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Blackish Dance  作者: ジュンち
196/208

196話 籠鳥(ろうちょう)

雲を、恋う。

 寒さは日増しに深まり、まだ太陽も見えない暗さに拍車をかけるように極寒の風が吹きすさんでいる。ガタガタと時折窓を揺らし、その寒さの勢いを音でも伝える。そんな窓の外は我関せず、暖かいルキの事務所でノア、ジュダイ、ヒデの三人は来客用のソファに座り、話を聞いていた。

「鬼って、また僕は怪奇現象担当みたいな扱い?」

 不貞腐れたように口を尖らせたノアがルキを問い質した。面倒臭がりもせず、ルキはのらりくらり「違うよ~」と否定する。

「それなら節分みたいな話ですか?」

 見慣れた呆れ顔のヒデもルキは「そんな訳なくない~?」と続けてけらけら笑い飛ばした。しかし、そんなヒデを擁護するように、同じような表情をしたジュダイがソファにもたれる。

「この時期に鬼とか言われたら、節分ぐらいしか思い浮かばないだろ。俺はヒデに一票。豆と鰯でも持って行けばいいのか?」

既死軍(キシグン)がさ~そんな平和に年中行事するわけないじゃん~。もっと血生臭い話だよ~。わかってるくせに~」

 ルキは資料を手渡すと、役目は終わったとでも言うように自分の椅子に深く座った。

「場所は山奥も山奥、地図にすら載ってなければ、道も続いてない、う~ん。村? 集落? 何て言うの? まぁ限界集落ってやつだよ~。住んでる人は二十人いるかいないか、って感じ」

「地図に載ってない場所ってあるんですね」

「そんなの、堅洲村(カタスムラ)だってそうじゃん~」

「言われてみれば、そうですね」

「人口もいい勝負だな。限界集落って呼ばれるのは何となく、俺は嫌な感じがするけど」

「まぁね~。どんな僻地だろうと、誰かにとっては毎日を生きる場所で、誰かにとっては帰るべき場所だからね~。その土地を馬鹿にするのは、誰かの人生を馬鹿にしてるようなもんだよ~」

 ルキにしては真面目な言い分だなと思いながらヒデは資料をめくった。

 事前にケイから聞かされたのは、新しい(イザナ)を迎えに行くということだけだった。山奥ということで、その行程を想像した(イザナ)たちはほとんど手も挙げず、人のよさそうなヒデに白羽の矢が立った。しかし、一人で行かせるわけにもいかず、ケイがノアとジュダイも指名して何とか任務を成り立たせたのだった。資料には村への地図や新しい(イザナ)になるであろう青年の見た目などが書かれている。

「詳細は割愛するけど、何日か前にその村でちょっとした事件があってさ~。その犯人、ていうか新しい(イザナ)を目撃者が『鬼』って言ってたから鬼って呼んでるだけなんだけどさ~。まぁ簡単に言えば、治持隊(チジタイ)より先にその鬼を見つけてさ~、連れて来てほしいんだよね~。ルキさんが鬼退治って言ったのも何となくわかるでしょ~?」

 口を開くなり「鬼退治だよ~」と始まった任務の説明は、結局鬼退治に帰結した。

 (イザナ)には必要ないと語られなかったが、ルキがケイから聞かされていた話はこうだった。

 今から二週間ほど前、一晩で村民の一人を除く全員が、同じく村民である一人の青年に切り殺される事件があった。事件が発覚したのは、唯一逃げおおせた年老いた村民がいたからだった。道端に倒れていたところを通りがかった人に助けられ近隣の病院へ搬送されたが、錯乱していた老女の話は支離滅裂で会話も成り立たず、初めは身元不明人として施設に保護されるに留まった。しかし、老女が何度も繰り返し話す事件を不審に思った職員が治安維持部隊に相談した結果、どうやら妄想ではないらしいと、やっと捜査が始まった。村が地図にも載っていないことから難航はしたものの、老女が助けを求めてから数十日経ってやっと村に辿り着くに至った。

 村に着いた治安維持部隊が目にしたのは、口にするのも憚られるような地獄絵図だった。外に転がっている死体がぐちゃぐちゃに荒らされているのは野生動物の仕業とはいえ、さすがの治安維持部隊も数人は胃液が逆流したらしい。

 老女が鬼だと言った犯人の青年は、身元は分かったものの既に行方をくらましており、未だ逮捕には至っていない。

治持隊(チジタイ)に横取りされる前に既死軍(キシグン)が奪っちゃえ~って感じだからさ~、絶対見つけてね~」

「そんな簡単に言われても、行方不明なんだろ?」

「事件現場にももうとっくにいないなら、僕らがそんな僻地まで行く意味ある?」

 ジュダイとノアはこれから行く道のりを想像して、収穫のなさそうな任務に苦言を呈した。

「けど、ケイが行けっていうんだからさ~。絶対何かあるってことでしょ~? ねぇ?」

 答えに窮したルキに、ケイは『そうだな』と遠くから助け舟を出す。

『俺なら村に戻る。理由はそれだけで十分だ』

「そんな自信満々に言われてもさ、ケイの犯罪心理なんて僕らは知らないし」

『何を言ったところで、(イザナ)情報統括官(おれ)の命令に従うしかない。さっさと行ってこい』

「だってさ~。ほら、いってらっしゃ~い」

 ケイとルキに追い出されるようにして三人は事務所を後にした。

 はっきりと言い切るケイの言葉に、不満はありながらも不思議と鬼と出会えるような心持ちになっていた。命令に逆らえないというのは間違いないが、ケイにはこうして人の心を動かす力も備わっているように思えた。


