201話 脚光
立役者は、陰にいる。
しばらくヒデとルワが当たり障りのない会話をしていると、カトルとユイトが手を振りながら近づいてきた。どちらも運営用の通行証を首からぶら下げている。
「遅かったじゃん!」
ルワは泣きつくように二人に駆け寄る。よほど既死軍に囲まれているのが心細かったと見える。しかしカトルとユイトは慰めることもせず、すぐに周囲に人がいないことを確認すると報告を始めた。
「会場の中は一通り、舞台裏とか控室とかも含めて見たけど何もなかった。その様子だと、既死軍も収穫なさそうだな」
「そうですね。会場周辺も同じくでした」
「これ、本当にあるのかよ」
少し離れた植え込みの段差に座っていたヤンは輪に加わり、ロイヤル・カーテスの三人に問いかける。
「炯懿はあるはずだって言ってる。俺たちは信じるしかない」
ややあってから、いかにも運営スタッフが使っていそうなヘッドホンとマイクが一体化した無線から聞こえた言葉をユイトがそのまま伝える。
今回、任務の決定権があるのはロイヤル・カーテスの炯懿だ。既死軍にも同名のケイがいるため、ヒデたちはややこしさを感じているが、それを口にすることはできない。内部のことはできるだけ明かさないようにしなければならない。既死軍のすべてを司るケイという人間の存在をわざわざ教える必要はない。そのため、共闘時に既死軍が指揮を執る場合もイチが代わりに指示を出すことになっている。電子合成の音声であれば、そこから人物像を探られることも出自を辿られることもない。
「これ、全員分渡しておく」
そう言ってユイトがルワと既死軍三人に手渡したのは、自分たちが持っているのと同じ通行証と無線だった。
「通行証があれば裏のほうでも行ける。さっき行って来たけど、色んな関係者がウロウロしてるから、入るときに普通に身体検査はあるけど、まぁバレはしないだろう。関係者には適当に会釈してやり過ごせばよさそう」
情報交換が終わると、ルワが無線に話しかける。
「開演まで適当に巡回して時間潰そうぜ。それでいいよな、炯懿」
ヒデたちがイヤホンをすると、何度か聞いたことのある声が聞こえて来た。
「うんうん、いいよ! 絶対絶対蜉蒼は来るから、絶対捕まえてよね! 爆発もさせちゃダメだからね!」
「了解」
どうやらロイヤル・カーテスの面々はこのテンションの高さと声の大きさに慣れているらしいが、既死軍の三人はイヤホンを少し耳から離しながら音量を下げた。
「お前らの指示っていつもこれなのか」
頭が痛いとでも言わんばかりにヤンは眉間にしわを寄せて渋い顔をする。任務中のケイやイチの指示は淡々としていて、感情の起伏もさほどない。人間味のないロボットのようなものだと言っても差し支えないだろう。しかし、この炯懿は友達とでも話しているかのように気楽なトーンで、まるで遊ぶ約束でもしているかのように明るい。昼間に聞く分には少し耳障りだなと思う程度で済むが、これが夜の静かな場所だったらと思うと、ヒデたちは想像しただけで同じような表情になった。
「基本的には炯懿だな」
「助っ人って感じで、誰かが負傷したときも助けに来る」
「そうそう。どこにいるんだか、来るのがめちゃくちゃ早い」
炯懿については三者三様の返事があった。どうやら炯懿は高い頻度でロイヤル・カーテスの面々の前に現れているようだった。
「運転荒いから負傷してるときは結構ツラい」
ルワの言葉にカトルとユイトが少しうなずきながら笑う。それぞれ共通する記憶があるらしい。
確かにヒデが任務中に見たことのある炯懿はバイクで窓ガラスを突き破るような破天荒な人だった。その他の印象といえば金髪のポニーテールと濃いめの化粧が映えるはっきりした顔立ちだ。どうしてロイヤル・カーテスなどという裏の世界にいるのか不思議に思う明るさを持っていた。だが、今まで関わりを持ったことのないタイプの性格ゆえか、どうにも苦手だった。
「それじゃ、許可も出たしそれぞれ時間潰そうぜ。俺たちはちょっと行くところがあるから別行動で」
集合時間を伝えた後、ロイヤル・カーテスは連れ立ってどこかへ行ってしまった。残されたヒデたちは取り敢えずもう一度建物の周囲を見回ることにした。
ジライとヒデは物珍しそうにきょろきょろと視線を動かす。今日何が起こるかなどつゆ知らず、楽しみを顔に滲ませている老若男女が通り過ぎて行く。客層は若い男女がほとんどだが、中高年層もちらほら見受けられる。国民的な知名度を誇っていることに疑いの余地はない。会話に耳を澄ませてみれば、メンバーの名前や曲名だと推測される単語が聞こえて来る。
「にしても、次から次に来るな。そんなに人気なんだな」
「一万五千人でしたっけ」
『そうだ。しかも即完売らしいからな。俺も詳しくは知らないが、秒単位らしいぞ』
「景気のいいことだな」
「けど、何でこの公演なんだ? 何か理由でもあるのか?」
『いや、蜉蒼が選んだ関係性は不明だ。ただ、今までも特に選ばれた場所に何か深い意味があったようには思えない。単純に人が多いところとか被害が大きくなりそうなところ、って感じだな。まぁ、何考えてるかわからんからな、あんなやつらは』
