表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Blackish Dance  作者: ジュンち
68/227

68話 鎬(しのぎ)を削る

闘雀、人を恐れず。

 太陽が燦燦と降り注ぐ秋の午後。木々は紅葉し始め、深まりゆく秋に色味を添える。しかし、道中に見えたそんな景色を楽しむ暇もなく、ヒデは倉庫の屋根でその時が来るのを待っていた。心地のいい気温に思わず出たあくびを噛み殺す。

『誰か来たか?』

「今のところ誰も」

 倉庫内で隠れているジュダイから現状確認の無線が入った。今回はジュダイと二人、相も変わらず、昼間だというのに人気のない倉庫街での任務だ。戦争以前から富国強兵政策の一つとして殖産興業を掲げている帝国に、こんな数の打ち捨てられた工場があったのかと毎度のことながら驚く。

 蜉蒼(フソウ)やロイヤル・カーテスとの闘いの合間にも通常の任務は舞い込んでくる。今回は国外に持ち出されそうになっている機密情報があるとのことだった。

 たった一言交わしただけの無線が終わると、また静寂に戻った。

 それからどのくらい経ったのだろうか。目で見てわかるほど太陽の位置が移動したころ、やっと人影が現れた。ルキから聞いていた通りの容貌をした二人組だ。ヒデは見つからないように腹ばいになって屋根の縁に近づく。

「ジュダイ、来たよ。援護は任せて」

『了解した』

「見た感じだと、多分渡す側だと思う。受け取る側ももうすぐ」

 来るかもしれない。と言おうとした言葉はケイからの無線に掻き消される。

『男の後ろ! ロイヤル・カーテスだ!』

 ヒデは反射的に姿勢を正して標的を捉え、矢を放った。拳銃と違い、発砲音のしない矢は直前までロイヤル・カーテスの二人に気付かれることはない。ロイヤル・カーテスは男たちを背後から軍刀で切りつけ、ポケットから小型の記憶媒体を見つけ出すと、その場を立ち去ろうとしていた。すんでのところで攻撃に気付いたロイヤル・カーテスは、しまいかけていた軍刀を再び抜き、切り落とした。

 男は自分を襲ったものを見た瞬間、はっと何かに気付いたように顔を上げ、辺りを見回す。

「ヒデ! いるんだろ!」

 その声には聞き覚えがあった。立体駐車場で出会った、「(ルワ)」の名を冠する男だった。その横にいるのは、ヒデには見覚えがなかったが、特徴から察するにユネだろう。

「ここです」

 ヒデは立ち上がり、居場所を示す。正直なところはヒデの長所ではあるが、これではただの馬鹿正直だとケイはいつかと同じく頭を抱えた。

「記憶媒体は俺たちがもらった! 悔しけりゃ取りに来い!」

「わかりました!」

『ジュダイ、ヒデ、何としても取り返せ。情報を国外に流出させるつもりも、ロイヤル・カーテスに渡すつもりもない』

 ヒデは屋根から排水管を伝って屋内に降り、外へ駆け出る。そうこうしている間に、物陰伝いに移動していたジュダイが既にルワとユネの相手をしていた。全員刀使いとあって、それぞれに思うところはあるようだ。一歩も引くことのない攻防戦を繰り広げている。たった数十日ではあるが、ミヤに剣術を叩きこまれたヒデは今では三人の動きの意味が手に取るようにわかった。見世物のような派手な打ち合いではなく、一刀で相手を切り伏せようとしている。そう言えばシドも自分の攻撃は全て避け、最後の一撃でのみ木刀を振り下ろしていた。今、目の前で戦っている三人はシドやミヤにも負けず劣らず、立派な剣術使いだ。

「俺はヒデに用がある! そっちは任せたぜ、ユネ」

 ルワは軽々と後方に下がり、視線をヒデに向けると走り出した。

「自分本位やめてほしいんだよ」

 ジュダイの攻撃を受け流しながら、ユネはぶつぶつと文句を垂れる。

「一応初めまして、かも。僕はユネ。ユネは『一番』って意味。遊技内容によって最強にも最弱にもなり()る天邪鬼。よろしくだよ」

「この状況で悠長に自己紹介とは舐め腐ってんな」

「だって、誰に殺されたかは知っておくべきだと思うんだよ」

「お前ごときにやられるつもりはねぇよ」

「このお遊戯、僕が強いかジュダイが強いか、どっちだろうね」

 ユネはにんまりと笑うと軍刀を握り直した。


「久しぶりだな、ヒデ。二か月ぶりぐらいか」

「お元気そうで何よりです」

 既に(やいば)を交えているジュダイとユネとは対照的に、向かい合った二人はお互い得物を構えることもせず、定型文のような挨拶を交わしていた。ルワは手に入れた小さな媒体を得意げにちらつかせる。

