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Blackish Dance  作者: ジュンち
64/227

64話 望む世界

勝者は、いずれか。

 キョウの頭から飛び降りた黎兎(レイト)は少し体を起こした男の背後にまわり、首にぬいぐるみの柔らかな腕を回して顔を固定した。キョウは大きな瞳で、穴が空かんばかりにその顔を眼中に収める。

「お前の使命感に付き合ってる暇はない」

 男は詰まった声でそう吐き捨てると、頭の後ろで自分を締め上げる黎兎(レイト)の後頭部を掴む。遠のきそうな意識を辛うじて繋ぎとめているように見えたが、次の瞬間、どこにそんな力があったのか、鷲掴みにした黎兎(レイト)を引き千切らんばかりに右方向へ吹き飛ばした。

 息を吹き返した男は咳き込みつつ、馬乗りになっているキョウを睨みつける。当のキョウは、床に力なく横たわる黎兎(レイト)に気を取られていた。視線を察知して男に顔を向けるや否や、キョウは男からの拳をかわし、後方転回で距離を取って体勢を立て直す。

『よくやった、キョウ。もう大丈夫だ』

「あとはお願いします」

 そう言って黎兎(レイト)を呼び寄せると、キョウはシドの背後に隠れた。シドは間合いに入り、男の前に立ちふさがる。黙ったままのシドは拳銃を構えるでもなく、静かに佇んでいる。男はサーベルを抜く。

「僕らは(スメラギ)の国を、(スメラギ)の世界を守る」

「それって、どんな世界ですか?」

 軽やかな到着音を響かせ、ヒデが地上へと戻って来た。挟み撃ちにされた男は振り返ってヒデを視界にとらえると、軽く眉間にしわを作る。

 ヒデは静かに口を開く。

(スメラギ)御叡覧(ごえいらん)になっているこの世界は、どんな風に見えているんでしょうか。あなたたちロイヤル・カーテスを使役されてまで、この世界を守りたいと仰せられる理由を教えてください」

明御神(アキツミカミ)であらせられる(スメラギ)叡慮(えいりょ)は知ろうとすることすら、おこがましい。お前は神に仇なすつもりか?」

「御簾の向こうからでは現実は見えない、と言っているだけです」

 ヒデの言葉を援護するように、シドの声が凛と響く。

「我々既死軍(キシグン)は、貴様らロイヤル・カーテスの望む世界を否定する」

 ロイヤル・カーテスと既死軍(キシグン)の思想が交わる日は未来永劫訪れないだろう。既死軍(キシグン)の邪魔をする以上、敵は倒さねばならない。ヒデは矢をつがえ、男を見据える。

 空気さえも止まったような空間で、それぞれの無線が競技場からの声で耳を貫いた。それは既死軍(キシグン)の勝利を告げるものだった。

 それを合図に、全員が同時に動いた。男のひと振りは弾丸を勢いの失せた鉛玉に変えた。床に落ちた残骸には目もくれず、男は振り返りざまに矢も叩き切る。間髪入れずに自分に向かってくる弾丸と矢を再度続けざまに無に帰すと、たちまちシドの喉元に切っ先を突きつける。

「なぁシド。君が僕たちへ向けている怒りは、本当は『僕たちに』ではなくて、まったく別の理由から出る怒りの表明なんじゃないかな」

 柔らかに喰い込んだサーベルの先端がシドの血でうっすらと赤に濡れるも、シドは男と目を合わせて口を真一文字に結んだたまま、微動だにしない。首元から細く流れる血はサーベルを伝って鍔に溜まり、床にぼたりと落ちた。

 男は振り向きざまに音もなく迫っていた矢を薙ぎ払う。サーベルの軌跡を追って血飛沫が円状に飛散する。男はすぐさま得物を正しい位置に構え直し、弓を振り上げ打撃攻撃を繰り出そうとしていたヒデを迎え撃つ。金属製のサーベルと竹製の弓がぶつかったとは思えないほどの衝撃音が響き渡った。

