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Blackish Dance  作者: ジュンち
208/209

208話 灰色

歳月、人を待たず。

 どうやら情報によると、桜の季節は過ぎたらしい。こんな廃墟が立ち並ぶ町では、目に入る色と言えば空の色ぐらいだ。

 ルキはソファに座り、窓の外に広がる晴天をぼんやりと眺めながら、時折、咥えたままのタバコの灰を思い出したように灰皿に落とす。今日は来客の予約もなければ、(イザナ)が任務へ行く予定も、ケイからの依頼もない。しなければならない仕事はいくらでもあるが、何となく気が進まなかった。春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、午後の温かい日差しにルキは思わず居眠りしてしまいそうになる。このままではボヤ騒ぎを起こしてしまうとタバコを灰皿に押し潰し、立ち上がって伸びをした。

「ねぇ、ケイ~」

『雑談なら聞かんぞ』

 たまにルキはこうして無線を介してケイに呼びかけてみる。今日はどうやら忙しいらしかった。

 ケイは電話交換手みたいなもので、既死軍(キシグン)のだれかと無線で話そうと思ったらまずはケイに連絡を取る必要がある。それもケイを多忙にしている一因なのではないかとも思うが、情報統括官である以上無線は管理しておかなければならないのだろうと説明されるまでもなく納得する。

「やだ~素っ気ないじゃん~」

『滅多にない休みだ。寝てればいいだろ』

「でも客が急に来るかもしれないしさ~、おちおち寝てらんないんだよね~」

『それならイチ行かせるか? 半日ぐらいならそっちに行かせても構わん』

「いや~、いいよ~。イチもそっちですることあるんでしょ~? ケイのお()りとかさ~」

 けらけらと笑いながらルキは再びタバコに火をつけた。窓に近づき、外を眺める。

 普段はケイの手伝いをしているイチだが、探偵事務所にもよく来ている。ルキが探偵の仕事をするときや、倒れそうなほど疲弊しているときに、事務所の留守番役としてケイが寄越してくれる。もう何年も助っ人として来てくれているイチがこのまま探偵事務所の助手になってくれればとも思うが、やはり本職はケイの助手で、ゆくゆくは情報統括官になるのだろう。それもあって、ケイからは手放す気は一切感じられなかった。

『それなら、少し早いかもしれんが、トウヤを行かせるか。しばらくはこっちとの往復になるが、早い方がいいだろ』

「え~、いいの~? また(イザナ)がいなくなったらさ~、ダツマ、寂しがるんじゃない~?」

宿家親(オヤ)が代わるのはたまにあることだ。チャコみたいに死ぬよりマシだろ』

「それはそうだけどさ~」

『事務所だからって死なないとは限らない、って言いたいのか? お前が首尾よくやってるのは知ってるけど』

「ご名答~。ルキさんが探偵として超有能なだけかもよ~?」

『先代を差し置いてか?』

「あ~、そうだな~」

 先代、と言われて脳裏に浮かぶ顔があった。ケイやヤヨイにいたように、自分にも先代の探偵がいる。そして自分も、ケイやヤヨイと同じように、彼を失ってしまった。その顔を思い出すと、こんな世界にいる以上、永遠はありえないのだと喉元にナイフを突きつけられているように感じる。うっすらと首元に血が滲むような感覚がした。

「ミョウケンには、勝てないかな。ずっと」

 吐き出した紫煙が空気に混ざって消えていく。確かにそこにあったはずなのに、今はもう見えも触れもしない。存在していたことすら証明できない。

「でもさ~ケイだってそうなんでしょ~? 多分、ヤヨイだって。ルキさんは会ったことないけどさ~」

『そうだな。死人なのに、永遠に追いつけることはない。俺もそうなりたいもんだな』

「死ぬ予定でもあるの~?」

『人はいつか死ぬ。遅いか早いかだけだ』

「悟りの境地ってやつだね~」

『そんな境地に至った覚えはない』

 雑談は聞かないと言っていた割には相変わらず相手をしてくれるんだなとルキは窓越しに空を見上げる。青空には雲がふわふわと浮かんでいる。

『それで、さっきの話だが』

「どれ~?」

『トウヤの話だ』

 呆れたようなケイの声が耳元でため息とともに漏れ聞こえた。


 数日後、ヒデはルキの事務所へ来ていた。ドアを開けると、ソファにトウヤが座っていた。

「あれ? トウヤもだっけ?」

 そう言いながらも、トウヤが制服ではなく堅洲村(カタスムラ)にいるときのような私服であることに気が付いた。任務に行くなら、何か理由がない限りは制服を着ることになっている。何か別の任務だろうかと、正面に座りながらヒデはその姿を見る。別の任務が同日に重なるのはたまにあることで、不思議ではない。

「いや、ワシは任務じゃなくてな」

「ルキさんのお手伝いだよ~!」

 いつも以上ににこにことしたルキがデスクから会話に加わる。ヒデは首をかしげた。

「それって、いつもイチがしてるやつですか?」

「そうそう~! けどイチも忙しいからさ~、トウヤが代わってくれることになったんだよ~」

 驚いたようにヒデは視線をルキからトウヤに向けた。しかし、これは出世だと祝うべきなのか、確定した多忙に同情するべきなのか、どう声をかけるのが正しいのかと考えあぐねるだけになった。

