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Blackish Dance  作者: ジュンち
129/208

129話 闇を咲く

追懐に、焦がす。

 宿家親(オヤ)(イザナ)の戦いは、宿家親(オヤ)側がやや優勢ではあったものの、誰もが予想していた通り有耶無耶に終わった。最終的にはゴハとヤンの武力行使になり、周囲が囃し立てるといった有様だった。相変わらずゴハの勝利で終わると、周りの数人はいいものを見たとでも言うように満足げに帰宅していった。今は穏やかに、普通の花火を楽しむ人が数えられる程度残っているだけだ。

「アレンさん、花火もらってきましたよ! リヅヒさんもどうぞ!」

 人は減ったが、まだ大量に残っているらしい花火を両手いっぱいに、ヒデがアレンのほうへと小走りでやって来た。地面にそのまま座ってリヅヒと談笑していたアレンは立ち上がり、二本受け取る。

「もう結構な時間が経つのに、こんなにあるんですね」

「すぐ終わっちゃうのは勿体ないから、僕はまだまだあって嬉しいですよ」

「リヅヒも、どうですか?」

「ありがとう。けど、俺はいいよ」

 差し出された花火を首を振って断るリヅヒを、ヒデは二人の時間に水を差してしまったかと少し申し訳なさそうに見る。その表情を察し、立ちながら「ちょうど帰ろうと思ってた」と笑いかける。

「二人とも、おやすみ。またな」

 軽く手を挙げると、リヅヒは背を向けて射撃場をあとにした。アレンの顔はいつも通り笑みを湛えているが、どこか寂しげにも見えた。

「お話してたのに、すみません」

「いえ、いいんですよ。いつでも会えますからね」

 焚火に向かいながら、アレンは手にした一本を興味深げに見つめる。

「しかし、ミヤさんもケイくんも無粋ですね。呼び出されたときにこんな夏らしいものがあると知っていたら、夏らしい食べ物でも準備したのに」

 珍しく不満そうな声色のアレンは同意を求めるようにヒデに顔を向ける。

「夏らしいって、例えば何ですか?」

「かき氷とか、りんご飴とか」

「夏っていうか、お祭りっぽいですね」

「お祭りも夏らしいでしょう?」

「確かにそうですね」

 たった数歩で辿り着いた焚火は、当初より火力が落ちている。それでも火をつけるには十分ぐらいだ。

 まだ残っているのは離れたところで話している宿家親(オヤ)が数人と、花火に興じているチャコとキョウ、ノアで、その三人もそろそろ帰ろうとしているようだった。

「ほら、キョウ。大体花火の締め()うたらこれ、線香花火や」

 そうチャコから手渡されたのは今までの手持ち花火とは違う弱々しい造りの物だった。壊れ物でも扱うかのように、キョウは恐る恐る火をつけてみる。

 控えめに燃えていた火が、徐々にぷっくりとした火の玉になり、やがて小さな火花を散らし始めた。

「やっぱり、線香花火は風情があるというか、終わりに相応しいですね」

 久し振りに会ったアレンに、キョウが笑顔で思わず立ち上がる。その拍子にまだ花を咲かせていた火の玉がぼとりと落ちた。小さく「あっ」と残念そうな声を漏らしたが、すぐさまノアが新しいものを渡す。

「まだあるから、もう一回やればいいじゃん」

「せやせや。人気ないみたいでめっちゃ余っとるで」

 二人の言う通り、散らばったままの手持ち花火はよく見ると線香花火が比較的多く残されている。その言葉にキョウは機嫌を直したようで、元の表情に戻っていた。

「アレンさんもやるんですか?」

「そうですね。またとない機会ですし、季節を楽しむのはよいことです。線香花火のお邪魔をしないように、あちらでしましょうかね」

 そう言ったアレンは焚火の反対側に周った。ノアも地面から数本掴み、アレンのところへ向かう。再び明るい火花が勢いのいい音を立てて散り始める。キョウもそちらのほうが良かったのか、二人の元へと走って行った。

 残されたチャコとヒデはしゃがんだまま線香花火に火をつける。

「チャコが線香花火してるの、何か意外」

「何となく、終わり()うたらこれ(ちゃ)うか?」

「もっと派手に終わらせたがるかと思ってた」

「俺を何やと思とんねん」

 ヒデの言い分によると、どうやら自分には線香花火は似合わないようで、チャコは思わず笑い出した。火花はだんだんと勢いを失い、花が枯れてしばらくすると赤い火の玉を落とした。左手にある束から新しいものを抜き取り、燃やしてしまわないように先端にだけ火をつける。

「風流とか趣とか俺にはわからんけど、(なん)ちゅうか、花火は思い出すことがあってな」

 火の中に何かを見ているような眼差しのチャコは、いつもより覇気のない声をしている。ヒデは自分の花火が消えていることも気づかず、同じくチャコの火を見ていた。

「ヒデにも花火の思い出ぐらいあるやろ」

 どこか他人事のような幼少期の記憶を引きずり出して、ヒデは複雑な表情になる。思い出は、あると言えばあるが、それは花火の煙に邪魔されてよく見えない。子どもの時の記憶、特に両親がいるものはいつも不鮮明だ。

