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Blackish Dance  作者: ジュンち
177/208

177話 迫る

愚者は石を積み、愚者は石を壊す。

 ジュダイは再び構え、那由他に切りかかる。それを避ける那由他の姿は負傷しているはずなのにどこか軽やかで、ひらひらと舞う赤い羽織が目障りだった。かわすだけで反撃しない那由他の手元は、よく見ればもう豪雨のように降らせるだけの武器はない。投擲武器の最大の弱点は数に限りがあることだ。

 ヒデも抜刀し、二人がかりでやっと有利に戦いを進められると思ったのも束の間、突如として地響きのような揺れを感じた。

「窮余の一策と思われては癪だが、俺の武器は、円月輪だけじゃない」

 周囲からの不気味な音に思わずヒデが振り返ると、押し寄せる波のように、蜉蒼(フソウ)の伏兵が到着していた。だが、見た目は骸骨のようにやせ細り、立っているだけでやっとの様子だ。とても「援軍」と呼べるものではない。だが、相変わらずその数には圧倒される。

「木を隠すなら森の中。人を隠すには、人が要る」

 そう笑った那由他の真っ赤な背中が曇天のような色をした群衆に紛れる。

「追え! ヒデ!」

 ジュダイの周囲には折り重なるようにして(うずたか)く人の山が築かれていく。ヒデも迫りくる生ける屍を切り伏せて道を作ろうとはするが、切っても切っても終わりは見えず、行く手を阻まれる。

「僕じゃ間に合わない! ノア、ルワ、そっちに那由他が逃げた!」

 そう援護を要請するも、それぞれからは同じように身動きが取れない状態だという返事が返ってきた。もう少しで那由他に致命傷が与えられたかもしれないのにと歯がゆい思いをしていると、凛とした声が響いた。

『私が行く』

 そう聞こえるが早いか、春風のようにレナが手すりの上を軽やかに駆け抜けていった。思わずその姿を目で追い、声をかける。

「レナさん、右腕です! 那由他の弱点は」

『言われなくてもわかってる!』

 二人きりで話す時より、いくらか語気の荒いレナから返事があった。それからやや遅れて、ヤンとレンジからも無線が入った。蜉蒼(フソウ)も人数が多いとはいえ、限りはある。重要な設備がある天端付近は人員が集中していたが、どうやら貯水池の奥の方は手薄だったらしい。

 後方はレンジに任せ、ヤンがこちら側へ来るとのことだった。春先に那由他を仕留め損ねたヤンはどうしても雪辱を果たしたいのだろうと、ヒデは那由他の相手を任せることにした。どのみち、自分は那由他までは辿り着けそうもない。しかし、それはヤンも同じだ。那由他のところへ行くまでには、ルワが担当しているところを通り抜けなければならない。そこは黒山の人だかりと形容するのが適切なほど、先ほどの援軍が押し寄せている。

『おい、ルワ。俺が行くから』

『助けてくれるの!?』

 ヤンからの無線を助けだと早とちりしたルワは嬉々とした声で感謝を述べるも、すぐさま吐き捨てるように否定された。

『バカ言うな。那由他のところ行くんだよ。通り道作っててくれ』

『か、簡単に言ってくれるじゃん。見えてる? 俺の状況』

『そうか。ロイヤル・カーテスにはできないってことか。残念だな』

 ヒデには二人がそれぞれどんな表情をしているかが見えるようだった。ヤンは人を小馬鹿にしたような笑顔で、ルワは地団太でも踏んでいるかのような悔しそうな顔だ。

『できる、できないじゃなくて』

 それでも、ルワの瞳の奥には光か、炎か、何かが輝いている。

『絶対やる!』

『頼んだぞ』

 自分の思い通りに事が進んで満足げなヤンの声がした。


 そのころ、堅洲村(カタスムラ)ではイチが蜉蒼(フソウ)の小型無人航空機をこちら側から操作しようと試行錯誤していた。何度もキーボードを叩いては消して、消しては叩いてを繰り返し、やっと画面から目を離した。隣にいるケイの名前を呼ぼうとすると、それよりも早く「ここ、間違ってるぞ」と画面を指差された。

「直しました。多分、大丈夫です」

 ケイが改めて覗き込み、ざっと目を通す。画面上には小型無人航空機の動作を指示する文字列が行儀よく並んでいる。

「よくやった。これでやっと止められる」

 監視カメラの方に二人で視線を向ける。撃ち落としたと思ったそばから再び現れる航空機に、ノア、ディス、ノーフは疲弊しているように見えた。

 イチは久しぶりに無線を介して話しかける。

「今から航空機すべてを停止させる」

 任務始まって以来の吉報に、数人から嬉しそうな驚きの声が返ってきた。その後の指示を出し終えたイチはキーボードに指を乗せる。三秒前から始まったカウントダウンは、あっという間に〇秒になる。

