28話 狂気と熱
過ぎ去った後に、気付く春。
「リヤ、僕に会うの楽しみにしてたんだってね」
ヒデは服が土で汚れるのも気にせず、リヤの前に座って話しかける。ロイヤル・カーテスとの交戦から戻ると、誘たちは作戦のために滞っていた任務や雑務に忙殺された。気づけば日に日に寒さも和らぎ、誰が植えたのか、森に囲まれた堅洲村には似合わない梅もほころび始めていた。墓参りに来ることができたのはそんな時期だった。
「どうしてだろう。僕はリヤのこと、何も知らないのに」
ヒデは傷ついた仲間を気遣うかのように墓標を撫でた。その瞳は慈愛か、悔恨か、不思議な色を湛えている。
「待っててくれたのに、気づかなくてごめんね」
出会ってから数日、共に過ごしたのはその中でもたった数時間だ。限られた時間で自分はリヤに何かをしてあげられたのだろうか、自分を待ち続けていたリヤは何か得られるものがあったのだろうかと、既に大部分が薄れている記憶を必死に手繰り寄せる。しかしいくら記憶の海を探しても満足のいく手掛かりは見つからなかった。
「死人に話しかけて何になる」
不意に背後から声が聞こえた。振り返らずとも、その主はシドだとわかる。ヒデは振り返ることなく返事をする。今振り返ればシドのすべてを見透かすような鋭い目に気圧されてしまうような気がした。
「リヤが聞いてくれてるなんて思ってないけど、何と言うか、口に出せば頭の整理になるかなって。シドにはいないの? 思い出す人とか、忘れたくない人とか」
「死人は生者に何も与えない。覚えていて何の足しになる」
「僕はリヤのことを思い出して、考えて、それで強くなりたいと思うんだ。それじゃダメかな」
「強くなりたいなら戦うことだな。弱物は淘汰されるだけだ」
「シドはリヤが死んで、何とも思わなかったの?」
ヒデは立ち上がり、シドと対峙する。見慣れた着流し姿に漆黒の髪をなびかせるシドは腕組みをしたまま、珍しく言い返すヒデに不愉快そうな顔をしていた。
「死んだ人間に用はない」
突き放すようにそう言い切るとシドは背を向けた。
「ケイが呼んでいる。会議場へ来い」
ヒデはどうして墓地などに突然シドが現れたのか、やっと腑に落ちたという表情をした。
シドの背中を見ながら会議場へと向かう。会議場ということはまた何か任務でもあるのだろうかと、ここ数日任務続きだったヒデは肩を落とす。どんな任務であれ疲労感は付きまとうものだ。
会議場に着くと、そこにいたのはたった一人。あぐらをかいて二人を待ち受けているケイだけだった。他にも誰かいると思っていたヒデは肩透かしを食らったように目をしばたたかせた。
「仲良くお出ましか。こりゃ前途洋々だな」
嬉しそうに顎を触るケイをよそ目にシドもケイの横に座る。シドと二人きりで呼び出されるなど一体何の用だろうかとヒデは恐る恐るそばに近づく。
「ロイヤル・カーテスが鳴りを潜めたと思ったら次は蜉蒼だ。揃いも揃って俺を過労死させる気か? なぁ、どう思う、ヒデ」
そう自虐的に笑うケイの手には写真大のカードが一枚あった。
「相変わらずの宣戦布告、予告状だ。今度は来週に帝国軍の兵器庫を爆破してくれるそうだ」
ケイは予告状をヒデに手渡す。
「ご丁寧に毎回既死軍に届けてくれる。どこに届くかは機密事項だから教えんがな。今回も例に漏れず、手掛かりは繊維一つ残っていない。どこから出されたのか、残念ながら追跡不能だ。ロイヤル・カーテスなんかより俺は蜉蒼の方が気にくわないな」
ヒデは初めて目にした予告状をまじまじと見る。白い厚紙に日時と場所、「蜉蒼」という名が黒く印字されているだけのそれは、誰にでも準備できそうな安っぽいものだった。こんなカード一枚にリヤは殺されてしまったのかと、ふつふつと怒りがこみ上げる。そんな思いを見透かされたのか、ケイは「弔い合戦でもして来い」という言葉をため息と一緒に吐き出した。
「でも、帝国軍の兵器庫なら帝国軍に任せればいいんじゃないですか?」
「俺たちは軍がどうなろうが知ったこっちゃない。ただ、何かあったらお得意様の武器商人たちに申し訳が立たないだけだ」
薄々気づいてはいたが、やはり 既死軍にはそれ相応の人脈があるようだ。ヒデは今後もできるだけ資金源や武器の流通経路については触れないようにしようとぼんやりと思った。
「予告が嘘の場合もままあるが、せっかくのご招待だ。乗ってやろうじゃないか」
このために呼ばれたのかと、ヒデはちらりとシドを見る。二人きりでの任務は初めてだ。任務以前の問題が山積みにも思えるが、ケイが二人しか呼び出していないということは強制的に行かされるのだろうと潔く諦める。シドは何を考えているのか、誰とも視線を合わせることはない。ケイからですら水と油のように見える二人だった。
