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Blackish Dance  作者: ジュンち
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66話 彌(ひさ)しき流れ

志を、嗣ぐ。

 ヒデは自分の布団で目を覚ました。ぼんやりとした頭で暗い室内を見回し、しばらくしてやっと今が夜だということに気が付いた。肌寒くなってきた最近は陽が落ちると雨戸も閉めてしまうため、一層室内を暗くなっている。屋内はしんとしていて、物音一つしない。アレンはもうすっかり寝てしまったようだ。

 レンジと任務から帰ってきたのはちょうど朝日が昇ろうとする幻想的な空模様の時間帯だった。

 最近は既死軍(キシグン)の前にロイヤル・カーテスが現れることが以前よりも増えた。今までは任務だけこなしておけばよかったのに、そこにロイヤル・カーテス討伐まで加わっては体がもたないと、宿(イエ)に着くなり倒れるように眠ってしまったのだった。太陽の動きから考えると、どうやら十二時間以上はたっぷりと寝てしまっていたようだ。流石に目も冴えてしまい、もう一度眠る気にはならない。布団から這い出すと、寒さに身震いを一つした。

 森の中にある堅洲村(カタスムラ)は夏は涼しいが、その分寒さは厳しい。ヒデは押し入れの葛籠(つづら)から灰色のパーカーを引っ張り出し、シャツの上に着こんだ。眠れないのに真っ暗な室内にいても仕方がないと、靴下も履いて居間へと出る。そこはアレンが囲炉裏に火をつけていた名残でまだほのかに暖かかった。

 靴の紐をきつく縛ると、ヒデは外に出た。雲一つない満点の星空だ。しかし、三日月にも満たない月明かり程度では視界も悪く、ヒデはオイルランプを取りに戻り、再び玄関をまたいだ。

 任務で帰って来る以外に、夜に村を歩いたことはなかった。昼とは違う村の様子に新鮮さを覚える。余裕のあるパーカーと身体の隙間をすり抜けていく風は一層冷たさを増し、夜の深まりをひしひしと感じた。

 宿(イエ)を出て当てもなく右の方へ向かう。村の入り口付近にあるアレンとヒデの宿(イエ)は右手が村の奥の方に繋がる道だ。

 足の向くまま、道なりに歩いていく。いつもは騒がしいヤンの宿(イエ)の前を通ってみるも流石に静まり返っていた。薄暗いオイルランプしかない堅洲村(カタスムラ)では日没後に長く起きていることは多くない。数軒見てまわった中で、明かりがついていたのは電気が通っているケイの宿(イエ)とヤヨイの宿(イエ)だけだった。

 こんな時間に大した防寒もしないで外出したことを後悔し始めたころ、どこからかかすかに音が聞こえた。静まり返った村には不自然な音だった。どこからだろうとヒデは音の方へ歩みを進める。

 幻かと思えるほどの灯りが揺れているのは射撃場だった。様々な訓練を行う「薫陶(クントウ)」以外ではあまり立ち寄ることのない村はずれのそこにぼんやりと人影が見えた。


「もう終わりか? (イザナ)では最強でも、流石に宿家親(オヤ)の俺には勝てないみたいだな」

 木刀を地面に突き立て、シドは片膝をついた。頼りない月明かりででも汗が顔を濡らしている様が見える。肩で息をしながら顎から汗を滴らせるシドとは対照的に、ミヤは涼しい顔で呼吸一つ乱していない。

 不惑も近づいたミヤは頭主(トウシュ)を除けば既死軍(キシグン)の最年長だ。しかし頭主(トウシュ)に認められ、長年秘書を務めているだけあって、その戦闘能力で右に出る者はいない。

 ミヤはしわ一つない真っ白なワイシャツの襟を正してシドに近づくと、しゃがんで視線の高さを合わせる。

「シド。お前の目指すところは一体どこだ」

「オヤを、超えることだ」

 シドは荒い呼吸と共に切れ切れに吐き出す。そんな様子を見て、ミヤは表情一つ変えず問う。

「それは俺のことか?」

「俺のオヤはミヤだけだ」

 汗をぬぐったシドはきっと視線をミヤに向け、「そうだろ」と言った。しかし、ミヤを捉えていた視線は再び地面に落とされた。自分に向けられた鋭い眼光にミヤはふっと笑い、くしゃりとシドの頭を撫でた。