 カメラの向こう側では、鳥のように何台も連なって飛んでいた航空機が一斉に命を失い落下した。

 それを見計らったかのように、襖があけられた。慣れたタバコの匂いが風と共に部屋に流れ込む。

「センは役に立ってるか」

 タバコを咥えたヤヨイが遠慮する素振りも見せず、ずかずかと入ってきた。

「任務に同行しないお前よりかはな」

「俺は出不精なもんでな」

「言ってろ」

 ケイの後ろから監視カメラをのぞき、「ジュダイ、頭切れたのか」と一目でケガ人を言い当てた。

「爆発にかすった程度だ。センの手当て済みだからわざわざヤヨイが後で見るほどのもんでもないだろう」

「爆発って、何がだ」

「小型の航空機だ。今はもうないが、それにやられた」

蜉蒼(フソウ)は、金もないくせに新しいおもちゃが好きと見える」

「そうだな。それを潰すのが俺たちの役割だ」

「賽の河原だな」

「俺たちは石を甲斐甲斐しく積み上げる子供か? それとも、積んだ石を壊す鬼か?」

「別に、どっちでもいい。無駄な努力って意味ならどっちにも当てはまるからな」

 呆れたように笑っているケイを見下ろしながらタバコを吸い続ける。

「それより、いいのか。宿を無人にして」

「シドなら変わらずだ。それも明日ミヤが来るまでだがな」

 はっとした表情でケイはヤヨイを見上げた。紫煙の向こうにあるその顔はよく見えない。

「お前が情報統括官である限り、俺はお前の望み通りにする。終わりを始めるって言うなら止めはしない。いや、できない、の方が正しいか」

 紫煙の隙間から見えた目は見下ろす角度も相まっていつも以上に冷たい。

「どう着地するか見ものだな。俺はただの歯車として働かせてもらう」

 センの働きぶりを見に来るのを口実に、本当はこの一言を言いに来たのだろう。返事も待たず、ケイを責めるような言葉を残して帰っていった。

「明日なんですね」

 感慨深そうにイチがつぶやいた。

 シドが負傷してから早数十日、目を覚ましていた時間はそう長くない。伝える情報を取捨選択し、すべての道筋を立ててから、この数日のできごとを話したいというミヤの意向を尊重してのことだった。その時までは、おとぎ話の登場人物のように病室に閉じ込めておくしかない。だが、その扉は明日開かれる。

 イチが「ケイさんは」と口を開く。だが、その続きは許されなかった。

「シドを一番近くで見てきたのはミヤと俺だ。誰が何と言おうが、ミヤと俺が正しい」

 ぴしゃりと言い切ると、ケイはそれきり黙り込んだ。

 監視カメラで見える映像は、航空機がすべて停止したことで動きがあった。銃弾を補充したノーフを残し、ディスとノアは那由他を逃がすなという命令に忠実に従い、天端へと向かっている。

 この任務も終わりが近いらしい。


 那由他は航空機が大空からすべてなくなっていることに気づき、舌打ちをした。小型無人航空機は、最新式であってもまだ実用化には至っていない。蜉蒼(フソウ)がそれを手に入れられたのは、いずれ戦争の道具として使うためには早めに実践データが必要だろうと、開発元に声をかけたからだった。うまく言いくるめ、当時最新式だったものを安くで譲り受けた。そこから何台も複製したが、やはり資源も金も乏しい黎裔(レイエイ)では満足のいくものは作れなかった。

 那由他の作戦では爆発物を乗せた航空機数台が管理室や水門を破壊するはずだった。水をせき止める分厚い壁を壊すつもりなど毛頭なかった。もちろんそれができれば、蜉蒼(フソウ)好みの派手な攻撃にはなったが、搭載可能な爆薬の重さを考えると現実的ではなかった。

 もちろんそれだけでなく、多量の裔民(エイミン)を対峙させ、そのまま使い捨てることも想定していた。

 訓練されているわけでもない裔民(エイミン)たちは既死軍(キシグン)、ロイヤル・カーテスの前になす術もなく地面に倒れ、水面に浮いている。水面に揺らめき、体から離れるにしたがって徐々に薄まっていく血を見ていると、発電所ではなく、水道水のもととなる配水場にでもしておくべきだったかという考えがよぎった。

「あんたの相手、私だからね」

 思ったよりも視線を外していたらしい。よそ見をしていたことをレナに咎められる。その声と同時に、軍刀が目の前で空を切った。

「女のくせに出しゃばるな」

 援軍から受け取った新しい円月輪を手に、那由他はレナを睨みつける。

 レナと那由他の周囲は円形に空間がぽっかりとあいていて、さながら闘技場のようだった。裔民(エイミン)たちは二人の戦いに見入っているのか、恐怖におののき動けなくなったのか、那由他を安全に逃がすという役目も忘れて立ちすくんでいる。

 自分に向かって飛んでくる何枚もの円月輪をかわし、レナは那由他に切りかかる。だが、那由他も弄ぶように身を翻す。

「男尊女卑ってやつ? 時代遅れすぎ」

「時代ではない。この世界は今も昔も、男のものだ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ」

 男女平等が説かれて久しいが、やはりこの世界はまだ、どちらかを優位に回っている。口では平等を唱えても、心の奥底ではどう思っているかはわからない。だからこそ、ここまではっきり言い切った那由他のことは不愉快だった。

 足を止めたレナは間合いを取り直し、軍刀を構えた。

「その考えが世間知らずの時代遅れだってこと、私が教えてあげるね」


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