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Blackish Dance  作者: ジュンち
44/227

44話 袖振り合うも多生の悪縁

陳腐な、綺麗事。

 かすかだった人の気配が段々とはっきり部屋に近づいてくる。反響するように聞こえるコツコツという足音は軍靴(ぐんか)やブーツのもののようだ。息を殺して弓を引き絞ったヒデは、どうか犯人でありますようにと願った。一刻も早くこんな任務は終わらせて帰りたかった。

 壁に開けられた穴から降り注ぐ光はいつの間にか太陽から月の輝きへと変わっていた。それでも半月にも満たない弱々しい明るさでは近くにいるノアの視認すら危うい。

 足音がぴたりと止まった。このまま戦闘になるかと一層緊張を高める。しかしそんな二人の予測とは裏腹に、突如として絹を裂くような悲鳴が響き、ドサリと人が倒れたような物音も同時に聞こえた。

 拍子抜けした表情でヒデは部屋の入り口に近づく。視線を床に向けると、そこには真っ青な顔をした女が倒れていた。

「お、女の子? なんでこんな所に」

 年はヒデたちと大して変わらないだろう。艶やかな長い髪に映える整った顔立ちはさながら毒リンゴで眠りについてしまったお姫様のようだ。しかしそんなことにはお構いなしに、ノアは銃口を向け続ける。

「この服、ロイヤル・カーテスのと似てない? 女物の制服見たことないからわかんないけど。この前の作戦に現れた炯懿(ケイ)って名乗ってたリーダーの女も似たような形の軍服だったよ。少なくとも、肝試しに来たような人間には見えない」

 ノアはそう言いながら、横たわる人間の脇腹を足でつつく。コツンとつま先が固いものに当たったかと思うと、ノアは顔をしかめる。

「軍刀持ってるじゃん。どうする? 殺しとく?」

「でも、万が一ロイヤル・カーテスじゃなかったら」

「武器持ってる人間なんかがまともなわけないでしょ。それに、もし僕らの姿を見られてたなら一般人だろうと殺さなきゃいけない。ここでなら犯人に罪も(なす)り付けられそうだし、楽じゃん」

 一瞬月明かりに垣間見えたノアは笑っているらしかった。

「僕は」

 言葉をつづけようとしたヒデを片手で制し、ノアは口を開く。

「ヒデが助けたところで、シドに見つかったら末路は同じだと思うけどね。まぁ人質ぐらいにはなるか」

 ノアは目の前の男が何を言わんとしたかを察し、先回りをする。優しさなんてこの世界には不要なのになと、呆れたように拳銃をしまった。他人に優しくしたところで、見返りはないに等しい。そんな陳腐なものを求めているわけではないが、それでも荒むことなく人を助けようとするヒデの精神を密かに侮蔑した。

 ノアは遠慮もなく女から一通り武器を取り上げる。ヒデは身軽になった姫を背負い、崩れた壁に足をかけた。女の長い髪が風に流れるように揺れる。

「取り敢えず、入り口に戻ってシドの後を追おう。合流した方がよさそう。もしこの人がロイヤル・カーテスなら一人ってことはないと思うし」

「で、肝心のその人はどうするの?」

「気絶してる状態でこんなところに放置してたら危なくない? 僕が背負ってるよ」

既死軍(キシグン)以外の人間がどうなろうと知ったこっちゃないと思うんだけどなぁ」

 ぶつくさ言うノアを横目にヒデは笑う。

「僕は誰にも助けてもらえなかったけど、既死軍(キシグン)には助けてもらえた。だから、既死軍(キシグン)である僕は誰かを助けたい」

「綺麗事じゃん」

「綺麗事でも僕はそう思ってる」

「それなら僕の信念ってなんだろうなぁ」

「別に、信念ってほどじゃないけど」

 照れたように再び笑いかけると、ヒデは躊躇することなく飛び降りた。


 それより少し前、まだ太陽の気配が少し残っているころ、シドは最上階である三階で何度目かになる行先のない扉を閉めていた。眉間にしわは寄せているものの、既に苛立ちを感じることもなくなっていた。

