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Blackish Dance  作者: ジュンち
45/228

45話 動静

背負うものの、重み。

 弾き飛ばされた拳銃を拾おうとするシドの手元に鋭い痛みが走った。手袋にじわりと赤色が広がる。かすった程度ではあるが、確かにそれは男が放った弾の軌跡だった。シドの銃は更に弾かれ、飾り棚と床のわずかな隙間に滑り込んでしまった。

 満足げな男は僅かに上体を起こしたヴァンに近づく。

「俺が来て嬉しかろ」

 シドを見据えたまま、男は軍刀を抜く。ヴァンは安心したような表情をしたかと思うと「おせーよ」とかすかな声で悪態をついた。

「真打ちは遅れて登場するもんだ」

 しかしその声はヴァンに届かず、がくりと意識を失ってしまっていた。男は好戦的な笑みを浮かべ、「あとは任せな」と刀を肩に担ぐように構えた。ギラリとした眼は実際に光を放っているようにさえ錯覚させる。

 呼吸を整えたかと思うが早いか、男は既にシドの眼前にいた。シドは寸でのところで切っ先をかわし、とっさに手近にあった何も飾られていない花瓶を投げつける。だが、薄いガラス程度では男の攻撃を止めるのには役立たなかった。

 シドは今度は壊れてバラバラに崩れていた椅子の脚を手に男の刃を受け止める。

「ヴァンを手こずらせただけのことはあるな」

 男も持ちうる限りの力を込めているのか、その刀身からビリビリとした震えがシドに伝わる。お互いに一歩も引かず、静かに睨み合っている。

 膠着状態がこのまま続くかと思われた。だが、たった一瞬、一筋の汗が男の顎からしたたり落ちたのを合図に二人は動いた。それはまるで計算しつくされた演舞に出てくる完成された殺陣のような打ち合いだった。(やいば)を受ける度にシドの手元からは木くずが飛び散り、段々と心許ない強度になっていく。室内のさらに奥へ後ずさりながら何か別のものはないかと視線を動かす。

 男が刀を振り上げた瞬間を見計らい、シドはがら空きになった腹部に突きを繰り出す。しかし、もろくなっていた急場しのぎの武器はシドの速度にはついてこられず、中心から折れてしまった。

 素手で刃物に対峙するのは無謀だと流石のシドも表情を険しくする。男はこれは好機と言わんばかりに息つく間もなく攻撃を続け、遂にシドは暖炉のそばまで追い詰められた。季節外れに赤々と燃える炎がその場の熱気を煽り立てる。

「これで終わりだ」

 男は逃げ場のないシドにとどめを刺さんとその刃を向ける。だが、風を切る音がしたかと思うと、軍刀ははるか遠く、入り口近くの床に金属音を響かせ落下した。男は一瞬の出来事に何が起こったのかわからず、痺れる右腕からシドに視線を滑らせる。

既死軍(キシグン)って、お前みたいなやつばっかりなのか?」

 シドは手にした火かき棒の使い勝手を確認するように手首を回しながら、気だるげに口を開く。

「俺の足元にも及ばん」

「それなら、お前に会えた俺は運がいいな」

 そう言うのと同時に、大広間のさらに先、外に繋がる扉の向こうから複数人の足音がした。

「旗色が悪いな」

 男は脱兎のごとく出口へと駆け出した。シドは男の速度と距離を測り、火かき棒を投げつける。鋭利な鉄製の棒が迫りくるのを察知した男は前転で回避する。すぐに立ち上がって再び走り始め、遂には再び軍刀を手にした。

