55話 軋む
龍虎、相搏つ。
『な~んでわざわざ僕らがこんな人気のない場所の爆弾なんか探さなきゃなんないの? どうせ誰もいないんだから爆破させちゃえば解体費も浮いて一石二鳥なのにさ』
『つべこべ言わずに探せ。蜉蒼に予告されておいてそのまま爆破されたんじゃ既死軍の名が廃る』
無線を介してケイに灸をすえられたノアは『は~い』と気だるげな返事を返す。そんな相変わらずのやり取りを聞きながら、ヒデは暗闇の中、階下へ続く階段に向かう。目は暗さに慣れたとはいえ、それでも視界は不明瞭だ。
「最上階、問題ありません。降りていきます」
『僕も同じく。二階に上がるね』
ヒデたちは二手に分かれ、探知機が鳴らす音を頼りに蜉蒼の爆発物を探していた。今回は広大な立体駐車場だ。もう何十年も使われていないようで、ところどころ崩れたコンクリートから鉄骨が露出している。ノアの言う通り爆破などしなくてもその内自然と崩れてしまいそうだ。
「待って、置いてかないで~!」
小走りに駆け寄って来たキョウは勢いそのままにヒデの胴回りに抱き着く。二人の間に挟まったうさぎのぬいぐるみ、黎兎がその衝撃を吸収する。
「暗いし怖いし、一人は嫌だよぉ」
大きい瞳を潤ませながらキョウはヒデを見上げる。
「爆発するときはそばにいてよ」
「その爆発を阻止するのが任務だよ、キョウ」
諭すように笑いながらキョウを引きはがし、小脇に抱える。二十センチも身長差があれば、もちろん体格差もそれなりにある。小動物のように抱えられたキョウは下ろせと言わんばかりに頬を膨らませ、ジタバタと足を動かす。
「僕、犬でも猫でもないんだけど」
「じゃあ何?」
キョウを抱えて階段を降りながら不貞腐れた様子の少年を見遣る。
「う~んとね、可愛いからうさぎがいい!」
「結局小動物じゃん」
「それもそうだねぇ。ヒデだったらなんて答える?」
「人間」
真顔で即答するヒデに「それ、ずるくない?」とキョウは笑い声をあげる。
『お前らも真面目にやってくれよ』
ケイの呆れた声が無線から聞こえてくる。そう言えば全て無線で筒抜けだったなと思い出したようにヒデも笑いながら、しかめっ面をしているであろうケイの表情を思い浮かべる。
階段を降りたところでキョウを下ろし、先ほどと同じようにしらみつぶしに爆発物を探していく。以前シドと工場で探した時よりも、人も物も無い分探しやすい。しかし、七階建てという規模の大きさにはいささか辟易する。二手に分かれて正解だったなと思いつつ、床に降り立つや否や建物の端へ駆けていくキョウの後を追った。
駐車場一帯は忘れ去られた土地のように灯り一つ見当たらない。遠くできらきらと輝くビル群が一層こちら側の寂しさを掻き立てる。夜景でも見に来たかのようにキョウはうっとりと光を見つめながら、風に波打つ柔らかい髪を手で整える。
「僕らには明るいところなんて似合わないから、きっとあんなところに行くことはないんだろうね」
それはヒデにではなく、手に持った黎兎へ向けた言葉だった。景色でも見せてやるように、今にも崩れてしまいそうな錆びついた鉄の柵に乗せる。
「きれいだね、見える?」
そんな様子をヒデは少し後ろで車止めのブロックに座って眺めていた。都会育ちの自分にしてみれば見慣れたビルの灯りも、キョウにとっては何か特別な意味を持つのかもしれない。爆発で死ぬかもしれないことと、ケイに怒られることを度外視すれば、こんな穏やかな時間が任務中にあってもいいだろう。
「ヒデ、僕ね、本当は」
『人影だ!』
ノアからの突然の無線に、遠くを見つめていたキョウは振り返る。
