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Blackish Dance  作者: ジュンち
27/227

27話 旧知

来た道に、火を放て。

 閃光弾から約一分、つまりロイヤル・カーテスが倉庫を飛び出してから数十秒ほど経つと、(イザナ)たちが徐々に回復し始めた。炯懿(ケイ)に投げ飛ばされたジュダイは頭から落ちたらしく、気を失っている。

「すげぇ耳鳴り」

「目がチカチカする」

 一様に目や耳、頭を押さえながら口々に不調を訴える。そんな中、ヤンの声が倉庫中に響き渡る。

「ふざけんな!」

 ヤンは唇を噛み、拳で床を叩く。床に散らばる鋭利な鉄くずが手に刺さり、白い手袋に鮮やかな赤色を広げる。

「逃げるが勝ちだと? 逃げるだけの能無しが!」

「落ち着けや。終わったことはしゃあないやろ」

 荒い呼吸をするヤンの肩にチャコがなだめるように手を置いた。しかしヤンはその手を振り払い、立ち上がってチャコに凄む。

「お前は悔しくないのか? バカにされてるんだぞ!」

「終わったことや」

 いつも飄々としたチャコが涼しい顔でヤンの怒りを受け流す。チャコは「それよりも俺のファインプレーを褒めてほしいもんやな」とヤンの鼻先を指で弾いた。すっかり調子を崩されたヤンはチャコを睨み、舌打ちをする。

 しばらくすると、そんな殺伐とした空気が流れる倉庫内にレンジとヒデが合流した。自分の出番があまりなかったジライはバツが悪そうに頭をかいている。

「逃がしちまってわりぃな。けど」

 空気を読んだキョウが慌てたように黎兎(レイト)をジライの口に押し当てて塞ぐ。そして自分の口元に人差し指を当てながら視線だけでヤンを見遣り、状況を理解させる。

 ヤンはキョウにすら気を使われていることを察すると、大きく一呼吸を置き、ケイに無線で話し始めた。

「ケイ、もう帰るぞ。お前のせいだからな」

『それでお前の気が済むならそうしてくれ』

 あっさりと大人の対応をされ、ヤンはまたしてもため息をついた。


 モニターからケイに視線を移し、ミヤはぼそりと囁いた。

「それで、俺に何か言うことはあるか?」

「失敗したとでも言いたいのか?」

 ケイは笑いながらミヤに視線を合わせ、言葉を返す。

「ロイヤル・カーテス二人の顔とバイクは映像に納まっていた。ここからわかることはあるだろう。それで十分だ。俺の勝ちだよ」

 自慢げな表情を作るケイにミヤは自分だけがわかる程度、わずかに口角を上げる。この情報統括官は泣き言一つ言わず、全てを卒なくこなしていく。まだ「既死軍(キシグン)」という組織ができあがって間もないころ、出会ったときから変わることはない。だからこそ、彼は情報統括官なのだろう。

「ミヤさん、ケイさん、僕は自分の部屋で今の映像を分析して来ます。何かわかったらご報告しますね」

 イチは待ちきれないという表情で返事を待たず、大した距離でもないのに小走りで自室へと向かった。二人残されたミヤとケイは小休止だとでも言わんばかりにそれぞれ小さく息をついた。

「あの女、お前と同じ名前だったな」

「よくある名前だろ、『ケイ』なんて。ややこしいとは思うが、別に何とも思わん」

 ケイは頭の後ろで手を組み、いすの背にもたれかかる。そんなケイの肩を抱き寄せ、ミヤは珍しくにやりと笑う。

「俺は『かわいい(ミソギ)ちゃん』のままでも良かったんだぞ。今からでも改名したらどうだ?」

「お前の好きな『かわいい(ミソギ)ちゃん』は、そのお前に殺されたんだよ、樹弥(ミキヤ)くん」

 呆れたように肩の手を振り払うと先ほどの映像を巻き戻し、バイクが映ったシーンを表示する。

「これ、軍の物とは全く違うな。車両番号の表示もないし、パンクさせても競技用レベルまで加速できたところを見ると、一般的な違法改造だとも思えん。黎裔(レイエイ)でもあたってみるか」

