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Blackish Dance  作者: ジュンち
33/227

33話 類聚(るいじゅう)

忘れること、忘れたこと。

 四人を乗せた救命車は人気(ひとけ)のないトンネルを通り、そのまま地下駐車場に着いた。オレンジ色の明かりが照らし出すさほど広くもない場所には、軍用車や自家用車などが所狭しと停車している。全て既死軍(キシグン)の所有車に間違いないのだが、だとすると表には出ない莫大な金が相当動いているのだろう。

 二人がかりで大久保を軍用車のトランクに移すと、ジンだけが運転席に乗り込んだ。意識を失った人間というのは何度運んでも慣れない重さだとヒデは手をはたく。

「俺はこのまま大久保を別の場所に連れて行く。二人はそこのドアから移動器で帰ってくれ。じゃあまたな」

 運転席の窓越しにドアの暗証番号を伝えるとジンはアクセル全開でその場を後にした。闇に消える車を見送りながら、自分の任務はここまでだとヒデは頭にぼんやりと浮かぶ「大久保のその後」を消し去った。考えなくてもいいことには蓋をして鍵をかけてしまうのが一番だ。任務が終わればすべてはそこまでだと思えば思うほど気持ちが楽になる気がした。

 ジンが指さした駐車場の隅には鉄製のドアがあり、そこから伸びる階段を下って行くと見慣れた地下道にたどり着いた。

 ルキの事務所に向かって移動器が動き出す。シドはやっとひと段落着いたとでも言わんばかりに軍服のボタンを外して着崩し、代り映えしない地下の車窓風景に視線を投げた。ヒデはそんなシドのそばに立つ。

「さっきは、ごめん」

 シドが反応などしないことがわかりきっているヒデはそれだけ伝えられれば満足だと踵を返した。

「何の話だ」

 ヒデは驚いて振り返る。しかし、その男は先ほどと変わらない姿勢のまま、窓枠に頬杖をついている。

「過去が変わらないものである以上、俺は過去になど執着しない」

「そう、あ、ありがとう」

「礼を言われる筋合いもない」

 シドはちらりとヒデを見ると再び視線を窓の外に戻す。

 思わずヒデの口から疑問があふれた。

「僕の、いや、僕らの考え方って、シドにはどう映ってるの? シドだって、皇国教育受けたんでしょ。なのに、何で」

 今度は答えを期待してみるが、何事も自分の思う通りにはいかないようだ。ぴくりとも動かないシドを見て、これ以上待つのは無意味だとヒデは離れた席に着いた。少しだけ理解できたように思えたが、やはり何を考えているのかわからない。まるで自分とは違う世界で生まれ育ったかのようにさえ見えた。


 物思いにふけるには十分すぎる時間が過ぎた。以前ならシドとこんな狭い空間に長時間二人きりなど息が詰まる思いだったが、今はそれほど重苦しい雰囲気でもない。ふと、任務前にアレンから言われた言葉を思い出す。

「謙遜もお世辞も言わないシド君だからこそ、信頼できると私は思います」

 確かにアレンさんの言う通りだったなとヒデはふっと笑みをこぼす。宿(イエ)に帰ったらアレンに報告しようとヒデは頬を緩めたまま流れ去る暗闇を見送った。


「おっかえり~!」

 事務所に到着し三階へ上がると、いつもの弾けんばかりの笑顔でルキが出迎えてくれた。その笑顔の理由は来客用のソファを見れば一目瞭然だった。そこにはヤンとノアが座っていた。他の(イザナ)とこの事務所で鉢合わせするのは珍しいことだ。ヒデを目にとめたヤンが嬉しそうにニヤリと笑う。

「ルキのお()りしてくれる優男が来てくれて助かったぜ」

「優男って初めて言われた」

 自分のことを言っているのは明白だった。ヒデはげんなりした表情で空いているノアの横に座る。窓の外はもう明るく、時計を見ると昼すぎだった。「ルキさんもう大人ですけど~?」という反論を機にルキとヤンが仲のいい言い争いを始めたが、いつもの光景にノアとヒデは気にも留めず雑談を始める。

「ヒデたちは軍服なんか着て、何の任務だったの?」

蜉蒼(フソウ)の爆破予告阻止して来たんだ。潜入捜査ってやつ」

「それはお疲れ様。蜉蒼(フソウ)の情報何かわかった?」

「多分、わかったと思う。でも僕らには」

 ノアはあははと笑って「そうだね」と納得した。

「僕らもこれから機密情報の奪取に行くんだけど、どうせそのデータの内容なんて教えてもらえないし、知ったところで使い道ないもんね」

 うんうんとうなずきながらヒデは背もたれに体を預け、ソファに沈む。自分の宿(イエ)も落ち着くが、ルキの事務所もだんだんと過ごしやすい空間に思えるようになってきた。移動器の発着点であるここは、任務の始まりと終わりを迎える場所だった。やっと帰ってきたと言う安心感が初めに得られる。