『黒い軍服の男が二人。多分ロイヤル・カーテスだよ。上に向かった!』
報告を聞き終わるか終わらないかのうちに、キョウは先ほどまでまだ幼い弟か妹のように扱っていた黎兎をすぐさま下の階へ通じる階段に目掛けて投げた。キョウの手を離れ、着地したうさぎはまるで意思を持つ生き物のように階下に向けて走り出す。これこそがキョウと脳波を共有する武器だ。ヒデも立ち上がり、下弦を手に走り出す。
『僕も上に向かってる。今三階! そっちは?』
「六階。黎兎が先に向かってるよ」
極めて冷静にヒデは状況を伝える。階段の手すりをひらりと飛び越えると、あっという間に五階に着いた。しかし伽藍堂の、先ほどと代わり映えしない風景からすると件の人間たちはまだこの階には来ていないようだった。
「僕はこの階見るからキョウは先に下りて」
一足遅く階段を駆け下りてくるキョウを一瞥する。右の義眼がカメラになっているキョウには、何もなさそうなこの場所よりも先に階下へ行かせる方が得策に思えた。
『わかった! 黎兎、おいで』
一段飛ばしで下へ向かうキョウの背中を見送ると、ヒデはだだっ広い空間を見渡す。人も物も無いとはいえ、暗さと柱が邪魔をして一筋縄ではいかない。四方に気を配りつつ、足早に人の気配を探していく。しかし、暗闇に慣れた目を凝らし、くまなく探してみても虫一匹見かけない。自分もキョウに任せた四階に向かうべきなのだろう。
ヒデはふと、キョウが眺めていた街灯りに目を止めた。誘われるように柵から身を乗り出し、外に向かって手を伸ばしてみる。秋風が短い髪と制服の裾を揺らす。キョウの呟いた通り、自分たちに明るいところは似合わない。どこまでも続く暗闇と対照的に煌めく光たち。伸ばした手形に光が消える。暗闇も、街灯りも、今の自分なら白く塗り潰してしまえる。自分なら、世界を変えられるのだろうか。
先日聞いたばかりの頭主の声がこだまするように頭に響く。
「帝国の栄光を輝かせるよう、道義心と志操を持ち、不惜身命を貫かねばならない」
だがしかし、不惜身命を貫いた先に待ち受ける、ロイヤル・カーテスも蜉蒼もいない「平和な世界」に自分たちは必要とされているのだろうか。ヒデは手を握り、その拳を見つめる。既死軍がいったいどうなることが頭主の思い描く「正しい歴史」なのだろうか。
『四階だ! ヒデは四階に行け!』
ヒデを我に返したのは無線だった。普段はその場にいる誘たちに行動を一任しているはずのケイが声を荒げている。その声色から、ただ事ではないことが窺えた。四階と言えばキョウが向かった場所だ。ヒデは自分の判断が誤りだったかと制服を翻し、飛ぶように階段を下りる。ケイの今の指示は恐らくキョウから送られてくる映像に基づいたものだろう。間違いなく、そこにロイヤル・カーテスがいる。シドですら骨折させてしまうような相手にこんなに早く再び相見えることになるとはと鼓動が早まるのを感じた。
降り立った四階は嫌に静かだ。視線を落としたヒデが目の当たりにしたのは、薄暗い床に倒れているキョウの背中だった。白いはずの制服の一部は赤く染まり、床は濡れたように光を反射している。
血だまりだ。
視線を床から上げると、キョウの前には既に見慣れた黒い軍服姿の男が二人立っていた。男の一人がヒデを視界にとらえると、軍刀から滴るしずくを振り払い、鞘に納めた。鍔が鯉口に当たる金属音が軽やかに響く。
「まさか既死軍にこんなおもちゃを持ってるような子供がいるとはな」
