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Blackish Dance  作者: ジュンち
23/227

23話 汝はかく語りき

もし、神様がいるなら。

「神様なんていないから」

 そう言ったのは誰だっただろうか。ジライは寝起きのぼんやりとした頭で今しがた見ていた夢の続きを考えた。「神様、か」とつぶやきながら、すっぽりと頭までかぶった布団の中でもぞもぞと寝返りを打つ。今朝はやけに寒いなと布団の隙間から外の様子をうかがうと、なかなか起きないジライに業を煮やした宿家親(オヤ)が開けたのだろう、真冬なのにもかかわらず障子が広々と開け放たれていた。庭にはうっすらと雪が積もり、どんよりとした曇り空からはちらちらと雪が降っている。通りで寒いはずだとジライは再び布団にもぐり直した。

 目を閉じ、外の景色と夢で見た景色をゆっくりと重ね合わせる。

「そういえばこんな天気の日だったな」


 俺がここに来たのは。


 季節はすっかり冬になっていた。電気もガスもない堅洲村(カタスムラ)に暖房器具などもちろんあるはずもなく、赤々と燃える囲炉裏の火だけがヒデにとって唯一の心の拠り所だった。片時も火のそばを離れないヒデを見て、寒さに慣れた様子のアレンは「火鉢でも準備してもらいましょうかねぇ」と気遣った。

「真夏は涼しかったですけど、冬のこの寒さは耐えられないですね。インフラがないのも慣れたと思ってましたけど、やっぱり僕はまだみたいです」

 ヒデは熱いお茶の入った湯呑みで手を温めながら恨みごとを言う。アレンは湯気を噴くヤカンに水を足しながらにこりと笑った。

「ヒデ君は十分順応しようと頑張っていると思いますよ。天候や気温に左右されることなく任務が遂行できるように、というのがこの村が時代に取り残されている理由の一つです。四季を一巡してやっと(イザナ)として一人前なのでしょうね」

「一人前になる前に風邪引いて倒れちゃいますよ」

 ここ数年病気をした記憶もないが、このままではそれも時間の問題だとヒデはくしゃみをひとつした。

 いつまでも火に当たっていたいのは山々だが、そういうわけにもいかない。任務のためヒデは名残惜しそうに囲炉裏を離れ、かじかむ手で制服に着替えた。

 陽もとっぷり落ち、吐き出す白い息が一層ヒデに寒さを感じさせる。芯まで冷え切った体を少しでも温めようと走って村の出口に向かっていると、後ろからジライがやって来た。

「今日も寒いな」

「ルキのところに着くまでに凍死するかも」

 ルキの事務所へ行けばそこは冷暖房完備の天国ではあるが、辿り着くまでには真夏の日中でも肌寒い樹海を通るのかとヒデはげんなりした。

「お前の分まで暖房独り占めしといてやるよ」

 同じことを考えていたのか、ジライはにやりと笑うとあっさりとヒデを追い抜いて行ってしまった。

 今日はジライと二人で任務だ。村ではジュダイ、レンジと一緒にいることが多いジライは、ヒデにとってはあまり接点がなく近づき難い人だった。今まで何度か同じ任務になったことはあったが、二人きりは今回が初めてだった。

 ルキの事務所に着くと、温かい部屋でちょうどルキとジライが晩ごはんを食べているところだった。メニューはルキお得意のレトルト食品とインスタントラーメンだ。「おせぇぞ」とレンジは寒暖差で赤くなった顔でラーメンをすすっていた。


 今回は機密文書の闇取引を取り締まる任務だ。もちろん機密文書の内容が(イザナ)に知らされることはない。ただ取り締まり、データが入っている記憶媒体を奪取すればいいだけだ。こんなにハイテク化された現代でも手渡しでの取引はなくならないものらしい。

 ケイから無線で道案内をされてたどり着いたのは、コンテナが立ち並ぶ港にある大きな倉庫だった。夜の帳が下りた港は人影一つ見当たらない。

 作戦通り、遠距離攻撃が得意なヒデは倉庫の屋根の上、近距離攻撃が得意なジライは一階の物陰で息を殺して取引の開始を待つ。屋根の上には倉庫内の柱と梁を伝えば天窓から簡単に出ることができた。ヒデは双眼鏡でキョロキョロと人が現れそうな場所を見る。堅洲村(カタスムラ)ではあんなに寒かったのに、一度任務が始まってしまえば、不思議なものでそこまで寒さを感じない。

