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Blackish Dance  作者: ジュンち
125/208

125話 幻影

ずっと、見ている。

 ノアとヒデが地図を頼りに辿り着いたのは、古ぼけた平屋の一軒家だった。堅洲村(カタスムラ)宿(イエ)よりかは多少新しさを感じるが、それでも造りは古民家というにふさわしいだろう。周りも古くからある民家ばかりで、マンションやアパートといった建物は見当たらない。今回はこの家で二人暮らしをするらしい。

 周囲には「移住してきた」と適当な文言を添えてヒデが挨拶に周り、取り敢えず奇異の目からは逃れられるように取り計らった。ここまでは計画通りだ。田舎特有の色眼鏡さえ気にしなければ、特に不自由なこともない。

 間取りや荷物の確認を終えたノアが下見に行こうと提案し、早速夕暮れに連れ立って出かけることになった。

 家庭で消費できるだけの野菜しか作られていないこぢんまりとした畑や車が一台やっと通れるぐらいの車道、同じ名字ばかりの表札。段々と近づいてくる山からは夏の虫が静かに音を奏でている。

(カエデ)、もうちょっとゆっくり歩いてよ」

 そう声をかけられて、ヒデは立ち止まって振り返った。ノアは監視カメラの映像が映っている携帯電話を噛り付くように見ながらゆっくりと歩いている。ちらちらと前を確認してはいるが、その様子では普通の速度で歩くのは確かに難しいだろう。

 夕日は思っているよりも速く沈んでいく。さっき家を出たときにはまだ明るく感じていたのに、たった数分歩いただけで既に辺りは暗くなっていた。どうやら、しんと静まりかえった空気感が暗さを助長しているらしい。

 ヒデはノアの片手を掴み、引っ張るようにして強引に歩かせることにした。遠目に見れば、外出を強要されている携帯中毒者だ。だが、ここにはそんなヒデたちを見るような人間もいなかった。民家は段々と減り、空き地なのか私有地なのかわからない雑草だらけの土地が続く。

「留守番してればよかった。別に二人で来る必要なかったよね」

「二人で行こうって言ったのは(ミノル)じゃん」

「それはそうだけど」

「ほら、もうすぐ着くから」

 そう言われてノアが顔を上げると、いつの間にか車道は一本道になっていた。いくつもの道が合わさり、行き止まりへと向かっている。

 ノアは携帯電話を消してズボンのポケットに入れる。ここまで来れば、わざわざ画面越しに監視することもない。

 それから一分と歩かないうちに着いたのが、監視を命じられた墓地だ。数え切れないほどの墓石が所狭しと並んでいる。

 元々山だったところを削って作ったらしく、奥に行けば行くほど高くなり、墓参りをしようと思えば階段にもなっていない急な坂道を登らなければならない。歩道というほどでもない狭い道はいつ舗装されたのかわからないひび割れだらけのアスファルトで、木の根に押し上げられてところどころ地面が露出している。墓石の区画以外にあるのは、車が二、三台置けるだけの砂利が敷かれた駐車場、奥に見える唯一の建物は斎場だ。この時間になれば誰もいない。

 当然外灯もなく、この時間帯の明るさは堅洲村(カタスムラ)といい勝負だ。先ほどまでは家々から明かりが漏れ、人の気配が感じられていたが、急に物寂しさが辺りを満たした。

「下見なら昼に来たほうがよかったね」

「いやいや、何事も早いほうがいいって」

 この時間帯の下見を言い出したノアはその発言を肯定し、まるで遊びにでも来たかのように坂を駆け上がる。一番上まで上ると、ぐるりと辺りを見回した。

「夏の墓場なんて、趣ありすぎでしょ」

 映画のワンシーンかのような光景にノアは思わず口元が緩む。ヒデも「確かに」と、暗闇と溶け合う赤紫色をした夕暮れの名残を眺める。

「まさか人生でこんな時間にこんなところに来ることになるとは思わなかった」

「人生って何があるかわかんないね」

 二人は少し歩き、どこのだれかもわからない家族の区画をまじまじと見つめる。最近訪れた人がいたのだろう。数か所にはきれいな花が夏の夜風に揺れていた。

「それにしても広いね。田舎の墓地ってどこもこんな感じ?」

「ケイさん、見張るって言っても、この中のどれなんですか?」

『それは俺も聞かされていない。とにかく、予定通り監視をしてくれ』

「そう言われてもねぇ」

 この任務では基本的には家にいたまま、「死体屋」が仕掛けたらしい数か所の隠しカメラの映像で監視をする。何かあったとしても走って数分の距離だ。ノアとヒデであれば一般的な人間よりも早く到着できるだろう。

 死角がないようにカメラが設置されているとはいえ、それでもこの広大な敷地を見続けなければならないのは果てしないような気がして心が折れそうになる。しかし、任務であれば文句を言っても仕方がない。

 だいたいの位置関係を把握した二人は帰ろうかと目くばせをする。ふいに吹いた風が山の木々をざわつかせる。

「な、なんか変な音しなかったー!?」

「いや、普通に木でしょ。ていうか、墓地にいる人って基本的にちゃんと供養されてるわけだし、化けて出ることもないんじゃない?」

(カエデ)って妙に冷静なときあるよね」

「幽霊とか、信じてないだけだと思うよ」

「僕も信じてないけどさぁ」

 再び墓地の入り口に立った二人は後ろを振り返る。これから一体何日かかるかわからない任務の舞台だ。この帝国にいくつあるかわからない墓地、何人いるかわからない死者の中から、たった一人を守る。死んでも尚、誰かに必要とされているのは何だか羨ましくも感じられた。