 幾度となく任務へは出ていたが、それでもこの場所は群を抜いて不可解だった。

「ここの(あるじ)は気でも違っているのか」

 そんなことを一人でこぼしながら窓の外の景色にはたと視線を止める。どこかで見たことのある黒い軍服姿の男女が二人、建物の方へと歩いてくる。

「ロイヤル・カーテスか」

 シドにとっては建物内にいるかどうかもわからない犯人より、今しがた認識したロイヤル・カーテスの方が問題だった。個人的な恨みはないが、既死軍(キシグン)を敵視しているなら討つまでだと拳銃を取り出し、通ってきた部屋を引き返した。

 息をひそめ、三階から入り口の大広間が見える位置にまで移動した。途切れ途切れに聞こえる会話から、ロイヤル・カーテスも同じく階下と上階の二手に分かれるようだと察する。シドにとってはどちらも初めて見る顔だった。

 シドの方へ向かってきたのは男の方だった。冬に行われた誘総出の作戦に参加しなかったシドにしてみれば、ロイヤル・カーテスとの邂逅は実に半年ぶりだった。以前は相手がただひたすら逃げるだけだったことを思うと、戦うことになるのは今回が初めてだ。情報ではリーダー格の女、炯懿(ケイ)はサーベルを持っていたらしいが、それ以外は軍刀か拳銃だと聞いている。もし相手が拳銃だったならば、同じ得物を使う人間に自分が負けるはずがないと少しずつ近づいてくる男を鋭く睨んだ。

 階段から一番近い部屋に舞い戻り、相手を一撃で仕留められる位置を探す。勝つまでの工程は少ないに越したことはない。このあと、ここの(あるじ)である人間との戦闘が待っているかと思えば尚更だ。

 回転式拳銃に装填されている弾丸はたった六発。予備も常に携帯はしているが、使うつもりはなかった。相手が二人なら銃弾も二発で十分だと呼吸を整える。

「いるんだろ。ここの持ち主か? それとも、別の人間か?」

 シドは呼びかけに無言を返す。静寂の中、相手が拳銃のセーフティーを外す音がかすかに聞こえた。

「まぁ、返事するような奴がいるわけないよな!」

 そう聞こえるが早いか声の(ぬし)は部屋に飛び込み、正確にシド目掛けて発砲した。しかし、銃弾の道筋を予知していたようにわずかに体をずらし、攻撃を無に帰す。視線を合わせた男は再び銃を構えた。

「その制服、既死軍(キシグン)だな? 拳銃使い、は確かセトが会ったって言ってたな」

 声に出して自問自答しながらも男はシドの眼光に負けず睨み返す。

「もちろん知ってるだろうが、俺はロイヤル・カーテスだ。名前はヴァン。目的は多分お前らと同じ、ここでの奇妙な失踪事件を追ってる。まぁ俺にしてみりゃチジタイの尻拭いなんて」

 そこまで聞いたところでシドは早くも痺れを切らした。このまま静聴を決め込んだところで情報が得られるわけでもなさそうだ。拳銃をしまうと同時に殴り掛かる。

「お前、せっかちだって言われねぇ!?」

 ヴァンは身を翻し、拳をかわす。しゃがんで円形の机の下に潜んだかと思うと、豪華な装飾が施された木製の椅子を振り上げ、シドの脳天に叩きつけた。両腕で攻撃を受け止めるも、砕け散った木片が腕に刺さり、白い制服に赤い花を咲かせる。

 シドは怯むことなく円卓にかけられた白い布を男の方に投げつける。巨大な布を頭からすっぽり被せられたヴァンはそれを取り払おうとするも、そう簡単にはいかなかった。シドは好機と言わんばかりに腹部に蹴りを食らわし、そのまま押し倒して馬乗りになる。衝撃で床に落ちていた燭台を手に、顔面目掛けて振り下ろそうとした瞬間、自由になっていたヴァンの足がシドを背後から襲った。燭台でその蹴り技を防ぐと、一旦ヴァンから離れた。

