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Blackish Dance  作者: ジュンち
25/227

25話 寝もやらず

この戦いの、行きつく先。

 新たな敵との邂逅から早一か月。今まで出会わなかったのが嘘のように、(イザナ)から幾度となくロイヤル・カーテスとの遭遇が報告されていた。ケイの推測はどうやら当たっていたらしく、会うたびにただ逃げるだけのロイヤル・カーテスはやはり既死軍(キシグン)の情報を集めているようだった。

 そんなある日の昼、ミヤの宿(イエ)の居間には興奮気味に話すケイがいた。しかし、強まる語調とはうらはらに、目元にはひどいクマを作っていた。

「と言うわけで俺はこの作戦を考えたわけ」

「いいんじゃないか。お前が考えたなら」

 机を挟んでケイの正面に座ったミヤは本から顔を上げることなく賛同した。長すぎるケイの話のおかげですっかり冷めきってしまったお茶をすすり、ページをめくる。

 このミヤという男はシドの宿家親(オヤ)らしくあまり喜怒哀楽を表さない。たまに出す感情と言えば怒りのみで、そしてそれは必ずシドに関係することだった。いったい何がそんなに彼の神経を昂らせるのだろうかとケイは内心いつも不思議に思っていた。

「俺が情報統括官であるお前に反対したこと、あったか?」

 うっかりと口をついて出そうになる「何回もあっただろ」という言葉をぐっとこらえ、ケイはにんまり笑った。数年に一度あるかないかの(イザナ)総出の作戦任務だ。情報統括官としてこれほど腕が鳴ることはない。

「こんな古典的な方法、ロイヤル・カーテスも驚くだろうな」

 喜色満面なケイに対して、ミヤは冷ややかな態度だ。相変わらず涼しい顔をして本をパラパラとめくっている。

「簡単に引っかかってくれれば、の話だろ」

「お前のそういうところ、シドにそっくりだな」

「俺の方が感情豊かだよ」

 ケイは「どうだか」と控えめ悪態をつき、日頃の鬱憤をわずかに晴らす。するとミヤがふっと本から視線を上げ、ケイを鋭い目で見据えた。

「それで、勝算は? 新しい死体はいくつ必要だ?」

「必要ない」

 ケイは自分に言い聞かせでもするかのようにはっきりとした口調で言い切った。(イザナ)の任務中の生死はすべてケイの指示にかかっている。ミヤがいつも使う「新しい死体」とは新しく入る(イザナ)のことだ。ケイにとっては(イザナ)が死ぬのも、新しい(イザナ)を選ぶのも、どちらも自分が無能だと言われているようで苦痛なことだった。

 ミヤは短く「頭主(トウシュ)さまに報告しておくよ」とだけ言うとケイを宿(イエ)から追い出した。頭主(トウシュ)さまの秘書をしているミヤはケイ同様忙しい身だ。

 邪魔者だと言わんばかりに摘まみ出されたケイは「体には気をつけろよ」と声をかける間もなく、ぴしゃりと玄関の戸を閉められてしまった。


 ケイがミヤの宿(イエ)を訪れてから数日後、シドを除いた(イザナ)が会議場に集められた。だだっ広い会議場に集まった八人を、たった数年で顔ぶれがずいぶんと変わったものだとケイは見渡した。

 任務を言い渡すたびに「これが最期なのではないか」という恐怖に襲われる。いくら口では自信たっぷりに作戦を伝えても、得体の知れない寂寞が付きまとう。

 ケイは静かに口を開いた。

「ロイヤル・カーテス、確かにいけ好かない連中だ」

 全員の視線が一人に注がれる。

「しかし、思い返してみろ。何人の(イザナ)蜉蒼(フソウ)に殺された。俺たちの敵が変わることはない」

 蜉蒼(フソウ)という言葉に場の空気が変わる。誰もがいなくなってしまった(イザナ)をそれぞれ思い出していた。

 ケイは一呼吸置くと、力強く言葉を発した。

既死軍(キシグン)の邪魔をする以上、ロイヤル・カーテスも敵と見なす」


 (イザナ)たちがいなくなった会議場でケイは一人ぽつねんと座り込んでいた。ただ、隙間風がガタガタと通る音だけが聞こえる。

 現状わかっているロイヤル・カーテスに関することはすべて伝えた。あとは三日後に始まる作戦から(イザナ)たちが誰も欠けずに戻ってくるのを待つばかりだ。あれやこれやと思いを巡らしていると、後ろから足音が聞こえた。

