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Blackish Dance  作者: ジュンち
172/208

172話 墜ちる

水の低きに、就くが如し。

 広大な敷地を持つ貫流(イヅル)水力発電所は山の中にあった。市街地が一番近いダムであることは間違いないが、そこからは見えないほどに離れている。だが一度決壊したら最後、勢いのついた激流を止める術はなく、たった数時間で人や町が水に飲み込まれるのを見ているしかできない。それを防ぐためには、予告された時間までに爆発物を見つけるしかない。既死軍(キシグン)とロイヤル・カーテスはそれぞれの持ち場を与えられ、虱潰しに目視で爆弾を探していく。

 普段警備に当たっている陸軍は何かと理由をつけてその役目を交代させることはできたが、流石に発電を担っている専門職を追い払うことはできなかった。適当な説明をして、その日だけはダムを制御している管理室に人員を集め、行動を規制した。監視役はユネだ。

 時折ヒデに吹きつける風は冷たく、耳を引き千切ろうとしているのかとさえ感じられる。遮るもののない天端(てんば)を担当にした誰かを恨み始めたころ、無線から声が聞こえた。既死軍(キシグン)がいつも使っているものではなく、ロイヤル・カーテスから貸し出されたイヤホン型のものだ。

『ヒデー! 聞こえるー?』

「この声、ルワですか?」

『おぉ、すげぇ。マジで俺たち仲間なんだな!』

「仲間じゃないです」

 いつものイヤホンからヒデの声が聞こえたのが嬉しかったらしい。そんな嬉々としたルワを否定しながら、相変わらず呑気だなとヒデは苦笑する。ルワがいる貯水池周りの歩道を見てみるが、その姿は見つけられなかった。

「何か用ですか」

『いや、別に何もない。話しかけてみたかっただけ』

「僕らは仲間どころか友達ですらないんですし、あんまり気軽に」

『わかってるけど、話したいじゃん』

「終わってからにしてください」

『終わってからならいいのか!?』

「そういう訳じゃ」

『なら、また後でな。さっさと終わらせようぜ』

 それきりルワの声は聞こえなくなった。呑気な上に慌ただしい人だなと再びヒデが貯水池の方に目を向けると、今度は小さくルワの姿が見えた。大きく手を振っているのが何となく申し訳なく思えて、仕方なく振り返した。


 しばらく静寂が続いた。それは爆発物も蜉蒼(フソウ)も見つかっていないことを意味している。ヒデは手すりに腰掛け、ぼんやりと景色を眺めていた。初めはその高さに足がすくんでいたが、慣れてしまえば気にならなかった。

 今日は軍服ではあるが、いつもと違って使い慣れた得物の使用が許されている。ヒデは何度も弓を握り直し、来るべき時に備える。今日はここにいる全員が拳銃と軍刀を持っているとはいえ、遠距離攻撃に長けているのは自分ぐらいしかいない。

 軍刀は一応ミヤから譲り受けたものを持ってきたが、出番はあるのだろうかと少しだけ柄を左手で触ってみる。接近戦はあまり得意ではないが、この軍刀があるだけで何となくお守り代わりのような安心感があった。だが、もし那由他が来るなら、彼も飛び道具を使う。できればあまり近づきたくないなと左手を弓に戻した。

 そのとき、正面に小さい飛行物体があるのが目に入った。飛行機でも鳥でもない、あまりにも不自然な白い人工物だ。一瞬、未確認飛行物体と宇宙人の姿が頭をよぎったが、まさかそんなはずはないと頭を振る。

天端(てんば)です。だれか、正面の方に何か飛んでるの見えますか?」

 ヒデは手すりから降り、弓矢を構える。すぐさま数人から反応が返ってきた。

『管理室、ここから目視はできるけど、まだカメラには映ってないんだよ』

『貯水池からは無理ー!』

『発電設備、見えます』

 最後に報告したディスが続けてイチに指示を仰いだ。今日は既死軍(キシグン)が指揮を執ることになっている。


 ダムから遠く離れた堅洲村(カタスムラ)では、ケイとイチが監視カメラの映像を見つめている。任務中、ケイの部屋で二人が並んでいるのはよくある光景だが、座っている場所がいつもと違った。普段ケイが座っている場所に今はイチがいて、ケイはその後ろで立ったまま考え込むように腕組みをしている。

 手を組んだからといって、何も手の内までを明かす必要はない。既死軍(キシグン)の全決定権を握る自分の存在をわざわざ知らせてやる必要はないというのがケイの考えだった。それでロイヤル・カーテスと共闘するときは代わりにイチが指示を出すことになった。

 ちらりとイチの背中を見たケイは、自分が先代と交代したように、いつかは自分も全てをイチに譲る日が来るんだろうなとぼんやり考えていた。すると、ケイを仰ぐように振り返ったイチと目が合った。

「みんなの言う飛行物体って、蜉蒼(フソウ)の何かですよね」

「恐らくな。少し早いが、今回は律儀に予告を守ってくれるらしい」

 そう言うとケイは少しイチを押しのけ、代わりに既死軍(キシグン)だけに呼びかける。

既死軍(キシグン)、だれか詳細頼む。俺たちの方にはまだ何も映ってない」

『小さい螺旋翼機みたいな、何て言うんですか? あれ』

『何か、回転羽根ついてるやつがこっちに向かって飛んでくる』

 その形状を伝えはするが、初めて見る物らしく、それを正しく言い表すだけの語彙を誰も持ち合わせていない。ケイがおぼろげにその姿を想像していると、はっきりとしたジュダイの声がした。