「俺は、ただの宿家親(オヤ)だよ」

 射撃場の入り口に立っているヒデに先に気付いたのはミヤだった。立ち上がり、手近にあったオイルランプをヒデに向ける。ヒデは「こんばんは」と頭を下げ、二人に近づく。

「珍しいな、ヒデ。こんな時間に散歩か?」

「変な時間に寝たら目が覚めてしまったんです。お二人は、稽古か何かですか?」

「まあ、稽古と言えば稽古だな。俺がたまに遊んでやらないと機嫌が悪くなるもんでな」

 冗談めかして小さく口角を上げたミヤはヒデを手招きした。何事もなかったかのように汗をぬぐったシドはヒデに背を向けて立ち上がる。近くで見ると、季節に見合わない薄手の浴衣からは湯気が立ち昇っている。

「どうだ、ヒデ。シドと手合わせでもしてみるか?」

 ミヤはヒデの手からランプを取り上げ、自分の木刀を押し付ける。ヒデは「僕がですか?」と驚きと困惑で、とっさに視線だけでシドを見た。だが、その相手は話にならないとでも言うように、一瞥をくれることもなく、ふいとその場を立ち去ってしまった。ミヤはその背中を止めるでもなく、ただ目を細める。

「俺に勝てなくて拗ねてるだけだ。いくつになっても可愛いやつだよ」

「仲、いいんですね」

「ヒデもアレンと一緒に飯作ってるだろ。それと同じようなもんだ」

 納得できそうでできない言葉にヒデは首をひねりながら木刀をミヤに返す。しかしミヤは受け取りを拒否し、シドが置きっぱなしにしていった木刀を拾い上げる。

「代わりに俺が相手してやろうか」

「僕、剣道すらしたことないです」

 ヒデは木刀を構えたミヤを慌てて止める。ミヤが実際に戦っているところなど見たことはないが、頭主(トウシュ)の秘書であることや、シドの宿家親(オヤ)であることからすると、既死軍(キシグン)でも指折りの強さなのだろうと推測する。

 ミヤは面白くなさそうな表情で構えを解き、木刀で何度か自分の肩を叩いた。

「それなら基礎から教えてやろう」

「僕、刀なんて使う予定は」

 ヒデは再度拒否の意を示すが、ミヤは取り合わなかった。

「何があるかわからないだろ。何事もできるに越したことはない。特に弓使いのヒデなら接近戦のことも考えておいたほうがいい」

「それはそうですけど」

「なら決まりだ。シドが軍刀で戦ってるのは見たことあるか?」

「あります。オバケ退治のとき」

 そこまで聞いて、ミヤは「ああ」と知っているような反応を示し、噛み殺すように笑った。

「お前らは凄惨な死体見るわ、シドは骨折するわで相当大変だったらしいな」

「思い出したくもないです」

 ミヤの言葉に忘れかけていた光景がふと脳裏によみがえり、ヒデは顔をしかめた。シド、ノアと三人で行った鬱蒼とした山の奥深く、快楽殺人とも言える凶行の犯人は元俳優の男だった。まだ夏前のことだったなと思いだしたところで記憶を閉じた。

「話は戻るが、シドに剣術を教えたのは俺だ。見たことがあるならわかるだろ。シドも主な得物は拳銃だが、遠距離武器だけではどうにもならない時がある。接近戦と言えば剣術に限る、と俺は思う」

 ヒデは先のロイヤル・カーテスとの戦いを思い出す。ロイヤル・カーテスの武器は拳銃か軍刀、そしてリーダー格であろう男女はサーベルを持っていた。今後戦闘が増えるならば確かに接近戦に備えるべきだと木刀を強く握った。

