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Blackish Dance  作者: ジュンち
42/227

42話 封切り

怪異を、暴く。

 ヒデは目の前で繰り広げられている押し問答をソファに座って見ていた。

 この部屋の(ぬし)は「ちょっと待って! 帰らないで! ルキさんが考えたんじゃないから!」とノアの袖を必死に引っ張っている。

「ふざけてないから!」

「『オバケ退治』がふざけてなかったら何なの」

 ルキを引きずってでも無理矢理退室しようと、ノアは一歩一歩ドアに歩みを進める。その表情はいつもと違う険しいものだ。

「だってオバケはオバケなんだからしょうがないじゃん~」

 最早泣き顔に近い大の男を一瞥したノアは呆れたのか、同情したのか、ルキを振り払いヒデの隣に座った。

「オバケって、幽霊ってことですか? それとも何か、隠語みたいなものですか?」

 場の雰囲気を取り繕うようにヒデがルキの味方をする。

「まぁ、普通に幽霊だね~」

 帰るのを諦めてくれたことに安堵の表情を見せつつ、ひと悶着でついた高級そうなスーツの汚れを払う。ルキは自分のデスクに軽く腰を掛け、ひと仕事を終えたと言わんばかりにたばこに火をつけた。そのままでいれば立派な大人なのに、幾らか年下の子どもたちに振り回される様の方が見慣れてしまった。

「ずっと都市伝説レベルの話だったんだけどさ~、実害が出たから依頼が来たんだよね~。シドは今読んでるからわかってると思うけど」

 一連の出来事を我関せずと、ヒデの前に座っているシドは初めに手渡された資料を読んでいた。眼前で子供ようなの喧嘩がどたばたと繰り広げられていても目線はその紙束から外れることはなかった。

 オバケ退治と言ってしまえばノアの行動も一理あるが、そのような幼稚なことばで片付けるにはいかない理由があった。ヒデも資料を手に取り読み始める。

 事の発端は、一人の男性の失踪だった。その男は世に溢れる都市伝説を検証した動画をあるサイトに投稿していた。そこから得られる広告収入だけで生活できるほどには有名らしい。

「なんかね~生配信って言うの? そういう中継動画をインターネットに流してる最中にいなくなっちゃったんだって~」

 そう言いながらルキが電子端末で見せた動画は人里離れた山奥、ホラー映画のワンシーンにでも出て来そうな場所だった。電波状況が悪く、とぎれとぎれの動画だ。かなりの山道なのか、そこへ行くに至った経緯を解説している声は息が荒い。

 映像が移動を辞め、周囲をぐるりと撮影し始めたその時、突然視界が地面へとぼとりと落ちた。そこからは木々がざわめく音しか聞こえず、同じ景色が動画内で二時間ほど続いたところでぷつりと終わってしまった。恐らく配信をしていた端末の充電が切れてしまったのだろう。

「まぁ、早送りで見てもらったけど、こんな感じ~。今はサイトでは削除されてるよ~」

「つまり、カメラが地面に落ちたときが犯行の瞬間ってことですか?」

 ヒデは腕組みをして頭を悩ませる。男がその場から消えたであろう瞬間は叫び声も、誰かと争うような音も聞こえなかった。「忽然と消えた」という表現がふさわしいが、現実にそんなことがあり得るのだろうか。

「そうなるね~。で~、まだこれには続きがあってね~」

 ルキは資料に書いてある説明をそのまま繰り返す。それは、動画を自作自演だと考えた別の人間が、同じ場所で同じく配信中に失踪してしまったという内容だった。結局、視聴者からの問い合わせや家族から捜索願が出されたことで、治安維持部隊が動く騒動にまで発展した。

 しかし天下の帝国軍、市民の平和と安全を守る治安維持部隊もこの呪われた地には惨憺たる敗北を喫することとなった。世間に公表されてはいないが、捜索に出た全員が精神病棟送りになったというのだ。

「オバケ退治、で片付けるには禍々しすぎるんじゃない? 軍人が精神やられるってさ、ルキ、僕らがまともに帰って来られる保障あるの?」

 ノアは依頼に対して呆れた顔から嫌悪感を示す表情に変わっている。

「オバケって要は死人でしょ~? 死人の相手は死人がするべきだと思うんだよね~」

「意味わかんない」

 不貞腐れたように口を尖らせたノアは資料をテーブルに放り投げた。

「ちなみに、依頼は『オバケ退治』だから行方不明者の生死は問わないってさ~。まぁ、生きてるとは思えないけどね~。ちゃちゃっと人間を連れ去ったオバケ捕まえてきてよ~」

 へらへらと他人の死を決めつけると、ルキは三人を地下へと促した。


 数時間後、一行は問題の場所に到着していた。傾斜が続く山林は、太陽は高く上っているというのに生い茂る木々で足元すらおぼつかない。こんなところによく一人で来たものだと、ヒデは最初の行方不明者に賛辞を送る。

 しばらく雨が続いていたせいか、じっとりとした空気が体にまとわりつき、不快感を覚える。しかし、この不愉快さは湿度だけが原因ではないように思えた。

治持隊(チジタイ)の持、てる情、を勝手に拝借し、んだが』

 耳に響く自分の荒い呼吸も相まって、無線から聞こえて来るケイの声がいつもより不安定だ。薄暗い山奥で中途半端に聞こえてくる音声は一層不気味さを助長させる。

『この先、まっ、ぐ行っ、ところに洋館、ある。そ、に治持隊(チジタイ)は、った。その結』

 そこまで聞こえたところでケイは完全に沈黙してしまった。ヒデは隣を歩くノアと顔を見合わせると、やれやれと言うように首を横に振った。

「無線、役に立たないみたいだね」

「無線が使えない場所なんて、僕も既死軍(キシグン)に何年かいるけど片手で数えられるぐらいかな。ちょっと困るな。洋館が広くないことを願ってるよ」

 ノアは武器の六尺棒、羅意(ライ)を杖代わりにして歩く。ヒデにとってはケイとも(イザナ)とも連絡が取れないのは初めての経験になる。しかし、それを不安に感じることはなかった。