「あんまり、覚えてない、かも」

「そらすまんかったな」

 湿っぽい雰囲気にしてしまったかと、慌てて何かを付け足そうとしたが、それより先にチャコが「けど」と口を開く。

「覚えてへんのはヒデにとっていいことかも知れんな。だって、花火に悲しい思い出があるやつなんて、可哀想やろ」

 いつもは豪快に笑い飛ばしているチャコが珍しく優しく笑っている。こんな表情もできるのかと、その顔に見入ってしまう。

「俺らは、きっと過去のことなんか思い出さんほうが幸せなんやろうな。けど、それでも、忘れられへんことって、あるやろ。忘れたいのに、それが許されへんことって」

 いつの間にかチャコの花火も火を失っている。

 ヒデは歯切れの悪い同意を返しながら小さく頷くと、それに満足したのかチャコは足元の花火を手の届く範囲で集め、押し付ける。

「後はよろしく。俺は帰るわ。明日任務やねん。夕方からやけど」

「あ、僕もだよ」

「さよか」

 立って伸びをしたチャコは反対側の三人や宿家親(オヤ)にも別れの挨拶をして、ヒデに向き直った。

「多分同じ任務やろな。ほな、また明日、やな」

 ヒデはチャコを見上げながら「うん」と頷く。

「来年も花火できたらえぇな。その前に大晦日の餅つきやけど」

「そうだね」

「ヒデも、はよ帰るんやで」

 背中を向けて一歩踏み出したチャコにヒデは立ち上がって声をかける。先ほどのチャコの言葉が引っかかっていた。どうもすっきりしない雰囲気にしてしまった自分に弁明でもするように、思わずチャコの手首を掴んだ。抱えていた花火が数本地面に落ちる。

「花火の思い出に、チャコのこと入れとくね」

「頼んだで」

 振り返ったチャコは歯を見せて笑った。


 最後まで残っていたアレンからの無線を受けたケイはイチに声をかける。帰りたいが、まだ残っているから取りに来てほしいとのことだった。

 イチは花火の投げ合いに決着がついたところで、宿(イエ)へと帰っていた。季節を肌で感じるよりもケイに栄養のある食事を規則正しく取らせることのほうがイチにとっては大切だった。

 呼ばれたイチはケイの隣に座り込む。

「片付けるのは片付けますが、その前にケイさんも花火して来たらどうですか? 今は誰も任務に出ていませんし、少しぐらいなら僕が代わりますよ」

「俺一人で花火なんかしてもしょうがないだろ。ミヤには処分しろと言われているし、すまんが全部燃やすなり何なりして来てくれないか」

 珍しくケイからの指示を渋っていると、ミヤから「おい」と無線が飛んできた。ミヤは大事な話がある時は必ずこの部屋までやって来る。無線ということはどうせ小言に違いないとケイは眉間にしわを寄せる。大方、隠蔽するよりも先にミヤが射撃場に来てしまったのだろう。

『全部処分するように言ったはずだがな』

 予想通りの台詞だ。ケイが何か言い返そうとするが早いか、イチが返事をする。

「ケイさんが今から行きます」

『それはいいことだな。たまにはイチじゃなく、自分で片付けに来い』

 追い打ちをかけるようなミヤの言葉に、ケイは思わずイチを見遣った。確かに、ヤヨイやイチからは外の空気を吸え、外を歩けと常々言われているが、まさかこんな風に部屋を追い出される羽目になるとはと、恨みがましい表情を作った。

「ゆっくり散歩でもして来てください」

「ミヤに怒られるのと、片づけと、あと散歩か。だいぶ長旅になりそうだな」

 わざとらしく指を折って数えてみるも、イチには効果がないらしかった。ちらりと手元を見ただけで、すぐに視線を戻された。

「きっと怒ってないですよ」

「イチにはわからんだろうが、意外と小さいことですぐ怒るぞ。ミヤは」

「ほら、怒られているうちが花って言うじゃないですか」

「それは叱咤激励の意味だろ。ミヤのはただの憂さ晴らしだよ」

 イチにはミヤが聖人君子の人格者にでも映っているのだろうか。ケイの反論は受け入れられず、渋々出かけることになった。

 靴はもちろん、下駄や草履すら履くのが面倒で裸足で表へ出る。陽が落ちてしばらく経つ舗装されていない道は温かさと冷たさが混在した不思議な温度を足裏に伝える。

 小さな石が喰い込む痛みも、柔らかさを不意に感じる草花も、静かに鳴く虫の声、木々のざわめき、風に流れていく闇に溶けた雲、全てがいつまでも変わらない。

 空を仰いだまま、いつの間にか立ち止まっていたらしい。正面から来た土を踏みしめる下駄の音に顎を引く。

 ただ浴衣を着ているだけなのに、どこか身なりの整ったように見えるミヤと、対照的な自分の服装にケイは早くも裸足で来たことを後悔した。

「遅いから迎えに来たぞ、ケイ」

「ミヤは俺に小言を言って早く帰りたいだけだろ」

「わかってるならさっさと来い」

 踵を返し、肩を並べて歩き始めたミヤはケイのふくらはぎを軽く蹴りつける。ケイも慣れたもので、この程度では何も思うことはない。イチが会話を聞いている可能性を考え、二人は当たり障りのない内容を選んで口にする。

「誰が喜んで怒られに行くんだよ」

「それでも、ケイは来るだろ」

「行こうと行くまいと、結果は同じだからな」

 よくわかってるなとでも言いたげに、ミヤは鼻で笑う。

 こうして堅洲村(カタスムラ)を二人で歩くことも珍しい。そもそも外で会うこと自体、ケイが引き籠もり状態である限りは稀なことだ。

 ケイは隣を歩くミヤを横目でちらりと見上げる。何十年も前、こうして同じように花火をするために隣を歩いているとき、ミヤとの身長差はもっと大きかった。今も差はあるものの、当時よりは見える景色は似ているはずだ。

 花火の音と、火薬っぽい煙たい匂いが思い出された。


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