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Blackish Dance  作者: ジュンち
152/208

152話 舞台裏

光を浴びる、その日まで。

「なぁミヤ。朝霧中将って、いなくなったらどうなる?」

「何だ。藪から棒に」

 我が物顔でケイの部屋に居座っているミヤは読んでいた本を閉じることなく、視線だけを上げる。

 ケイは先程見たときと変わらない体勢でパソコンの画面を見つめていた。ぼさぼさの髪と無頓着な服装は今日に限らず、いつも通りだ。

 徐々に冬の足音が近づき、肌寒く感じる時間帯が長くなってきた。夏場は涼しいのが堅洲村(カタスムラ)のいいところだが、逆に言えば寒さは都会よりも厳しい。まだ晩秋にも差し掛かっていないというのに、日が暮れてしばらくすると、囲炉裏のそばを離れるのが億劫になる。だが、炎は顔ばかりを火照らせ、背中は冷え切ったままだ。そんなとき、ミヤは何かと用をつけてケイの宿(イエ)へ来る。

 堅洲村(カタスムラ)で通電しているのはたった二軒で、その内の一軒が電子機器のあるケイの宿(イエ)だ。寒い時期に訪れるには申し分ないほど宿(イエ)全体がほのかに暖かい。

 今日も昼からケイの部屋で時折会話を挟みながら時間を潰していたときだった。

「いや、ちょっとルキが朝霧中将絡みの依頼を受けてたもんでな」

 朝霧中将は陸軍の上層部にいる人物で、国の実権を握っている元帥に次ぐ地位の高さだ。同程度の役職は複数人いるが、その名前を聞いてミヤはいい顔はしなかった。考える時間も取らずに答える。

「陸海空のどこに於いても、それなりの地位の人間がいなくなれば代理が仕事をするだけで、面倒ではあるが特に痛手にはならない。だが、朝霧となれば話は別だ。元帥にかなり有利な世界になる」

「どれぐらい?」

 ケイにしては低レベルな質問だ。この国がどうやって機能しているかなど自分よりよく知っていそうなものだと、位置を少しずらしてケイの隣に座り直す。

「それ、ケイじゃなくてルキが聞いてるんだろ? 直接教えてやるよ」

「だってさ」

 ケイがそう一言言った途端、ミヤの耳元で久しぶりに聞く声がした。

 ルキは表向きは私立探偵という肩書を持っている。とはいうものの、その事務所に訪れるのは人づてに噂を聞いてやって来る訳ありの依頼人ばかりだ。そんな人間たちの依頼が一般的な内容であるはずもなく、危険を伴うものや血生臭いものばかりが舞い込んでくる。だが、これも既死軍(キシグン)の重要な情報源、収入源の一つだ。

 時間があればルキの無線を介して依頼人との会話を盗み聞きしているケイだが、今回はそんな余裕がなかった。今しがた知ったばかりの内容をパソコンにメモしていく。

「助かる〜! とりあえず詳細は割愛するんだけどさ~、朝霧中将が失脚したら元帥は喜ぶ~?」

「それはそれは、願ってもないことだな。端的に言えば、目障りな人間だ」

「わかりやす〜い!」

 嬉しそうにけらけらと笑うルキにミヤは続ける。どうやら追い風が吹こうとしていることは容易に想像できた。二度と吹かないかもしれないこの風を止めるわけにはいかない。

「朝霧は反葉山派の中でもかなりの発言力がある。緑夕会(リョクユウカイ)の棟梁と言えば話が早いだろう。いなくなれば、瓦解とまではいかないが勢力図は変わるだろうな。今、中将に置かれているのも、元帥の本意ではない」

「わかるわかる〜。軍幹部が全員元帥支持者だとさ~、世間体悪いからってことだよね~?」

「そうだな。仮にも一国を担う元帥閣下だ。部下は広く、あまねく、平等に集めねばならん。好き嫌いで片付く話ではない。だが」

 ミヤは口角を上げ、悪役のような笑みを浮かべる。

「自滅してくれるなら話は別だ」

 その横顔をケイはちらりと盗み見る。見た者の全身を凍り付かせるようなその表情は久しぶりだ。出会った頃から時折見せるその顔が今も変わらないことが、ただ嬉しかった。

 ケイは視線を戻し、会話に割り込む。

「それで、どんな依頼なんだ?」

「まぁ人間なんて秘密の一つや二つあるんだろうけどさ~、汚職ってやつ? で~、依頼人は朝霧中将のお仲間みたいでさ~、その情報が出回ると一緒に失脚しちゃうから、情報握ってるやつを消してくれってさ~」

「殺しか」

 聞いた話をパソコンの画面に打ち出しながらケイはうなずく。

「そうだよ~。久々だね~」

「だが、今更汚職程度では朝霧を失脚させるのは無理だろう。そんな痛くも痒くもない情報で、わざわざ殺す意味があるのか? どうせ相手は相楽(さがら)って聞屋(ぶんや)だろ。大方想像がつく」

 あからさまに気落ちした声色でルキは「そっかぁ」とため息をつく。

「じゃあこの依頼、あんまり意味ない?」

「でも、引き受けたんだろ?」

 この数分で書き上げた書類が無駄になってしまってはたまらないと、ケイはルキに助け舟を出す。

「そうそう、四万七千円で即決だったよ~。相場考えればもっと安くてもいいんだけどさ~、ふっかけてよかった~。期日までに支払ってくれたら契約完了だよ~。あと、成功報酬で三千円の予定~」