「俺を外した理由を教えてもらおうか」

 ケイの横にどかりとあぐらをかいたのはシドだった。分厚い半纏を着てはいるが、寒さで頬を赤くしている。

「なんだ、お留守番で拗ねてんのか?」

 意地悪く笑うケイを、シドは今にも射殺(いころ)してしまいそうな視線でにらむ。

「お前が出るほどではない。現地での判断はすべてヤンに委ねる」

 その言葉にシドは考え込むように腕組みをして黙り込む。

「いいだろう」

 口数の少ないシドではあるが、ヤンに絶大な信頼を置いているのは誰が見ても明白だった。表情を変えることなくシドは続ける。

「ケイ、この戦いの行きつく先はどこだと思う」

「俺がゆっくり寝られる日常、かな」

 間髪入れずにそう答えると、ケイは天井を仰ぎながら乾いた笑いを浮かべる。シドは質問をした自分がバカだったとでも言うように立ち上がった。

「俺は、平穏は望まない」

「戦い続けるのは疲れるぞ」

 ケイはシドを見上げながら諭すような言い方をした。そんなケイをシドは見下ろして鼻で笑う。

「天性の人殺しは人を殺してこそだ」

 それだけ言うとシドはさっさと会議場を後にしてしまった。少なくとも任務に呼ばれなかったことには納得したのだろう。ケイはほっと胸をなでおろした。シドは何を考えているかわからないことが多いが、今回は何とかやり過ごせたようだ。

「行きつく先、ねぇ」

 ケイは大の字に寝転がる。畳のひやりとした感触が背中一面に広がっていく。

 ロイヤル・カーテスや蜉蒼(フソウ)と雌雄を決したとして、そのあとは一体どうなるのだろうか。それはケイにもわからなかった。「既死軍(キシグン)の最後の日」に自分は立ち会えるのだろうかと、いつか訪れるかもしれない未来をぼんやりと想像した。

 もし既死軍(キシグン)という居場所がなくなってしまったら、人生の半分をこの村で過ごしてきたケイを始めとする宿家親(オヤ)たちは、普通の子供として生きられなかった(イザナ)たちは、真っ当な人生を再び歩めるのだろうか。

 答えなど、考えるまでもなかった。

 ここは一般常識が罷り通る社会では誰にも助けてもらえなった人間の集まりだ。きっと既死軍(キシグン)が最後を迎えると同時に、最期を迎えることだろう。

 ケイは小さく呟いた。

「平穏を望まないのは俺もだよ、シド」

 もちろんケイはわかっていた。世界からは争いも、悲しみも苦しみもなくなるべきだ。人としてそれを願うべきだと。しかし、そんな浄化されきった綺麗で明るい世界では生きられない人間がいることもわかっていた。

 それが自分たちだということも。

「戦い続けるのは疲れる。確かにそうだ。だが」

 ケイは起き上がり、会議場の出口へと向かう。

「俺たちは死ぬまで戦い続ける」


 ケイがふらふらとした足取りで宿(イエ)に帰ると、台所ではイチが夕食の準備をしていた。煮物がコトコトと温かい音を立てている。イチはケイの帰宅に気付くと、慣れた手つきで料理を丁寧に器に盛りつけ、食卓に運んだ。

 二人は向かい合って座り、「いただきます」と手を合わせる。殺伐とした毎日の中で唯一落ち着く一瞬だ。

 ケイが味噌汁を口元へ運ぶと、ふわりと嗅ぎ慣れた香りがした。呆れたような笑いと嫌味が思わずこぼれる。

「お前、またやったな?」

 [何の話でしょうか]