「そう言えばお前とシドの二人って珍しいな」

 ルキの相手に飽きたのか、ヤンが会話に加わる。輪から放り出されたルキはというと、ネクタイを外しながら隣の自室へとトボトボ向かっていた。ヤンに相手をしてもらえない以上、事務所に人がいる時間を数日ぶりのベッドでの仮眠に充てるとのことだった。

「収穫はあったか?」

「ちょっと、喋れるようになった」

 ヒデがはにかみながら答えると、二人から驚きの歓声が上がった。

「大いなる一歩だな」

「シドって、何と言うか、人見知りの会話下手(べた)だもんね」

「それはノア、よく言いすぎだろ。ただの人間嫌いだよ」

 ヤンは膝を叩いて笑う。慎重に言葉を選び、敢えて遠回しな表現を使ったノアはあっさりと言い切ったヤンに呆れた顔をする。

「社会性とか社交性とかに割り振られるはずだったステータスを攻撃能力に全振りしたって感じだな」

「言えてる」

 けらけらと笑うヤンにつられてヒデも言い得て妙だと笑う。唯一シドが一目を置いていると思われるヤンですらこの評価である。

 (イザナ)同士は用事でもない限り村でもあまり会うこともない。積もり積もった他愛もない話をしていると時計が二人の出発時刻を指し示した。

「さてと、俺たちは任務に行く時間だ。ヒデももう帰るか? それならバカ起こして来るけど」

「僕、もうちょっとここにいるよ。ルキさん久し振りに寝てるらしいから」

 ヤンは立ち上がりながらヒデの言葉を鼻で笑う。ルキはここの(あるじ)なのだから「適切な寝食」など取るに足らない問題だと考えていたが、どうやら目の前の優男は人間らしい感覚をまだ持ち合わせているらしい。

「シドが攻撃力に全振りなら、お前は優しさに全振りだな」

「そういうヤンはどうなの」

「俺? 俺はそうだな」

 ヤンはまじめな顔で一瞬考え込んで、いい答えを思いついたのかぽんと手を叩いた。

「器の大きさだな」

「絶対違うじゃん」

 過大評価以前に全く違うカテゴリからよくもまぁ平然と答えを引っ張り出して来たものだなとヒデは不服そうな顔をする。

「僕は?」

「ノアは偽善者」

「ただの悪口だよね!?」

 即答された言葉に目を丸くするノアにヤンは声を上げて笑いながら「置いてくぞ」と事務所を後にした。

「じゃあね、ヒデ。気をつけて帰ってね」

「ノアも行ってらっしゃい」

 一度部屋を出たヤンが「あぁ、そうだ」とひょっこり顔をのぞかせる。

「右端の鍵かかってない棚、自由に見ていいから暇つぶしにでも使え」

「わかった。ありがと」

 自分だって優しいくせに、とヒデは手を振ってヤンを見送る。階段を遠ざかる足音が消えると、急にがらんとした静かな事務所になった。ここで一人きりになるのは初めてだ。いつもルキが出迎え、にこにこと間延びした話し方でその場を和ませてくれる。今は恐らく夢の中だろう。

 窓から見える景色は薄汚れた商業ビルが立ち並ぶ、時が止まった灰色の世界だ。ここに一人ぼっちでルキは日々を過ごしているのかと思うと、たまに訪れる(イザナ)に笑顔を向ける理由がわかる気がした。彼は一体何を考えて毎日を過ごしているのだろうか。

 焦げ臭い軍服を着替えようと二階へ降りる。相変わらずの殺風景な部屋だ。棚にはきれいに折りたたまれたシドの軍服が置かれている。そう言えばいつの間にか姿が見えない。自分がノアたちと話している間にもう帰ってしまったのだろう。

 ヒデは軍服を脱ぎ、少し大きめのグレーのパーカーにデニム、スニーカーという、どこにでもいる少年の姿になる。村から着て来た服は任務に出かけている内にルキがいつも洗濯をしてくれている。私生活の見えないルキから唯一日常らしさを感じられる部分だった。

 事務所に戻り、たった数分しか進んでいない時計を恨めしそうに見る。どのくらい経てばルキは起きて来るのだろうか。これから長い時間をここで一人過ごすことになるのかと窓から空を見上げた。まだ太陽は沈みそうにもない。

 ヒデはソファに座り、天井を仰ぐ。誰もいない事務所で急に物寂しさを感じた。独りぼっちは慣れていたはずだった。学生だった時は学校へ行けば友達もいたが、それでも拭いきれない影が付きまとっていた。

 独りが楽だった。独りが良かった。独りが好きだと言い聞かせていた。

 誰にも自分のことなど理解できないし、理解してほしいとも思わなかった。誰にも、何にも関心を持たず生きていこうと、当然のごとく、ずっとそう思っていた。

 春が過ぎれば既死軍(キシグン)に来て一年になる。自分は事故死として処理されている、書類上では「既に死んでいる」人間だ。しかし皮肉なことに、死人としての人生は最も感情豊かに生きた日々だった。

