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Blackish Dance  作者: ジュンち
40/227

40話 待ち人

街灯が、照らす闇。

 ヒデは最後の客に手錠をかけながら無線を飛ばす。

「終了しました。店長含めて二十七人です」

『大体予想通りだな。レンジとヒデは下に車が停まってるから加賀谷を乗せて帰って来い。残りの人間はイチが終了次第、堕貔(ダビ)が処理する。ヤンは堕貔(ダビ)が来るまでそこで監視。それから適当な所から移動器で帰ってきてくれ』

 ヒデが代表して「わかりました」と返事をすると、レンジが事務所から店長を連れて来た。覚悟は決めていただろうが、実際に治持隊(チジタイ)に逮捕されて初めて自分はこれからどうなるのかと怯えた表情をしていた。そしてそのまま誰とも視線を合わせず、レンジにエレベーターに乗せられた。ヒデも一足遅れて乗り込む。

 残されたヤンは部屋の片隅で怯えている店員や客に向かって声を張る。

「我々は治安維持部隊の人間だ。これからお前たちには捜査に協力してもらう」

 堂々と架空の身分証を見せながらそう告げ、全員が視界に入る位置にイスを置いて座った。ヤンの立ち居振る舞いに、彼が扮する「藤代風斗」という人間がどうして戦い慣れているのか、やっと理由がわかったようで安堵の表情を見せる者もいた。人は理由がわからないことには無意識に恐怖心を抱くようだ。しかし、その表情も長くは続かなかった。

「前科持ちになるか、死体になるか、選ばせてやるよ」

 そう笑うと、ヤンはレンジから受け取っていた拳銃をこれ見よがしに手にした。


 居心地の悪いエレベーターを降り、ヒデが助手席に乗り込むと、運転席には珍しい人物が座っていた。レンジと同じく治安維持部隊の制服を着たミヤだった。

「制服、着るんですね」

「似合うだろ」

 ミヤはぴくりとも顔を動かさない。シドの宿家親(オヤ)であり、頭主(トウシュ)さまの秘書でもあるミヤとはあまり話す機会もない。それゆえ、彼の言葉が冗談なのか本気なのか、いささか悩むところであった。

「後部座席には聞こえないから何話してくれてもいいぞ。名前も呼んでくれて構わん」

 そう言って後方と前方の座席を隔てるガラス板を左手の指で何度か軽く叩いた。ガラスには黒い布が張られ、後方の様子は確認できないようになっている。すぐに後部座席からノックが返された。レンジと加賀谷が乗り込んだ合図を聞くと、ミヤはアクセルを踏んだ。

 ヒデは遠のいていく胡散臭いビルを横目で追いながら、もう二度と会うことのない人々の顔を思い出した。これから彼らがどんな人生を歩むのかは最早関係もなければ興味もない。ただ、可能な限りまともな人生を歩んでほしいと願うばかりだった。

 前方に向き直ると、ちらりとミヤを見た。

「ミヤさんに会うの、久しぶりですね。運転できるのは意外でした」

「流石に秘書が本職だしな。既死軍(キシグン)の中で元々運転できる人間は出征世代だけだ。まぁ出征世代つってももう残りは俺だけだがな」

「ケイさんもアレンさんも違うんですね。そうだと思ってました」

「お前ら十代からしたら同じようなもんかも知れないが、俺より五歳は下だぞ、あいつら」

「当たり前なんですけど」

 少し間をおいてから、ヒデはわずかに笑って言葉を続けた。

「みんな誕生日があって、年を取っていくんですよね。でも、何と言うか、宿家親(オヤ)はみんな『宿家親(オヤ)』って認識だから、それぞれ年齢があるっていうは不思議な感じです。時が止まってるっていうか」

「まぁ、わからんでもない。俺たちには享年で十分だからな」

 ふっとミヤが笑顔を見せたような気がした。信号が赤に変わり、車が緩やかに速度を落とす。

「それ、前にケイさんも言ってました」

「だろうな。あいつの口癖だよ。出征してないにしろ、戦争で満足に自分のやりたいこともできなかった自分を慰めるための方便なんだろう。戦後生まれにはわからんだろうがな」

「そう、ですね」

「たとえ戦勝国であろうと、戦争は人の人生に影を落とす。例外なく、な」

「じゃあミヤさんも、そうなんですか?」

 ヒデの言葉にしばらく沈黙が訪れる。何かを考えているのか、言葉を選んでいるのか、正面を見るミヤは表情を一つも変えない。歩行者用の信号が点滅を始め、人々が横断歩道を小走りに渡っていく。ミヤはそんな歩行者を見ながらつぶやいた。