「お前らの目的はこの情報の奪取か? それとも消去か?」

「ルワには関係のないことです。奪取にせよ消去にせよ、ロイヤル・カーテスに渡すつもりはありません」

「先に手にしたのは俺たちだ。それを既死軍(キシグン)は横取りするのか?」

「人聞きの悪い言い方をしないでください。僕らはどんな手を使ってでも任務を遂行するだけです」

 ヒデは矢をつがえると、あっという間に矢を二本放つ。自分の軍服をかすめて飛び去って行った矢が狙う方向をルワも振り返る。自分が持っている記憶媒体の受取人が二人絶命していた。敵ながらあっぱれだと言わんばかりルワは思わずヒデを見遣る。

「百発百中だな」

「当然です」

「だが、それも近距離なら意味ねぇよな。弓道って的までが十五(けん)半なんだろ。なら一番威力が出るのはそれぐらいの距離が必要ってことか?」

「よく距離知ってますね」

「お前と戦うために、めちゃくちゃ調べたんだよ!!」

 褒めてくれとでも言わんばかりにルワは「合ってるよな!?」と大声で問う。

「あ、合ってますけど。威力が一番出るかと言われると、そうとも限りません。僕も、既死軍(キシグン)なので。戦う術ぐらいは身につけてるつもりです」

「そりゃ楽しみだな。ただ、接近戦に弱いのは確かだろ」

「近づけるものなら、近づいてください」

 ヒデはそう言うとあっという間に距離を取り、軍刀が届かない位置を保つ。先ほどのジュダイとの戦いを見ている限りでは、仮に接近戦になってもどうにか見切れそうだ。しかし、ヒデが今装備しているのは弓と拳銃のみで、軍刀に太刀打ちできるような攻撃手段は持ち合わせていなかった。やはり間合いは詰めないほうがよさそうだと矢筒から数本矢を取り出した。ロイヤル・カーテスの「王」であるルワに以前と同じような手法が通用するだろうかと考えを巡らせる。

 太陽は徐々に高度を下げ、空を真っ赤に染め始める。昼間とは打って変わった肌寒い風が頬を撫でていった。

「前は蜉蒼(フソウ)に邪魔されたからな。今回は心ゆくまで戦おうぜ」

「わかりました。受けて立ちます」

 ヒデは弓矢を、ルワは軍刀を構える。敵組織だからというよりも、個人として負けたくないとお互いを見据える。

 ルワは足を踏み切り、ヒデに向かって駆け出した。一般的な矢の速さはいつかディスが教えてくれた。正確な速度までは覚えていないが、速いと思ったことは確かだ。そんな攻撃手段に自ら突っ込んでいくとは酔狂なものだとルワは自分で自分の行動を嘲る。しかし、踏み出してしまった以上もう後には引けない。真正面から来た矢を続けざまに三本薙ぎ払う。弧を描いて脇から自分を仕留めようとする曲芸のような技も今回はかわすことができた。だが、刀はヒデに届く位置には到達できなかった。それならとルワはヒデの矢が尽きるまで攻撃をしのぐことに徹しようと作戦を変更した。

 当のヒデも、徐々に数を減らしていく矢に焦りを禁じ得なかった。やはりルワには同じ技は通用しないらしい。拳銃で一撃必殺を決めるシドを除けば、既死軍(キシグン)で唯一攻撃回数に限りがある武器がこの弓矢だ。叩き折られてしまっては拾って再利用することもかなわない。簡単に補充できないところを考えると、それも自分の弱点だと改めて気付かされた。

 ルワが足を止めたのを見て、ヒデも間合いを保つための後退をやめる。恐らくこのまま矢を放ち続けても虚しく地面に散らばるだけだろう。

「ヒデ、俺と考えてることは多分同じだろ。その矢が尽きないうちに白旗を上げるのを勧めるぜ」

「心ゆくまで戦おうって言ったのはルワですよ。僕はまだ満足していません」

「それなら何か策でもあるっていうのか?」

 ルワは軍刀を握り直し、奇策に備える。しかし、意に反して返ってきた言葉は実にあっけらかんとしたものだった。

「ありません。でも、負ける気はしません」

「気持ちだけでそう言われてもなぁ。このままだと負けるのはヒデ、お前だぞ」

 ルワは呆れた顔で笑う。つられてヒデも笑顔を見せる。

「やってみないと、わかりませんよ」

 そう言うが早いか、今まで保っていた距離をヒデは詰めた。思わぬ行動に一瞬怯んだ隙をヒデは見逃さず、握り締めていた矢じりをルワの利き腕に突き立てた。軟らかい感触がするでもなく、すぐに骨か筋肉かわからない硬いものに阻まれた。すぐさま引き抜くと、傷口から噴き出した血が飛沫(しぶき)となってヒデの顔にかかる。顔を歪めたルワはヒデの顔を見下ろす。左手で握った軍刀を振り切るも、ヒデは飛ぶように後ずさり攻撃をかわした。