 監視を始めて四日目、当初想定していたよりも任務が長引いている。夜も深まり、もうすぐで時計の針も十一時になろうとしている。

 ヒデはぼんやりとした頭で大型のテレビを眺めていた。交代はしているものの、変わることのない映像を見続けるというのはなかなかに集中力が続かないものだ。これならまだケガをするような任務の方が気が楽だなと小さくため息をつく。

 ノアは交代と同時に風呂に行った。水がお湯に変わるまで早くても一時間ぐらい待たなければならない堅洲村(カタスムラ)と違い、瞬時に熱いお湯が張られる風呂に入るのが楽しいらしい。古民家とはいえ、ここにはガスも電気もあるということを再認識させられる。かすかに水の音が聞こえた。

 エアコンの利いている部屋で監視できることに感謝しつつ、小さくあくびをしたところに、しばらく音沙汰のなかったケイから無線が入った。突然の呼びかけに、任務が終わったのかと心を躍らせそうになったが、どうやら違うらしい。

『画面に誰か映ってるぞ』

 ヒデは目をぱちくりとさせる。

『ほら、無縁仏のところ』

 九分割された映像の言われた場所に顔を近づけてみるが、そこには丁寧に掃除された無機質な石がただ行儀よく並んでいるだけで、人影はおろか、動物も、雑草すらない。

 ヒデとケイが見ている画面は同じだ。誰かに作為的な操作でもされていない限り、別の映像が見えることはない。リモコンを操作して画面いっぱいに言われた場所を映し出してみる。ケイの無線に慌てて居間へやって来たノアも画面をまじまじと見てみたが、答えはヒデと同じだった。

 先に居間を飛び出したヒデは走って墓地へと向かう。住んでいる人々の年齢層が高いこともあってか、電気がついている家は皆無だ。ただ月明かりと、必要最小限の外灯だけが足元を照らす。都会から離れていようが、日が暮れていようが、この季節は暑い。噴き出すほどでもない汗が頬を、背中を、じわじわと流れていく。


 今しがた見た映像にケイは首をかしげる。はっきりと人の形に見えた影がもし誘拐犯だとすれば、おかしな話だ。ちょうど同時刻、治安維持部隊に変装したレンジとジュダイが犯人の自宅へと向かっている。

 単独犯だと思い込んでいただけで、実際は複数犯だったのかもしれない。そもそも、墓地に現れた人間が墓を(あば)きに来たとも限らない。深夜の墓参りと洒落こんでいるのか、それとも夏の風物詩とかこつけた肝試しか、理由は何であれ一般人の可能性も大いにある。

 だがしかし、気がかりなのは、自分とヒデたちで違う映像が見えていることだ。わずかも動かず、じっとこちらを見ているような人影に言いようのない感情が渦巻く。

 息を弾ませたヒデの声が聞こえる。どうやら走って現場へ向かっているらしい。

『ケイさんの言う人、容姿はわかりますか』

「暗くてわからない。だが、身長は墓石から考えるにヒデより少し高いぐらいで細身だ。服装は不明」

『不明って、暗視カメラじゃないの?』

 そこにノアが参加してくる。声の様子からヒデに合流しようと走っていることがわかる。

「わからないからわからないと言っている」

『ケイらしくないじゃん』

『あと少しで着きます。無縁仏のところですね』

「そうだ」

『わかりました。(ミノル)、どのくらいで来れる?』

『もう入り口!』

 そう言うが早いか、ノアも画面に現れた。ヒデがノアに手を振って居場所を伝えている。今もそのヒデの隣には人影が見える。

 ケイは固く目を閉じ、眉間にしわを寄せる。自分が今から発する言葉には自分で馬鹿馬鹿しさを感じる。だがしかし、伝えないわけにもいかない。背中に何か冷たいものが触れるような感覚がした。

「今、ヒデが立ってる真横、左だ。誰もいないのか、本当に」

『ケイ、疲れてんじゃないの?』

『流石に、その距離に人がいたらわかりますよ』

 呆れたような二人の返事に、軽く頭痛がした。片手で頭を支えるようにして画面を見つめる。

 イチを呼んで映像を見せてみるも、五秒と経たずに「ヤヨイさんに連絡しときますね」と哀れみの表情を残して部屋から去っていった。

 そこへレンジから連絡が入る。予定通り、犯人を捕まえたらしい。特に抵抗もなく、大人しく捕まってくれたのは幸いだ。

「レンジ、一つ、犯人に聞いてくれ」

 徐々に重く感じる頭とは裏腹に、軽い返事が返ってくる。

 仮に共犯者がいたとして、それが霊でもない限り、映像の説明がつかない。どんな答えだったとしても、それが自分を納得させてくれるとは到底思えなかった。

『単独犯だってさ。聞くのはこれだけでいいか?』

 短く「わかった」とだけ言うと、ケイは二人にその後の指示を出して一旦画面を消した。


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