24話 禊
死んでも、償えない罪。
ヒデとジライが村に着いたのはもう昼も過ぎた頃だった。しんしんと雪が降る中、二人は白い息を吐きながら足早にケイの宿に向かった。
既死軍の情報統括官であるケイの宿へは誘は滅多に来ることはない。初めて入ったヒデはキョロキョロと物珍しそうに視線を動かした。通り過ぎた部屋には自分の背丈よりも高いコンピューターが所狭しと置かれており、真冬だというのに常夏のような熱を発していた。おかげで寒さは全く感じない。ヒデは夏にはできるだけ来ないようにしようと思いながら先導するケイの後に続いた。
物にあふれた申し訳程度の広さしかない居間に座るなり、ケイは話し始めた。
「お前らが帰ってくるまでにロイヤル・カーテスについて調べた。が、当然だが情報は出てこなかった。これからイチにも協力してもらって調べるつもりだ。あとで着ていたっていう軍服の特徴を教えてくれ。それから」
おもむろにケイは机に置かれていた電子端末を操作し、少年の顔写真を見せた。
「逢沢由弥って、こいつか?」
それは最近の若者が例外なく使っているインターネットの交流サイトだった。逢沢が写真の中で笑っている。
「そうです!」
「確かに、こんな顔だったかなぁ」
ヒデとジライが同時に反応する。
「友達と撮った写真とか、学校の愚痴とか、至って普通の高校生のアカウントって感じだな。当たり前だが不審な所はない。お前らが会ったっていう前後の時間には投稿がないが、まぁ投稿頻度を見ればそれも不自然ではない」
ケイは残念そうに端末を手渡し、ため息をついた。
「もちろん基本的な個人情報は特定済みだ。詳しく知るのに手っ取り早いのは高校の潜入捜査とか尾行とかなんだが、さすがに昨日の今日でこちらから動くつもりはない。わからないことが多すぎるからな」
「それで、ケイの言ってた推測できることって何だよ」
確かに、倉庫からの帰り道、ケイが無線で言っていた。逢沢が既死軍と争うつもりがないと言った理由は推測できると。
「俺は逢沢が言った『既死軍ってホントにいたんだな』って言葉が気になっている。俺たちに『生きて返すな』という掟がある以上、既死軍を見たことがある人間は限られている。恐らくだが、ロイヤル・カーテスは既死軍を噂程度でしか知らなかったんだろうな」
ケイは頭を整理するように顎を触りながら話を続ける。
「とすると、まずは俺たちの情報が欲しいに決まっている。だから争うよりも情報収集に徹したと考えるのが妥当じゃないかと思う。きっと俺たちが現れそうな現場のいくつかにあいつらも来ていたんだろう。そして初めて出会った、と」
なるほど、言われてみればそのように考えるのが適当のように思える。ヒデは小さくうなずきながら話を聞く。
「ヒデ、逢沢ってどんなやつだったんだよ。同級生だったんだろ?」
「良くも悪くも普通、って感じかな」
ヒデは特に思い出すほどはない逢沢との記憶を手繰ってみた。中学三年間同じクラスだったとは言え、共通点もないため会話した記憶は数えるほどしかない。逢沢はスポーツも勉強も人並みで、先生によく怒られてはいたが問題児というほどでもなかった。こんな身近に、自分と同じく普通ではない人生を送っている人がいたのかとしみじみ思った。
そんなヒデの横でジライが不満そうに頬杖をつく。
「なんで普通の高校生が『第三の帝国軍』なんて名乗ってんだろうな。平和に楽しく高校生活謳歌すればいいのに。なぁ、元高校生はどう思うよ」
元高校生、と呼ばれてはっとする。一か月足らずとは言え、ヒデも数か月前までは普通の高校生だったはずだ。写真の逢沢はどれも楽しそうな顔で、ヒデは本来なら自分もこんな生活をしていたのだろうかとぼんやり考えた。
「そう言えば俺って今何歳なのかなー? ケイ、知ってんだろ。教えてくれよ」
頬杖をついたまま、ジライが気だるそうに問いを投げかける。そんなジライをケイは鼻で笑った。
「お前らには享年で十分だ」
ジライとヒデが宿へ帰ると、ケイは二人から聞いた軍服の特徴をもとにロイヤル・カーテス情報を再び探し始めた。キーボードを打ち込む指先にだんだんと力が入っていく。
「第三の帝国軍、だと? ふざけやがって。それは俺たちだ。俺たちの方がずっと」
闇に紛れ、血に塗れ、帝国を護ってきたのは自分たちだと、知りうる限りの誘、宿家親、そして自分の過去を思い返した。ケイの手がぴたりと止まる。
ふと、普段は気にすることもない、パソコン画面の右下に小さく表示されている日付に目をやった。指折り数えてみると、もう人生の半分以上をこの村で過ごしていることに気づいた。その瞬間、忘れてしまったはずだった過去の名前が急に思い出された。
声に出すともなく、「自分の名前だったもの」をつぶやいた。そして小さく笑うと、立ち上がって庭に出た。肺まで凍りそうな空気の中、自分の半生を思い返す。忘れてしまったことも、忘れたくないことも、すべてが自分の人生だ。
よほど長い時間ぼんやりと突っ立っていたのだろう。心配した様子でイチが傘を持って来た。
[風邪ひきますよ、ケイさん]
「ああ、すまない。部屋に戻るよ」
イチから傘を受け取り、頭や肩の雪を払いながら歩く。
「なぁ、イチ。イチは既死軍のこと、どう思う」
自分でも驚くような質問が口をついて出た。イチも目を丸くし、フェイスマスクで見えないはずの口元がぽかんと開いているような顔をした。そして不思議そうに[どうもこうも、僕たちはここでしか生きられないんですから]と、聞き慣れた喜怒哀楽のない電子合成音でそう言った。
ケイは自分の質問の唐突さに今更ながら呆れ、笑い出してしまった。
[ケイさん、きっと疲れてるんですよ]
「そうかもなぁ」
[時間があったら、今度一緒に散歩でも行きましょう]
「そうだな。雪の中の散歩も悪くないな」
イチのことばにケイは玄関とは逆方向へ歩みを進めた。行く当てもなく、歩きながら話を始める。
「イチは『禊』ってことばの意味、知ってるか?」
[心身を清める、みたいな意味ですよね]
また唐突な話だなと思いながらイチは歩調を合わせて答える。
「そうだな。罪や穢れがある身を水で清めることを言う」
[その禊がどうしたんですか?]
