15話 忠義なるスペード
僕が、最期まで使う。
ひっそりとした館の長い廊下を執事が落ち着いた穏やかな足取りで進む。後ろに続く十三人は屋内の雰囲気に気圧され、無言のままだ。赤じゅうたんが敷かれた廊下には幾つもの扉があったが、どれもきっちりと閉ざされており、使われた形跡は見当たらなかった。真夏だと言うのに薄暗いせいもあっていやに肌寒い。
執事は一際豪華な装飾がされた観音開きの扉の前で立ち止まった。廊下はさらに続き、奥の方は暗闇になっている。執事が扉を開け、十三人を室内へと導いた。一歩中へ踏み入ると、廊下とは打って変わって、明るい壁や天井が目に飛び込んで来た。窓に掛かる真紅のカーテンも、太陽のように輝くシャンデリアも、どこか非日常的な雰囲気をかもし出している。しかし、その部屋には真ん中に大きな円卓と椅子が置かれているだけで、他には何もなかった。円卓には、一から十三の数字が書かれたネームプレートが席ごとに置かれている。
全員が物寂し気な館の外見からは想像もしなかった豪華絢爛な部屋に驚いて見入っていると、執事が「招待状に書かれている数字の席にお座りください」と促した。それぞれがカバンやポケットから黒い封筒を取り出す。
十三人全員が指定の席に着くと、執事は「しばらくお待ちください」と一礼して部屋を出てしまった。きょろきょろと互いを見合ってい、誰も話そうとはしない。何しろ全員初対面だ。
ある日突然送られて来た小包には、一通の黒い封筒と携帯電話が入っていた。封筒には金色の字で宛名が書かれている。恐る恐る封を開けてみると、指に触れたのは黒い招待状だった。表面には同じく金色のインクで大きく数字が、裏面には招待文が書かれている。
集ヒ給ヘ 我ガ忠義ナル 漆黒ノ剣 集ヒ給ヘ 我ガ忠義ナル スメラミイクサ
ただの悪戯として片付けることもできる文面だったが、十三人がこの言葉に従い一堂に会したのには理由があった。封筒を封印していた赤い蝋には帝国軍の紋章が捺されていたからだ。国民なら誰でも知っている、剣と盾を基調としたものだ。この紋章を偽造するような愚かな人間などいない。もし見つかれば、いかなる理由であれ極刑は免れないからだ。つまりこれは紛れもなく帝国軍からの招待状ということになる。軍事政権である帝国において軍からの招待を断るような度胸など誰も持ち合わせていなかった。
執事が部屋を後にしてから随分と経ったころ、天井の一部と化したスピーカーから砂嵐のような音が聞こえて来た。少しするとその音が消え、声がした。
『よく来たな、我が精鋭達よ。私の名は璽睿。貴様達を此処へ呼び出した者だ。本日貴様達を集めたのは他でもない、封筒の捺印通り帝国軍として……』
淡々とした声がそこまで聞こえると、突然雑音と共にプツリと声が途切れた。十三人は不思議そうに顔を見合わせる。
一方、館には不似合いなモニター室では騒がしい声が響いていた。
「も~! 暗すぎ! あたしに代わってよ。そんなジジイみたいな話し方じゃみんな萎えるじゃん!」
「うるさい。お前は黙ってろ」
その言葉にわかりやすく不機嫌な顔をした少女がマイクを奪い取る。璽睿と名乗った青年と似た顔立ちをしている。
「何をしている。返しやがれ」
「嫌っ! あたしがやる」
「僕とお前はどちらが上かわかっているのか」
「あたし!」
「何を言うか!!」
一向に再開しない放送に今の状況が読めず、十三人全員はただ呆然と天井を見上げていた。モニター室では尚も争いが続いている。
「だっていっつも太陽ばっかりじゃん! たまにはあたしにも」
「うるさい。盡无、いないのか! 盡无!」
「何でございましょうか、お坊ちゃま」
盡无と呼ばれて出て来たのは、先ほど十三人を案内していた執事だった。
「月を摘み出せ、今すぐにだ!」
「かしこまりました」
「嫌だぁ! 太陽のバカっ!」
「馬鹿で結構だ。さっさとしないか盡无!」
「はい。申し訳ありません」
執事は軽々と月と呼ばれた少女を肩に担ぎ退室した。しばらくは罵倒する声が聞こえていたが、やがて元の静かさに戻った。咳払いをして丁寧に七三分けされた黒い髪を整えると、青年はマイクに向き直る。
『失礼、邪魔が入った。改めて説明する。私は璽睿。捺印の通り、帝国軍の名を語り貴様達に召集を掛けた。しかし帝国軍とは全く関係ない。その紋章は私が作った偽物だ』
極刑にも値する行為を、さぞ当たり前の事であるかの様に平然とやってのけた璽睿の行動に一同は驚く。そんな驚きを察したのか、璽睿は続ける。
『この召集命令は、愚劣な法などには影響されない。全てあの御方の意志である』
「……あの御方?」
『私の話には口を出さないでもらおうか』
