56話 求道者
研鑽を、重ねよ。
ヒデは一歩後ずさり、矢筒から追加で四本矢を取り出した。引き手にそれらを持ったまま、一の矢をつがえた。ルワの横ではディスと呼ばれたもう一人が引き金に手をかけ、今にも発砲せんばかりの気迫でこちらを睨んでいる。軍刀にせよ拳銃にせよ、弓との相性は悪い。しかしキョウは戦闘不能、ノアは階下でロイヤル・カーテスの援軍と蜉蒼の警戒に当たっている。対峙できるのは自分しかいない。ヒデは弓を引き絞り、ルワを見据える。
やるしかない。
ルワが足を踏み切り、こちらに切りかかってくる。ヒデが間合いを保ちつつ放った矢は光線のごとく相手を目掛けて飛んでいく。
「こんな芸のない攻撃にやられる俺じゃねぇよ!」
真正面から来た矢を振り下ろした軍刀で叩き切る。勢いを失った矢はコンクリートの床に軽い音を響かせて落ちた。しかし勝ち誇ったように鼻を鳴らしたルワの眼前には再び矢じりが迫っていた。
「ルワ! まだあります!」
「わかってるよ!」
反射神経だけを頼りに、すぐ後ろに待ち構えていた二本目も同じく切り落とす。手にしていた矢は確か五本。あと三本やり過ごしてしまえば恐らくは有利に立てるだろう。いくら言葉通り「矢継ぎ早」とは言っても、見切ってしまえばこちらのものだ。
「だから芸がねぇっつってんだよ!」
続く三本目も叩き切り、再び刀を振り上げたところでルワは目を丸くした。目の前には同じく矢じりがあると思い込んでいたが、実際目の当たりにしたのは、矢じりが左、羽根が右を向いた、真一文字のごときシャフト部分だった。思わず身体をのけぞらせ、すんでのところでかわす。体勢を整えようと一息つく間もなく、「横です!」とディスの声がした。
それに反応したときはもう遅かった。ルワが気づいたときには、ヒデの立っている位置も弓を構えている位置も変わらないはずなのに、五本目の矢が自分の脇腹に突き刺さっていた。
思わず足を止め膝をついたルワは、黒い軍服にわずかに染み出す血に触れる。白い手袋の指先にじんわりと鮮血が移る。弓矢と言えば、直線にしか飛ばない愚鈍な武器だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
新しい矢を手にしているヒデはかすかに笑う。
「芸が、なんですか?」
歯を食いしばり、ルワは軍刀を握り直した。痛みからか脂汗が額ににじむ。正面を睨むと、自分が迫った分、相手は更に間合いを取っている。走り損だったなと口角を上げ、軍刀で突き出しているシャフト部分を切り落とした。矢じりは身体に刺さったままだ。
「毒は塗ってないから安心してください!」
遠くからヒデが声援でも送るように声をかける。ルワは「ありがとよ!」と皮肉に皮肉を返す。
「さっきの言葉は訂正する。ヒデ、だったか? お前の攻撃、結構効いたぞ。だけど」
自分を鼓舞するように、ルワはゆっくりと立ち上がった。
「俺たちロイヤル・カーテスは既死軍ごときに負けはしない」
「その言葉、そっくりそのまま返します。ルワたちは僕らを目の敵にしてるけど、僕らだって帝国のために戦ってるんです」
「帝国のためとは笑わせてくれる。お前らの任務はだれから言い渡される。皇のご意思ではない以上」
ルワが今から何を言わんとするか察したディスが慌てて口をふさごうとするも、間に合わなかった。そんなディスには気づきもせず、ルワは威風堂々と声を張る。
「俺たちと違って、お前らは賊軍だ」
「じゃあ、ロイヤル・カーテスは皇のご意思のもと行動してる、ってことですね」
怒声にも似た口調のルワとは対照的に、ヒデは冷静な声で納得したようにうなずく。
「完全に墓穴、です」
ディスは取り返しのつかない事態に片手で顔面を覆った。今までは「皇のため」としかロイヤル・カーテスの面々は口にしていなかったはずだ。しかし、目の前に堂々と立つこの男は、はっきりと皇の指示で動いていると明言してしまった。二人の言葉尻から自分の失態に気づいたルワは自らに呆れた表情でディスに助けを求める。
「誰ですか。このバカに王なんて名前を与えたのは」
「うるせぇ!」
仲間にも見放されたルワは何かを取り戻すように大きく息をつくと、先ほどと同じように刀を正面に構える。弓を引いたまま、ヒデの視線はまっすぐルワを捕らえて逃がさない。
「おい、ヒデ。お前とは」
好敵手になりそうだなと言おうとしたところで、今まで揺らぎもしなかったヒデの視線がルワから外された。
「すみません。この勝負はお預けってことで!」
何事かとルワが眉間にしわを寄せると、拍子抜けするような言葉とともにヒデは構えていた弓矢を戻し、階段へと走り出した。道中でキョウと無惨な姿の黎兎を拾い、脇に抱える。
「逃げも隠れもしないんじゃねぇのかよ!」
「これは撤退じゃありません!」
突然のことにルワもディスも後を追いかける。
「本来なら敵なので教えられませんが特別です! 蜉蒼です!」
「早く言えよ!」
大量の機器に囲まれた部屋で会話の一部始終を聞いていたケイは机に突っ伏していた。