「シドとヒデが打ち解ける前に、ロイヤル・カーテスを抱き込んで共闘でもするほうが早いかもな」
ケイは夢物語を豪快に笑い飛ばし、すぐさま情報統括官としての表情に戻る。
「ヒデは初めてだから言っておく。一般報道ぐらいでしか蜉蒼の情報を知らないだろうが、相当イカれた連中だ。蜉蒼に関しては死ななけりゃそれでいい。生きて帰って来てくれ」
ヒデの手から予告状を取り返すと、ケイはそれを見ながらうっすらと口元だけで笑う。どこか寂し気な表情だった。
「俺も書類一枚で人を殺せる。蜉蒼とやってることは同じだな。正義とか、悪とか、一体誰から見ての話なんだろうな」
「くだらないことを話す前に作戦を教えろ」
これにはヒデもうなずいた。ケイは「人の気持ちがわからんやつらだ」と呆れたように首を横に振り、作戦を話し始めた。
ヒデは会議場を出て重い足取りで宿へ帰った。玄関の引き戸を開けるとアレンが「おかえりなさい」と出迎えてくれた。しかしヒデはあいさつもそこそこに、ため息をつきながら靴を脱いで囲炉裏の前に座った。アレンも正面に座り、囲炉裏の灰を手入れし始めた。
「聞きましたよ。シド君と二人で任務だそうですね」
「そうなんです。でも何と言うか僕はシドが、その、苦手で」
ヒデはうつむき、小さく「自信がないです」とこぼした。
「既死軍もこれだけの人数になれば好きな人ばかりというわけにはいきません。しかし、好き嫌い、得手不得手だけで物事を考えるのはよくないことですよ」
静かに火箸で不要な燃えカスを取り除き、残った灰を丁寧にふるいにかける。
「私にも苦手な人はいました。もうずいぶん昔に死んでしまいましたがね」
アレンが自身の過去を話すことは滅多にない。やはり色々な人の死を経験しているんだなとヒデはその顔を見遣るが、眼鏡がちょうど反射してどんな表情をしているかはわからなかった。
「私たちは仲間ではありません。それでもやはり、いい関係を築いておくに越したことはありません」
「仲間じゃなくても、ですか?」
「そう思っておかなければ、辛いでしょう?」
はっきりと言わずとも意図が伝わる。ここでは誰もが感情に予防線を張り、必死に平穏を装って生きているのだ。その結果が「仲間ではない」という言葉なのだろう。
「私たちは屍を超えて生きなければならないんです」
ふかふかになった囲炉裏の灰を金属製の道具で均しながら、アレンはほんの一瞬沈黙した。灰はきれいな波模様を描いている。
「私がもしシド君と同世代の誘だったら、ヒデ君と同じように苦手意識を持っていたかもしれません。でも、謙遜もお世辞も言わないシド君だからこそ、信頼できると私は思います」
アレンは「そう思いませんか?」とヒデにほほ笑む。不思議なもので、アレンにそう諭されてしまうと反論の余地を失ってしまう。
新しく火がつけられた囲炉裏は暖かい音を立て赤く燃えていた。
「もっとシド君のことを知ってから好き嫌いを決めても遅くはないですよ」
「それもそうですね」
すっかり説き伏せられてしまったヒデは照れたように笑った。
翌日のまだ薄暗い早朝、ヒデは探偵事務所の階段を数段飛ばして駆け上がっていた。「シド!」と事務所ドアを開けたかと思うと、呼吸も整えず、ソファに座るシドの前に立った。大声で名前を呼ばれたシドは銃を磨く手を止め気だるそうにヒデを見上げる。
「僕はシドが苦手だ。何考えてるかわかんないし、僕とは多分、死ぬまで考え方は合わないと思う。それでも信じることにした。シドのこと、もっと知ろうと思った」
窓側にある自分のデスクで暇そうに煙草をふかしていたルキは「ヒデって馬鹿正直でめちゃくちゃ面白いんだけど~! 普通面と向かって言う~?」とけらけらと笑う。
一方、突然の告白を聞かされたシドは驚く様子も見せず、いつも通りの不機嫌な表情で口を開いた。
「俺もお前みたいな奴は嫌いだ」
それはヒデが初対面で言われた言葉だった。鮮烈な記憶として今も色あせることなく脳裏に焼き付いている。
デスクから身を乗り出して、にやにやと「何々~? 青春~?」と冷やかすルキを無視し、シドは「しかし」と続ける。
「お前はケイとミヤに選ばれた人間だ。ヒデ、お前は信頼に値する。俺は始めからそう思っている」
真っ直ぐなその瞳に、ヒデは初めてヤンがシドに心酔する理由を理解した。晴れ晴れとした笑顔で「ありがとう!」と言うヒデからの予想外の返事に、シドはいささか面食らった顔をした。ルキは相変わらず王道の青春ドラマでも見ているような表情だ。肺一杯に吸い込んだ煙を細く吐き出し、小さく呟く。
「青春とは、狂気と燃ゆる熱の時代である、ってね」