 白い息が暗闇に溶けていく。ヒデは水蒸気の行く末を追って空を見上げた。堅洲村(カタスムラ)ではよく見える澄んだ星空もここでは電灯に勝つことはできない。ヒデは一人文明の是非を問う。

 変化のない景色の中ではたった数分が永遠にも感じられる。ヒデが本当に取引はあるのかと疑い始めた頃、闇夜に紛れてしまいそうな漆黒の軍服に身を包んだ男が一人姿を現した。

「男が一人倉庫に向かっています。黒い軍服で、多分帝国軍のものではありません」

 ヒデは驚きはしたものの、あくまで冷静に小声で無線を飛ばす。帝国軍でもないのに軍服を着ているとは一体どういう訳だろうとヒデは首をかしげながら双眼鏡で男を追う。やがて軍帽の影に隠れていた男の顔が倉庫街の明かりで見えるほど近づいてきたとき、ヒデははっと息をのんだ。

逢沢(アイザワ)、くん?」

 照らし出されたその顔はヒデが中学三年間ずっと同じクラスだった逢沢由弥(アイザワユヤ)だった。特に親しいわけではなかったが、名字が「阿清(アズミ)」だったヒデは毎年四月には必ず前後の席になっていたからよく覚えている。

『どうした、ヒデ』

 今のつぶやきが無線で聞こえていたらしい。ジライがはっきり言えとでも言うように聞き返してくる。突然のことに状況が理解できないヒデは、確証も得られていない今は答えるべきではないと言葉を濁した。

『倉庫内に入って来た』

 ジライから逢沢(アイザワ)らしき男の行動が伝えられる。取引相手を待つのかと思っていたが、男は倉庫内を簡単に見渡すと物陰に隠れてしまった。『どういうことだ?』と状況を聞いたケイもいささか困惑したようにつぶやいた。

 はっきりした答えが出ないまま、やがて取引をするであろう男たちが四人集まった。それを見届けるとヒデは屋根から天窓を通って倉庫内の梁に移動する。逢沢(アイザワ)の姿はそこからは見えなかった。

 男たちが言葉を二、三交わし、手に持ったアタッシュケースを手渡そうとしたところでジライがその場に飛び出した。

葦原中ツ帝国アシハラノナカツテイコク 既死軍(キシグン)。機密文書違法取引につき、厳重に処罰する」

 ジライは(イザナ)の中で唯一、武器らしい武器を持っていない。采邑(サイユウ)と名付けられたナックルダスターをはめただけの己の拳があれば負けることはない。

 四人を相手に臆することなくジライは殴り掛かる。遠く離れた梁の上にいるヒデからすら花火のように飛び散る血しぶきが見える。人を傷つけること自体を楽しむ狂戦士のようなその姿を見て、ヒデは誰かが「素手での戦いならジライはシドにも負けない」と言っていたのを思い出した。

 既死軍(キシグン)の人間は程度の差はあれ誰もが傷つけられていたはずなのに、今は傷つけることを厭わない。最早それすら疑問にも思わない。

 ヒデは冷めた目で逃げ出そうとする最後の男を射抜いた。

 ジライはしゃがんで倒れている男の髪を掴み、「なぁ、有益な情報くれよ、おっさん」と顔を近づけた。ほとんど原型をとどめていない顔の男は口を何度か動かすと、言葉を発することもままならない様子で、そのまま絶命してしまった。

