131話 不愉快
決死は、夏に。
「以上だよ~」
いつも通りの間延びしたルキの声で四人は立ち上がる。先陣を切って部屋を出たのはヤンだった。相変わらず、一秒でも早くここを離れたいという様子で階下への階段を下りていく。後ろに続くのはシド、ヒデ、チャコだ。
「行ってきます」
「ほなな~」
「行ってらっしゃ~い」
ルキが見えるぎりぎりのところまでヒデとチャコは手を振り、しばらくしてから小さく扉が閉まる音が聞こえた。いつも通りの出発だ。
今回の任務は武器の密輸を阻止することだ。最近は武器そのものではなく、部品のまま輸出入する方法が横行している。そして取引自体も、手荷物検査のある飛行機を使わずとも、インターネットや位置情報発信機器を使い、洋上で落ち合えば済む。密輸の方法が大昔にくらべて幾分か容易になっている分、島国である帝国はその密輸ルートが多岐にわたり、治安維持部隊も手を焼いているらしい。
別の事件を追っていたケイが見つけたのが、密輸用の部品を製造している町工場だった。発見はまったくの偶然だったが、既死軍を動かすに移すに足る証拠はそろっている。ひと一人を動かすにも膨大な書類がいる治安維持部隊が関係者を逮捕するのを待っている間に部品は次々と国内外に流通するだろう。
そのための既死軍だ。
トタンでできたような建物の内部をヒデは覗き込む。時刻は真夜中近く、入り口が施錠されていた敷地内には流石にだれもいない。しかし、人はいなくても一晩中屋外には明かりはついているようで、オレンジ色のぼんやりとした光が地面に影を落としている。
普段は金属を素材とした製品を主に造っているこの場所は、確かに銃火器の部品を作るには打ってつけだろう。しかし、ルキ曰く、このような町工場には定期的に治安維持部隊やって来るらしい。基本的には情報技術が盗まれないようにという注意喚起をするだけだが、国外との不正な輸出入や軍事転用可能な物の製造を牽制する意味もあるとのことだった。そのような目を掻い潜っているとなると、かなり巧妙に隠されている可能性が高い。
一帯には戒厳封鎖令が発令されているとあって、周囲にある工場も今はすべてひっそりと静まり返っている。
戒厳封鎖令は帝国軍がたびたび出す命令で、帝国民にとっては慣れたものだった。しかし、日常茶飯事ではあるが、取り締まりは厳しく、たとえ大規模な爆発があろうとも誰もそれを見ることはない。
昔からあるらしい中規模の町工場はさほど広くもない敷地に建物が隣接するようにいくつか建っている。「町工場」と聞いて想像していたこじんまりとした個人経営の会社よりかは広いなとヒデは高い天井を仰いだ。その高さとは裏腹に、閉めきられた風の通らない屋内ということもあってか、じっとりと纏わりつくような暑さが不快だった。
「わかりやすく隠し部屋とかあってくれたら助かるんやけどなぁ」
一通り見て回ったチャコが首を横に振りながらヒデの隣へやって来た。この建物は部品を製造している場所で、いたる所に機械が置かれている。屋内には遮る壁すらなく、物を造ることはできても、何かを隠しておく場所はなさそうに見えた。
「こっちも何もなかったよ」
「ホンマにあるんやろな、ケイ」
チャコはしゃがみ込んで、箱に詰められている何かの部品を手にして興味深げに見つめる。
『毎回俺のこと疑ってくれるけど、あるから行かせてるんだ』
「そらそうやねんけどな」
『シドとヤンのほうも空振りだ。建物はあと二つか?』
「そうですね」
『じゃあ、お前らがちゃんと調べてくれてるなら、残ったそのどちらかだ』
「逆に堂々と置いてたりしてな。意外とそっちのほうがわからんの違うか?」
『言っただろ。治持隊が突然やって来るってな。製造品の説明できなければ捜査が入って、お取り潰しだ。そんな迂闊なことをするはずがない』
チャコは先ほどと同じく「そらそうやねんけどなぁ」と呟き、もう一つ部品を取り上げる。双子のように寸分もたがわない製品をチャコは交互に見遣る。
「あと二つならすぐ終わるよ。シドとヤンもいるし」
「ほな、はよ見つけて帰ろうや」
『任務が早く終わってくれるに越したことはない。よろしく頼んだ』
ブツリという感情のない音が聞こえたように思えた。チャコは部品を箱に戻し、立ち上がる。
「こういうところの任務は社会科見学みたいで、おもろいっちゃおもろいねんけどな」
ケイにあしらわれたのが不服だったのか、不満げな表情のチャコは少しの間高い天井を見上げる。いつもと違う雰囲気を纏ったチャコに何と声をかければいいかわからず、ヒデはただ静かにその姿を見ていた。何を考えているのか、しばらく呆っとしてから、吸い込んだ息を吐き出してヒデに向き直る。
「行こか。中は暑くてかなんわ」
製造所を後にしたヒデとチャコは次の建物へと向かう。外は屋内よりわずかに気温が低い。しかし、涼しいというほどでもなく、不快であることに変わりはない。