「お前も俺の後を継ぐつもりなら覚えておいてほしい。俺たちが既死軍として戦うのは禊のためだ」
[それは、僕たちが穢れているってことですか?]
「赦されるためじゃない、清めるために俺たちは戦う」
イチの質問をはぐらかし、ケイは言葉をつづけた。
「蜻蒼もロイヤル・カーテスも、どうして既死軍を敵だと言うんだろうな。俺たちは、私設軍とは言え帝国のために戦ってるのに」
しばらく黙ったまま歩くと、墓地へと着いた。長らく誰も来ていないのだろう。墓とも呼べない墓標には雪がうずたかく積もっていた。「花でも摘んで来てやればよかったな」とケイは一面の銀世界で笑った。
ケイとイチは積もった雪を一つ一つ丁寧に払い、手を合わせた。ケイは静かに目を閉じ、彼らの生前を思い返す。ケイが情報統括官になってからのこと、まだ誘だった時のこと、そしてそれ以前のこと。目の前で悲鳴を上げる暇もなく脳天を撃ち抜かれた人間、大爆発に巻き込まれ骨も残らなかった人間、他人の盾になって死んでいった人間。数えるのも億劫になるほどの命がここには眠っている。
「俺たちは罪を背負っている。イチならわかるだろ」
[そう、ですね]
イチも何かを思い出しているかのように遠い目をする。
「俺はわからなくなってきた。血で血を洗えば、既死軍として戦い続ければ、犯してしまった罪の禊になるんだろうか」
[ケイさんはその『禊』って言葉にこだわるんですね。僕は既死軍が好きだから既死軍のために生きたい。僕は誘と違ってあまり任務に行くわけじゃないから、元誘だったケイさんとは考え方が違うのかも知れないけど]
ケイはただ、湯気のように真っ白な息を吐くだけだった。
ヒデが「ただいま戻りました」と宿の引き戸を開けると、今まで感じたことのない暖かさがふわりとヒデを包んだ。居間へ上がると、見慣れない大きな丸い陶器が置かれている。顔を近づけると、陶器の中では軽快な音を立てて炭が赤々と燃えていた。
「お帰りなさい。火の粉が危ないですから、あまり顔を近づけないでくださいね」
珍しそうに火鉢をのぞき込んでいたヒデに気づき、アレンが優しく声をかける。
「あったかいですね。これ、火鉢ですか? 初めて見ました」
「ケイにもらってきたんですよ。ここ数日ヒデ君があまりにも寒そうだったもので」
アレンはくすりと笑った。ヒデは照れながら「ありがとうございます」と笑った。
「アレンさんは寒くないんですか?」
「寒いと言えば寒いですが、もうだいぶこの生活も長いですからね」
堅洲村で初めて冬を迎えるヒデは、いつか自分も火鉢なしで冬が越せる日が来るのだろうかとパチパチと燃える炭を見つめた。そんなヒデの様子を見て、アレンは「あとでお餅でも焼きましょうね」と笑いかけた。
思っていたよりも墓参りが長引いてしまったケイとイチは、無防備な服装で外出したことを後悔しながら宿に戻った。
料理がてんで駄目なケイに代わってイチがいつも通り夕食の準備を始める。夕食ができるまでの間、再びケイはロイヤル・カーテスについて調べ始めた。
先ほどは冷静さを欠いてしまったが、「第三の帝国軍」と自ら名乗るからには帝国軍の人間が関わっているのだろうと考えを巡らせる。帝国軍はもとはと言えば皇を護衛する目的から始まった組織だ。もしかすると皇自体が関係しているのかもしれない。そこまで考えたところで背筋に冷たいものが走った。
自然と自分の人生を嘲笑するような表情になってしまう。もし仮に今の考えが正しかったとすると、今までの人生は、死んでしまった人間は一体何だというのだろうか。
「ロイヤル・カーテスが皇の軍だとすると、俺たちは立派な逆賊だな」
[逆賊でもいいですよ]
つぶやきにも近い声が聞こえていたらしい。驚いて振り返ると部屋の入り口にイチが立っていた。
[僕たちはここでしか生きられないんです]
先ほどと同じことばをイチは繰り返しながらケイに近寄り、冷たくなったその手を握った。
[死んでも償えない罪を、血という水で清めるために既死軍にいるんです。禊、なんですよね]
イチの手のぬくもりがケイの心を溶かすように伝わってくる。人とはこんなに暖かいものだったのかと、機械に溢れた空間でケイは思った。
「イチ、俺がなんで『禊』にこだわるかって、さっき聞いたよな。お前だけに教えてやるよ」
ケイはそこまで言うと表情をゆがめた。何かが葛藤しているような表情だった。そして重々しく口を開いた。
「俺の――」




