立ち上がる。

「ところでよ、ヒデ。あいつが練習してるせいでまだ掃除終わってねぇんだよ。手伝ってくれ。どうせアレンさんのことだからそっちの新年の準備は終わってるんだろ」

「いいですけど」

 そう安易に返事をしたところでヒデはヤンから耳にタコができるほど聞いているゴハの横暴さを思い出し、頭を掻いた。その様子を察したゴハは「流石に殴ったりはしねぇよ」と笑った。


 翌日、新年だと言うのに深夜から大雨が降っている。紋付き袴姿の宿家親(オヤ)既死軍(キシグン)の制服を着た(イザナ)は肩や裾を濡らしながら堅洲村(カタスムラ)のはずれにある会議場に集まっていた。会議場の入り口にはだれが持ち主かわからないほど唐傘が整然と並んでいる。

 もうすぐ始まるのは帝国で元日に行われる大御言謹聴(おおみこときんちょう)の儀だ。昨日聞いていた通り、ミヤとシドの姿は見当たらない。この世界には変わらないものなどないのだと最後尾に正座しながらヒデは口を堅く結んだ。

 正面の文机に置かれた古ぼけたラジオからは、やむことなく国歌が流れ続けている。しばらくするとケイが早足で会議場に入って来た。ざわついていた室内も徐々に静かになり始める。ケイは一人、全員の方を向いて正座した。

頭主(トウシュ)さまに代わり、わたくしケイがご挨拶致します。第肆拾陸期己丑(つちのとうし)之年となりました。宿家親(オヤ)の皆様、(イザナ)の皆様、本年もどうぞよろしくお願い致します」

 全員が手をつき深々と頭を下げたところで、ラジオから正午を告げる時報が鳴り、元帥の声が聞こえ始めた。

「我が葦原中ツ帝国アシハラノナカツテイコクの臣民たち。新年おめでとう。皆と共に新年を祝うことを誠にうれしく思う。我が帝国は……」

 決まり切った冒頭の挨拶を代読するこの声を聞くのは一年ぶりだ。これはまさしく「元帥の声」に他ならない。しかし、ヒデには夏に聞いた頭主(トウシュ)の声にしか聞こえなかった。真実は未だにわからないが、頭主(トウシュ)が元帥なのだと考えると合点がいくことが多い。

 元帥の声を聞きながら、ヒデは去年一年を回顧する。そう言えば、ロイヤル・カーテスと初めて会ったのは年が明けてしばらくしてからだった。まだ一年も経っていないのかと、闘いの日々を思い返した。邂逅から一年足らずでロイヤル・カーテスを率いる人物にまで辿り着いたケイを心の中で称賛する。

 璽睿(ジエイ)はやはりヤンが接触した男だったのだろうか。自分が潜入し、監視していた男は璽睿(ジエイ)ではないと確信が持てていた。ケイからの報告は聞かされていないが、いつか時機を見て話題に上げるだろうと同級生だった男を記憶の隅に追いやった。代わりに脳内に現れたのは、川崎陽奈美だった。もうすぐ約束していた時間になる。初詣に行こうと誘ってくれた陽奈美は笑顔だった。しかし、今、元帥による(スメラギ)の新年の挨拶を、陽奈美は一体どんな心情で聞いているのだろうか。既に佐久間篤紀の訃報を聞いているのか、それともこれから来ることのない人を大雨の中待ち続けるのか。

 自分が見ていなければ、どんな感情でも、どんな表情でも構わないと思っていた。二度と会わないのをいいことに随分と酷いことをしてしまったのかもしれないと、忘れていたはずの罪の意識がふと顔をのぞかせた。

 再び聞こえ始めた国歌にヒデは我に返り、慌てて顔を上げた。毎年(スメラギ)の挨拶は十分ほどかかる。そんなにも時間が経っていたことに我ながら驚いた。すぐさまヤンが立ち上がり、正面に座った。

(イザナ)を代表致しましてわたくしヤンが宿家親(オヤ)の皆様へ、新春を寿(ことほ)ぎ謹んでご祝詞(しゅくし)を申し上げます。本年も相変わりませずご厚誼を賜りますよう、 お願い申し上げます」