『小型無人航空機だ』

 その言葉を聞いたケイは咄嗟にジュダイの無線を他の(イザナ)たちから切断した。それにはジュダイも気づいたらしく、話を続ける。

『軍で極秘に開発してるんだろ』

「何でそれを」

『昔、少しだけ聞いたことがある』

「まさか、ジュダイの」

『そうだ』

 ケイはイチに向かって早口で伝える。その声がジュダイとぴったりと重なった。

真浦(マウラ)を調べてくれ」

 思いもよらなかったその名前にイチは眉をひそめる。ジュダイはケイと声が揃ったことに少し笑い、「頼んだ」と言い残して無線を切った。

真浦(マウラ)って、財閥のですか」

「他にどこがある。表に出ていない取引を探ってくれ」

「わかりました」

「何で今更、真浦(マウラ)が」

 そこに、やっとジュダイの言う小型無人航空機がカメラに映った。映像越しにケイは大きさを推測し、流し込むようにイチに情報を与える。座り直したイチはケイの目を見て一度うなずき、無線に向かって口を開いた。

既死軍(キシグン)、ロイヤル・カーテス、全員に告ぐ。その飛行物体は蜉蒼(フソウ)からの攻撃であると推測する。大きさから見るに最大積載量は約五斤。もし爆発物だった場合は車一台なら吹っ飛ばせる量。だが、五斤も何かが載せられているようには見えない。残らず撃ち落とせ」

 イチの声が終わるのを待ち構えていたかのように、威勢のいい返事が複数帰って来た。それと同時に、カメラに映っていた航空機が数台撃墜される。

 このまま何事もなく終わるはずはないとイチが身構える横で、ケイはミヤに無線を繋げていた。

 しかし、一向に返事はない。その無言は今が話せる状況ではないことを意味している。諦めたような表情でケイは今しがた見た物の様子を一言残し、イチに向き直る。

「ところで、この小型無人航空機って何ですか?」

 イチは画面に映っている手のひらよりも二回りほど大きい飛行物体を指さしながら首をかしげる。

「俺も昔一回聞いただけだから詳しくは知らんが、名前の通り遠隔とか自動とかで操縦が出来る航空機だ。元々は軍が戦争に使うつもりで開発し始めたらしいが、そう遠くない将来、一般的にも使われるようになるはずだ。例えば空から撮影したり、荷物を配達したりな」

 驚いたかのように目を見開いたイチだったが、すぐにまるで新しいおもちゃでも見るかのように「近未来的ですね」と目を細めた。その横顔は、年齢に見合わず子供っぽく見えた。

「俺が子どもの時はパソコンもあるにはあったが、一般的じゃなかった。当然、携帯電話もな。技術の進歩っていうのは想像を遥かに超えてくる」

 雑談交じりに話していると、耳元でミヤの声がした。

『ケイ、さっきの航空機だが、何が知りたい。開発は空軍の管轄だ。俺も詳細を知っているわけじゃない』

 聞き取りにくい早口の小声であることから、取り込み中であることは容易に察しがついた。恐らく軍にいるのだろう。

「あれって今も極秘なのか」

『いや、今は許可された企業なら作れるはずだ。特に極秘なわけではないが、一般的にはまだ利用も販売もされていない。研究開発中、といったところか。何だ、蜉蒼(フソウ)絡みか?』

「そうだ。蜉蒼(フソウ)が手に入れた可能性が高い」

『あり得る話だ。しかし、俺が以前聞いた話だと一台作るのに四、五百円はかかる。蜉蒼(フソウ)も景気がいいことだな』

「それで、空軍じゃなければどこの企業が作れるんだ」

『流石に俺もそこまでは知らない。お前の方が調べがつくだろ』

「それなら、真浦(マウラ)って今でも軍と関係があるのか?」

 その名前が出ると、ミヤは少し笑ったような声で「そういうことか」と呟いた。

『後継者争いがあってからは表向きは関係を切ったはずだが、水面下では十中八九繋がってる』

「もし今回の件に噛んでいたとして、表沙汰になったら真浦(マウラ)は潰れると思うか?」

『いや、この国が軍事国家である限りは、軍需産業を牛耳ってる真浦(マウラ)には存続してもらわないと困る。何かあれば国が守るはずだ』

「わかった。それなら、潰れてほしいという願いは届きそうもないな」

『ジュダイか。放っておいてやれ』

 それ以上質問がないことがわかると、無線は再び沈黙した。

 二人のやり取りを聞いていたイチは、偶然映ったカメラ越しのジュダイを見つめながら「僕は」とつぶやく。

「血の繋がった家族を知りません。だから家族を呪う気持ちもわかりません。でも、きっと、苦しいんでしょうね」

「感情なんて、人それぞれだ」

「その答えは逃げですよ、ケイさん」

 機械であるはずの声が少し笑っているように聞こえた。錯覚であることは間違いないが、表情がそう聞こえさせたのかもしれない。ケイは言い直すように咳払いをする。

「案外、そうでもない。俺の場合はな。いつかは赦せる日が来る、かもしれない」

「やっぱり、逃げるんですね」

「そうだな。逃げて行きついた先がここだからな」

 ふわりと笑い返したケイだったが、すぐに再び映像に視線を戻した。ミヤと話している最中に全て撃墜したとの一報がイチに入っていた。

 攻撃を仕掛けてきた以上、那由他は物見遊山的に現れるはずだ。今の攻撃はきっとその幕開けを意味しているのだろう。ここから、一年でけりをつけなければならない勝負が始まる。


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