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Blackish Dance  作者: ジュンち
51/227

51話 報いの行方

遵守と、従順。

 ジンを通したケイからの指示に従い、ヒデは少年甲と一日一文だけの文通を始めた。少年から届く小さく千切られたノートは日記帳に挟んでルキに提出する。すると、ケイからの返事がルキによって日記帳に記入されて戻ってくるという具合だ。それをヒデがノートの切れ端に書き、少年の枕下に挟み込む。無線のピアスを取り上げられた今、頼れるのはこの何ともまどろっこしい連絡手段だけだった。

 罫線を無視した少年の字は暴れ狂う生き物のように乱雑なものだ。中性的なすまし顔からは想像もできない。

「君は何をしたの?」

「殺人未遂」

「何で?」

「理由なんている?」

「僕はちゃんと理由があった」

「じゃあ、そう言う君は何をしたの?」

 そこまで会話したとき、たった六日で文通は終わってしまった。少年がヒデからの最後の手紙を教官に密告したからだ。

 はなから信用はしていなかったものの、涼しい顔をしてとんでもないことをしてくれたものだと、指導室に呼ばれたヒデは教官と対峙する。厚生施設の中でも最も恐れられている中年の教官は開口一番、鼓膜が弾け飛ぶのではないかと思うほどの怒号で机を割らんばかりに拳で叩き、ヒデを問い詰めた。この施設での私語は厳禁だ。それは会話や手紙の交換はもちろん視線や体を使った意思伝達も同等の行為と見なされ、懲罰の対象となっている。

 ヒデは予想を超えた大声に初めは驚きはしたものの、極めて冷静に返事をする。しかし、何を言っても教官が話を聞いてくれることはなく、ただひたすら叱責されるだけの時間が過ぎていった。さっさと自分に非があると認めてこの場を解放されたい、そうできるなら懲罰房行きでも構わないとすら思えてくる。だが、これは自白を強要する洗脳のやり口だと聞いたことがある。極限状態に置かれた自我が誘惑に負けないよう理性を繋ぎとめていた。

 今回の任務に自分を選んだケイは流石だなと、いい加減うんざりしながら短く相槌を打つことでその場をやり過ごす。自分以外の(イザナ)なら、素手だろうとパイプ椅子だろうと構わず教官を殴りつけたい衝動にかられていたに違いない。言いつけられた命令は遵守するだろうが、それにかかる精神的抑圧は相当なものだろう。

「私が代わります。教室で喧嘩騒ぎが起きてますよ。詳細は大野さんに聞いてください」

 いつまでこの無意味な時間が続くのかと思っていた時、待ちわびていたルキがノックをして部屋に入って来た。入れ替わりに教官は舌打ちをしてヒデを殺さんばかりに睨みつけると不満げに退室する。いつも仕組まれたように起きる問題は既死軍(キシグン)の働きかけなのだろう。

 扉が閉まったことを確認すると、ルキはにこにこと机を挟んでヒデの正面に座った。

「災難だったね~」

「耳から血が出るかと思いました」

 ルキは笑いをこらえながら頬杖をつく。

「あの教官は少年甲がお気に入りなんだよね~。少年もそれがわかってる。多分、ヒデの何かが気に入らなかったんじゃないかな~。だから告げ口をする口実を作った。手紙の一部を千切り取って、あたかもヒデから手紙を送り始めたように偽装したんだよ」

 いつもの話し方と、繕った任務用の話し方が混じったルキがポケットから取り出したのは、確かにヒデの筆跡で書かれた手紙だった。最後に渡したものから「君は何をしたの?」以外の部分が切り取られている。

「はめられましたね」

 渋い顔をしたヒデは紙切れを手に取る。

「今無線でケイが『想定内だ』ってボヤいてるよ~」

 部屋から声が漏れないようにルキは小さく笑う。ヒデが呼び出されるのすらケイは想定したとでもいうのだろうか。一体どこまでケイの脳内では計算されていたのか。無機質な室内で薄暗い蛍光灯が白々と二人を照らす。

「ちなみに、少年の出院が早まったのもさっきの清水って教官が絡んでるよ~。清水、もうすぐ退職するんだけどさ~、それに合わせて出院させるみたい。とりあえず社会に戻して、ゆくゆくは自分の手元に置くって魂胆じゃない?」

「そんなに気に入ってるんですね」

 ヒデは少年と教官の様子などを思い出してみるも、たった数週間の潜入では得られることはなかったようだ。知り()る限りでは二人の接触もなかったように思える。

「少年はこんなところだから清水の従順なわんこやってるだけでしょ~? 外に出たら裏切られるに決まってるのにね~」

「出るまであと何日でしたっけ?」

「今日含めてあと五日だよ~。ヒデもどうにかして早く出られるようにするね~、ってケイが言ってる」

 無線を代弁しながらルキは立ち上がる。

「ルキさんもそろそろ解放されたいんだよ~。おちおちタバコも吸ってらんないんじゃ、事務所で暇持て余してる方がマシだからさ~」

「教官も忙しいんですね」

「お仕事体験にしてはきついかなぁ~。それにさ~ルキさん、人の上に立つのって向いてないからさ~」

「でも、僕はルキさんがいてくれて助かりましたよ」

 ヒデの言葉に疲れた表情をしていたルキの顔に明るさが宿る。

「そう言ってもらえるなら、ヒデのためにあとちょっと頑張ろうかな~」

 長らくの更生施設生活に嫌気がさしていたヒデも、ルキの言葉にうなずく。この任務もいつか回り回って既死軍(キシグン)の、ひいては帝国のためになるのだろう。頬を叩いて「よし」と気を入れなおした。