「俺は戦場にいた側の人間だ。戦争に奪われたものはケイたちとは違う」

 ぱっと信号が青く光り、ミヤは再びアクセルを踏んだ。ヒデは次々に通り過ぎていく外灯を眺める。

「もし戦争がなければ、今頃何をしていたと思いますか?」

「俺は仮定の話はしない」

 きっぱりと言い切るこの男は全てを受け入れているかのように眉一つ動かさない。

「戦争っていうのはな、ヒデ、ある日突然始まるんじゃないんだ。不穏な空気がどこからともなく漂い始めて、日常がじわじわと異常性に蝕まれていく。そして気付いたころには手遅れ、『戦時中』だ」

 ヒデは学校での皇国教育を思い出していた。先の戦争で、それ以前の第三次世界大戦で、いかに帝国軍が強かったか。それだけを叩きこまれた。(スメラギ)と元帥のために散った軍人こそ気高き帝国民なのだと教えられた。

 しかし、そこに生きた人間たちの感情までは教えてはもらえなった。

「命を()として一人を護る者を(スメラギ)と呼び、命を()として百人を斬る者を元帥と呼ぶ。そして、帝国のために命を()す者を帝国民と呼ぶ」

 ヒデは歌でも口ずさむように、隣のミヤには聞こえないようにつぶやいた。戦禍を生きた人間は自分たちとは違う人種なのだろうとぼんやりと思った。

「ヒデは確か戦後二年生まれだったな。辛未(かのとひつじ)()(とし)か」

「そうですけど、僕のこと、知ってるんですね」

「当然だろ。だって」

 ミヤは妙な間を作り「だって、新しい死体、いや、新しい(イザナ)を選んでるのは俺だからな」と続けた。

「これでも記憶力はいいほうでな。(イザナ)たちの個人情報や生い立ちは全て記憶しているつもりだ」

「どうして、僕だったんですか」

 今まで漠然と持ち続けていた疑問が不意にこぼれた。ヒデは自分でも驚いたようにミヤの顔を見るも、正面を向いた表情が崩れることはない。

「ヒデが壊れていくのは見たくなかった」

 適当にはぐらかされるかと思っていたが、肩透かしをくらったようにすんなりと返事があった。しかし、その返事は考えてもいないものだった。

「僕が、ですか」

「そうだ。見るに堪えなかった。それだけだ」

「ミヤさんは、僕のこと」

「言っただろ。新しい(イザナ)を選んでるのは俺だってな。お前の、いや、阿清(アズミ)(ヒデ)の人生ぐらい、知っている」

「僕が忘れてしまったこともですか」

「さあ、どうだかな」

 肝心なことは答えを得られないまま、それからしばらくは二人とも口を閉ざした。

 自分の過去を知る人間は一体誰なのだろうかとヒデは考えを巡らせる。宿家親(オヤ)の中でも既死軍(キシグン)の中枢を担うミヤ、ケイは知っているだろうが、それを除けば共に暮らしているアレンですら詳細なことは知らないと思われる。(イザナ)たちは言わずもがなだ。

 ヒデは子どもの頃をほとんど覚えていない。誰でも幼少期の記憶などあやふやなものだが、それでも他人より曖昧だという自覚がある。失踪してしまった父親は、小学校に上がるときまでは確かにいたはずだ。それでも、何もかもが思い出せない。家には写真の一枚すら残されていなかった。自分には元から父親などいなかったのではないかという錯覚にさえ陥る。

 自分の過去を知っているなら、どうして父親は消えてしまったのか、どうして自分は母親に殴られ続けたのか教えて欲しいものだと窓から見える夜の景色をぼんやりと眺めていた。

 信号でブレーキを踏んだミヤはいやに静かだなと助手席の方を見た。そこではヒデが規則正しく寝息を立てている。確かに寝ていることを確認すると、ふっと表情を崩した。それは未だかつてシドにすら見せたことのないものだった。

「デカくなったな、(ヒデ)

 まるで子供の成長でも見守ってきたかのようにつぶやいた。


「みなさん大人しくしてましたか?」

 ヤンが無機質な声の方向を見ると、イチが段ボールを抱えて立っていた。口元がフェイスマスクに覆われているイチの感情は目からしか読み取れないが、それでも達成感のある表情をしていることは一目瞭然だった。イチは段ボールを静かに床に置き、ヤンと同じくいすに座る。