「一介の軍人が一人でそんな大金を準備できるはずがない。これからかき集めるんだろう。何日かかるか見ものだな」

 価格交渉の相手を馬鹿にしたようにミヤは笑いを噛み殺す。それを自分への称賛だと捉えたルキは嬉々としてケイに話を振る。

「朝霧中将の汚職情報ってケイも欲しい~?」

「あるに越したことはない」

 無線の向こう側で笑顔のルキがうなずく様子が見えた気がした。

「わかった~。じゃあさ~、依頼人も殺して情報奪っちゃおうよ~」

「ルキには依頼人に対する仁義ってもんがないのか」

「ないない〜。お客様として大事にしてるのはお客様の期間だけだもん〜」

 気の抜けるような声と話す内容の差異にケイは呆れながら少し笑う。依頼さえ完遂すれば、もうその人は依頼人ではなくなるというのがルキの考えだ。いくら浅い関係であるとはいえ、あっさりと裏切りとも言える行為ができるルキはやはりこの役職が向いているのだと妙に納得させられた。

「まぁ、あとでゆっくり考えるけど、内輪揉めにでも見せかけるのが手っ取り早いか。さっきミヤが言った通り、朝霧中将は汚職程度ならいくらでも揉み消せるだろう。恐らく、軍の中で人死にぐらい出ない限り、表面化はしない。そうだな、それなら死ぬのは一人じゃ足りないな」

「朝霧もついでに殺してくれ」

「それはやりすぎじゃん~」

 再びルキの笑い声が聞こえた。会話の内容に見合わなほどの極めて明るい、いつも通りの笑い方だ。

「じゃあまた連絡するね~。ミヤがいてくれて助かったよ~。ありがと~」

 耳元に静寂が戻った。ケイは今聞いた情報だけで簡易な計画書をさっさと作り始めている。ミヤは狭い場所に横向きに寝転がり、頬杖をつく。

「人ひとり死ぬのがたった五万円とはな」

「うちは千五百円から請け負ってる。ルキにしてはかなり頑張ったんじゃないか」

「依頼人が誰かは知らないが、よく即決できたもんだな。軍人であっても階級が下であれば自販機すら渋るような薄給だ」

 久しぶりに聞いた俗世的な単語にケイは思考が少し逸れて、手が止まった。横であくびをしているミヤに子供のように問いかける。

「自販機って、十九銭ぐらいなのに?」

「今は大体二十五銭だ」

「えっ、そんな高くなってるの」

「そうだ。だが、悲しいことに給料は据え置きだ」

 子どもの時から変わっていない金銭感覚が世間と乖離していたことにケイは驚いた。堅洲村(カタスムラ)にいると、目まぐるしく変わる世界情勢や任務にかかる経費とは日々睨み合っているが、ジュースの缶一本が一体いくらなのかは気にかけたこともなかった。たったこれだけのことで、普段は感じることのない自分と世の中とを隔てる高い壁と深い溝が見えたように思えた。

 そんなケイの驚きはよそに、ミヤは話を戻す。

「何人のカンパで依頼料を賄うつもりか知らんが、それなりの階級が絡んでるんだろうな。さっきも言ったが、どうせ緑夕会(リョクユウカイ)のやつらだろ」

「それならそれで、殺人教唆でどうにかできるんじゃないか?」

「尻尾を出すはずがない。したたかだからこそ生き残ってるようなジジイどもだ」

「俺が尻尾を出させてやるよ」

 ケイはミヤに笑って見せる。

「俺なら、ミヤの望む通りに朝霧中将を潰してやれる。それで頭主(トウシュ)さまとミヤが喜ぶなら」

 自信満々に言い切るケイに、ミヤはそれが当然だとでも言わんばかりの無表情のまま返事をする。

「情報を握ってるというのは十中八九、聞屋(ぶんや)相楽(さがら)だ。ケイも知ってるだろ。かなりの人数を強請(ゆす)ってて恨みは相当買っている。今まで生きてたのが不思議なくらいだ。俺としては、相楽(さがら)も朝霧も共倒れしてくれるのが一番嬉しい」

「わかった」

「どっちも俺たちにとって有益な情報を持ってるだろう。とりあえずは殺さずに連れてきてほしい。俺が直々に尋問してやるよ」

「尋問は口頭での質問って意味だぞ」

「お利口に喋ってくれるなら尋問で済む話だ。口を割らないから尋問じゃなくなるだけで、自業自得だろ。さっさと吐くなら穏便に済ませてやるって毎回初めに言ってる」

「どうだかな」

 何度か見たことのある凄惨な場面が脳裏をよぎり、思い出すんじゃなかったと後悔しながらケイは目を閉じた。心地よい室温で眠そうにしている隣の男が人を殺めた回数は、帝国どころか世界的に見ても敵う者はいないだろう。それは何も戦争に行っていたからだけではない。

「泣く子も黙る帝国陸軍の大佐が、そんなに骨を折ってくれるっていうのに、俺たちはなかなか報われないな」

「別に、報われるために生きているわけでもないだろ」

 この帝国を守るためには、既死軍(じぶんたち)は陽の当たらないところで支えるしかない。決して表に出ることはないとわかっていても、ミヤのように割り切れるまでにはまだしばらくかかりそうだった。


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