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Blackish Dance  作者: ジュンち
162/208

162話 帰趨

答えも人間も、正しいものは存在しない。

 冷たい風が頬を撫でたような気がして、シドは目を覚ました。閉め切られた窓からは明るい陽射しが入り、室内を照らしている。目だけを少し動かして周囲を確認すると、すぐにヤヨイの宿(イエ)にある病室のベッドに寝かされていることがわかった。

 記憶がはっきりしないが、少しずつ辿ってみる。確かヤンとヒデの三人で任務に出ていたはずだ。任務内容は情報屋から情報端末を受け取ることだったが、そこにロイヤル・カーテスが現れてヴァルエと戦い、と流れを思い出していたところではたと思考を止めた。

 そうだ、情報屋が隠し持っていた小型の爆弾が目の前で爆発したはずだ。病室にいることからも、その時に何かしらケガをしてしまったのだろうと理解する。

 起き上がろうとしてみたが、ケガで麻痺しているのか、麻酔でも打たれているのか、身体中の感覚がない。指を動かそうにも、今まで一体どうやって動かしていたのかと不思議に思うほど、寸分もいうことを聞かなかった。

「起きたか?」

 ミヤが顔を覗き込み、影を落とす。ずいぶんと久しぶりに会ったような気がした。

「麻酔でしばらくは動けないし、話すこともできない。けど、俺がずっとそばにいてやるよ。それでいいだろ」

 状況を理解させるためか、いやに説明口調のミヤは、シドの頭を撫でるように目にかかっている前髪を払ってやり、布団で乱れていた後ろ髪をまとめた。

 シドは静かに目を閉じる。起きたところで自分にできることはなさそうだという考えもあったが、何よりも目を開けているだけで疲れる感じがした。

「髪、ここまで短いのは久しぶりだな」

 後ろ髪を撫でているらしいミヤの声を目を閉じたまま聞く。こんな風に話しかけられるのは久しぶりで、それは幼少期に寝かしつけてくれたときのような優しい声に思えた。

 だんだん意識とミヤの声が遠のき、まどろみの淵が近づいてくる。

「久しぶりに触ったけど、相変わらずきれいな髪だな。シドは小さかったから覚えてないかもしれんが、手持ち無沙汰な時は気持ちいいからよく撫でてたもんだ。シドは嫌がってたけどな」

 体力が回復しきっていないシドはいつの間にか寝息を立てている。見慣れた寝顔も、病室だと違って見える。

「言わなくてよかったのか? 俺が堅洲村(ここ)まで負ぶってやったんだぞ。子供時分みたいにな、って」

「別に、今更これ見よがしに恩を売るような関係でもない」

「そんな大袈裟な話じゃねぇ。昔話をするなら、そのついでにと思っただけだ」

「昔話というほどでもない。なんだ、お前がまだいないときの話は仲間外れにされてる気分か?」

「言ってろ」

 シドからは見えない位置に座っていたヤヨイが鼻で笑う。

「俺がいるのに昔話をするのが意外だっただけだ。思い出に助けてもらおうってか? 案外、ミヤも発想が凡人なんだな」

「そうだな。俺はどこにでもいる凡人だ。人ひとり、満足に育ても守れもしない」

 ベッド横の簡易的な椅子に座ったミヤはシドの髪から手を離し、顔を両手で覆う。自分でもわかるぐらい疲弊しきったその顔を誰にも見せたくなかった。

 シドがケガをしてから今日で四日目、ルキの事務所から連れて帰って来たのは昨日のことだった。本当はすぐにでも連れ戻したかったが、ヤヨイが渋々許可したのが昨日だった。

 静かに眠っているシドの顔を見ているだけで言葉にしようのない感情が溢れ出し、止まらなかった。

 もしかしたらこの呼吸は止まってしまうのかもしれない。二度と目を覚まさないのかもしれない。

 今まで何十回、何百回と人の死を見届けてきたというのに、こんな気持ちになるのは初めてだった。親兄弟全員が殺されたと知ったときも、加害者に対して激しい怒りは感じたが、事実は事実としてすんなりと受け入れた。

 だが、今回のことは到底受け入れられそうにない。そうも言っていられる状況ではないが、まだ時間がかかりそうだった。

「それで、ずっとそこで、そうやってるつもりか?」

「シドが望むなら」

「さっき言った通りだ。当面動けんし、話せんぞ。それか、何だ? 何を望んでるかは宿家親(オヤ)ならわかる、ってか」

「俺に親を名乗る資格なんてない」

 再び鼻で笑ったヤヨイは席を立つ。辛気臭い雰囲気は好きではない。

「診察室へ来てくれ。宿家親(オヤ)じゃないって言うなら、そうだな、保護者様か? まぁ何でもいい。説明することが山ほどある」

「あとでもいいか? 先に行くところがある」

「好きにしてくれ。どうせ半月ぐらいは入院だ」

 白衣の胸ポケットからタバコの箱を出しながらヤヨイは部屋をあとにした。

 ミヤはもう一度シドを見る。

 相楽はケガこそしていたものの、生きたまま捕まえられた。情報端末も、相楽に渡すはずだった現金も既死軍(キシグン)が手にした。任務が無事に完遂された意味は大きい。しかし、それの代償として失ったものは取り返しがつかないものだった。