 昨日の練習が実ったのか、すらすらと言い終わったヤンは形式通り頭を下げ、列に戻った。これで既死軍(キシグン)における新年の儀式は終わった。緊張していた空気が弛緩し始める。時間を惜しむようにさっさと出て行ったケイを横目にヒデは足のしびれをとりながらゆっくりと立ち上がる。

「ヤンの祝詞(しゅくし)、流石だったよ」

 横を通り過ぎようとするヤンにヒデは声をかける。ヤンは当然だと言わんばかりの顔を作った。

「まさか俺がする日が来るとは思わなかったけどな。光栄ではあるけど、俺はシドのほうがいい」

「シドもミヤさんも、どこ行ったんだろうね」

「任務だろうとは思うけど、いつもと違うのは何か、落ち着かないと言うか。俺が知ってる限りではルキ以外が参加してないのは初めてだし、祝詞(しゅくし)も俺がここに来たときはもうシドだったしな」

 ヒデは相づちを打ちながらブーツを履き、傘を手にした。最早自分が持ってきた物かはわからなかったが、誰も持ち主は気にしていないようだった。

 空には厚い雲が低く垂れ込め、滝のような雨が変わらずに降り続いている。元日にこれほどの雨が降っているのは初めてだった。隣にいるはずのヤンの声も掻き消されるようだ。

「そうそう、昨日俺の代わりに掃除してくれたんだってな。あとでゴハがお礼に何か持って行くって言ってたぞ。まぁ、あいつのことだ。この雨ならいつになるか、わかったもんじゃないけどな」

「ゴハさん、話に聞いてたほどの人じゃなかったと思うけど」

「そりゃ相手がヒデだからだよ。いくらゴハとは言え、よその(イザナ)に手は上げないだろ」

「自分でも言ってたよ。『殴らないから』って」

 ヤンはヒデの言葉を聞くと声を上げて笑った。

「どう思われてるかって自覚はあるんだな」

「ほとんどヤンが言いふらしてるせいなんじゃないの」

「まぁ事実だからしょうがねぇよな」

 にこやかにそう言い放ったヤンは分かれ道で「じゃあな」と手を上げて別れを告げ、宿(イエ)へと帰って行った。ヒデもすぐに自分の宿(イエ)に着き、玄関の扉に手をかけた。そこに突然無線越しにケイの声がした。

『ヤン、レンジ、ヒデ、新年早々悪いが任務だ。今すぐルキのところへ向かってくれ。詳細はルキから伝える』

 これが理由でケイは慌ただしく大御言謹聴(おおみこときんちょう)の儀を済ませたのかと納得する。「わかりました」と返事をすると、手を離し、庭を通って直接自室へと向かった。このまま玄関を開けてアレンの顔を見てしまうと、任務へ行くのが億劫になってしまう気がした。閉めきっていた雨戸を開けて部屋に入ると、それと同時に物音に気付いたアレンが襖を開けた。

「おや、こんなところからお帰りとは」

「急に任務になってしまって」

「そうでしたか」

 雨の中、傘をさしたままブーツを脱ごうと悪戦苦闘していたヒデを見たアレンは押し入れから拳銃とヒデの武器、下弦を出して手渡した。ヒデは傘を閉じて縁側に立てかける。

「ありがとうございます」

「お正月のお祝いは帰ってからにしましょう」

 アレンはいつもの笑顔で下弦と銃を手放した。ヒデにはその表情が何故自分が玄関を通らなかったのかを悟っているかのように見えた。

「わかりました。帰って来るので、待っててください」

「はい。お待ちしています」

 既にずぶ濡れになったヒデは礼を言って頭を下げる。体中を濡らす冷たい雨は徐々に体温を奪っていく。新年から任務で、しかもこんな雨では幸先が悪いような気がした。今年は何か良くないことが起こるのかもしれないという考えが頭をよぎった。

「雨は」

 村の出口へと走り出そうとするヒデの背中にアレンが話しかける。その言葉にヒデは足を止め、振り返る。

「雨は、穢れを祓い清め、恵みをもたらすものと考えられています」

 全ての心情を見透かすようなアレンの視線がヒデの目と合った。先ほどまでの悪い考えが雨と共に流れ落ちていくような感覚がした。

「お正月から雨とは、縁起がいいです。行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 ヒデは笑顔を見せ、再びアレンに背を向けて走り出した。アレンは置き去りになっている唐傘を手にすると、見えなくなった姿に小さくつぶやく。

「どうか、ご無事で」


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