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Blackish Dance  作者: ジュンち
61/227

61話 継ぎ接ぎ(つぎはぎ)

それは、あの日の記憶。

「着いたぞ、ケイ」

「ホンマに来るんやろなぁ」

 シドに続いて、訝し気な表情で遥か下の足元を睨みながらチャコがつぶやく。月明かりだけが頼りの夜、涼しくなった秋風が四人の髪と制服を撫でていく。

『俺が信じられないか?』

「いや、信じとるけどやな」

 シドの言う男をどうやってキシグンの前に引きずり出すかと考えていた矢先のことだった。蜉蒼(フソウ)から爆破の予告状が舞い込んできた。普段は面倒に思うこの予告状だったが、ケイもこの時ばかりは感謝した。

 今回は件の男を捕らえるわけではなく、キョウの義眼で「映像として捉える」のが目的だ。顔や容姿さえ正確にわかれば、帝国が築き上げてきた巨大なデータベースで全帝国民から人物を絞り込めるだろうという算段だった。確かに捕まえることができればそれに越したことはないが、一筋縄ではいかないのは明白だ。何事も地道にするのが一番だという考えが今回のケイの作戦に現れている。

『繰り返すが、その男は陸軍の軍服を着ている可能性が高い。見かけ次第報告してくれ。蜉蒼(フソウ)の爆発物はヤンとジュダイに任せている。お前たちは最優先で男を探せ』

 四人は口々に了解の返事をする。近くにいるであろう二人に自分の生死を委ね、ヒデは斜め前にいるキョウの横顔を見た。この前の任務での出来事は相変わらずすっかり忘れてしまっているようだ。キョウにとってはそれがいいだろうと頭の片隅で光景を思い起こす。あの時は死人の方がまだ生気のあるように思える顔だった。今はいつも通りのにこにことした表情で黎兎(レイト)を抱きしめている。

 今回爆破予告があったのは、建設途中で計画が頓挫してしまった巨大な競技場だ。七割ほどが出来上がったところで、地盤沈下や安全面の懸念などから工事が中断され、もう十年になる。周囲は公園として整備されており、自然豊かなところに突如現れる廃墟として一部の愛好家の間では有名な建物だ。

 競技場の屋根の淵に座ったチャコとキョウは足をぶらぶらと揺らしながら、物珍しそうにいつか完成するであろう競技用の走路や芝が敷かれる予定の中心部を眺めている。

「こんな建物(たてもん)、要らんのやったらさっさと潰せばえぇのになぁ」

「え~? 僕はここが人でいっぱいになったところ見たいけどな~。黎兎(レイト)もそう思うよね?」

「まぁできたところで俺らには関係ないけどな」

「それもそうか」

 観光にでも来たかのような二人の会話を背に、ヒデは屋根の上をそろそろと歩く。ほとんど水平とはいえ、地上より風も強く、落下防止柵もないこんなところから落ちたらひとたまりもないと慎重になる。

「どこに現れると思う?」

 少し離れたところに立っていたシドに近づき、声をかける。風になびく長い黒髪と白い制服の対比がシドにはよく似合う。遠くを見ていたシドは目だけ動かしてヒデを一瞥すると、すぐに視線を戻した。

『競技場より高い建物は付近にはない。あるとしたらそうだな、地図上では曙光(ショコウ)財閥の高層ビルが一番近い』

 シドの無言を代弁してか、ケイが無線越しに応える。ヒデがシドと同じ場所に目を向けると、確かに遠くで航空障害灯がぽつんと赤く光っている。曙光(ショコウ)財閥と言えば、帝国の経済はもちろん、軍にまで影響力を持つ五大財閥のうちの一つだ。

曙光(ショコウ)財閥の建物なんかに部外者が入れるとは思えないんですけど」

『部外者とも限らんだろ。それに、ネズミ一匹ぐらいであれば抜け穴なんていくらでもある。ちなみに今のところ誰かが入った形跡はなさそうだ』

 ケイは複数あるモニターの一つにビル内の監視カメラを映し出している。もう一つはキョウの義眼から送られてくる映像だ。

「シドはどう思う? あんな離れたところ。暗いし、双眼鏡使ったところで満足に見えなさそうだけど」

「ただ監視するだけなら距離は関係ないだろう。事の成り行きが見えれば済む話だからな」

『俺もシドと同意見だ。報告を聞く限り、その男は特に戦闘を好んでいるわけでも、俺たちと戦いたいわけでもないようだ』

「逃げるロイヤル・カーテス、隠れる蜉蒼(フソウ)は言い得て妙ですね」

 呆れたようなヒデにケイは笑う。シドやケイの考えでは、男がどちらかに関係があるとみて間違いない。

『だが覚えておけ。十町離れようと、狙い通りに狙撃できる人間もいる。まあどちらにせよ、相手はこちらと対峙するつもりはなさそうだ。曙光(ショコウ)財閥以外に建物は見えるか?』

