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Blackish Dance  作者: ジュンち
130/208

130話 絶佳

知識は愛であり、光であり。

 射撃場に着いたケイはくすぶっている焚火のそばに集められた手持ち花火のそばにしゃがみこんだ。火の中には使い終わった花火の持ち手が何十本も投げ捨てられている。

 人気(ひとけ)のない射撃場は不気味なほど静かで、先ほどまで大勢の人間が騒いでいた名残も今はとうに燃え尽きている。

「思ったより残ってるな」

「俺の怒りも尤もだろ」

「これぐらいで怒らないでほしいもんだけどな」

 何か言いたげにミヤは腕を組んでケイの背中を見下ろしている。そんな視線には気付きもせず、ケイは一本一本を拾い上げていく。

「で、みんなはミヤの優しさに感謝して楽しんでたか?」

「さあ。俺もすぐ宿(イエ)に帰ったもんでな。無線で聞いてたケイのほうがよくわかってるんじゃないか」

「息抜きにはなったと思う。俺が聞いてた範囲では、花火会社が想定した遊び方ではなかったみたいだけどな。まぁ元からあいつらに常識なんてものは期待もしてない」

 腰を落としたままケイは振り返り、ミヤのほうに腕を伸ばす。その手には一本、花火が握られている。

「折角だし、いっしょにやろうよ。ミヤ」

「断る」

「自分で処分すればいいものを、わざわざ既死軍(キシグン)に押し付けたのはミヤなんだから」

 ほら、と更にぐいと腕を伸ばされると、ミヤも断る気が失せてしまったらしい。渋々受け取り、ケイの隣に同じくしゃがむ。

 薪はほとんど炭のようになってしまっているが、わずかに赤く燃えている部分を探して火をつけた。勢いのいい音と共に、二人の顔が明るく照らし出される。

「長生きしてたら、またこんな風にミヤと花火できる日が来るんだな」

「次があるとすれば、今度こそあの世だろうな」

「それなら、またみんなでできるな。昔みたいに」

「俺は地獄行きで間違いないが、ケイもこっちに来るつもりか?」

「そうだな。地獄のほうが楽しそうだし、それに火が多そうだろ? 花火するには困らん」

「八寒地獄のほうだったらどうするんだ。だが、その前にケイは地獄には来られないだろうよ」

 何色にも変わっていく火花を眺めながら、ミヤとケイは取り留めもない会話を続ける。中身のない会話は随分と久しぶりに思えた。

 ミヤの言い分にケイはきょとんとした視線を送る。

「いや、俺はミヤがいるところなら、どこへでも行くよ」

地獄(そんなところ)までついて来いと言った覚えはない」

 あからさまに嫌がるような表情のミヤにケイは小さく笑い、「はい、責任二本目」と新しい花火を渡す。

「これ、今日中にやり切らなきゃダメなのか」

「処分しろって言ったのはミヤじゃないか」

「わざわざ一本ずつする必要もないだろ。ここには分別も何もないんだから、火に入れれば済む話だ」

「そんな使い方するために遠路はるばる持って帰って来たわけじゃないだろ」

「今となっては持って帰って来た自分を恨む」

「けど、おかげでみんな楽しんでたよ」

 その言葉に、しばらくミヤは黙り込んだ。何を考えているのかケイにはすぐにわかったが、それを口にするかは少し迷う。だが、自分が言わないとミヤは己の感情を有耶無耶にして終わるのだろうと口を開いた。

「どうせ、一番喜ばせたかったのはシドなんだろ」

「今更俺が何かしたところで、シドは何とも思わん」

「そんなことないと思うよ」

 ケイは二本同時に点火して、片方を無理矢理ミヤに持たせる。

「俺はミヤたちと花火したこと、覚えてるし、今でも楽しかったと思ってる。あの時、ミヤが何を考えて俺を連れ出したのかは知らない。けど、結果的に俺にとっての忘れられない思い出になった。何でも教えて、やらせてみたらいい。何をどう感じて、どれを記憶として残すかなんて、ミヤが決めることじゃない。そうだろ」

 ただ一点を見つめているミヤは返事もせず、口を真一文字に結んだままだ。それからしばらくは作業のように花火に火をつけては、消えたら焚火に放り込む動作を続けた。

 シドがミヤのもとに戻って来てからというもの、ケイは遠くから二人の行く末を案じていた。シドが既死軍(キシグン)を離れる日は遅かれ早かれやって来る。それは死と同じく、必ず訪れる。だからこそ、その「命日」までに一つでも多く、走馬灯に映る場面を増やしてやりたいと思った。

 やっと片手で数えられるほどの本数になったとき、ミヤがおもむろに口を開いた。

「残りは俺が始末しておく」

 そう言った横顔はいつも通りの無表情だった。それがケイにはなぜか嬉しく感じられた。「わかった」とだけ返事をすると、ちょうど燃え尽きた花火を焚火に投げ捨てて腰を上げる。背を向けて一歩を踏み出すと小石が足裏に食い込んだ。

