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Blackish Dance  作者: ジュンち
206/209

206話 翔ける

飛び立ちかねつ、鳥にしあらねば。

 ヒデは事務所の階段を上っていた。任務の内容はもう何度も経験がある機密事項の流出阻止だ。蜉蒼(フソウ)が絡んでいないならさっさと終わるだろうと、自然と足取りも軽くなる。

 階段を上り切る少し前から、閉め切られた扉の向こうでルキがの騒いでいる声が聞こえていた。ノックして開けると既にアヤナとトウヤが着いていたが、それよりも先に目に入ったのはトウヤの相棒である鷹の水右衛門(ミズエモン)だった。大人しくきょろきょろと周囲を見回している。

「こ、これでどうすんの~!?」

 トウヤの手に大人しく()まっている水右衛門(ミズエモン)にルキはおどおどと近づいては離れ、離れては近づきを繰り返している。ヒデのあいさつにも気付いていないらしい。

「いや、じゃから、そのまま餌をやれば」

「マジで言ってる!? そのネズミを!?」

「そう言われても、猛禽類じゃからなぁ」

 至って普通の表情をしたトウヤの手のひらにはごく最近まで生きていたらしいネズミが載せられている。ネズミ自体は見たことがないわけではないが、こうして手に載せられているのは何となく非日常に見えて、遠目に見ていたヒデにもルキが拒否感を示すのが納得できた。

「やだ~!! 鶏肉とかじゃダメなの~!?」

「人間用は血抜きされとるから栄養がな。何じゃ。人は殺すくせに、ネズミは無理なんか」

「それ言われると言い返せないんだけどさ~」

 それまで二人のやり取りを眺めていたアヤナが助け舟を出すように「わかる」と相槌を打った。ソファのひじ掛けに頬杖をついている。

「何というか、魚捌くのは見てられるけど、屠殺(とさつ)は見てられない感じ」

 的確だったらしい説明に「それ~!」とルキはハの字になっている眉を更に下げた。しかしトウヤには全く響かなかったらしく、わからないといった表情のままルキの代わりに合図を出した。水右衛門(ミズエモン)は嬉しそうに()まっているのと反対の手のひらから直接肉をついばみ始め、無残な姿に成形していく。ルキはあからさまに不快感や嫌悪感が含まれた目をしばたたかせている。

「こういう感じで、頼んだ」

「え、今日は一刻も早く帰って来てほしい。ホントに、頼むから」

 ルキの表情を見たトウヤは、大の大人がする表情ではないと思わず呆れて笑い出した。

「まぁここなら放し飼いにしておけば、どっかで勝手に食って来るじゃろ」

 そう言うと、ルキがいつも座っているデスクの後ろにある広々とした窓の一つを開けた。夕暮れ時で空は赤色とも藍色つかない色をしている。水右衛門(ミズエモン)は残りの餌を咥えると、やっと狭い空間から解放されたとでも言わんばかりに翼を広げて空高く飛んでいった。すぐにその勇壮な姿は色に溶けて見えなくなり、そこでやっとルキはヒデが到着していたことに気が付いた。

「いらっしゃ~い」

「大変だったみたいですね」

「だってケイが無茶言うからさ~」

 不服そうに名前を出したところでケイが口を挟む。一連の会話をしっかりと聞いていたようだ。

『まぁルキには無理そうだってことがわかったのが今回の収穫だな』

「餌やりぐらいできるじゃろ」

 隣の部屋で手に着いた血を洗い流してきたトウヤは白い手袋をはめながら不思議そうにルキを見やる。

「人にはさ~、得手不得手ってもんがあるんだよ~」

『けど確かに放し飼いの方がいいかもな。そこは客も来るし』

「でしょでしょ~! それじゃあ、丸く収まったところで任務の話するね~!」

 お役御免となったのが嬉しいのか、意気揚々とルキは資料を取り出し、話を始めた。


 深夜、すべての船が出航しきったフェリー乗り場は人気(ひとけ)もなく、閑散としていた。オレンジ色の電灯が一帯を照らしてはいるが、駐車場に停められたままの車や置きっぱなしになっているコンテナなどで視界は悪い。

 その一角でヒデは一息つくと立ち上がった。手には横たわる男に刺さっていた矢が握られている。こびりついてしまわないように、すぐに制服の裾で血を拭って矢筒に戻した。何となく、任務が終わったなと思える動作で安心感があった。

「ケイさん、終わりました」

『了解』

『こっちも終わってる。ヒデ、どこ?』

「僕が走って行った方向にそのまままっすぐ行ったところ。こっち来る?」

 自分が走って来た方に目を向けると、ちょうどアヤナとトウヤが向かって来ていた。あまり制服が汚れていないヒデやアヤナに対して、トウヤは左肩から右の腹部にかけて赤く染まっていた。傷口が小さくて済む矢じりや小刀である合口(あいくち)と違い、鉈は勢いをつけて振り下ろすことが多い。そういえばトウヤと初めて会った場所も血飛沫が飛び散っていたなと凄惨な場面を思い返した。

「トウヤって任務二回目なんでしょ? それにしては」

 ヒデが言わんとすることを理解したトウヤは笑顔でうなずく。自分の行いの正当性を自分に言い聞かせているようだった。

「悪人を倒すのは清々しくて気分がえぇもんじゃな」

「それ、何か逆に悪人っぽい」

 アヤナから情報媒体を受け取りながらヒデは苦笑する。しかし、当の本人は「そうか?」と意に介さないようで、首を傾げた。

「でも思い切りがいいのは大事だろ。それともヒデは生殺しにする性格か?」

「うーん、僕は中途半端に生きてるのは可哀そうって思う、かな」

「じゃあヒデも人のこと言えないじゃん。似た者同士ってことだろ」

「確かに否定はできないかも」

 そんな話をしながら帰路に着く。もうすぐ堕貔(ダビ)が来て遺体の回収を始めるらしい。この早さで回収し始められるということは、近くに潜んでいるということだろう。しかし、今まで壁一枚を挟んですれ違ったことはあるが、その姿かたちは影さえも見たことがなかった。きっとこれからも闇に包まれた存在で居続けるのだろう。