「手錠されて反抗するやつもいないだろ」

 そう冗談めいて拳銃をちらつかせる。手荒な真似をされたにもかかわらず誰も反抗しないのは手錠だけが理由じゃないんだなとイチは武器の持つ抑止力に感心した。

 ところが、一向に連行されることも尋問されることもなく、ただほったらかされている状況に業を煮やしたのか、身なりの整った中年の男が声を荒げた。恐らくそれなりに身分のある、軍にも融通の利く人間なのだろう。

「逮捕するにしても脅迫まがいのことをして、あとで訴えてやるからな!」

 この声を皮切りに、静かにしていた客や従業員が口々に不満を爆発させる。数が多いのをいいことに、治安維持部隊だと名乗るヤンやイチを前に言いたい放題の嵐になった。

 いつもなら感情任せに威嚇射撃の一つでもするヤンだが、今日は至って冷静な様子で立ち上がる。

「おうおう、犯罪者共が吠えてて可愛らしいな。できるもんなら裁判でも何でもやってみろよ。俺の名前は藤代風斗だ。覚えとけ」

 この世に存在しない人間を訴えることなど到底できるはずもない。ヤンは正々堂々と受けて立つと言わんばかりに偽名を名乗って見せる。そんな勝ち誇ったような様子を、これこそ最高のペテン師だなとイチは横目で眺めていた。ここまでの度胸は自分には持ち合わせていないものだった。(イザナ)にはやはり(イザナ)たる素質というものがあるのだろう。

 そんな風に感心していると、ケイからの無線が入った。イチは慌てて勝鬨(かちどき)をあげるヤンの袖を引っ張る。

「藤代さん、撤退しましょう。彼らが来ます。僕は彼らを知っているので遭遇しても構わないんですが、藤代さんに会わせる訳にはいきません」

 イチの言う「彼ら」、堕貔(ダビ)は主に死体を処理する役職名だ。すべてが謎に包まれ、ミヤやケイ、イチ以外は構成人数すら知ることはない。イチは「彼ら」と複数で呼んでいるが、本当に複数人なのかもヤンには知る由もない。

「とにかく藤代さんはここを出て、(くだん)の場所へ向かってください。僕も後から合流します」

「了解」

 ヤンはそう短く答えると、じろりと先ほどまで喚いていた人間たちを睨む。そして公的機関の人間らしからぬ冷酷な笑みを浮かべた。

「これからお前ら、どうなると思う?」

 任務中の(イザナ)とはたまにしか行動しないイチは背筋を凍らせる。死線をくぐり抜けて来た人間は誰しもその内に狂気を孕んでいるんだなと賭博場を後にする青年の背中を呆然と見つめた。


 玄関に近づいてやっとわかるほど薄暗い明かりが、そこに人がいることを告げる。ヒデは引き戸を開け、上がり(がまち)のすぐ向こう、囲炉裏のそばに座るアレンに目を向けた。

「おかえりなさい、ヒデ君」

 その一言をもらえるまでに、自分は一体どれだけの悲しみや苦しみを背負ってきたのだろうか。普通の家族なら、親が、兄弟が、当たり前のようにかけてくれるはずの言葉を、自分は赤の他人であるアレンにやっと与えてもらうことができた。だからこそ堅洲村(ここ)が自分の居場所なのだと、久しぶりに自分の宿(イエ)を目にした途端、万感の思いがこみ上げてきた。

「ただいま帰りました!」

 ヒデは靴も脱ぎ散らかしたままアレンの前に正座したかと思うと、再び満面の笑みで「帰りました!」とあいさつをする。アレンはそんなヒデの様子を見て、子供でもなだめるように静かに笑った。

「そんなに慌てなくても、私は逃げませんよ」

「何だか、アレンさん見たら嬉しくなっちゃいました」

 自分の子供っぽい言動を省みてヒデは照れたように笑いながら弁明する。恐らくもう夜明けも近いだろう。それなのに自分を出迎えてくれたことが何よりも嬉しくてたまらなかった。

「村から離れて一か月、何か得るものはありましたか?」

「一人が寂しい、って気持ちを初めて知りました」

「そうですか」

 相変わらずの微笑みでアレンは囲炉裏からやかんを下ろし、急須にお湯を注ぐ。白い湯気がふわりと散り、かすかに緑茶の香りが漂う。

 その一連の動作に、ヒデは確かに帰ってきたという実感を得た。

 今はもう一人ではない。


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