「ワシも言われるがままで、ようわかっとらんのじゃ」

 ヒデと同じく困ったような表情のトウヤは少し笑った。

「ほら、この前いっしょに水右衛門(ミズエモン)堅洲村(カタスムラ)まで物運ぶ実験したじゃろ。あれがかなり上手くいっててな」

 そう言われて、ヒデは一か月ほど前の出来事を思い出した。

 ルキからケイへ物品を届ける場合は、誰かが堅洲村(カタスムラ)へ帰るときに託すか、わざわざイチが取りに来るしかなかった。不便ではあるが他にいい方法も思いつかず、長らくそのままになっていた。そこにちょうど鷹を自由に操れるトウヤが既死軍(キシグン)に入って来た。それなら鷹を伝書鳩よろしく通信手段として使ってみようではないかと提案したのがケイだった。

 その初めての実験にヒデは偶然トウヤと任務がいっしょだったこともあり、立ち会っていた。ここの屋上から水右衛門(ミズエモン)を放ち、トウヤの宿家親(オヤ)であるダツマが堅洲村(カタスムラ)で受け取るという手はずだった。そういえばその後のことは聞いていなかったが、どうやら同じ実験を何度か繰り返し、成功を収めていたようだ。

「なんか、そういう関係でワシが手伝いをすることになったらしいんじゃけど」 

「そうそう~。それで今は修行二日目だよ~」

「え、じゃあトウヤって毎日行き来してるの? 大変じゃない?」

「いいや、今は二階に住んどるんじゃ。あ、泊まっとるのほうが正しいんか?」

「早く引っ越しておいでよ~」

 助手という名の同居人ができたことが嬉しいのか、ルキの声色は普段よりも明るく思える。

「ワシはこんなビルばっかりの都会より、田舎の堅洲村(カタスムラ)のほうが性に合っとるんじゃなけどな」

「こんな廃墟街を都会って言ってくれるの、絶対トウヤだけだよ~。ねぇ、ヒデ」

 上手く言いくるめようと、ルキはヒデに助け舟を要請する。急に同意を求められたヒデは「確かに都会、ではないかも」と言葉を濁した。

 そこに会話を聞いていたケイから介入があった。

『都会というのは明確な定義はないが、一般的には人口が集中し、周囲よりも商業などが発展した地域のことを指す。そこは口が裂けても都会とは言えんな』

「だってさ~。だからここも田舎みたいなもんだよ~」

「なんか、そう言われて納得するのも癪じゃな」

「無理なら無理って言えば、ケイさんはどうにかしてくれると思うから」

 ヒデが少し同情寄りのアドバイスをしたところに、レンジとジュダイが連れ立って現れた。そして、ヒデと同じような反応をした。


 ヒデたち三人を任務に見送ったトウヤは事務所の屋上に出ていた。指笛を吹き、遠くへ出かけている水右衛門(ミズエモン)を呼び戻す。しばらくすると空を覆ってしまいそうなほど広大な翼を広げた鷹が現れ、トウヤの手に留まった。腹を空かしているだろうと持って来た餌をやろうとするが、見向きもしなかった。どうやら自分で餌を調達できているらしい。それなら、案外この灰色の町での生活も悪くはないように思えた。

「ここでもやっていけそうじゃな。お前がいいなら、ワシもそれでいい」

「そういえばさ~」

 気配もなく、背後にはルキが立っていた。まだルキのことはよく知らないが、神出鬼没で飄々としている掴みどころのない人だなという印象だった。しかし、常に絶やさない笑顔の裏には混沌とした何かが渦巻いているようにも感じられた。

「トウヤが住むならさ~、ルキさんも餌やりしないといけない感じだよね~」

「どっかに餌場を見つけたようじゃ。無理にはせんでもえぇかもしれん」

 ちらりとトウヤの手のひらに載せられた餌を見たルキは「それなら助かる~」とすぐさま視線を外した。

 ルキの視線を追ってトウヤも眼前に広がる色彩の失われた町並みに目を向ける。二階建てや三階建て程度の雑居ビルがどこまでも続いていて、まるで時が止まっているように見えた。

「どこまでも灰色なんじゃな」

「ここはさ~、畏苑(イエン)みたいな都会でもないし、堅洲村(カタスムラ)みたいな田舎でもないし、何というか、中途半端なところなんだよね~。見ての通り、建物はいっぱいあるから昔はそれなりに栄えてたんだろうけどさ~、ルキさんが来たときはもうこうだったからね~」

「あとは塵になるのを待つだけか」

「そう。盛者必衰を体現した場所なんだよ、ここは。栄えたものは必ず衰える」

 いつのまにかルキはタバコを咥えていた。ふわりとその匂いがトウヤをかすめていく。

「なんかさ~、この町って人生~! って感じじゃない? こう、生まれたことには気づけなくて、知覚できるのは死に向かってることだけって感じがさ~」

 努めて明るくふるまっている様子がトウヤには伝わって来た。この笑顔の裏側にあるものがうっすらと透けて見えていた。本心は裏に潜んでいる混沌の、さらに奥深くにあるのだろう。だが、きっとそれはルキだけではないのだろう。

「ルキはずっとここに住んでるんじゃろ。それを人生って言えるんなら、いいんじゃないかとワシは思う」

 トウヤに対する返事は肯定も否定もなかった。その代わり、少しだけ長く紫煙をくゆらせ、口を開いた。

「ここは全部灰色でさ~、得るものも、変化もなくてさ~、でも確実に、少しずつ、手放していって、失われていっててさ~。だからさ~、なんていうか」

 再びルキは笑った。それは先ほどとは違う、純真無垢な笑顔のように見えた。

「手っ取り早く気が狂えて最高だよ~」


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