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Blackish Dance  作者: ジュンち
154/208

154話 雲外蒼天

お前が、背負うもの。

「廃寺って初めて見たかも」

「廃墟はよくあるけどな」

 雑草でほとんど地面が見えないところを三人は歩いていた。昔は往来する人や車で自然と道ができていたようだが、今はその面影をひっそり残すだけで、獣道とも言えない。

 そんな道から一本入ると、やっと視界が開けた先に本堂しかない廃寺が現れた。横目に通り過ぎてきた廃村に住んでいた人々からは厚い信仰を集めていたのだろうが、見る影もない。残されているのはこぢんまりとした建物だけで、建具は半分以上が壊れて外からでも中が容易に見えた。本堂にあったものは一切が移されたのか持ち去られたのか、伽藍堂だった。雨風にさらされた木造建築は実際の経過年数よりも更に古く見せている。

 二人と別れたヒデは腐った木製の階段をうっかり踏抜かないように慎重に数段上り、中に入ってみた。

 本来なら本尊が置かれているであろう場所がぽっかりと空いているのが、大切なものが欠けているようで何となく不気味だった。

 歩かずにぐるりと見回すだけで室内の確認作業は終わり、来た階段を下りる。ヤンも周囲を確認して、すぐに再び集まった。境内の入り口と本堂のちょうど間ぐらいの場所だ。待っていたシドの足元には大自然に似合わないアタッシュケースが置かれていて、いやに目立っている。

 シドが任務の開始をケイに連絡し、それぞれの持ち場につく。シドは本尊が置かれていた場所、ヤンは境内の入り口近くの茂み、ヒデは半ば無理やり木の上に行かされた。


 しばらく時間が流れる。ざわめく木々と、動いているのかわからない雲、遥か頭上を飛ぶ鳥。人間だけが消えてしまったような世界は既死軍(キシグン)の人間であれば見慣れた光景だが、唯一違うのはその中心にはぽつんとアタッシュケースが置かれていることだった。まだ日は高く、落とす影は短い。

『約束すっぽかされてんじゃねぇの?』

 しびれを切らしたようなヤンの声が耳元でした。呆れたようなケイの返事も、なだめるようなヒデの声も慣れたものだ。

『まだ一時間以上もある』

『なっが』

『けど、待たないとしょうがないじゃん』

『お前は気が長すぎるんだよ』

『ヤンが短すぎるだけじゃない?』

『ヒデの言う通りだぞ』

『はいはい、それじゃあ大人しく待ってますよ』

 たった数回のやり取りだけであっという間に静かな時間が訪れた。

 本堂で正座しているシドは精神を集中させるかのように目を閉じている。頭の中を掻き乱しているのは、ルキの言葉だった。

 今から奪い取る情報の中身はどうやら頭主(トウシュ)を喜ばせるものらしい。この情報が手に渡ることで、きっと都合のいいように世界が変わるのだろう。既死軍(キシグン)はそのために存在しているといっても過言ではない。頭主(トウシュ)はこの国を率いる元帥だ。その地位を確固たるものにせんがため、自分たちは日々働かなければならない。

 刻一刻と近づいてくる足音は、何も任務の開始を告げるものではない。自分が既死軍(キシグン)(イザナ)として生きられる時間はそう長くは残されていないことはわかっている。

 望むと望まざるとにかかわらず、いつかは元帥の息子として生きるしかなくなるのだろう。それを拒んだところで、自分の意思など尊重されるわけがない。結局は育ての親であるミヤも頭主(トウシュ)には逆らわない。それは逆らえないのではなく、明確な意思をもって「逆らわない」と決めているに違いない。葛藤の末に出した結論であることはミヤの態度や言葉から感じられはするが、やはり最後は頭主(トウシュ)を選ぶのかと、どこかで唇を噛んでいる自分がいた。

 だが、どんな状況であれ、任務の失敗はあり得ない。それは(イザナ)としての自分を否定するようなもので、少しも同意できるものではなかった。しかし、もしこの情報を頭主(トウシュ)が手にしなければ、時計の針を少しでも止めることができるのかもしれないという愚考が浮かんでは消えていく。いっそのこと、ヤンの言ったとおり、情報屋が約束を忘れていればいいのにとさえ思った。

 思考を巡らせるのは自由だが、自分には選択肢など与えられていない。真っ直ぐのびている道は曲がり角も分かれ道もない。

 ただ、任務を遂行するだけだ。

 かすかにエンジン音が聞こえた。それは目的地がここであることを告げるように、どんどん近付いてくる。だれも連絡をしてこないが、その時が遂に訪れたことには気付いている。

 シドは目を開け、正面を見据えた。


 ヒデは視界を遮るように生い茂る葉の隙間から様子をうかがう。ヤンに言われて仕方なく登った木だが、意外とどうにか登れるものだなと自画自賛したくなる気持ちを抑える。

 情報屋は、ルキとの約束を守っていれば一人で取引にやって来るはずだ。だが、そんな口約束など誰もはなから信用していない。

 しばらくすると、境内に黒塗りのセダンが乗り入れ、アタッシュケースのそばで止まった。手を伸ばせば届くような距離だが、周囲を警戒しているのか、すぐにはドアを開けない。ヒデの位置からは車内の様子はよく見えなかった。だが、止まっていてくれるなら自分の役目は果たしやすい。