(ミソギ)ちゃんは相変わらず仕事熱心だな」

 話題を逸らされたミヤはつまらなさそうにその場を離れる。

「あとはお前たちの仕事だ。俺は退室させてもらう」

「二度とその名前で呼んでくれるなよ」

 ミヤに釘を刺し、ケイは後ろ手にひらひらと手を振る。お互いに本名を知っている唯一の人間を見送るにはいささか素っ気なくもある。

頭主(トウシュ)さまによろしくな」

「もちろんだ」

 そう言葉を交わすと、ケイは再び機械に囲まれた室内で一人ぼっちになった。


 脳震盪を起こしているであろうジュダイをルキの事務所に残し、(イザナ)たちはそれぞれ帰路についた。

 ケイからの速報によると、バイクには追跡機を取り付けたものの、高速道路で乗り捨てられたということだ。付近の監視カメラも機能していなかったらしい。なんとも用意周到なことだ。しかし、ケイが嬉々とした声で話しているところを見ると、どうやら何か新しい情報は得られたようだった。残った情報源と言えばキョウから送られていた映像ぐらいなものだろう。

 そんなお手柄のキョウはヒデの背中で穏やかな寝息を立てている。起きていれば、それこそ兎のように飛び回って喜んでいたに違いないと、ヒデはずり落ちそうになるキョウを背負い直す。

 いったいどのくらい歩いたのだろうか。ほとんど同時にルキの事務所を出た他の(イザナ)たちはもうすっかり見えなくなってしまった。ヒデは一人薄暗い樹海を進む。キョウとその背中におんぶ紐で括り付けられている黎兎(レイト)が徐々に重みを増しているように感じる。

 ヒデは立ち止まり、木の葉の隙間からかすかに覗く月を見上げた。樹海から仰ぐ空は堅洲村(カタスムラ)で見る空とも、任務中に見る空とも違う。ふとするとここが此岸(しがん)であることを忘れてしまいそうになる空間だった。

 冬だと言うのにヒデの顎からは汗がしたたり落ちる。呼吸を整えようとしばらくそのまま立ち尽くしていると、前方から声がした。

「樹海で月見とは、風流な趣味だな」

 からかうように笑いながら現れたのは暖かそうなコート姿のヤンだった。

 ルキ嫌いのヤンはヒデたちよりも一足先に事務所を後にしていた。帰らないでくれとヤンを引き留めるルキへの一撃は、それは見事な回し蹴りだった。そのまま冷たい床に横たわるルキの姿は全員が見慣れた光景で、同情を寄せる(イザナ)はいなかった。