 ヴァンは隙を見て立ち上がりながら布をはぎ取ると笑った。

「お前、強いな。名前教えてくれよ」

 しかし、その相手は感情のない顔でただ自分に銃口を向けているだけだ。更にシドの強さを褒めそやそうとしたところで、驚いたように目を見開いた。

「いや、待てよ。他にもいるのか?」

 独り言の多い男だなと引き金を引こうとしたが、それは叶わなかった。ヴァンはシドの照準すら合わない速度で部屋を飛び出した。

「ちょっとすまん! 仲間探してくる!」

 そんな簡単な謝罪で許されるはずもなく、シドは後を追った。部屋を出てすぐの手すりを飛び越え、ヴァンは軽々と三階から一階に飛び降りる。シドも手すりを踏み切り、同じく玄関から入ってすぐの大広間に着地した。

「ていうか俺たち、任務の目的が同じなら戦う必要ないんじゃないか? 一緒に犯人捕まえようぜ」

 追ってくるシドを振り返り、ヴァンは立ち止まる。二人がここにいる理由を考えれば、その方が合理的にお互いの任務をこなせることは確かだ。

 そこでシドは初めて口を開いた。

「俺たちの任務はフソウとロイヤル・カーテスを潰すことだ」

 目の前で自分が所属する組織を殲滅すると宣言されても尚、ヴァンは面白そうな笑顔を崩すことはない。それはシドに多大な興味を抱いているからだった。既死軍(キシグン)は好戦的な強者(つわもの)揃いだと聞いてはいたが、それでも実際にその強さを目の当たりにした今、目の前にいる男についてもっと知りたいという欲望がとめどなく溢れていた。

「声もかっこいいの、ズルくねーか?」

 思わず口を突いて出た自分の発言に驚きながらも、ヴァンは「交渉決裂、ってとこか」と同じく拳銃を構える。

 シドは相手の得物を一瞥しただけでその性能を正確に脳内に描き出していた。

 相手が今持っているのは市場(しじょう)に多く出回っているものだった。手に入れようと思えば誰でも簡単に手に入れることができる。需要があるからこその量産型なのだろうが、それでも自分の持つ唯一無二の物に比べれば安っぽいものにしか見えなかった。そんな陳腐なものから弾き出された弾を自分の体に触れさせるわけにはいかないとシドは引き金を引いた。しかし、同じくヴァンも発砲していたようだ。体格差もあまりない二人から放たれた弾丸は真正面からぶつかり、勢いを失って床にぽとりと落ちた。

 一瞬の出来事に何が起きたかわからずポカンとしているヴァンにシドが間髪入れず殴り掛かる。今度はヴァンが腕を交差させ攻撃を防ぐも、不快な音が体内を駆け巡り、骨が折れたことを知ることとなった。

 叫び声の一つも上げたいところではあるが、そんな隙を与えるほどシドは愚かではなかった。先ほどの威勢の良さも衰えたヴァンはただひたすら自分が死んでしまわないように防御することで精一杯だった。流石噂に聞いていた既死軍(キシグン)だな、などと一切躊躇しないシドの攻撃姿勢に賛辞を送りつつ、どうすればこの状況を抜け出せるか脳を目いっぱい回転させる。

 辿り着いた答えはただ一つ、「攻撃は最大の防御」ということだった。自分に再び馬乗りになっている男が拳を振りかぶった一瞬を突いて、辛うじて力の残っている右手からのストレートを繰り出す。しかしそれも功を奏さず、シドの左手に捕まれてしまった。そのまま骨をも砕かん握力で握りしめられ、ヴァンも顔をゆがめる。

 自分の攻撃が招いた結果、額にぴったりとつけられた銃口からは微塵も迷いが感じられない。しかし、当の本人はこんな男に二発も弾丸を使うことになるとはと言わんばかりの不服そうな表情をしていた。

「いや~すまんすまん。課題が終わんなくてさ~」

 そんな声とともにシドの手から瞬く間に拳銃が弾かれる。気配すらしなかったその男は洋館の入り口に立っていた。既に暗闇が広がる外界と室内の境目はあやふやで、男との距離感は測りかねる。

「ロイヤル・カーテスのトリックスター、ただいま華麗に参上」

 シドを見据え、男は軍帽を取って(うやうや)しく頭を下げる。武器を失ったシドはヴァンから離れて間合いを取り、新しい敵を瞳に捉えた。


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