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Blackish Dance  作者: ジュンち
124/208

124話 火焔

燃え盛れば、闇が生まれる。

 気を取り直したようにノアが「そうそう」と手を叩く。どこか遠くを見ていたルキはその乾いた音に我を取り戻したのか、ノアのほうを見た。

「帝国が火葬でよかったよね。もし土葬なら今日の任務は『ゾンビと戦え』だったかもしれないじゃん」

 ルキはノアの言う世界を想像してみたのか、少し間をおいてから苦虫を噛み潰したような表情を作った。その顔から、相当ひどい様子であったことが窺える。

「仮にそうだったとしてもさ~、流石に言い方はもうちょっと考えるよ〜」

「いや、ルキならそのまま言っちゃうね。『敵はグズグズでズルズルの死体だよ~』って感じでさ」

 再び異世界へと意識を飛ばしたルキは、「あ~、言う、かも」と顎に手を当てる。そんな会話を聞いていたヒデが、ふと何かに気づいたようにルキに問いかける。

「今まで考えたことなかったんですけど、どうして帝国って火葬なんですか?」

「ちゃんとした所なら土葬でもいいんだけど、私有地に埋めると法律上では死体遺棄になるよ〜。まぁ理由は色々あるんだけど、国土のほとんどが山の帝国じゃあさ〜、全員土葬してたら生きてる人間の土地が無くなっちゃうからね〜」

 ノアも初めて聞く内容に納得しているらしい。たとえ小さな疑問でも、既死軍(キシグン)の大人たちは誰かが答えを出してくれる。この問いも、ルキが答えなければケイが口を挟んでいただろう。ヒデはノアとともにうなずく。

「けどさ〜、もし帝国に広大な平野があって、土葬が許可されてたとしてもさ~、ルキさんは火葬してほしいな〜」

 再び、ここでも異世界でもないどこか遠くを見るような目で、ルキはぽつりとこぼした。表情はいつも通りなのに、その視線の先にあるのはどうも楽しい世界ではなさそうだった。

「燃えて、燃えて、燃え尽きて、灰になってさ。それで、風に吹かれてなくなっちゃえばいいんだよ」

堅洲村(カタスムラ)のお墓には入らなくていいの?」

「ん〜、あんまり堅洲村(カタスムラ)にはいないから愛着ないかな〜。そっちのお墓に入るぐらいならさ〜、地縛霊になってここにいるほうがマシかも〜」

「霊なんかにならないで、成仏したほうがいいんじゃないですか?」

「それは死んだルキさんに言ってあげて〜。あ、そうだ。もしルキさんが死んだらさ~,火葬場自体ここでいいんじゃない? 景気よく、この建物ごと燃やしてよ」

 名案だと言わんばかりに目を輝かせるルキに、仏頂面をしていたノアも思わず笑い出した。突拍子もない発言は今に始まったことではないが、それにしても建物ごととは思い切った発想だなとヒデも苦笑いするしかなかった。

 ルキが死ぬとは到底思えないが、既死軍(キシグン)の一員である以上、その身に何が起こるかは予想できない。あっけらかんと笑っているルキの「いってらっしゃい」や「おかえり」が聞けなくなる日もいつか来るかもしれない。

「ルキさんはたった今、ここの地縛霊になることに決まったんだけどさ~、二人は死んだらどうなりたい? まぁルキさんたちは死んでるっちゃあ死んでるんだけど、書類上で死ぬのとはわけが違うじゃん~。怨霊とかになるの、楽しそうじゃない?」

「やだ。さっさと天国でも地獄でも、どっちでもいいから行かせてほしい」

「ここ以外のどこかに行けると思ってるの?」

 ノアを否定したルキはその目を見つめて小さく笑った。

「ヒデはどう思う?」

「僕は死後のことはどうでもいいですね。死んでるので」

「ヒデはヒデで達観しすぎでしょ~」

 結局、二人の意見を受け入れることのなかったルキはへらへらと笑いながら胸ポケットからタバコの箱を取り出した。慣れた手つきで最後の一本を手にして吸い口のほうを下に向け、机でトントンと叩く。

「まぁ一般的な死後の世界は骨壺に詰まってるわけだけどさ~。今回の任務に限らず、何かの拍子に骨壺が手に入っても、絶対に中は見ちゃダメだよ~。オバケが出てくるからね~」

 その言葉をノアは「子供騙し」と鼻で笑う。散々非科学的な会話をした後ではあるが、ルキはその点は気にせず話を続けた。空になったタバコの箱をぐしゃりと潰して、腕を組む。

「それはそうかもしれないけど、一応忠告。呪いとか、言霊とか、そういう言葉が現代にも残ってるってことの意味は、よく考えたほうがいい」

「オバケはいる、って言いたいの?」

「いないとは言い切れないね~」

 ノアの質問をはぐらかすようにルキは笑って見せる。見慣れているはずのその笑顔が、今はどことなく不自然に思えた。

「生きてる人間が死人に何かを求めるのは、違うと思う。けど、ルキさんたちは死んだって、どこにも行けないんだよ」

 腕組みをしたまま困り果てたような表情のルキは一体何を考えているのだろうか。人生設計をすっ飛ばしたルキの死後設計は、既死軍(キシグン)の人間としてはいささか浮ついていて非現実的だった。

 そんな話を一通りしたあと、ノアとヒデはやっと任務へと向かった。

 任務が終わるまでは死体屋が仕掛けたらしい監視カメラの映像と睨めっこしながらの二人暮らしだ。一晩で終わることが多い任務と違い、今回はどのくらいかかるのかルキにも読めない。