 無線を終えたケイは久しぶりに立ち上がった。いつから座っていたかも思い出せない。両手を組んで背伸びをすると、体中が悲鳴を上げるように音を立てた。事務所を任せているルキが潜入捜査に行っている間はイチが代わりに事務所を管理している。それが故に、座りっぱなしのケイを咎める人間もここにはいない。

 日が陰り始めたこの時間は、夏でもそれなりに涼しい。資料を手にしたケイはサンダルをつっかけ、ヤヨイの宿(イエ)へと向かう。虫たちが夜の始まるを告げるように鳴き、生ぬるい風が体中を撫でていく。

 涼風を取り込むためか、開けっ放しになっている玄関から声もかけずに上がり込む。薬品のにおいが染み付いた廊下を進み、無遠慮に診察室のガラス戸を引いた。

「起きてるお前が自ら俺のところに来るとは、珍しいこともあるもんだな」

 ケイの顔を一瞥したヤヨイはすぐに視線を机の方に戻す。当のケイはこもっていた室内の匂いに渋い顔で白衣姿の医者を見ていた。

「ぬかせ。その悪趣味な作業の手を止めたらいい事を教えてやる」

「世界の利益になるかもしれん事を悪趣味とはな」

 不満を口にしながら、ヤヨイはメスを置いた。机の上には大きめのネズミだったものが赤い水たまりのなかで横たわっている。ゴム手袋を外したヤヨイは汗をぬぐい、椅子に座った。ケイもいつも通り診察台に座り、腕を組む。

「欲しがってた助手の件、ミヤから許可が出た」

「それは『これから戦争が始まる』って隠語か何かか?」

「いいや、言葉の通りだ。お前の望みもそうだが、イチがここに来る頻度も減らしたくてな」

 ヤヨイは「どんなやつだ?」と珍しく口角を上げる。

「少年甲ってわかるか?」

「何年か前の連続殺人犯だったか?」

「四年前の連続動物死体遺棄、及び両親の殺害だ」

 資料をヤヨイに投げながら、ケイは「どっかで聞いたことのある人生だな」と嫌味を含んで笑った。その表情にヤヨイはいつも通りの無表情を作る。

「なんだよ。俺は尊属殺人はやってないからな。一緒にすんじゃねぇよ」

「確かに、尊属殺人かどうかの方が殺害人数よりも重要視されてはいるが、そういう話ではなく、だな」

 わざとらしく咳払いをしたケイは話を本筋へと戻す。

「今、ルキとヒデが潜入捜査中だ。少年甲は性格には多少難ありだが、お前に任せれば何とかなるだろう、というミヤの判断だ」

「簡単に言ってくれるじゃねえか」

 後頭部を掻き、迷惑そうに吐き捨てる。自分の能力を評価してくれるのは結構なことだ。だが、この世界には魔法などはなく、全てが人間の知恵と努力の結晶でできている。それなのに、それが他人のこととなるとどうも理解が及ばない人間が多すぎるようだとヤヨイはため息をついた。

「それから、少年甲からはルキとヒデの記憶も消しといてくれだとさ」

「俺のこと奇術師か何かだと勘違いしてんのか? ミヤは」

「できるんだろ?」

「俺にできないことはない。ただ、わかるだろ。薬は毒にもなり()る」

「もちろん承知の上だ。既死軍(キシグン)で薬に頼ってない人間がいるなら教えて欲しいもんだな」

 ケイの言葉にヤヨイはたばこに火をつけた。日々、自ら毒を摂取しているような自分が講釈を垂れるべきでもないかと煙を吐き出す。そして灰を灰皿に落としながら薄っすらと笑った。

「毒された世界には、毒された人間がお似合いだ」


 ルキの働きかけのおかげで懲罰房行きを免れたヒデは、それから数日後、かばん一つで施設外に放り出されていた。どうやら証拠不十分ということで赦されたらしい。罪が確定していなくても更生施設にはぶち込まれるんだなと、ここ数週間の惨憺たる生活を思い返す。ヒデのスッキリしない心を表すかのように空もどんよりと低い雲が垂れ込めている。

 身体的なケガはなかったものの、精神的な疲労は今まで経験してきた任務の比ではない。万が一、生き返って社会に戻ることがあったら、真面目に慎ましく生活しようと強く心に誓った。ここは人間が来るような場所ではない。

 施設の出口には身元引受人役のジンがいた。ヒデは振り返って見送りに来ていたルキにぺこりと頭を下げると、ジンの運転する車に乗り、施設を後にした。ここでの思い出は特にない。犯した罪の自覚と社会復帰を目的にした規則正しい生活。それはヒデには何も響かなかった。自分は罪の意識もなければ、社会復帰も望んでいないということだろうと、小さく消えていく施設を鑑越しに見つめていた。


 その翌日、少年甲は指示に従って何枚もの書類にサインをしていた。最後の一枚に拇印を押した時、強張っていた顔がほころぶ。自分の行いはどうやら世間では「罪」に値する行為だったようだ。それも、今をもって赦された。これで晴れて解放だ。しかし、自らを天涯孤独の身とした少年に帰る場所などない。「少年甲」の身元を引き受けるのは、同じような境遇の青少年が暮らす施設の職員だ。

 自由への扉が開かれ、少年は職員と共に外への一歩を踏み出す。施設を振り返るその顔はどこか名残惜しそうで、職員からは「戻ってくるなよ」と月並みな言葉が叫ばれた。小さく頷いた少年は前を向き、車に乗り込んだ。

 それから数時間後、もう日付も変わった深夜、突然更生施設の電話が鳴り響いた。電話を取った中年教官の顔が青ざめる。少年甲を乗せた車は高速道路の中央分離帯に激突し、車両もろとも燃え尽きたという。


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