 その背中が闇に紛れて見えなくなってから、ミヤもやっと立ち上がる。しばらく中腰だったからか、足が痺れたように感じる。

 残った花火を懐に入れ、誰かが用意していた水の入ったバケツで焚火を消す。元々勢いもなかった火は大人しく音もたてずに鎮火した。

 空のバケツを手に一旦宿(イエ)に戻ると、使いかけマッチ箱とオイルランプを持って再び外へ出た。真っ暗な宿(イエ)には誰もいなかった。

 そうなれば、向かうのは滝壺だ。

 徐々に水音が大きくなり、ひらけた場所には暗がりにぽつんと一つ明かりが灯っている。こんな時間に一体何が釣れるというのか、釣り糸を垂らしているその横には魚籠(びく)が置かれている。

「何か用か」

「あぁ。大事な話だ」

 そのもっともらしい声色に、シドは糸を引き上げて竿にくるくると巻き付ける。魚籠(びく)には何も入っていないと見えて、中身を気にする様子はない。きっと任務か何かのことだと思っているのだろう。頼りない明かり二つが見せるシドの視線は鋭い。そんな相手に今から拍子抜けするような話をしなければならないのかと、ミヤは己の行動を恨んだ。

 バケツを置き、シドと同じく淵から足を投げ出して隣に座る。ひんやりとした涼しい空気が足元を通り抜けていく。

「さっきの花火、どうだった」

「そんなくだらない話をしに来たのか」

 巻き付けたばかりの糸をほどきながら、シドはミヤから視線を外す。花火が始まる前、ミヤが話している時点でその場を離れたのを知っているくせに、今更何を言い出すのかとシドは内心呆れる。

「そうだな。くだらない話だな」

「もう終わったのか」

「いいや、終わってない」

 再び釣りをしようとするシドの手から竿を奪い、代わりに忍ばせていた花火を握らせる。

「だって、シドがまだしてないだろ」

 何を持たされたのか、初めはわからなかったらしい。握らされていた手を開き、薄ぼんやりとした手のひらを見つめる。

「後学のためだ。何事も経験が必要だからな」

「俺に必要とは思えない」

「シドは俺が教えた釣りを気に入って、今でもしている。なら、何でも試してみる価値はある。これは宿家親(オヤ)としての命令だ」

 そう言われては何も言い返せない。相変わらず便利な常套句だなと思いつつ、シドは手を握った。

 先端を足元に向けさせると、ミヤはマッチを擦って火をつけた。ミヤにとっては先ほど飽きるほど見た光の花が勢いよく落ちて行く。まるで水面に吸い込まれているようだ。

 シドはその流星のような光を食い入るように見つめている。もしかすると、任務中に打ち上げ花火ぐらいは見たことがあるかもしれない。しかし、こんな間近で見るのは初めてなのだろう。

 光って、こぼれて、落ちて、消えていく。

 計算された美しい光の芸術に二人はそれが消えるまで黙った。

「俺がシドにしてやれることは、そんなに多くない」

 再び薄暗い静かな空間に戻った。足元からは思い出したようにわずかに湿気を含んだ涼風が吹き上げる。

堅洲村(こんなところ)では、できることは限られている。時間もない」

「それは、俺が近々元帥の所へ行くということか」

「いや、そうではない。だが、いつかは。そして」

 シドは火を失った持ち手を握ったまま、その燃え尽きた先を見つめている。生ぬるい風が長い黒髪をなびかせる。

「今度こそ、二度と戻れない」

 お互いにわかっていたことだが、改めて言葉にされると、その重みが音を立てて全身にのしかかってくるようだった。シドはわずかに唇を噛む。視線が定まらず、仄暗い水面を行ったり来たりさせる。力を込めた拳の中で花火の持ち手が折れた。

「それなら、これは既死軍(キシグン)(イザナ)であった俺への(はなむけ)のつもりか」

「そういうわけじゃない」

「なら、どういうつもりだ」

 シドは苛立ったように立ち上がり、ミヤを見下ろす。

「言っただろ。俺は頭主(トウシュ)さまの命令なら聞く。だが、元帥の命令は俺には通用しない。それはミヤでも同じだ。はっきりしてくれ、ミヤ。ミヤは、今、帝国軍の人間か。既死軍(キシグン)の人間か」

 シドの言葉に、ミヤは息を呑む。何を言ってもシドはおろか、自分自身でさえを納得させられる答えが出せるとは思えなかった。

 その沈黙を見限ったようにシドは背を向ける。ミヤは思わず追いかけるようにシドの浴衣の袖を掴んだ。口をついて言葉がこぼれる。

「もし俺が軍の人間なら、ただの宿家親(オヤ)なら、シドには釣りも、花火も、何も教えなかった。花がいつ咲くのかも、雨がどんな名前を持っているのかも、何も」

 シドは一歩も動かず、背中からの声をただじっと聞いている。今までに見た無限にも思える色とりどりの記憶が脳内を駆け巡っていた。

「だが、シド。お前は知っている。庭の椿がいつ咲くのか、不遣雨(やらずのあめ)が何を意味するのか」

 肩を掴んだミヤはシドを振り返らせた。両肩をしっかりと掴み、視線を合わせる。

「俺が教えられることには限りがある。多くもない。だが、俺が一生をかけて、教えてやる」

 シドは肩の手を払いのけ、その必死にも思える言葉を鼻で笑う。

 その表情はいつもとどこか違っていた。


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