 二人を見送ったルキは事務所を素通りして自室に入り、必要最小限の広さしかない台所でお湯を沸かし始めた。今日の仕事は今のところ、これで終わりだ。事務所より少し小さい窓の外ではまだ雨が強く降り続いている。

 薄い緑茶を飲んで一息ついたところで、ケイから無線が飛んできた。半分笑ったようなケイの声がルキの耳に響く。

『で、死体屋って何の話だ?』

 つられてルキも笑いながらやっと最後の一本に火をつけた。嘘をつくのは今に始まったことではないが、得意というわけではない。人間観察に長けている人間であれば、容易に見破ることができるだろう。

「辻褄さえ合ってれば、話でっち上げていいって言ったのはケイでしょ~?」

『あり得そうな話で笑っちまうな。作家にでもなったらどうだ』

 紫煙であたりを満たしながらルキは目を細める。(イザナ)が任務の全貌を知っていることは滅多にない。「知らなくてもいいことがある」という魔法の言葉がある以上、(イザナ)も詮索したり、細かいことを気にしたりすることはない。今回も何とか上手くいったと、ルキは架空の存在に感謝する。

既死軍(キシグン)にだって堕貔(ダビ)がいるぐらいだし、確かにいそうだよね~。けどさ~死体屋さんって、もしいたら何するんだろうね」

『大方、死体処理だろ』

「うえ~。そんなお仕事、気が滅入っちゃうね~」

『作ったのはお前だろ』

 ルキは「そうだけどさ~」と再び笑う。

「もしいるなら、堕貔(ダビ)みたいに感情が無ければいいな~って思うよ」

『残念だが、感情の有無は堕貔(ダビ)による』

「じゃあ訂正。サナみたいに」

『あれは特殊例だ。却下』

 間髪入れないケイに、ルキは一人で膨れっ面をする。手元のタバコの灰が少し落ちるのを目で追った。

「話変わるけどさ~、実際の依頼ってどんな内容なの~?」

『俺も詳しいことは知らない。とにかく、あの墓地を監視してくれって頭主(トウシュ)さまから書面で依頼が来ただけだからな。俺も監視対象がどの墓なのかは知らない。ミヤなら知ってるかもしれないが、まぁ教えてはくれないだろうな』

「ケイも何というか、苦労が絶えないね~」

『それが俺の役割だ』

 その言葉にルキはタバコを介して息を吸い込むと、煙を吐き出して笑った。

「でさ~、捜査の進展は~?」

『明後日ぐらいにはレンジとジュダイを犯人のところへ向かわせられるだろう。治持隊(チジタイ)の捜査は進んでないらしいから、法律も権利も絡まない既死軍(キシグン)のほうが相変わらず有利だな』

「動機はやっぱりわかんない感じ?」

『そうだな。身代金の目当ての遺骨窃盗は、たまにある話だからわからんでもないが、遺骨代わりの石をそのまま手元に置いてるっていうのは意味がわからん』

「世界にはいろんな愛好家がいるからね~。好事家っていうの? まぁ趣味は否定しないけどさ~」

『だが、戻りたくても戻れなかった戦没者の身代わりだ。戦地での遺骨収集が進んでいるとはいえ、遺族の神経を逆撫でする行為だな。それに、やむにやまれず、こうするしかなかった当時の軍部をバカにしているとしか思えない』

「ケイにしては珍しく、個人的な意見だね~」

『戦時中の記憶があるもんでな』

「だとしても、だよ。そんなこと言うなんて、疲れてんじゃないの~?」

『もしそうなら、イチに気づかれないようにするまでだ』

 ケイの言わんとすることを理解したルキは声を上げて笑い出し、まだ長いタバコを灰皿に潰す。

「ルキさんが気付いてるぐらいなら、もう手遅れじゃない~? 徹夜何日目~?」

『個人情報は非公開だ。それなら、今日はさっさと寝ることにする。おやすみ』

 初めて聞いた気がするケイからの就寝の挨拶に返事をして、ルキもベッドに寝転がった。机では飲みかけのお茶がまだ湯気を立てている。辛うじて靴は脱いだが、スーツもネクタイもそのままで、およそ寝られるような恰好ではない。しかし、目を閉じた瞬間、ルキは夢の中へと引きずり込まれていった。


 ヒデたちが任務へ向かう数日前、ケイはミヤから一通の封筒を受け取った。それは珍しく、頭主(トウシュ)からの依頼だった。一体どういう意図があるのだろうと詳細を聞くよりも早く、ミヤは「頼んだ」と残してさっさと姿を消してしまった。

 最近、墓荒らしが出ているという情報は知っていたが、それに絡んだ依頼がまさか頭主(トウシュ)から来るとは考えてもいなかった。

 指定された墓地はごく一般的なところで、埋葬されている人々も調べてみたが、頭主(トウシュ)に繋がりそうな人間には辿り着くことができなかった。既死軍(キシグン)の人間であれば、ケイが知っている限りでは全員堅洲村(カタスムラ)の外れにある墓地に埋葬されている。そうなれば、軍の関係者か、それとももっと個人的な付き合いの人間だろうとそれ以上深入りすることはしなかった。

 ケイがインターネット上にある墓地の衛星写真を見ていると、ふと、過去の光景がよみがえった。逆光で顔のよく見えない男が、目の前にいるかのように思えた。


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