「死んだら終わりだからな。負け戦はしない主義だ。ただ」

 肩で呼吸をしながら刀を構える。

「お前とは戦いたい。あれがお前の仲間なら手出しは無用だと伝えてくれ」

 男が親指を向ける背後の玄関にはヒデとノアが立っていた。

「やっぱりいた」

 ヒデの「やっぱり」という言葉に男は振り返る。視界に飛び込んできたのはヒデの背中でぐったりとしている仲間の姿だった。

「お前ら、レナに何をした!」

「何をしたも何も、勝手に気絶したのを助けてあげただけなんだけど」

 濡れ衣を困り顔で否定するヒデに続いて、呆れたようにノアが「そっちの采配ミスじゃないの?」と鼻で笑った。しかし、すぐさま侮蔑の表情へと変わる。

「仲間意識なんか持って、バカみたい」

「俺たちは志を同じくした仲間だ。お前たちのような烏合の衆とは違う」

 ノアは言葉を返す代わりに六尺棒を手に攻撃態勢を取る。だが、今すぐにでも襲い掛かりそうなその怒気は、シドの牽制に静められた。

「手を出すな」

「何で? こんなくだらない仲間ごっこに付き合いたくない」

「この俺が手を出すなと言っている。俺たちを烏合の衆と呼ぶなら、相手は俺一人で十分だ」

 ノアは不服そうにシドに軍刀を見せる。それはレナと呼ばれた女から取り上げたものだった。

「シドがそう言うならしょうがないか。武器だったらここにあるよ」

「それは俺たちの軍刀だ! お前たちに使う資格はない!」

「資格? バカ言わないで。武器は強い人間にこそ使う資格があるんだよ」

 そう言うとシド目掛けて軍刀を投げる。シドは空中でそれを掴むと鞘を抜き、男の前に着地した。

「気安く触れるな!」

 同じ軍刀を手にしたシドに男は激昂して切りかかる。怒りを含んだ男の気迫は先ほどとは比べ物にならない。両手で真正面に刀を構えたシドは静かに男を迎え撃つ。

 まさに静と動。

 静寂を纏うシドの太刀筋は火花を散らさんばかりの軍刀を易々と受け流す。

 目の前で繰り広げられる二人の剣戟をヒデはただ眺めていた。手出しをするなと言われた以上、それには従うしかない。ヒデは自分が背負っていたレナと大広間の床に横たわっている男を二人の邪魔にならないように壁際に横たわらせる。

「軍刀で戦うシドって新鮮だね」

 大迫力の映画でも見ているかのように、のんびりした口調でノアは様子を見ている。

「そう言えばこの前軍服で任務行ってなかった? その時って軍刀使ってた?」

「使ってるところは見てない。気づいたら終わってた」

「そっか。シドはどんな武器でも使いこなすし、才能もあるんだろうけど、きっと誰よりも努力してるんだろうなって思うよ」

 目の前で生死をかけた戦いが行われているとは思えないような会話をしながらも、ヒデとノアはそれぞれの武器を握りしめていた。加勢はしない。それでも、気を抜くわけにはいかなかった。ここにはロイヤル・カーテス以外の敵がいることは明らかだ。

「シド、とかいったな。俺はヴァルエ、お前を倒す男だ。名前と顔を覚えとくんだな」

 押され気味のヴァルエは息を上げ、シドを睨む。手袋は今や吸収しきれなくなった血液をぼたぼたとこぼし、不快な感覚を広げていく。指先から段々と痺れて力が入らなくなっていくのがわかる。このままでは敗北するのは明白だ。仲間もぐったりと目を閉じたままぴくりとも動かない。その横には無傷の既死軍(キシグン)がまだ二人もいる。

 ヴァルエの頭は様々な計算で埋め尽くされていた。逃げるべきか、それともこのまま戦うべきか。その間もシドの攻撃が緩むことはない。目の前の敵が手にするのは、(スメラギ)を護るため、この帝国の行く末を託された(やいば)。ロイヤル・カーテスの中でもたった四人しか持つことの許されなかった軍刀だ。ヴァルエは奥歯を噛む。

「その刀はレナが賜ったものだ!」

 怒りの勢いをそのままに一方的に間合いを詰め、有利を取ったと思った矢先だった。シドは軍刀を逆手に持ち替え、柄頭(つかがしら)でヴァルエの腹部に突きを入れる。自分が迫った勢いも相まって、一撃で内臓に大打撃を与えられたらしい。ヴァルエは血を吐き、その場に崩れ落ちた。体中から鉄臭さが匂い立つようだ。外傷よりもタチの悪い攻撃だなと血にまみれた口元をぬぐう。