「どこに敵に情報教えるやつがいるんだよ」
お人好しとはヒデのために作られた言葉なんだろうと顔を上げ、無線に聞こえないようにため息をつく。無線の向こう側からはヒデとロイヤル・カーテスの声が聞こえてくる。本当にさっきまで殺さんばかりに睨み合っていた敵同士なのだろうかと、今度は天井を仰ぐ。敵は敵だ。切磋琢磨するような相手ではない。
ケイは頭を軽く振り、無線に向かう。そんなことより、今は初めて視認できた人物の方が重要だ。ロイヤル・カーテスの増援に警戒していたノアが偶然見つけたのが爆発物を設置しようとしていた男だった。状況を見るに蜉蒼と関係があることは明白だった。
「ノア、ヒデが今から三階に向かう。キョウは相変わらず行動不能だ」
『了解!』
短い呼吸音に混じって返事が聞こえてくる。逃げた男を追いかけ、必死で走っている様子がありありと目に浮かぶ。
『男の逃げ足、かなり速い。でも黎兎なら多分追い付けるよ! まだ無理?』
「キョウが気絶してる以上、黎兎も行動不能だ」
今度は舌打ちがケイの鼓膜を振動させる。物事はいつも順調に進まない。キョウの義眼から送られてくるはずの映像はいまだに暗闇を映すのみだ。
「ヒデ、ロイヤル・カーテスは」
『蜉蒼を追って、もう駐車場から出ました』
ヒデからも同じく切れ切れの呼吸と共に声がする。
「この際ロイヤル・カーテスはもういい。爆発物の処理が先決だ」
『わかりました』
『ケイ、ごめん。見失った!』
「構わん。ノアも処理にまわれ。男の特徴は」
『多分僕らぐらいの年代の男。顔は見えなかった。あ、あと服の背中に六十って書いてた』
六十? とケイは自分の脳内にある知識の海に潜る。すぐさま目標物を見つけ、口に出した。時間にして数秒にも満たない。
辿り着いたのは、ヒデとヤン、ルキが潜入捜査をしていた闇カジノで得た名前だった。
「そいつは蜉蒼の那由他の可能性が高い」
『何で?』
「那由他は数字を表す言葉だ。諸説あるが、十の六十乗と言われている」
『六十乗って何?』
そう言えば誘たちはまともに学校に通っていないんだったとケイは思い出したように口元だけで笑う。
「説明はあとだ。とにかく、那由他って名前は六十に関連がある」
『じゃあ是が非でも捕まえとくべきだったね』
「過ぎたことはどうでもいい」
『ケイさん』
今度はヒデから無線が入る。時代が時代なら聖徳太子だなとケイは返事をする。
『爆発物、本当に三階ですか? 探知機が鳴りません』
『間違いないよ。僕が三階で設置してるの見たんだから。入口から三本目の柱のところ。でも、そういえば反応してないね』
二人の会話を聞いたケイは表情が変わる。ヒデたちのピアスには無線のほかに爆発物探知機能がある。それは蜉蒼が爆発物に使っている金属に反応して音が鳴る。しかし、今回は二人の脳内に音が響き渡ることはなかった。
「探知機が反応していないところを見ると、恐らく今までとは違う金属を使っているんだろう。安全面を考慮して撤退するか?」
『このまま蜉蒼に爆破されるのは癪です。ケイさん、蜉蒼の爆弾っていつもは爆薬が一号八〇度ですよね。金属が変わったのなら、中身も変わってる可能性ないですか?』
ヒデの言葉にケイは目を閉じ、再び知識と記憶の海に潜ってみた。恐らく蜉蒼の武器調達経路は確立されている。しかし爆発物の造りはいつも粗悪だ。不発に終わる物も多い。そんな環境に出回っている、入手しやすい金属と爆薬とは一体何だろうか。
長考するまでもなく、一つ、思い当たるものがあった。すぐさま二人の探知機に新しい設定を加える。
『鳴りました!』
『流石ケイ!』
遠く離れた地から称賛の声が届く。
「俺を褒める暇があったらさっさと解除してくれ。今使われてる火薬は液体の『三号四七五度』。特定の金属に触れた場合爆発する。爆発の威力は今までのとは桁違いだ。まともに作動すれば一つでその駐車場ぐらいなら木端微塵にできる。解除方法は俺が順を追って説明する。健闘を祈ってるよ」
ケイは一旦無線を切断し、一息ついた。
液体火薬は安価で大量生産ができる上に、固体ではないことから持ち歩いていても発見されにくい。帝国では蜉蒼をはじめとするテロ組織の手に渡らないように流通を制限することに躍起になっている。しかし、いつの時代も厳しい監視の目を掻い潜り、私利私欲のために武器を横流しできる人間はいるものだ。最近ケイが耳にしたのは、内戦中の某国へと輸出されるはずだった大量の液体火薬が、内戦の終結により廃棄されたという話だった。製造していたのは比較的大手の火薬類製造企業だ。本来なら適切に処理されるはずのそれが何故か帝国内で見つかったという。手にしていた組織は蜉蒼ではなかったにせよ、国家転覆を夢見るもの同士、何かしらの繋がりがあると見て間違いはないだろう。
現状に満足しない人間とはごまんといるんだなと、ケイはいつか見た三号四七五度を使った爆発物の解除方法を脳内に描き出していく。