 そう言えば、とヤンが言っていた鍵のかかっていない棚を開ける。そこには書籍が雑然と数十冊並べられていた。小説はもちろん、実用書やビジネス書、子供向けの学習参考書から小難しそうな専門書までそろっている。サイズも出版社もバラバラに並ぶその様子はルキの性格をよく表していた。

 ヒデはふと星座の図鑑を手に取った。ぺらぺらと写真やイラストがふんだんに使われたページをめくっていく。外国の神話や古典作品に登場した星の話など、初めて得る知識にヒデは好奇心を刺激された。今が夜でないことを悔やんだほどだった。

 ソファに座り直し、分厚い本を一ページ目から丁寧にくっていく。はたとある星の紹介で手が止まる。そこは昴と呼ばれる星の集まりについての解説が書かれていた。星になど全く興味もなければ、こんな名前は聞いたこともない。しかし、どこか懐かしい響きがする言葉だった。

「昴」という名前は「統べる」が由来だとその図鑑では説明されている。関係のない星同士を人間が勝手に一つの集団と認識しただけではあるが、確かに星のまとまりを表すのには相応しい名前だ。

「今の時期はあんまり見えないのか」

 ヒデは残念そうに本を閉じ、テーブルに置く。電気もない、都会から隔絶された堅洲村(カタスムラ)では星空が煌々と輝く。きっと時期が合えばはっきり見えるだろう。何百光年も離れた青白い星々、無関係の寄せ集め、なぜか懐かしい響き。不思議なほどに脳裏に焼き付いた「昴」という名前を今度は必ず覚えておこうとヒデは再度立ち上がった。

 結局ルキが目を覚ましたのは翌日の早朝だった。事務所に戻ってきたルキは寝癖なのか元々の天然パーマなのか、ふわふわとした髪をかき上げながら大きなあくびを一つした。ヒデがまだ事務所にいたことに一瞬驚いたが、テーブルに積み上げられた本の山を見ると、すぐに「ありがとね」と寝ぼけまなこで笑った。


 今度はヒデが眠い目をこすりながら土を踏みしめる。樹海にも訪れている春らしさを感じながら堅洲村(カタスムラ)へと向かっていた。もう太陽はすっかり昇っていると言うのに相変わらず薄暗い。しかし、そんな場所にも花は咲き始めていた。名もなき小さな春をうっかり踏まないようにヒデは足元を見ながら進む。植物や風に四季を感じるようになれたのは既死軍(キシグン)へ来たおかげだなとしみじみと思った。

 村に着き、とりあえずで名付けられたであろう「大通り」を歩いていると、遠くからざるかごを両手で抱えたキョウが「ヒデー!」と小走りにやって来た。

「丁度良かった! 今からみんなにこれ配るんだー!」

 その手には緑色のつぼみのようなものが山盛りになっている。ヒデには一体それが何なのか皆目見当もつかない。恐らく野菜の類だろうと首をかしげる。

「それ、何?」

「これね、ふきのとう! 村の近くにいっぱいあるからね、ヨミさんといっぱい採ってきたんだよ!」

 なるほど、名前だけは聞いたことがある。確か春の訪れを告げる山菜だとヒデは記憶していた。

「食べたことないなあ。どんな味なの?」

「なんかね~、大人の味ー! って感じ」

 山菜が若者や子供に人気があるような味ではないことは薄々わかってはいたが、キョウの言い分から恐らく独特の苦みがあるのだろうとヒデは推測する。

「でもね、去年アレンさんが作ってくれたふき味噌とてんぷらがおいしかったから、今年もまた作ってもらおうねってヨミさんと話してたんだー! だからアレンさんにいっぱい渡すの! ヒデも作るの手伝ってあげてね」

 ほくほくとした幸せそうな顔を見せるキョウにヒデは「わかった」とうなずいた。

「キョウはふきのとう好きなの?」

「好きじゃないよ! だって苦いもん!」

 キョウはころころと表情を変え、今度は渋い顔をする。感情を一切表に出さないシドとは真逆の存在だ。

「でもね」

 今度はぽつりと山菜の山に視線を落とす。

「食べても安全な物なら、なんでも感謝して食べなきゃ」

 キョウより二十センチも背の高いヒデからはうつむくその表情は見えなかった。

 既死軍(キシグン)にいる人間の過去など知る由もない。しかし、自分がそうであったように、この幼い顔をしたキョウにも他人には理解できない過去があるのだろう。

 ヒデはひょいと片手でざるかごを持ち、自分の宿(イエ)に向かって歩き出す。

「行こ、キョウ。一緒にアレンさん手伝おうよ」

 元気のいい返事と共にキョウが勢いよくヒデの腕にしがみついた。

 ここではいつも穏やかな時が流れている。厳しい冬があったからこそ春の喜びが訪れるのだろう。にこにことキョウがヒデを見上げる。

「ヒデ、春って嬉しいね!」


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