「人前で膝をつくような精神の脆さで俺たちに刃向かおうなど、笑止千万」

 涼しい目をしてシドはヴァルエを見下ろしている。ゆらりと立ち上がったヴァルエはかすかに笑った。口角を上げたその端からは一筋、鮮血が伝う。虚勢の一つでも張らないと、ふとした瞬間に意識が飛びそうになる。軍刀も奪われたまま、ここで三人全員が倒れるわけにはいかない。

「俺たちは第三の帝国軍だ。舐めてもらっては困る」

 しかし、その言葉とは反対にヴァルエは刀を鞘に納めた。鯉口と鍔が軽やかな金属音を立てる。またお得意の逃亡かとシドは身構える。そう何度も逃がすまいと足を踏み込んだ一瞬にも満たないその時間、今まで聞いたこともないような低い呻き声がシドの口から短く漏れた。

 ヴァルエは鞘ごとシドの右腕目掛けて振り下ろしていた。その下へ向かう重みに腕は床材を突き抜け、シドは思わず握っていた軍刀をこぼす。腕から体ごと床に叩きつけられた激痛が全身を襲った。しかし、痛覚などないかのようにシドの表情は変わらない。

「俺の鞘は鉛よりも重い」

 ヴァルエはシドに背を向け、鞘を腰のホルダーに納める。

「トリックスターは人を騙してこそ、だ」

 シドは軍刀を左手で拾い、すぐさま足を踏み切った。空中から勢いをつけて背後から標的に切りかかる。こんな醜態を晒すことになるとは一生の不覚だと言わんばかりの形相だ。

 ヴァルエは静かに軍刀を抜き、振り向きざまに仲間の刀を持つ左腕を切りつける。右腕をかばって戦うシドは敵にかすり傷一つつけられず、床に倒れこんだ。痛みよりも荒い呼吸と脂汗が屈辱だった。ヴァルエはシドの目の前に落ちた軍刀を拾い上げ、無言で玄関へと向かう。

 一斉にヒデとノアの照準が合わせられる。確かにこの男は強いかもしれない。しかし、二人がかりなら、一矢報いるぐらいはできるのではないだろうか。ヒデ弓を引き絞る。

「手を出すな!」

 そんな二人の動きがぴたりと止まった。ヒデはヴァルエから視線を外さずに叫ぶ。

「でも、シド!」

「誰が加勢しろと言った。そいつは、俺が」

 シドは静かに宣言した。その瞳にはしっかりとヴァルエが映っている。

「ヴァルエ、お前はこの俺が殺す」

 その言葉にヴァルエは足を止めた。振り返らないまま、「俺のセリフだ」と歩みを仲間の方へ進める。

 ぐったりとしている仲間の頬を何度か叩くと、レナが目を覚ました。レナは状況が読めないまま、一体何が起こっているのかとヴァルエを見つめる。周りの人間は一切目に入っていないようだ。

「レナ、帰るぞ!」

「わ、わかりました」

 ヴァルエは未だ目を覚まさないヴァンを背負う。入口に立っていたヒデとノアはロイヤル・カーテスの退路を開いた。玄関を出た三人は、やがて闇より暗い軍服を鬱蒼と茂る森の中に溶かしていく。

 ヒデが振り返ると、シドは手近にあった布と壊れた木製家具の一部で腕を固定しているところだった。

「シド、骨折してるの、戻ってヤヨイさんに診てもらった方がいいんじゃ……」

「まだだ。まだ、俺たちの任務は終わっていない。死んでも任務は遂行する」

 唇を噛むシドからはロイヤル・カーテスとは正反対の言葉が返ってくる。任務を任された者として「正しい選択」とは一体どちらなのだろうか。

 シドは棚の下に手を伸ばし拳銃を探り当てる。そして立ち上がって左手でぐしゃぐしゃと前髪をかき上げると、いつもの不機嫌そうな表情で「俺に何か報告があるんだろ」と本来の任務を再開した。


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