 イチはすました顔でぽりぽりとたくあんをかじっている。

「何回喰らったと思ってるんだ」

 ケイは自分とイチの味噌汁を取り換え、再び口に運んだ。

「ほら、お前のと匂いが違う。あんまり俺を舐めるなよ」

 勝ち誇ったようなケイが味噌汁を一気に飲み干すと、イチはガタガタの歯を見せて笑った。その口元は傷跡だらけで直視するのもおぞましいほど歪んでいる。

 [作戦の前日に起こしてあげますね]

 ケイの視界が突如ぐらりと揺れる。この即効性、抗うことのできない眠気。「またやられた」と思うより早く意識が遠のき、ケイは机に突っ伏して眠ってしまった。勢いよく机に頭を打ち付けた衝撃で折角の料理が散乱する。

 [あとでヤヨイさんに効果報告しよ]

 そんなことを考えながら、イチは乱れた食卓に動じることもなく一人静かに食事を続ける。徹夜続きのケイには睡眠薬を盛るに限る。幾度となく繰り返されてきた攻防戦だが、今回はイチの方が一枚上手だったようだ。


 ケイは目を覚まし、眼球だけを動かして窓の外を見る。もう日が傾き始めているらしい。しばらくして頭がはっきりすると、薬品の匂いがふわりと鼻を突いた。ゆっくり起き上がり自分につながれている点滴を外すと、ふかふかの真っ白なベッドを抜け出した。廊下は氷のように冷たい板張りだが、ぺたぺたと裸足のまま診察室へ向かう。寝ている間に体が固まってしまったようで、伸びをするとそこかしこの関節から音が鳴った。

 診察室と廊下を隔てるガラスの引き戸を開けると、温かい空気がケイの体を溶かした。火鉢では炭がパチパチと燃え、上に置かれたヤカンからは熱そうな湯気が噴き出している。

 この部屋の(あるじ)は診察用の椅子で白衣姿のまま、気持ちよさそうにうたた寝をしていた。ケイは静かに戸を閉めながら、満足に布団で寝ることができない激務仲間を不憫に思う。

 かすかな引き戸の音でヤヨイは目を覚ました。そして物音の(ぬし)がケイだとわかると、バカにしたような表情で口を開いた。

「どうよ。新しい睡眠薬は。イチのご依頼で無味無臭だ」

「悪趣味だな」

 ケイはどうしようもないなとでも言う風に肩をすくめながら診察台に座った。

「聞いたぞ。久しぶりに大層な作戦をするらしいな」

「そうだな。もう明日、か?」

「明日だ。イチがもうすぐお前を起こしに来ると思うぞ。あんまり心配かけるな」

 ヤヨイは気だるそうに立ち上がり、沸騰しきったお湯を自分の湯呑みに注ぐ。

「しかし、蜉蒼(フソウ)にロイヤル・カーテスねぇ。嫌われ者だな、俺たち」

 そうぼやきながら近くの棚でガチャガチャと音を立てる。しかし手ごろな来客用の湯呑みが見当たらなかったのか、ヤヨイは手元にあった怪しげなビーカーにお湯を注ぎケイに手渡した。

「そうだな。三つ巴ならまだしも、どちらも俺たちを敵だと言っている。手を組まれると厄介だからどちらか片方だけでも早く潰したいところだな」

「任務は結構だが、怪我人だけは出してくれるなよ。面倒だからな。死ぬならどうでもいいが」

 いつの間にかヤヨイは紫煙をくゆらせている。相変わらず医者とは言い難い言動だ。

「これから戦争ごっこが始まるなら、俺もイチみたいな助手が欲しいんだがな」

「新しい死体ならミヤの管轄だ」

 ケイはビーカーで揺れるお湯をふうふうと冷ます。これには一体何が入っていたのだろうと思うも、どうせ短い命だ。何が混じっていようが関係ないと言わんばかりに一口飲んだ。

「そう言えば今夜はイチ借りるぞ。キョウの最終調整を手伝ってもらう約束だ」

「約束を取り付けているなら構わん。作戦が始まるまでイチも暇だろう」

 そう噂をしていると、玄関先でイチの声がした。わずかの間をおいて室内に入って来たイチはケイを見るなり[僕の勝ちですね]と目を細め笑った。


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