「殴りすぎちまったなァ」

 男をゴミのように投げ捨てると、今度は逢沢(アイザワ)が隠れている方を見て「お前もこうなりたくなかったら出て来いよ。いるのはわかってんだぞ」と叫んだ。

 膠着状態が続くかと思われたが、「既死軍(キシグン)ってホントにいたんだな」と両手を上げた逢沢(アイザワ)が陰から現れた。

「誰だテメェ。いい度胸じゃねぇか。これが目当てか?」

 そう言ってジライは血だまりに残されたアタッシュケースを拾い上げた。

「そんなデータ、くれてやる。既死軍(キシグン)と争うつもりもない」

「じゃあ何が目的だ? その軍服、どこの組織だ」

 ジライはアタッシュケースを床に置き、戦闘態勢をとった。

「丸腰を相手にやる気か?」

「御託はいい。答えろ」

「そうだな。俺たちだけ、既死軍(キシグン)のことを知ってるのは公平じゃないな」

 そう言うと、逢沢(アイザワ)は簡潔に名乗った。

「俺たちは第三の帝国軍、ロイヤル・カーテス。お前たちに天誅を下す」

 ジライは声をあげて笑い、「そんなこと言われちゃ、黙ってらんねぇな」と拳を握り直した。そして一瞬のうちに足を踏み込み、顎めがけて拳を振り上げた。ぎりぎりのところで逢沢(アイザワ)はそれを腕を交差させ防いだが、宰那岐(カンナギ)のおかげで威力が上がっているジライの拳は、いとも簡単に逢沢(アイザワ)の骨を砕いてしまった。

 逢沢(アイザワ)は痛みに顔をゆがめながらも、無事だった腕で隠し持っていた銃を取り出す。不意の弾丸はジライの顔をかすめ、わずかに血が流れる。

「至近距離を外すとは、とんだ軍人だな!」

 ジライはそう悪態をつくと、今度は銃を持つ手を蹴り上げた。しかし無防備になった軸足を逆に足払いされ、血だまりに崩れ落ちた。その隙を見て逢沢(アイザワ)は出口に向かって走り出す。

 ヒデは後ろ姿に向かって弓を引いた。

 「姿を見たものは生きて返すな」それが既死軍(キシグン)の掟だった。しかし、昔のこととは言え元同級生、顔も名前も知っている人間だ。自分は本当に逢沢(アイザワ)を殺すのかと、ヒデは今までにない動揺を感じた。それが武器である下弦にも伝わったらしく、放たれた矢は逢沢(アイザワ)に当たることはなかった。

 すぐに体勢を立て直したジライが後を追ったが、間もなく『逃げられた』と舌打ちをしながらの無線が入った。


「お前が外すなんて珍しいな」

 掟は絶対だが、とは言え今までも逃げられた経験はあるらしく、ケイもジライも気にする様子はなかった。ジライは再びアタッシュケースを拾い上げ、こびり付いた血しぶきを申し訳程度にふき取る。そして、その視線はヒデに向けられた。

「あの軍服の男を見たとき、逢沢(アイザワ)って言ってたな」

 ちゃんと聞こえてたんじゃないかとヒデもジライを見る。

「実は……」

 声を聞いてはっきりした。あれは間違いなく同級生だった 逢沢由弥(アイザワユヤ)だ。そう確信したヒデは話を始めた。

『ロイヤル・カーテスなんて初めて聞いたが、ヒデのおかげで何かわかるかもしれない。二人とも村に帰ったらすぐ俺の宿(イエ)へ来てくれ』

「わかりました。何かお役に立てたらいいんですが」

「にしても、目的がよくわかんねぇな。機密文書のデータも要らない、俺たちとも争いたくない。何がしたいんだ?」

『それは俺もわからない。ただ、推測はできる。それも俺の宿(イエ)で話そう。気をつけて帰って来てくれ』

 そう言うとケイは無線を切ってしまった。帰りの道案内はないらしい。しかし、ジライはまるで見知った土地であるかのように歩き始めた。

 来た時とは違う道を通り、しばらくすると大きな鉄柵門の前で立ち止まった。門には辛うじて読めるほどに色褪せた立ち入り禁止の看板が掛けられている。門の向こうに建物はなく、だだっ広い敷地に資材が雑然と置かれているだけだ。

「ここ?」

 ジライの後を追っていたヒデが移動器の入り口かと尋ねるも、ジライはそれに答えることなく、ただ鉄柵門を見上げていた。空はどんよりと曇っており、再び雪が降っている。

「なぁ、ヒデ。お前、神様っていると思うか?」

 しばらく門を見上げたまま無言だったジライが突然口を開いた。神様なんて信じていなさそうなジライから、脈絡もなくこんな質問をされるとはとヒデは目をぱちくりとさせた。

「いてもいなくてもどっちでもいいかな。でも、もし神様がいるなら、僕にこんな人生を与えたことに文句ぐらいは言いたいとは思う」

 ジライはふっと笑って、ただ一言「そうだな」と言った。

 何を考えていたのかヒデにはわからなかったが、ただ、その表情はどこか悲しそうに見えた。


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