グッズ売り場の人ごみを抜けると、先ほどまでの熱気が嘘のように開場を待っている人たちがちらほらいるだけの閑散とした空間になった。座り込んで友人と話している人や、買ったばかりのグッズに目を輝かせている人、熱心に携帯電話を操作している人、過ごし方はそれぞれだ。
「ところで、ケイさんはどう思います? あっちの炯懿さんは会場内にあるって言ってましたけど」
『俺もそうだとは思ってたんだが、ここまで見回ってないと言うなら五分五分ってところだな。今はない方が確率が高いんじゃないかと思ってる』
「探知機が反応してないってことは?」
『いや、さすがにそれはないはずだ。最新のものまですべて反応するようにしているし、蜉蒼が次々に新しいものを開発できるとも思えない。会場内に既に設置されているという線を除けば、次にあり得るのは終演後の自爆だ』
一人納得したようなヤンが、きょとんとしている二人にケイの言葉を補足する。
「人の流れが開場の時よりまとまってるからな。終われば出口に人が殺到する。そこを狙うわけだ」
なるほどと言った様子でやっとうなずいたジライとヒデを横目に、ヤンは続ける。
「あの女のほうの炯懿、本当にあれで統率とれてんのかな」
「基本的には、ってことはたまに璽睿がしてるのかもな」
「そういえば、千隼って璽睿に会ったことあるんだよね」
「え、マジ? どんなやつ?」
興味津々でジライはヤンを見る。その目は周囲の人たちと同じぐらい輝いている。嫌なことを思い出させてくれたものだと、ヤンはヒデに呆れた視線を送る。
一年と少し前、まだ冬の寒さに体が慣れ切っていないころ、ヒデたち数人は「璽睿に似た人間を監視する」という任務にそれぞれ出向いていた。そこでヤンが出会ったのがロイヤル・カーテスでは璽睿と名乗る青年だった。結局ヤンは璽睿に負け、そのまま二度と会うことはなかった。
璽睿がロイヤル・カーテスを動かす頭脳であることは間違いないが、うかつに手出しもできず、ケイは情報を自分の中に留めていた。下手に刺激すると何をしでかすかわからないのは、ロイヤル・カーテスも蜉蒼も同じだった。
ジライからの質問に「いけ好かないやつ」とヤンは即答する。負けた恨みが今も心の中でくすぶっていることは、声色からすぐにわかった。しかし、ジライはずかずかとその領域に踏み込んでいく。
「既死軍で言うと誰に似てる?」
「いけ好かないって言ってんのに、それ聞くか? まぁ、そんなの探偵屋一択だろ」
「それ、いけ好かないだけで選んでない?」
「わかってんじゃん」
今ごろ探偵屋は一人でくしゃみでもしているに違いないと、ヒデは苦笑する。
一方、既死軍と別れたルワたちは、通行証を見せて会場内に入っていた。警備員も不審がることもなく、身体検査が終わればすんなりと入ることができていた。
楕円形状の緩やかな曲線をしている廊下を進んでいくと、楽屋の入り口付近では、三人を出迎える人影があった。
「思ったより遅かったじゃん」
そこにいたのはロイヤル・カーテスのトロアと呼ばれる青年だった。ジライが言った通り、ロックバンド国士無双のメンバーの一人だった。
「広いからな、ここ」
「ていうかサキ、マジでこんなところでやるの? 人気者じゃん」
「そう、どういう訳か一世を風靡しそうなんだよ」
ゲラゲラと笑いながら、トロアは使われていない一室に三人を連れ出した。すれ違う人に挨拶をしたり、友達だと三人を軽く紹介したり、慣れた様子で人の往来を通り抜けていく。
バタンと重そうな扉を閉めたところでトロアは一息ついた。いつも任務で見る軍服と違って、どちらかと言えば私服に近い恰好をしている。ルワたちにしてみれば、目の前にいるのは見慣れた風貌をしたトロアで、一万五千人も集めるほどの人気があるようには見えなかった。
「舞台上は、さっき予行したときに結構探したつもりだけど、何もなかった。これ本当に」
首をかしげるトロアにルワが即座に返事をする。
「炯懿はあるはずって言ってた」
「疑いたくなる気持ちはわかる」
「中止はしないって言ったからには、何かあったら俺たちの今後にかかわる。俺だけじゃなくて、運営とか、もちろんお客さんとかも含めて」
三人を拝むようにトロアは手を合わせる。
「今日は俺は役に立たなさそうだし、マジで頼りにしてるから。無線は聞こえるようにしとくから、何かあったら言ってくれ」
「既死軍のやつらも来てるし、どうにでもなるだろ」
「敵を頼るような発言はよくないぞ、コウ」
「いや、でもまぁ今は仲間みたいなもんじゃん」
「仲間、って言うのかなぁ」
「とにかく、こっちはどうにかするし、サキはサキの為すべきことをしてくれ」
首をひねる三人にルワは話を切り上げようと、まとめに入る。開演までまだ時間はあるとはいえ、トロアをいつまでも引き留めておくわけにはいかない。
「俺、そろそろ戻るわ。もし見れそうなら公演も見てくれよな。即完だから自慢できるぞ」
自信満々に胸を張るトロアを、三人はすぐさま「興味ない」と切り捨てた。