軽く波打つ髪に、一見すると優しそうな目鼻立ちをした男は、隣の仲間から黎兎を受け取る。うさぎの長い耳を持った男は、その顔立ちからは想像もできないような侮蔑の表情を投げかける。ヒデは言葉を返すよりも先にロイヤル・カーテスの前に立ちはだかり、キョウと二人を隔てた。足元のキョウからはかすかに呼吸音が聞こえてくる。
「それ、返してください」
「こんなくだらないものをか?」
「あなたたちには関係ないことです。くだらないかどうかは僕らが決めます」
「じゃあくれてやるよ」
男が投げようと振り上げたところで、隣にいた眼鏡の男が制する。
「それは早計というものですよ、ルワ」
無線越しに聞こえてきたその名前にケイは反応する。「ルワ」と言えば、ロイヤル・カーテスの名付けの法則で言えば王を表す名前だ。この男がロイヤル・カーテスで最強だとでもいうのだろうか。ケイは訝しみながらも続く言葉に耳を傾ける。
「既死軍が意味もなく人形を持ち歩いているとは思えません。仮にもヴァルエを退けた人間たちの集まりです」
眼鏡の男は黎兎を取り上げ、再び手にした。その鋭い眼光が仲間から黎兎に移動する。
「返す必要はありません。慈悲なども一切無用です」
冷ややかな表情のまま黎兎の頭と足を鷲掴みにしたかと思うと、勢いよく胴と頭を引き裂いた。中からは白い綿がふわふわと溢れ出る。汚いものでも見るような顔で、無惨な姿になったうさぎのぬいぐるみをぼとりとその場に落とす。
「これでも安心とは思えませんがね。それでも、しないよりは」
その行動にヒデは全身の血が沸騰するような怒りを覚えた。足元から聞こえるか細い制止の声が耳に入るはずもない。気づいたときには素手で男に殴り掛かっていた。
しかし攻撃は虚しく、片手で受け止められたる。
「短絡的な行動はいずれ致命的な過ちを犯す」
ヒデの拳を止めたのは、ルワと呼ばれた軍刀を持った男だった。ルワはそう言うと、ヒデの拳を振り払う。体勢を崩したヒデは床に肩から落ちた。何度も経験したような痛みが電流のように体中を駆け巡る。
「ディス、こいつの情報は」
「弓使い、名前はヒデかと思われます。冷静で瞬発力に優れ、拳銃の扱いもそれなりです。他の得物に関しては不明です」
ディスと呼ばれた男は眼鏡を中指で押し上げ、「いい加減、自分で覚えたらどうですか?」と呆れた声を出す。
「しかし、まさかこんなところで既死軍に会うとはな。蜉蒼の猿真似なんかして俺たちをおびき出そうってか?」
ルワは懐から 蜉蒼の予告状を取り出し、ヒデの目の前に投げ捨てる。それはいつかケイに見せてもらった陳腐な紙切れと同じものだった。どうやらロイヤル・カーテスは蜉蒼の予告状は知らないらしかった。
ヒデは紙を拾って立ち上がる。床に打ち付けた肩がズキズキと痛む。
「僕らがそんな姑息な真似をすると思ってるなら、その考えは改めてください」
予告状を破り捨て、男二人を睨みつける。
「僕たち既死軍はロイヤル・カーテスみたいに逃げもしないし、蜉蒼みたいに隠れもしない」
「逃げるが勝ちって言葉、知らねぇの?」
「勝てるのは、戦った人間だけです」
ヒデの言葉にルワは表情を動かした。癪に障ったのか、挑発的な笑みを浮かべながら鯉口を切る。
「じゃあお望み通り戦ってやるよ。そこのガキみたいに返り討ちになるのは見えてるけどな」
「『短絡的な行動はいずれ致命的な過ちを犯す』んじゃなかったんですか?」
ヒデは間合いを取り、矢筒から矢を一本引き抜く。そのヒデの攻撃態勢を見たディスはルワに耳打ちする。
「矢は時速二百十キロ、最大射程は二百メートルと言われています。さて、ルワに見切れますかね」
「お前、どっちの味方だよ」
悪態をつきながらルワは軍刀を抜き、両手で正面に構える。
「いつでもかかって来いよ、ヒデ」