 相楽が持っていた爆弾でシドの左足は失われた。

 目も十分に覚ましていないシドはまだ気付いていないが、いずれは知ることになる。

 このことは頭主(トウシュ)だけには知られてはいけない。既死軍(キシグン)に残るのも、去るのも、頭主(トウシュ)(めい)ではなく、今度こそシドの意思で決めてやりたい。だが、そうは言っても、これからどうするのがシドにとって最善の選択なのかと、ミヤは再び顔を覆う。ここでこんなことをしていても埒が明かないのはわかっているが、考えをまとめようにも頭も身体も動こうとしない。

 とにかくシドが生きていただけでもよしとしなければならない。今後の人生をどうするのかは、目を覚ましてから共に考えればいい話だと大きく息を吸って立ち上がった。

 大事に育ててきた結果がこれかと、赤子だったころと変わらない寝顔が、今はたまらなく悲しく見えた。


 同時刻、ルキの事務所では部屋の(あるじ)が慣れた様子で客の相手をしていた。来客用のテーブルをはさんで正面のソファに座っているのは今回の依頼人だった。

「これが、お約束の情報端末です」

 既死軍(キシグン)の人間には決してしない余所行きの話し方でルキはそっと端末をテーブルに置いた。こんな小さい物のためにシドは、と思わずにはいられなかった。接客用の笑顔を絶やしはしないが、依頼をしてきた客に対しても、依頼を受けた自分に対しても、はらわたが煮えくり返る思いだった。

「それから、情報屋はどうなった。殺したのか」

「はい、当然、依頼内容に含まれておりますので。遺体の写真でもお見せしましょうか」

 そう言ってルキはスーツの内ポケットから写真を一枚取り出して見せる。ケイが作った偽物の写真だが、ルキを信頼しきっているらしい客は顔をしかめただけではっきり見ようとはしなかった。

「事故死として処理しております。役所にも死亡届を提出済みですので、確認していただいても構いません」

 軽くうなずいた男はテーブルの情報端末に手をつける。

「ここで今、中身を確認されますか?」

「いや、結構だ。あとで確認させてもらう」

 ルキはにっこりと「承知しました」と答え、金の話に移ろうとする。事前にほとんどの支払いは済んでいるが、成功報酬がまだだった。だが、ルキが話し始める前に男はポケットから拳銃を取り出した。

「知るものを始末したあと、ゆっくりとな」

 この行動はある程度想像していた通りだった。ルキは一発目を避け、恐らく監視カメラで見ているであろうケイに話しかける。

「これさ~、正当防衛ってことでいいよね~?」

『許可する』

 間髪入れずに返答があった。

 いくら既死軍(キシグン)といえど、基本的にはケイの許可がない限り人を殺してはいけないことになっている。任務中の(イザナ)は例外的にその場の判断に任される場合も多いが、探偵として危険な場面に多く出くわす割には、ルキは毎度律儀に許可をもらわなければならない。特に破ったからといって罰則があるわけではないが、一種の抑止力として定められた決まりだった。

 次の発砲に移ろうとしている男にルキは営業用ではない、いつも通りのふにゃりとした笑顔を見せる。

「探偵さんはさ~、許可がないと人も殺せない善人なわけ。でもさ~、ちょうど今、許可が出たからさ~」

 土足のままテーブルに飛び乗り、来客用の分厚いガラスでできた灰皿を額に叩きつける。

「殺すね」

 わざわざもう一度引き金を引かせてやるほどお人好しではない。戦闘の第一線である(イザナ)こそ引退したものの、一人で探偵事務所を任されているなりの強さは維持している。

 顔に飛び散った血を手の甲で拭いながら「うえ~」と気持ち悪そうな声を出す。男はテーブルにうつぶせで倒れ込み、ぴくりとも動かない。血がじわじわと広がり、床にしたたる。

「ちょっとケイ~最悪~。コイツ、ルキさんのこと殺せると思ってたみたいでさ~三千円持って来てないんだけど~」

 男の足元にあったアタッシュケースをこじ開けたルキは膨れっ面でカメラに空の中身を見せてやる。

『たかが三千円を渋るとは、朝霧中将は余程金策に苦戦したと見える』

 元から当てにしていなかったのか、ケイは呆れることも鼻で笑うこともせず、言葉を続ける。

『ここからはミヤにも動いてもらうつもりだ。朝霧中将失脚まで追い込めれば万々歳といったところか。そこまで簡単ではなさそうではあるけど』

「ねぇ~それよりさ~。これって堕貔(ダビ)に始末しに来てもらえるの~?」

 自室に戻ったルキは流しに血まみれの灰皿を置き、しばらく使っていなかった雑巾を水で濡らして固く絞る。次があるなら部屋が汚れない方法にしようと心に誓った。

『別に急いで始末しなきゃいけないような場所でもないんだから、適当に屋上で焼けばいいだろ』

「え~? あれ屋上まで持って上がるの~? ガタイよすぎるよ~」

『どうせ暇なんだから、少しぐらい時間かかることのほうが時間潰れていいだろ。あとでイチに薪でも持って行かせる』

「悪趣味な焚火すぎるじゃん~やだ~」

 情けない声にケイは思わず笑みをこぼした。


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