「わかりました。教えてください。僕は強くなりたいです。負けるわけにはいきません」

 その言葉にミヤは浅くうなずく。強くなりたい。それだけで動機は十分だった。

「俺も陸士に行っていたわけではないから、教えられるのは当時の上官に習った霽月(せいげつ)流だけだ。俺が軍にいたのは知ってるよな?」

「はい、いつか車の中で聞きました」

「ああ、そうだったな。まあ陸士に行っていたところで、士官によって教える流派は違っていたようで、統一された『陸軍式』のような流派があったわけではない」

「陸士って陸軍士官学校のことですよね。歴史の教科書で見ました」

「歴史の教科書とは笑えるな。陸士はヒデが生まれるたった数か月前まであったんだぞ。名前こそ変わったものの、今だって帝国軍大学校として残ってるだろ」

 ミヤは世代の違いを感じ、聞こえないほどの大きさでため息をつく。出征していた自分と、戦後生まれとではこうも認識に差があるのかと驚きを禁じ得なかった。

「ちなみに既死軍(キシグン)で刀と言えばジュダイだが、ジュダイは霽月(せいげつ)流ではない。霽月(せいげつ)流は俺が教えたシドとケイぐらいか。もしかすると他にもいるのかも知れないが、俺が知ってるのはそれだけだ」

 ミヤの口からケイの名前が出たことにヒデは目を丸くする。

「ケイさんって、武器持ってる印象ないです。戦えるんですね」

「もうずいぶん昔の話だ。今は太陽の光すら浴びてない奴だが、あいつも間違いなく戦争を生き抜いた人間だ。今も当時の強さがあれば、の話だが、万が一路頭に迷っても道場ぐらいは開けるだろう」

「ケイさんとはいつからの知り合いなんですか?」

「さあ、いつだろうな」

 肝心な部分ははぐらかし、ミヤは木刀を構える。

霽月(せいげつ)とは、雨が上がったあとの月という意味だ。そこから転じて、曇りがなく澄み渡った心情を表す。霽月(せいげつ)流は静けさを纏った『静』の流派。まさかヒデに教えられる日が来るとはな」

 わずかに喜びを含んだ声色でミヤはヒデを見据えた。


 空が白み始めたころ、ヒデは崩れ落ちるように地面に手をついた。何事も基礎が大切だとは重々承知しているが、それでもミヤの指導はあまりにも過酷だった。オイルランプと頼りない月明かりでは気付かなかったが、相当な数の青あざもできている。これが頭主(トウシュ)の秘書、シドの宿家親(オヤ)たる所以かとさえ思える強さと正確さ、そして何よりも息一つ上げない持久力の高さだった。シドがこの稽古を長年受け続けてきたのだとしたら、その強さにも納得がいく。やはりシドも才能だけで生きてきたわけではないらしい。

 ヒデはやっとの思いで四肢に力を入れ、立ち上がる。ふらふらになりながらも木刀を構えようとする姿にミヤは目を細め、口を開いた。

「限界を超えてまで体に鞭打つ必要はない」

「とっくの昔に超えてましたよ」

 ミヤの言葉にヒデは再び座り込む。汗で濡れた服が体温を奪っていくのがはっきりとわかる。このままでは風邪を引いてヤヨイの厄介になってしまうと、疲労感よりも恐怖がヒデを襲った。

 ここまではっきりと「疲労困憊」を体現する人間も珍しいものだとミヤは空を見上げた。もう月は隠れ、等級の明るい星だけが僅かに見えるだけだった。

「もうすぐ新月か。そうだな。次の満月の夜にでもシドと戦ってみるか?」

 耳を疑ったヒデは「たった二週間でですか」と肩で息をしながら顔を上げた。ミヤは眉間にしわを寄せるヒデを見下ろし、平然とした表情でうなずいた。

「流石にヒデが勝てるとは思わんが、目標ぐらいにはなるだろ」

「シドに勝とうとは思いません」

「できないと決めつけるのはよくないことだぞ、ヒデ」

 どちらの味方なのか、ミヤはヒデが脱ぎ捨てたパーカーを拾い上げ、手渡した。


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