建物から出たところで、偶然会ったヤンが二人を見るなりいたずらっぽく笑った。
「収穫ないんだってな」
「お前らもやろ」
「お互い様でしょ」
チャコとヒデは苦笑いを返しながら、ヤンの横に並ぶ。四人が並んで歩いても余裕があるほどコンクリート敷きの通り道は広い。とはいうものの建物同士の距離は近く、一言二言情報交換をしているうちに。真正面に見える二階建てと、左手にある倉庫のような建物が近付いて来た。
「ほんで、シドらはどっち行くんや」
「正面の方が広そうだし、そっちかな」
ヤンは自分が答えるのが当たり前だと言わんばかりの口ぶりで代わりに返事をする。元々、チャコもシドが答えるとは思っていないのか、気にすることもなく会話を続ける。
「ほな、終わったらそっち行くわ」
「また後でね」
ヒデが手を振って別れようとしたところで、 今まで穏やかだった空気感が一変した。四人は同時に武器を手にして振り返る。全員の視線が後方にある敷地の入り口に向けられた。
「出荷日を把握してるのは既死軍だけじゃないんだよ」
そこにいたのは、既に武器を手にしてこちら側へ歩いてくるユネとヴァンだった。
ケイは二人の登場に眉間にしわを寄せて目をつぶった。恐らく、戒厳封鎖令が出されたことから既死軍の動きを読まれたのだろう。最大限の注意を払ったつもりだったが、不自然な発令になっていたかもしれない。しかし、住民の動きを完全に封じるためには既死軍の頭主、もとい帝国軍の元帥から正式に発令され、大々的に報じられなければならない。これを秘密裏に行い、隠し通すことは不可能だ。
現れてしまったものは仕方がないが、今後の大きな課題だと睨みつけるように手元に視線を落とした。
はたとチャコがいることに気付いたヴァンは小さく息を吐く。
「ユネ、俺はそこのチャコを倒さないと気が済まない。他の三人は任せた」
「はぁ? 最弱のくせに、最強の僕に指図しないでほしいんだよ」
「何? できない、ってこと?」
「僕を舐めるな」
話している間も、ヴァンの視線はチャコをとらえて離さない。それはチャコも同じだった。
一か月ほど前、ヴァンと相打ちになって気絶したことを脳のすぐに思い出せる場所に置いていた。恥は雪がねばならない。チャコは隣のヒデに小さく声をかける。
「この前は迷惑かけたな。今回はちゃんと生き残るから、見とってくれや」
「こっちは任せて」
ヒデがうなずいたのを見届けると、既に勝利を確信したような表情でチャコは「白黒つけようや!」と武器であるハリセンで肩を軽く叩く。
「吠え面かくなよ」
ヴァンのその返事を合図にしたかのように、二人は同時に地面を蹴った。
取り残されたユネは悠々とシド達のほうへと歩みを進める。
「ここは俺だけでいい。二人は任務を遂行しろ」
引き金に手をかけているシドは、ヤンとヒデを見ることなく言った。ロイヤル・カーテスが現れたとはいえ、任務を中断するわけにはいかない。飽くまでも優先すべきは与えられた任務だ。
残りたいのは山々だろうが、シドに指示されてしまったのでは仕方ない。ヤンはヒデを一瞥すると、「すぐに戻る」と残して走り始めた。
「ヒデは倉庫、俺は正面の建物。終わったらこっちへ来い」
簡潔に伝えたヤンはヒデと別れて正面の二階までしかない建物へと向かう。黒い外壁のその建物は、他の倉庫や製造所とは違い、事務所などが入っているらしい。ヒデが向かった倉庫より、こちらのほうに探している物が隠されていそうな気がした。
風を切る音と共に鞭をガラス製の観音扉に叩きつけると、分厚いはずのガラスが簡単に砕け散った。ヤンが自由自在に操る鞭は時に音速すら超える。
音を立てながら床に散らばったガラスを踏みしめ、建物内に侵入した。
「なぁ、ケイ。何かあったらすぐ呼んでくれよ。シドは絶対に助けなんて求めたりしないだろ」
『善処する』
「何でだよ」
『お前らの任務、つまり最優先すべきは密輸を阻止することだ。誘の生死は問わない』
至って冷静なケイの声にヤンはわかりやすくため息をつく。これが本音ではないことも、情報統括官として心の内を明かすことができないこともわかっている。それでも、明言されてしまうとその言葉が身体中に突き刺さったような心持ちになる。
シドが負けるとは少しも思っていないが、相手はロイヤル・カーテス最強と謳われるユネだ。ロイヤル・カーテスを束ねるのが王、そして女王と家来の役割だとすれば、ユネは戦闘に特化した戦士の役割を担っているのだろう。
一抹の不安はある。
「おいヒデ、さっさと見つけて俺たちも参戦するぞ」
『そうだね。ロイヤル・カーテスって三人で来ること多いし、あともう一人来ると思ってるんだけど』
「俺もそう思う。俺は特に戦いたい相手っていねぇけど、ヒデはいるか?」
『よく会ってるのはルワかなぁ』
「ヒデでも勝ちたいって思うもんなのか?」
『うーん。何て言うか、勝ちたいって言うより、負けたくないって感じ』
それを聞いたヤンは思わずかすかに笑った。
「ヒデらしいな」