「他は高層と言うほどでもない。公園の木々に遮られて満足に競技場は見えないだろう」

『わかった。なら、まずはチャコ、一人で曙光(ショコウ)財閥の屋上に向かえ。以降、キョウとヒデへの指示はシドに任せる』

「ほいきた! ほな、後でな!」

「承知した」

 チャコは軽やかに立ち上がると、颯爽と階下に伸びるはしごを下りて行った。話し相手を失ったキョウも立ち上がり、ヒデとシドのそばに寄ってくる。

「ねぇ、僕も戦うんだよね?」

 その眼差しはシドを見上げているが、答えなど返ってくるはずはない。そんなことはヒデよりシドといる期間が長いキョウならわかりきっているはずだ。その場を繕うように、ヒデが間合いに入る。

「大丈夫だよ。だって」

 言葉を継ごうとしたところで、シドが口を開く。その目は冷ややかにキョウを見下していた。

「戦わない(イザナ)など、存在意義がない」

 ヒデの言葉よりもシドの突き放したような返事にキョウは反応を示す。胸に抱きしめた黎兎(レイト)に顔の半分を隠しながら「そうだよね」と力なく呟いた。視線を落としたキョウは背を向け、再び屋根の淵に座り、足を宙に投げ出した。

 自分の境遇を諦めているのか、それとも単純にシドが怖いだけなのだろうか。ヒデにはなぜキョウがシドの言葉に反論をしないのかわからなかった。


 風が木々を揺らす音だけが聞こえる時間がしばらく過ぎたころ、チャコからの無線が入った。

『屋上、一通り見たけど誰もおらんわ。ほんでビルまでは走れば三、四分ってとこやな。ただ、高層ビルやから内部がダルい。エレベーターは二十階で乗り継ぎして最上階まで、屋上は最上階から階段や。何やねんダルすぎやろ』

 チャコの愚痴にも似た報告はビル風でところどころ聞き取りにくい。取り敢えずは誰もいないことがわかればいいだろう。

 少し離れたところからシドの声と無線の声が重なって聞こえてくる。

「チャコはそこで待機していろ」

『りょーかい。何かあったら連絡するわ』

「ヤン、ジュダイ、そっちはどうだ」

『今のところ異常なし。二手に分かれて探してるところだ。ジュダイは』

『こっちも同じく』

『何や、小一時間探しても無いんやったら、今回は偽の予告か?』

蜉蒼(フソウ)も一体何がしたいんだろうな』

 ため息交じりのジュダイにキョウが競技場内部を覗き込むように頭を下げる。そのまま頭から落ちてしまうのではないかと、同じく横に座るヒデは冷や冷やしながらその様子を見守る。

「ねえねえ、競技場の中ってどんな感じ?」

『どうもこうも、建設途中だし殺風景なもんだ』

『真っ暗だからキョウには怖いかもな』

「え~怖くないよ。僕、暗いところは平気だもん。黎兎(レイト)がいれば、僕は怖くないよ。ね、黎兎(レイト)もそう思うよね」

 笑いながらキョウは両手でうさぎのぬいぐるみを高々と空に掲げる。しかし、その表情はすぐに陰りを見せた。黎兎(レイト)を顔面間近に近づけると、まじまじとぬいぐるみの首元を見つめる。

「ねえ、ヒデ」

 今までヤンやジュダイと話していたのに、なぜ黎兎(レイト)を見つめた途端、急に自分のことを名指しするのだろうかとヒデは鼓動が早くなるのを感じた。

 あの夜、頭と胴体をバラバラに引き千切られた黎兎(レイト)はヤヨイが丁寧に縫い合わせたはずだ。手術さえするヤヨイの縫合の腕は確かだ。それはキシグンの全員が認めている。だからこんな満月ですらない月明かり程度でその跡に気付くはずがない。

 黎兎(レイト)の手を右手で掴み、キョウはゆらりと立ち上がる。黎兎(レイト)の身体は自らの重みで項垂れる。

「ねえ、ヒデ。僕の黎兎(レイト)、どうしたの」

 ヒデを見下ろすその目はあの夜のように光を失っていた。視線を合わせたまま、ヒデも立ち上がる。

「何言ってんのキョウ。いつもと同じじゃんか」

 動揺を悟られないよう、いつも通りの声色で極めて冷静に返事をする。

「嘘。知ってるんでしょ。僕の黎兎(レイト)、どうしたの」

 静かに同じ質問を繰り返し、キョウはゆっくりと一歩ずつヒデに詰め寄る。その眼光は鋭く、普段のキョウからは考えられないほどの狂気を孕んでいた。

「だから何も変わらないよ。何が気になるの?」

「知ってるんでしょ」

 キョウは手からするりと黎兎(レイト)を離した。屋根に落とされたうさぎのぬいぐるみは立ち上がり、主人の足元に自立する。

「ねえ、教えてよ」

「どうして僕が知ってるって思うの?」

 今までヒデを見上げていた顔をさらに高く上げ、キョウは星空を仰ぐ。

「だって、あの夜、いたから」

 ヒデは返事をする代わりに息を吸う。まさか、こんなにも早く思い出してしまったというのだろうか。きっかけは黎兎(レイト)の縫い目か何かだろう。はぐらかすべきか答えあぐねていたところにキョウは視線をヒデに戻す。

「見てたんでしょ。僕が」

『止めろ!!』

 続くキョウの声はケイの怒鳴り声で掻き消される。それと同時にシドが拳でキョウの頬を殴りつけた。キョウの軽い体はその勢いに任せ、数メートル先まで飛ばされる。仰向けに倒れたキョウはぴくりとも動かなかった。

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