十三人側からの声も聞こえているらしく、呟きに近い質問すら一蹴された。
『私璽睿と、その双子である炯懿はあの御方の意志に従い、ロイヤル・カーテスを創設した。そして名誉ある団員に選ばれたのが貴様達十三人だ』
息をつくこともなく璽睿は続ける。
『ロイヤル・カーテスとは何であるか。ここで本題に入る。世界最強と名高い帝国軍が治安維持部隊と対国外衛部隊から成っているのは周知の通りだろう。だが、この国にはもう一つの軍が存在している。その名も既死軍。 正規に認められた軍ではなく、一人の人間が単独で作り出した私設軍だ』
室内がざわつく。ロイヤル・カーテスや既死軍という存在は、十三人を一気に非日常へと突き落とした。璽睿はやっと一息ついてから、再び話し始める。
『 既死軍の行為は、最近目に余るものがある。その、一部は帝国への反逆行為ともとれる軍を鎮めるのが我等ロイヤル・カーテス、正式な第三の帝国軍。皇直属の軍である』
十三人は声も出せないほど驚愕する。皇と言えばこの国を生み出した神の末裔。帝国を治める神聖不可侵な存在だ。政権を握る帝国軍も元は皇を護るために結成された集団とされている。幼いころから皇のために死ねと教育される帝国民は軍人に憧れる者も多い。
『有無など言わせはしない。もう貴様達はロイヤル・カーテスとして生きる道を歩み始めた。ありがたいことに貴様達は皇から名前を賜った。これからロイヤル・カーテスとして活動する時はこの名で呼んでもらう』
そう言うと、璽睿は一人ひとりに新しい名前を与えた。そして高圧的な口調のまま一気に説明を続け、最後に「如何なる時も皇に絶対忠誠を誓う事」と締めくくった。これら全てを言い終わると、璽睿は黙り、十三人に理解して納得する為の時間を与えた。
「あの、ちょっといいですか?」
恐る恐る発言したのはヴァルエと名付けられた青年だった。
『なにか』
「どうして俺達を選んだんですか?」
『その問いに、答えは必要か?』
「一億人以上いる国民の中からこの十三人を選んだのに理由がないって言うんですか?」
『理由がない、とは言ってはいない』
「それなら教えてください」
『却下する』
「……わかりました」
不本意な返答だと言えばそうだが、これ以上聞き出すのは無理なことなのだと、ヴァルエを始め全員が悟った。そこには既に絶対的な主従関係ができあがっていた。
『他に何か言いたいことはあるか?』
誰も何も言わなかった。何も言えなかったと表す方が適切だろうか。黙りこくったまま微動だにしない。
『何もないようだな。しからば全てを了解したのだと解釈させてもらうが、それでよいならば起立願おう』
神妙な面持ちで一斉に立ち上がる。璽睿に抗うのは無意味だと、もう全員がわかっていた。
『集い給え、我が忠義なる漆黒の剣。集い給え、我が忠義なる皇御軍』
それは招待状に書かれていた言葉だった。
『此処に於いて、ロイヤル・カーテスの起源とする』
館から出た十三人はやっと堅苦しい空気から解放された。いつの間にか陽は傾いていた。蝉も眠りについたのか、先ほどよりもおとなしい。
何の為に集められたのかはわかったものの、この集団の向かう先に何があるのかはわからなかった。また、スピーカーの向こうにいた璽睿、炯懿と名乗った双子も謎を残したままだった。
「よくわかんねぇけど、俺達これから仲間みたいだな」
シスと名付けられた少年が他の十二人に話し掛けた。
「仲良くしようぜ、これから何があるかなんてわかんねぇけどさ。君が言ってたみたいに一億人の中から巡り会ったんだからよ」
「そうだな。ロイヤル・カーテスとか、まだ不明な事も多いけど、これも何かの運命だ。よろしくな」
この日、微かにではあるが、確かに友情にも似た仲間意識が芽生えた。それは十三人全員が感じていた。
落陽が世界を赤く染めていく。璽睿は二階の窓から外を眺めていた。横には頬を膨らませた炯懿がいる。その怒っている様子は高い位置でまとめられた金髪のポニーテールが逆立ちそうなほどだ。
「太陽のバカ!」
「僕は会議を始める前に言ったはずだよ、月。このロイヤル・カーテスの統率者は欽上 太陽、つまりこの僕だとね。それを乱したお前が悪いんだよ」
穏やかな口調ではあるが、かえってそれが蔑みを含んだ非難に聞こえる。睨むまでもなく、炯懿を説き伏せるにはこれで十分だった。炯懿も流石に返す言葉がなく、非が自分にあるのを認めざるを得なかった。今度はしゅんとした表情で同じように外の景色を見遣る。
「……ロイヤル・カーテス。これからどうなるのかな?」
「僕が最期まで使うだけだ」
璽睿は無表情のまま真紅のカーテンを閉める。
「帰ろう、月」