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Blackish Dance  作者: ジュンち
65/227

65話 顰笑(ひんしょう)

すれ違う、感情。

 チャコとヒデがルキ事務所に戻ったときには、もう日は昇り、室内を燦々と暖めていた。この部屋の(あるじ)は、ヒデたちが来たのも気づかず、応接用のソファで横になって眠りこけている。いつもきちんとしている上着やネクタイも今は無造作に背もたれに掛けられ、乱れたシャツは血が薄っすらとかすれ模様を描き出している。室内は物が散乱し、倒れた観葉植物の土がタイル敷きの床を黒く汚していた。

「何があったんだろうね」

「まぁ大方客が暴れたってとこやろ。難儀な仕事やで」

 ほうきとちりとりを見つけたヒデはとりあえず土だけ掃き集め、外へ捨てに行った。肌寒い風に顔を上げる。この辺りの風景をゆっくりと見るのは随分と久しぶりだ。相変わらず、澄み渡る晴天も関係のない、閑散とした薄暗い町並みだった。道の端のアスファルトに、今しがた捨てた土が不自然に目に付く。足で簡単に(なら)すと、いつもの階段で三階の事務所へと戻った。

「おかえりおかえり〜シドとキョウが来た時は起きてたんだけどね〜」

 チャコに起こされたらしいルキは座ったまま大きく伸びをすると、気怠げに立ち上がった。掃除道具を手にしたヒデに気づき、次は視線を観葉植物に向ける。再びヒデを見ると、「ありがとね〜」と目を細めた。

「ここで寝てから帰ってもいいけど、どうする〜? 二階使っていいよ〜」

 間延びした寝起きの声で二人を交互に見る。

「そろそろ二階にも布団なり何なり導入してくれや」

「そんな快眠を求めるような場所じゃないでしょ〜」

 ケラケラと笑うルキを横目に、チャコは「ほな帰るわ」とあっさり事務所を後にした。

 確かに、任務が終わる時間によっては今すぐ事務所で寝てしまいたいということも多い。しかし、ルキの促す二階は、ただ棚や荷物が雑然と置かれているだけのだだっ広い、物置や倉庫と言っても過言ではない部屋だった。もちろん寝るための布団などあるはずもなく、今にも倒れそうだというとき以外はそこで寝る(イザナ)も少なかった。

 ヒデもルキに挨拶をするとチャコの後を追った。目に映るものが次第に人工的な空間から大自然へと移り変わる。

「かったい床で寝ろゆう方が無理な話やろ」

 独り言なのか、ヒデに話しかけているのか、チャコは前を向いたまま早足に樹海を進んでいく。肩を並べたヒデは同意する。

「まぁゆうて移動器で寝とったし、元から帰るつもりやってんけどな」

「僕も思ってた。ヤンとジュダイもいつ帰って来るかわかんないし、事務所狭いもんね」

「そう言や、シドとキョウっていつの間に帰っとったんや。てっきりお前とおるもんや思とったわ」

「僕が戦い始めたときだったかな。シドに抱えられてるキョウ、何か人形みたいでかわいかったよ」

 敵と対峙していたはずなのに余裕のある観察眼だなとチャコは内心笑う。それと同時に、ヒデも既死軍(キシグン)に来たばかりの頃とは随分と変わったものだと感心する。当時は、こんな奴は自分が顔と名前をはっきりと覚える前にさっさと死んでしまうだろうと思っていた。

 それぞれの死に方、死因はどうであれ、今、自分たちが帰路に着いた先に待ち受けている村はむせ返るような死が渦巻く場所だ。そんなところでよくも生きながらえているものだと自身の境遇すら嘲る。

「なぁ、ケイ。俺今回めっちゃ暇やったから次は頼むわ」

『考えておく』

 急に名前を出されたからか、妙な間を作ってケイが答える。

『ケイさん今ご飯食べてるから後にしてあげて』

 久しぶりに聞くイチの電子合成音声が注釈をつける。そして笑いながら言葉を続けた。

『それからもうちょっとで寝ちゃうから』

『お前、またやったな』

『二徹は流石に看過できません』

『この前は四徹まで見逃してくれただろ』

『時と場合によります』

 がちゃがちゃと食器の当たる音が聞こえたかと思うと、イチはブツリと無線を切ってしまった。どうやらまたケイは睡眠薬に負けるようだ。日々巧妙になるヤヨイの睡眠薬に勝てる日はきっと来ないだろうとチャコとヒデは笑った。


 しばらく無言で歩くと、チャコはからかうような表情でヒデの顔を覗き込んだ。

「なぁ、お前、シドと殺り合うつもりでもあるんか?」

 何を急に言い出すのかとヒデは目をしばたたかせる。

「今日、というかもう日付的には昨日か? 何ちゅうか、無線聞いとってヒヤヒヤしたわ。ほら、俺がおらんなってからの競技場の屋根のやつ」

 ヒデはチャコが何を言わんとするのか、「あぁ」と理解を示した。

「僕はそんなつもりはなかったんだけど」

「まぁ好きにしたらえぇけどな、いくらお前でもシドには勝てんやろ」

「勝とうなんて思ってないよ。ただ、あの時は辛そうなキョウを守りたかったというか」

「ホンマ、何でお前がまだ死んでへんのかわからんわ」

 呆れたような声でヒデを見ると侮蔑の表情を作る。

「ただ、忠告はしといたる」

 特技のようにころころ表情を変え、今度はいつになく真剣そうな声色になる。太陽は高く昇っているが、樹海の木々が遮りはっきりとその顔は見えない。

「お前がシドに楯突くのは自由や。誰も止めん。けどな、ミヤとヤンの前でだけはすんなよ」

 足音が途絶えたことに気づくと、ヒデは立ち止まって振り返る。その二人の前でシドにとやかく言う気は既死軍(キシグン)の誰であれ起こらないだろう。あの時はつい自分も言い返してしまったが、平生であれば穏便に済ませていたに違いない。そう思いながらヒデは「わかった」とうなずく。