 ルワが軍刀を片手で持っているのを好機とばかりに、ヒデは弓そのものを振りかぶり、左手の甲に叩きつけた。電撃のような痛みが手から全身を駆け抜け、ルワは思わずうめき声と共に刀をその場に落とした。ヒデは軍刀を拾い上げ、ルワの首筋に当てる。

「言いましたよね。負ける気はしないって」

「流石俺の好敵手だ、ヒデ」

 諦めたような乾いた声でルワはヒデを見る。だが、その目はまだ輝きを失ってはいなかった。

「ただな、俺もロイヤル・カーテスの『(ルワ)』だ。そう簡単にやられちゃ、自分で自分が許せないんだよな」

 するりと手を回し、ヒデの矢筒に残っていた三本を掴むと、自分の首筋に触れていた(やいば)にシャフト部分を勢いよく滑らせる。ルワの手から投げ出された矢はカラカラと音を立て地面に散らばった。

「お前の手は尽きた。これでも、まだお前の勝ちか?」

「うーん、そうですね」

 ヒデは刀を下ろし、ルワに柄を向ける。

「今回は僕の負けです。残りの矢を取られてしまったのは僕の落ち度ですし、矢がなくては戦えません」

「その馬鹿正直さ、いつか痛い目見るぞ」

 ルワは軍刀を受け取り、鞘に納める。鏡面のように輝きを放っていた刃にはわずかに赤く光るところがあった。首筋に手を当てると、既に乾いていた血が黒い手袋を少しだけ汚す。流石自分が手入れをしているだけのことはあるなと、その切れ味に笑みがこぼれた。

「じゃあ、この記憶媒体は俺たちのものってことでいいな」

「いいえ、僕らは任務を遂行します」

「こいつの首が飛んでもいいなら、持って帰りな」

 ジュダイの声に振り返ると、なぜヒデがあっさりと手を引いたのかがわかった。顧みたその腕の中には、いつものすかした顔からは想像もつかないような、今にもジュダイに噛みつかんばかりの表情をしたユネがいた。

「僅差でコイツの勝ち。僕は認めないけど。お前がちんたらしてるせいなんだよ、ルワ」

「は? 負けたのを俺のせいにすんのか? ジュダイ、そいつ殺してもいいぞ」

「そんなの璽睿(ジエイ)が許さないんだよ。さっさと僕を連れて帰れよ」

「お前が手にしてる記憶媒体と引き換えだ。これ以上仲間を傷つけられたくなかったらな」

 自分を睨みつけるユネとジュダイを交互に見遣ると、ルワはここには自分の敵しかいないのかと舌打ちをしてヒデに小さな媒体を手渡した。

「月並みなセリフで自分にムカつくけど、次は負けないからな」

「僕も、接近戦に備えておきます」

 ルワはヒデの言葉を鼻で笑うと、ジュダイからユネを引き取った。足を負傷しているのか、満足に歩けないユネを半ば引きずるようにしてその場を後にした。

「ユネは強かった?」

「そうだなぁ、まぁ、俺だから勝てたようなもんだ。流石に俺の剣術には敵わんだろう。やってる長さが違う」

 二人はロイヤル・カーテスがいなくなったのを見計らい、移動器に向かって歩き出す。いつの間にか日は落ち、夜の帳が辺りを包み始めていた。

「僕、この前ミヤさんに霽月(せいげつ)流習ったんだけど」

「そりゃまた古い流派だな」

「目標はロイヤル・カーテスと渡り合えるようになること。特に接近戦に弱いから、僕は」

「そりゃいい心がけだな。だが、弓のような遠距離武器と違って近距離武器は一瞬の油断が命取りだ。ヒデには要らん忠告かもしれないが、一応伝えておく」

「ありがとう。今日はジュダイのおかげで任務成功できたね」

「感謝してくれよ」

 そう言うと、ジュダイは小さく笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