 弓を引き絞り、狙いを定める。タイヤに矢を貫通させれば、万が一逃げられてもそう遠くまでは走れない。見下ろす車体は角度がついてタイヤよく見えないうえに距離もあり、木の葉も邪魔をする。状況はよくないが、それぐらいで諦めるわけにはいかない。

『情報屋は殺さずにジンに引き渡せ。いいな』

 釘を刺すようなケイに「わかりました」と返事をして、ヒデは矢を放つ。それは鋭い角度で音もなく飛び、見事後輪に刺さった。貫通しなかったことにヒデは惜しいとでも言いたげに顔をしかめた。

 タイヤに加わった衝撃がわずかに車体を揺らした。それで異変を察知したのか、後部座席のドアが少しだけ開き、半身だけ姿を現した男の手がアタッシュケースに伸びた。

 その隙間から見えている身体にヒデは再び矢を放つ。タイヤよりも広い面積は安心して狙うことができた。あっさりと肩を射抜き、今度は貫通したことに満足した。

 男の手はアタッシュケースには触れず、痛みでしばらく動きを止める。隣に座っているもう一人が無理やりドアを閉め、車内に避難させた。取引は中止だとでも言わんばかりに静かにしていたエンジンが再び音を立てる。だが、発車することは叶わなかった。

 待ってましたと飛び出したヤンがボンネットに飛び乗り、フロントガラスに鞭を叩きつける。細かくひび割れたガラスは運転手の視界を奪う。

「一人で来いって約束、守らなかったんだから、こっちも手を出さないって約束は反故にさせてもらう」

 蹴るようにしてフロントガラスに致命傷を与えると、簡単に砕け散った。助手席に座っている、一人だけスーツではない男が情報屋だった。他は雇われた用心棒のようなものだろう。

 名乗りでもしようとしたとき、更に一台、同じような車種の車が現れた。だが、今度は先程とは違い、車が止まるか止まらないかのうちに運転席以外のドアが開いた。文字通り飛び降りてきたのはルワ、ヴァルエ、ノーフだった。三人が地面に足を着けると同時に自動車はバックして来た道を戻る。

 嵐のような登場と退場に、ヒデは攻撃する間もなかった。

『ケイさん、ロイヤル・カーテスです』

『やっぱり、俺の言った通りだろ』

「嫌な予言者だな」

 既に軍刀を手にしていたルワは悪態を突いていたヤンに無言で切りかかる。制服の裾を翻すように攻撃を躱したヤンはボンネットから地面に降り立った。

「僕らはあなたたちを守りに来ました。白いやつらを倒します」

 ノーフが早口で車内に声を掛ける。すぐにタイヤに刺さった矢の角度からヒデのいる方向を見極め、発砲する。しかし、ヒデは既にその場所にはいなかった。

「ルワ! どこかにヒデがいるよ!」

「え、マジで? 俺、そっち行きたい」

 笑顔を見せたルワは何に心を躍らせているのか、ヤンから視線を外してノーフと交代する。

「ヴァルエは見張り、俺はヒデ、ノーフはヤン。頼んだ!」

「いや、もう一人、いる」

 いつの間にか車の屋根に上っていたヴァルエは本堂のほうを見つめたまま、軍刀に手をかけた。そこからはちょうど階段を少し上がったところにある本堂の中が見えた。

 正座をしたままのシドと目が合う。

「シドだ」

「めっちゃいるじゃん! 今日何なの」

「それだけ賭けてるってことだろ。この情報に」

「それなら、俺がここを見張ってる。ヴァルエは雪辱を晴らすんだろ」

「雪辱を『果たす』だ」

「どっちでもいいじゃん」

「そうは思わんな」

 屋根から飛び降りたヴァルエは一直線にシドに向かって走り出した。そのまま階段を一段飛ばしでもして駆け上がりたかったが、その勢いで崩れるのが目に見えてわかり、階段で立ち止まった。見上げたシドはただ静かにこちらに視線を向けている。睨んでいるわけでも、当然、微笑んでいるわけでもない。

 ただ何の感情もなく、目だけがこちらを向いている。

「久しぶりだな、シド。今日こそ決着つけようぜ。お前には銃も取られて、軍刀も取られかけた。こんな恥を雪ぐためには、どうしてもお前を倒さなきゃならない」

 シドが放つ威圧感でその場の空気が今にも具現化して自分に襲い掛かって来そうな気さえする。堅強な意思を持たないと、軍刀を握る手がうっかり震えてしまいそうだ。ルワがヒデに固執するように、ヴァルエにとってはどうしても決着をつけたい相手がシドだった。

 おもむろにシドが立ち上がる。

 ヴァルエには、そこにあるはずのない本尊がシドの背後に見えた気がした。それは修羅の如き神の姿だ。ゆっくりとその幻覚がシドと重なった。


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