「僕が相手です」

「ヒデではこの僕と戦うに値しない」

 突きを得意とするサーベルと、そもそも打撃武器ではない弓で鍔迫り合いの拮抗状態になる。お互い歯を食いしばり、顔を近づける。

「残念ながら、僕は強いですよ」

「機動力の低い大弓使いが。威勢のいいことだな」

「遠距離攻撃もできる分、僕の方が優勢です」

「そういう言葉は、一対一で対峙できるようになってから言うことだな」

 男は身体をかがめ、背後からの黎兎(レイト)の攻撃をかわす。組まれた両手は(つち)を振り下ろすかのような勢いがついていた。標的を失った黎兎(レイト)の手はそのままタイル敷きの床に亀裂を入れる。男はキョウの姿を探すも、シドすらどこにも見当たらず、不機嫌そうな表情を作る。せめてこの不愉快なぬいぐるみだけでも串刺しにしてやろうと、走り去ろうとする黎兎(レイト)に向かってサーベルを投げつけた。

 (あるじ)のもとへと一目散に向かう黎兎(レイト)は背後からの攻撃に気付いていない。キョウがこの場面を見ていないのだから、それは当然のことだった。あわや黎兎(レイト)の心臓部に突き刺さろうかというとき、突如としてサーベルは進行方向を下向きに変え、床に落ちた。

「言いましたよね。僕の方が優勢だって」

 サーベルと同時に乾いた音を立てて落ちた矢を踏みつけ、男は己の得物を拾う。顔を上げ、乱れた前髪を整えると、声を出して笑った。

「その命中力、僕の駒にも欲しいものだな」

「一朝一夕では手に入らないとだけお伝えしておきます」

「そうか。それでは、次に会うまでに会得させておこう」

 男はサーベルを鞘に納め、代わりに拳銃を手にする。

「だが、文明の利器に速さはかなうまい」

 矢を構え、真っすぐ男を見据えるヒデには空気が震えるような感覚がした。それは男が引き金を引こうとする刹那だ。男は人差し指を動かし、鉛玉をヒデに差し向ける。その瞬間がヒデは手に取るようにわかった。銃口から自分に向かう弾道さえ見えるようだった。

 弾と矢の速さと距離を正確に弾き出し、弾丸を矢で迎え撃つ。ヒデは自分にしかわからないほどの感覚で矢を放つ角度を調整し、指を離した。弾丸へ向かった矢は真正面ではなく、わずかに横から衝撃を加え、弾道を見事に変えて見せた。

 しかし、自身の攻撃が無に帰したというのに、男は勝ち誇ったような表情で不気味にうっすらと笑みを浮かべている。

「逃げるが勝ちだ。またな、ヒデ」

 ヒデが呆気にとられる間もなく、男に後光がさす。とっさに目をつぶったヒデだったが、ガラスが破壊される轟音に目を見開いた。それは、男がビルの外に停めていたはずのバイクが唸りをあげてガラスを突き破った音だった。

 急ブレーキをかけ、ヒデと男の間合いに止まる。タイルの床にはタイヤの跡がくっきりと黒く軌跡を描いている。

「あんたがヒデ?」

 その声の主は、いつか遠目に見た炯懿(ケイ)だった。今回はヘルメットもかぶらず、金髪の長いポニーテールをなびかせている。

「あたしの身体に傷をつけたこと、赦してないからね」

 長いまつげを瞬かせ、炯懿(ケイ)はヒデを睨む。そう言えば、とヒデは冬の夜を思い出す。倉庫にやって来たロイヤル・カーテスの一人を救出するため、単身乗り込んできたのがこの炯懿(ケイ)だった。倉庫の窓を突き破って逃げ出す瞬間、確かに肩を射抜いた。

「敵は敵ですから」

「女の子は大事にしろって習わなかった?」

 炯懿(ケイ)は口をとがらせ、あからさまにヒデに対して嫌悪感をあらわにする。ふんと鼻を鳴らし、そのままの表情でエンジンをかけた。

「逃がしません!」

 ヒデは咄嗟に拳銃を取り出し、タイヤを目掛けて発砲する。しかし、特殊な装備で守られたタイヤは露出している部分が少なく、離れていく車体も相まって命中することはなかった。