 ヤンは面倒臭そうに前髪をかき上げる。任務帰りでもう外出するつもりはなかったのか、いつもはヘアピンで一つにまとめている長い前髪を珍しく下ろしている。

「遅いから迎えに来てやったぞ。何してたんだよ」

「キョウを起こさないように歩いてたから」

「ホント、お人好しというか、バカというか」

 ヤンは起きる気配もないキョウと汗だくのヒデを交互に見ながら呆れたようにため息をつく。

「迎えに来てくれるなんて優しいんだね」

「バーカ。ケイとヤヨイに早くキョウを連れて帰って来いって言われたんだよ」

 ヤンはヒデの言葉を鼻で笑い、さっさとキョウをよこせとでも言うように手のひらを上に向けて手招きをする。

「僕が背負ってるよ。起こしたらかわいそうだし」

「なんでお前みたいな血も涙もあるやつが(イザナ)なんだよ」

 ヤンは再び呆れたような声を出す。そしてポケットに手を突っ込み、村に向かって歩き始めた。ヒデも後を追いながら話す。

「俺は命令さえあればお前でもためらわずに殺せる。既死軍(キシグン)にはそういう人間以外要らないはずなんだがな」

「でも命令がなかったら殺さないんでしょ」

「当たり前だろ。俺たちの掟だ」

「じゃあやっぱり優しいよ」

 ヤンは不審者でも見るような目つきで「俺のことどういう風に見てんだよ」とヒデを睨んだ。そんな視線も気にせずヒデは続ける。

「僕はどうしてヤンが既死軍(キシグン)にいるのか知らないけど、きっと昔はいい人だったと思う」

「いい人『だった』ねぇ」

 ひとしきりけらけらと笑い、ヤンは自分を納得させるかのようにうなずいた。

「そうだな。俺はいい人だったよ。暖かい家族と優しい友達に囲まれて、楽しい学校生活、明るい未来。いい人、いい人生だった」

 まるで劇でも演じているかのようにヤンはわざとらしく抑揚をつけて話し、そして立ち止まった。二人の間を冷たい風が吹き抜ける。既死軍(キシグン)の人間が自らの過去を話すのは珍しいことだ。ヤンは昔を思い返すかのように目を細め、天を仰いだ。白く吐き出す息が暗闇に溶けていく。

 うるさすぎる静寂の中、ヤンが小さくつぶやいた。

「おかげで、俺は親友を見殺しにしちまった」

 ヤンは今まで(イザナ)として数多(あまた)の人間を葬ってきた。しかし、そんな有象無象とは比べられないほど、その人の存在はヤンにとって忘れられないものなのだろう。自分にも確かそんな人がいたはずだとヒデは(もや)のかかったような記憶をたどる。

「家族? 友達? そんなくだらないもの、俺の人生にはなかった」

 ヤンは生気のない虚ろな目でヒデを見る。今はただ、規則正しく聞こえるキョウの寝息だけがこの世界に存在する音だった。

「俺もお前の過去は知らない。けど、お前もどうせ俺たちみたいな悲惨な人生歩んでたんだろ」

 ヒデの頬を今までとは違う汗が一筋伝った。立ち止まっているはずなのに呼吸が荒くなっていく。否定しようと口を開いたとき、背中でキョウがもぞもぞと「ここ、どこ?」と目を覚ました。

「まだ樹海だ。ヒデがちんたら歩いてるおかげでな」

 さっきまでとは打って変わり、そこにはいつもの意地悪そうな顔で悪態をつくヤンがいた。

「まだ寝てろ。着いたら起こしてやる」

 キョウは寝ぼけた声で「わかったあ」とだけ言うと、再び寝息を立て始めた。ヤンは悪人にはなりきれないんだなと今度はヒデが呆れたように笑う。ヤンは「何笑ってんだよ」と一歩先を歩く。どんな表情をしているのかはわからなかった。

「早く樹海は抜けたほうがいい。樹海は人を惑わせる」

「いつかリヤもそう言ってた。だけど、そのうち迷わなくなるって」

「違うな」

 ヤンはあっさりとリヤの言葉を切り捨てる。

「迷うなら、来た道に火を放てばいいだけだ。俺たちは戻らない」

 どこまでも広がる樹海はヤンの人生を映し出しているかのようにただ深い闇を二人に見せるだけだった。

「ヤンは戻りたいと思ったこと、一回もない?」

「ねぇよ。言っただろ。俺はシドのために生きて死ぬだけだ」

「それって何かきっかけがあるの?」

「そうだな。死ぬ前にでも話してやるよ」

「楽しみにしてる、でいいのかな」

「俺が死んでもいいならな」

「もう誰にも死んでほしくないよ」

 ヒデは新緑の中、鮮やかな世界で笑っていたリヤを思い出す。蜉蒼(フソウ)に加え、ロイヤル・カーテスが現れた今、いったいこれからどれだけの血が流れるのだろうかと考えるだけで胸が締め付けられる思いだった。

「ねぇ、リヤってどんな人だった?」

 ヤンは答えることなく、しばらく黙ったまま歩き続けた。何かまずいことでも聞いてしまったのかとヒデが心配し始めた頃、ヤンがやっと口を開いた。

「もっと生きたかったはずだ。お前と一緒にな」

「僕と?」

「あいつはお前をずっと待ってた」

 不思議なことを言うものだとヒデは首をかしげる。自分を迎えに来る任務を担当していたとはいえ、そんなに楽しみにするものなのだろうか。今となっては真相を知る術もない。

「たまには墓にでも行ってやれ。それがお前の唯一してやれる慰めだ」

 ヒデは長らく訪れていないことを思い出し、「そうするよ」とうなずいた。

 それきり二人は話すことなく堅洲村(カタスムラ)へと帰り着いた。


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