 そうこうしている内に前を歩くシドが足を止め、地面に視線を落とす。二人が後ろから覗きこんだ草むらにはぽつんと携帯電話が一台落ちていた。シドは拾い上げて確認すると「二人目の物だ」と短く報告をした。

「うひぃ、ここで人間が一人消えたかと思うとぞわぞわする」

 ノアが事件を茶化したように両腕をさする。ルキやチャコほどではないが、ノアもへらへらとした表情をよくする人間だなとヒデはちらりと横目で見る。しかし、これぐらいの精神力のほうが考えすぎてしまう自分より生きやすいのかもしれない。

「足跡すらないなんて、ホントにオバケなのかもね」

 あたりを軽く見まわしてからそう言い捨てると、ノアは既に先を歩き始めていたシドを追った。

 更に歩くと件の洋館が木々の隙間から見え始めた。超常現象の舞台にぴったりな雰囲気を放っており、ただの建築物には見えなかった。それが視界に入った瞬間、ヒデの全身にはひやりと冷たいものが走った。

「こんなところ、任務じゃなかったら昼間でも勘弁してほしい」

 そう愚痴をこぼしながらもヒデは少しずつその空間に歩みを進めていった。


 やがて眼前に現れた洋館は視界を埋め尽くすほど高い鉄柵で囲まれており、そこにはツタや木が絡まって一体化していた。過去はきちんと整備されていたであろう、城門にも似た入り口は同じく鉄柵でできている。

 シドは視線だけであたりを確認すると、ヒデとノアに振り返った。

「無線は使えない。しかしこの広さだ。二手に分かれるとする」

 二人はただうなずいた。シドは単独行動をするということだろう。こんな場所に一人きりじゃなければこの際何でもいいやとヒデは安堵した。

「この門と周囲の草むらから察するに、頻繫ではないが人は出入りしているようだ。何人いるかは知らんが、主犯は必ず俺の前に引きずり出せ」

 それだけ言うとシドは門に向き直り、両手で押し開ける。重たい金属の音がゆっくりと静寂に響いた。

 門から建物に続く道は申し訳程度の獣道だが、かつては何人もの人が往来していたらしい名残があった。入口の扉の前で再び立ち止まり、ヒデはその外観を見上げる。

 西洋風のその館はルキの事務所で読んだ資料では築百年は優に超えていると書いてあった。高さからするに三階建てのようだが、それにしては窓の付き方が不自然だ。資料曰く、その他の詳細は一切不明だという。既死軍(キシグン)の頭脳が調べても情報が出てこないのはいよいよ怪しく後ろ暗い。

 帝国には珍しい外国風の建築物は場所や時代さえ違えば観光地の一つにでもなっていただろう。だが、この場所がそんな明るい歴史を背負ってなどいないことは一目でわかる。昼間だというのに寒気すら感じる異様な雰囲気は、ここがただの打ち捨てられた廃墟ではないことを物語っていた。

 玄関には洋風建築らしい(ひさし)がついており、薄暗さを増している。しっかりと鍵がかけられている古ぼけた扉は誰かが今もなお管理していることを示していた。

「鍵壊す? それとも別の入り口探す?」

 窓を開けようと試みていたノアも再び合流し、指示を仰ぐ。しかし、シドが答えるよりも早く「僕なら開けられるよ」と得意げな笑顔で懐から細い金属の棒を何本か取り出した。シドは一歩下がり、玄関前をノアのために空ける。

「シドのお墨付きもらっちゃった」

 ノアはにこにこと棒をカギ穴に差し込み、数回小さく音を立てる。するとあっさりと開錠する音が聞こえた。

「防犯意識がなってないみたいだね」

「なんか、空き巣みたい」

「みたいっていうか、僕、元空き巣だよ」

 手際の良さを冗談で褒めたつもりが、思わぬ返答に面食らう結果となった。そんなヒデの反応にノアは再び口角を上げて小さく笑い「なんちゃって」と付け足した。この人もよくわからない性格だなと思いながら二人でこそこそと会話をしていると、その横でシドが躊躇なく扉を開けた。

 シドの背後から覗き込んだ室内は、だだっ広い大広間だった。初めて見る豪勢な西洋建築の内部にヒデは目を見張った。畳と木材、紙だけで作られた帝国風建築とは似ても似つかない装飾や色遣いにただ圧倒された。

 左手には壁に沿って上階へとつながる階段が備え付けられ、広間の奥にはじめじめとした季節だというのに暖炉が赤々と燃えている。そこかしこの家具には白い布がかけられており、埃が積もっているもの、蜘蛛の巣が張っているもの、様々だった。しかし、床の導線となる部分には不自然なほど塵一つない。

「ひえ~オバケ屋敷だ~こわ~」

 作ったような声色でノアはヒデの腕にしがみつく。どう見ても本気で怯えているようには見えない言動にヒデは冷たく「そんなこと思ってないでしょ」と鼻で笑った。

「微塵も思ってないよ」

 ノアも再びけたけたと笑い、手を離した。そんな二人には目もくれず、シドはキョロキョロと室内を見まわしている。手には拳銃を持ち、まだ一歩も踏み入れていないことから、かなり警戒していることがわかる。

「俺は最上階から見て回る。お前たちは一階から上がってこい。地下があった場合は後回しとする。捜査が終わったらここで待て」

 ケイの代わりにそう指示を出すと、シドは室内に足を踏み入れた。


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