 揉め事はごめんだとでも言うのだろうか、チャコは「それから」と警告を続ける。まだ何かあるのかと、ヒデは首をかしげる。一瞬目をそらしたチャコはいつもの陽気さを抑えた静かな声で言った。

「俺の前でもや」

 日の当たらない樹海で冷やされた風が木々を揺らす。町から離れるにつれ、風が運んでくる匂いは埃っぽいものから自然的なものへと変わっていく。風上は堅洲村(カタスムラ)なのだろうか。そこに含まれているのは土っぽさだけではないように思えた。

「ミヤとヤンに比べられたらわからんけど、俺にもシドが必要や。俺はシドのおかげで生きとる。何ちゅうか、わかるやろ」

 ヤンの信仰にも似たシドへの敬愛はだれから見ても明白だが、チャコもそれに値するものがあるらしい。各々が既死軍(キシグン)に来るまでの経緯など知る由もない。例え凄惨な人生を歩んでいようと、ここでは「なかったこと」にするのが暗黙の了解だ。好き好んで過去を話す人間もいないに等しい。そんな中、チャコはわずかに自身の過去を覗かせた。

「俺にはもう残っとるもんはない。唯一、俺の人生に残されとる望みは、シドを守ることや。攻撃は最大の防御っちゅうし、俺が戦い続けるのはシドのためや。敵やったら容赦せん。それがもしヒデ、(イザナ)のお前になったとしてもや」

「そんなつもりはさらさらないよ」

「ほなえぇけど。(イザナ)同士で一触即発だけは勘弁してくれよ」

 そう言い捨てると、何事もなかったかのようにチャコは大股で歩き始め、立ち止まるヒデを追い越す。しかし、ヒデはその肩をグイと掴み、振り返らせた。

「チャコ、教えてほしい。僕はリヤとジュダイに既死軍(キシグン)に連れて来られた。それから、アレンさんや、ケイさん、既死軍(キシグン)のみんなに助けられて、みんなのおかげで生きてる。だけど誰か一人に心酔はしてない、と思う。なのに、何でチャコもヤンも。僕より強いでしょ。なのに、けど、何で」

 言葉を濁すヒデを冷ややかな目でチャコは見る。ちょうど傾斜になっている分、見下ろすような視線だ。

「俺とお前の人生は(ちゃ)う。俺の答えがヒデの答えになるとは限らんやろ」

「それでも教えてほしい」

「断る」

 肩に置かれた手を振り払い、再び村に向かって歩き始めた。背後からは無言の足音が落ち葉を踏み鳴らしてついて来る。食い下がるかと思ったが、いやに引きが早い。若干の苛立たしさを覚えたチャコは吐き出すように言葉を投げつける。

「お前はそうやっていつも誰かに教えを乞うんか」

「そうじゃないけど、自分以外の感情なんて聞かないとわからないじゃん。察してくれなんて虫が良すぎるでしょ」

「『察してくれ』は帝国民お得意の文化やろ」

「それでわかったら苦労しないよ」

 行程に息を上げながらヒデは反論する。歩き慣れた道とはいえ、獣道にすらならないところを歩き続けるのは相当骨が折れる。

「人間の感情なんて口に出したところで、それがホンマもんなんかは当人にもわからん。言っても言わんくても、結局すれ違って、行き着く先は墓場や」

「墓場って、どういうこと」

「殺人の動機なんて半分以上が怒りや。我に返ったときには目の前に血まみれの人間が横たわっとるんやろ。自分で制御できもせん爆弾を俺らは抱えて生きなアカンねや」

 チャコは自分の言葉を鼻で笑う。

蜉蒼(フソウ)の爆弾なんかより、よっぽどタチ悪いで」

 ヒデはなんと返せばいいかわからず、ただ無言でチャコの背中を見ながら堅洲村(カタスムラ)へと向かった。

 チャコの言うとおり、自分でも自分の感情が理解できているとは思えない。既死軍(キシグン)では誰かの顔色を窺うことも、感情を押し殺すこともしなくていい。しかし、幼少期から抑圧され、黙ることが正しいと思い続けていた自分は感情表現の仕方もよくわからない。

 あの夜、リヤとジュダイが自分の前に現れなければ、自分は今でも高校生として、まともそうな顔をして、社会生活を営んでいたのだろうか。そこまで考えてヒデはぞっとした。

 確かに友達はいた。人間関係はそれなりに上手くやっていたし、良好な関係だった。それでも、「誰かの気持ち」など感じたことはなかった。優しくしてもらったことも、悪態をつかれたこともあっただろう。ただ、今は何一つ思い出せなかった。薄ぼんやりとした、実体のない「知り合いらしい人」と上辺だけの関係を築き、社会的な生き物らしく振舞っていた自分に気が付いた。

 そう言えば、故人の自分はもう、墓場側の人間だったなとチャコの言葉に妙に納得させられた。


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