『今回の任務は達成した。戻って来い』

 無線で状況を把握したケイがチャコとヒデに指示を出す。キョウはシドを護衛にとっくに帰路についているらしかった。確かに今回の任務はシドが見たという男の顔をキョウの義眼を通して撮影することだ。ケイにしてみれば戦闘は二の次、できれば避けたいことだった。

 しかし、ケイの思惑とは裏腹に、ヒデは男に踏まれた矢を拾い上げ、握り締める。

「倒せた、はずでした」

『仮定の話は求めてない』

 ヒデは唇を噛み、小さく「わかりました」と返事をした。


 久しぶりに(イザナ)たちが戦っているところをモニター越しに見たヤヨイは笑いながらたばこを灰皿で潰した。

「俺にもあんなときがあったな」

「さっさと隠居したくせに、よく言うよ」

「しょうがねぇだろ。トキさんが死んじまったんだから」

「生きてる内から隠居したがってただろ」

「そういやそうだな。ただ、あんな互角の勝負、俺はごめんだ。俺はいつでも優位に立ちたい」

「お前は隠居して正解だよ」

「そりゃどうも」

 ヤヨイののらりくらりとした雑談に返事をしながら、ケイはキョウから送られてきた画像を処理していく。個人の特定に至らずとも、何か見えてくることはあるだろうと、膨大な情報の海から必要なものを探し出す。狭苦しい部屋の中で、手にするのは無限だ。

「どうだ。絞れたか」

 ぼんやりとケイの仕事を見ていたヤヨイは手が止まったところで声をかける。新しくつけたばかりだったはずのたばこの火が手元まで迫っていた。

「帝国のデータベースにある顔写真とキョウからの映像を照らし合わせた結果、人工知能が九割九分九厘似ていると言ったのはこの三人だ。他人の空似とはすごいもんだな」

 笑いながらケイがモニターに映し出したのは、年齢こそ近いものの、居住地も歩んできた人生も全く違う三人の青年だった。帝国が保有している身分証明書の写真だ。その横には名前や年齢、住所を始め、その人の経歴が事細かに書かれている。

「世界には似ている顔の奴がいるとは言うが、ここまで似てると気持ち悪いもんだな」

 その画像に嫌悪感をあらわにした表情でヤヨイはまじまじとのぞき込む。

「ただ、治持隊(チジタイ)が犯人の似顔絵を描くときもそうなんだが、完璧に似ている似顔絵というのは良しとされない。髪型や目鼻立ち、それから輪郭とか、ある程度の特徴を押さえて、後は外した方が情報が集まりやすいという統計がある」

「確かに、何となく似てるって方が気軽に通報はできるな」

「ヤヨイは似顔絵描かれたタチか?」

「俺がそんなヘマするかよ。俺の顔を見た奴は全員殺した」

 何かを思い出すようにヤヨイは笑みを含んだ声色で返事をする。ケイは呆れたように自ら脱線させた話を戻す。

「で、似ている度合いを九割程度にした場合は二十人まで広がる。さて、どうしたもんかな」

「割と多いな。ほかに絞り込む材料はねぇのか」

「あんなところに現れる人間が馬鹿正直に、そのままの証明写真を使っているとは思えない。違和感のない程度に加工している可能性は大いにあるだろう。加工の痕跡でも探してみるか」

「しかし、今時写真の加工なんて誰でもやってんじゃねぇのか?」

「身分証明書の写真は治持隊(チジタイ)が撮影、即時発行が原則だ。加工する暇なんてない。それに少しでも加工しているとすれば、偽造にあたる行為。刑罰は免れん。そう易々と一般人がするはずもない」

「それにしても、ケイは気が遠くなるような作業ばっかりだな」

「俺のことを憐れんでくれるなら、それだけで報われるよ」

「いや、睡眠薬だけじゃなくて精神安定剤も作ってやろうかと思っただけだ」

「薬漬けだけは勘弁してくれ」

 再び呆れたような声でケイはため息をついた。


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