 数時間後、三人は事件現場の村に来ていた。冬の短い太陽は既に傾き始めている。

「これ、ルキははっきり言ってなかったけど殺人事件だよな」

 遺体は残されていなくとも、壁や地面に飛び散っている血飛沫から事件の凄惨さが伝わってきた。ルキがふわふわとした語り口調で「ちょっとした事件」と言っていたが、うっかり口を滑らせていた「血生臭い話」というのが事件の真相だと理解した。ジュダイの呟きにノアが不満そうに返事をする。

「鬼って、殺人鬼ってこと? 僕らも下手したら殺されちゃうじゃんか。やだ~」

「節分どころの騒ぎじゃなかったね」

 ヒデは戸が外れた屋内を覗き込みながら事務所での会話を思い出していた。限界集落とルキは言っていたが、昔は多くの人が住んでいたようで、廃屋がそこら中に残されていた。ほとんどが時の流れで潰れているが、こうして形を残している家もいくつかはあった。生活感のある家は事件に巻き込まれた住民の家なのだろう。

「ほんとそれ。やられるつもりはないけど、心の準備ってもんがさ~」

 そう言うノアの横で、ジュダイはまじまじと真剣な目で血飛沫を見つめていた。

「この血の飛び方、凶器は刃物で間違いないだろうな」

「さすが刀使い!」

 わざとらしく拍手するノアにジュダイはほんの少しだけ得意気に口角を上げる。ノアに続いてヒデもジュダイの名探偵ぶりに目を輝かせるようにして質問を続ける。

「どんな刃物か、っていうのはわかるの?」

「いや、さすがにそこまではわからない。こう、何て言うか、わかるのは鈍器とか銃弾とかで飛んだ血じゃないってことぐらいだ」

「確かに言われてみればジュダイのときってこんな血飛沫かも」

「血飛沫一つでわかることもあるんだね~」

「褒められて悪い気はしないな」

 三人は見物でもするかのように村を見て回り、犯人が暮らしていたらしい家も土足で上がり込んだ。村中には屋内外を問わず、同じような飛沫が散見された。ノアは無神経に血痕の数を数えては、時折驚きの声を小さく上げていた。

 そうしているうちに徐々に太陽は明るさを失い始め、歩くのもやっとという状態になった。さすがに街灯もない村ではこれ以上の捜査は難しいということで、三人は被害のない綺麗な家に上がることにした。他人の家を我が物顔で使うことに申し訳なさを感じつつも、電気やガスはまだ使えるようで、雨風がしのげるうえに暖も取れることに安心感を覚えた。

 この家に誰かが上がり込むのは自分たちが最後に違いない。テレビ台に飾られているどこかの土産らしい置物、綺麗に片付けられた食器棚と食卓、鴨居に干しっぱなしの洗濯物、冷蔵庫に貼られた大判の家族写真、仏壇の冷たくなった緑茶と白米。もう、誰の手にも触れられることはない。

 三人は交代で仮眠を取りながら明日に備え、何の異変もないまま朝を迎えた。清々しいまでの晴天だ。

「昨日は村の三分の二ぐらいは見たのか?」

「どこまでが村なんだろうね」

 伸びをしながらヒデは白い息を吐く。温まっていた体は外に一歩出ただけで芯まで冷え切ってしまったように思えた。

 ノアはまだ頭が働いていないのか、「あ、見て見て、トンビ」と呑気に空を見上げている。指差す先には大型の猛禽類が一羽、悠々と旋回している。

「ケイ、地図にないってことは正確な広さもわからないってことだよな」

『そうだな。はっきりした住民の数もわからない。戸籍とかは近くにある別の村で登録されてるみたいだからな。一応、治持隊(チジタイ)の報告では被害者は十八人になってる』

「それは、何と言うか、だいぶやってますね」

「なかなか、ちゃんと殺人鬼だな」

 はっきりと数字で表されると、それまで漠然としていた犯人像が急に形を持ったように思えた。殺人犯というのは今まで何度か対峙してきたが、ここまで多いのは初めてだった。絶句するようにヒデとジュダイは顔を見合わせる。

「とりあえず、もう一回鬼の家行ってみるか」

「賛成」

「僕も僕も。さっさと見つけてさっさと帰ろ。寒いし」

 しゃがみ込んで空を仰いでいたノアが勢いよく立ち上がり先陣を切ろうとしたところで、人影が現れた。

「誰じゃ、おめぇら」

 そこにいたのはヒデたちと同年代の男だった。口元までチャックを閉めたカーキ色のモッズコートに、黒いズボンと黒いスニーカー。少し乱れた黒髪をかき上げる手には白い軍手がはめられている。その姿はどこにでもいる普通の青年だった。

 右手に持っている血が錆のようにこびりついた鉈を除けば、そう言い切れた。

「ワシを捕まえに来たんか。それとも、殺しに来たんか」

 大空には鷹が一羽、大きく円を描いていた。


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