「そういえば、あの死体って堕貔(ダビ)が回収した後はどうするんじゃ」

「知らないけど、別に知る必要はなくない?」

「ケイ、内臓とか捨てるなら欲しいんじゃけど」

『要らないようであれば連絡するが、あれはあれで用途があってな。望み薄かもしれない』

 がっくりと「そうなんか」と肩を落とすトウヤを横目に、アヤナは「用途って?」と質問を返す。アヤナも既死軍(キシグン)へ来たのは晩夏の頃で、まだ半年ぐらいしか過ぎていない。もうすぐ季節が四周目に入るヒデにしてみれば、二人の反応は新鮮だった。ケイの返事は聞くまでもない。

『知らないほうがいいこともある』

 それきりケイの無線は沈黙した。その返事に不服そうなアヤナはヒデに視線を投げる。

「これ、任務以外でもよく言われるけど、どういう意味?」

「そのまま。詮索するなって意味だと僕は思ってるけど」

「でも知りたくないか?」

 率直な疑問にヒデは「うーん」と首をひねる。確かに来たばかりのころはアヤナと同じように思っていた記憶がある。しかし、何度も繰り返されるうちに聞いても仕方がないという諦めに変わり、今では気にも留めなくなっていた。この魔法の言葉を言われた時点で、それ以上踏み込む権利は持ち合わせていないのだということを理解している。

「確かに教えてほしいってこともあるけど、任務とかに関しては決めるのはケイさんだし。ケイさんが知らなくてもいいって言うなら、そうなんだと思う」

「それで納得してるのすごいな」

「大丈夫大丈夫、アヤナもそう思うようになるよ」

「それって大丈夫って言えんのか?」

「だって、知らないほうがいいんだから。きっとそのほうが幸せなんだよ」

「なんか、慣れてないだけかもしんねぇけど、既死軍(キシグン)って不思議な集団だな」

「僕らは似た者同士なんだから、アヤナも人のこと言えないと思うよ」

 まさかさっきの自分の言葉で自分が制されるとは、案外ヒデも頭が回るタイプなんだなとアヤナはこれ以上の会話を諦めたようにため息をついた。


 ルキの望み通り早々に任務を終えた三人は再び事務所へと戻って来ていた。水右衛門(ミズエモン)はまだ大空に出かけているようで、事務所にいるのは来客用のソファに寝転んでタバコをふかしているルキだけだった。

「予定より早いじゃん~。優秀優秀~」

「ルキがそう言ったんじゃろ」

「まぁ蜉蒼(フソウ)でもロイヤル・カーテスでもないし、余裕か~」

 自分の椅子に座り直したルキはヒデから情報端末を受け取り、引き出しを開けた。そこに入れるのと引き換えに、同じような形状をしたものを取り出す。

「それじゃあ、トウヤには任務二つ目だよ~」

 ヒデとアヤナは「二つ目?」とルキとトウヤを交互に見た。トウヤは知らされていたようで、疑問も持たずに情報端末に似た物を受け取った。

「見学したい人は屋上に行ったらいいよ~。ルキさんは面白そうだから行くね~」

「何するんですか?」

水右衛門(ミズエモン)使って実験だよ~。ほら、ここからケイに物届けるのって誰かに託すしかないじゃん~。だから誰もここに来ないと渡せなかったからさ~、代わりに水右衛門(ミズエモン)に運んでもらおうってこと。ケイにしてはぶっ飛んでる発想だよね~」

「伝書鳩と違って鷹は帰巣本能があるわけじゃないんじゃけど、多分この距離なら堅洲村(カタスムラ)の往復ぐらいはできると思うんじゃ。鷹は時速二十里で飛ぶらしくてな。当然ワシらより速い」

 説明を補足したトウヤはダミーの情報端末を手にルキのあとに続いて屋上へと上がって行った。ヒデとアヤナも興味本位でそれに続く。

 屋上があることは知っていたが、行くのは初めてだった。劣化してザラザラしている灰色の床はちょうど腰かけられるぐらいの高さの縁に囲まれている。そこにあるのは何もかけられていない物干し竿だけだ。快晴の空はまだ太陽も低く、肌寒かった。

 聞いたことのある指笛の音が周囲に響くと、どこからともなく水右衛門(ミズエモン)が現れた。颯爽とトウヤの手に()まったその瞳は「ただいま」とも「おかえり」とも言っているようだった。

 物干し竿に移らせて足に情報端末を括り付けると、再び手に()まらせた。その目は人間に向けるものよりも優しく、苦楽を共にした相棒であることがうかがえた。

堅洲村(カタスムラ)ではそれ、誰が受け取るの?」

「ダツマが慣れてるから、一応その予定じゃ」

「本当はケイかイチがしてくれると助かるんだけどね~。さすがに二人は忙しいしさ~、ダツマが宿家親だし、ちょうどいいじゃんって感じでさ~」

「そうそう。それじゃケイ、今から水右衛門(ミズエモン)向かわせるから」

『了解。ダツマ、頼んだ』

 無線越しに初めて聞くダツマの声は「任せろ!」と自信満々のようだった。それを合図にトウヤは思い切り腕を振り、水右衛門(ミズエモン)を空へと自由にしてやった。

 今度は空に溶けることなく、堅洲村(カタスムラ)のほうへ飛んでいく姿がいつまでも見えていた。


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