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Blackish Dance  作者: ジュンち
123/208

123話 縹渺(ひょうびょう)

漠然たる、人影。

 夏の雨はジメジメとした湿気を空気中に含ませ、わかりやすく不快さが増す。ルキの事務所が入っているビルに駆け込んだヒデはとんだ災難だと濡れきった髪を掻き上げた。

 滴る雫で床の色を変えながら階段を上がり、事務所に続く扉の前に立つ。階段から気にはなっていたが、部屋の外までノアの声が響いている。また何か面倒ごとでも起きているのかとヒデは気づかれないように扉を静かに開けた。案の定、事務所ではソファに座ったノアがルキに文句を垂れている。

「別に僕はオバケ退治を専門にしてるわけじゃないんだけど」

「いや~、特に他意はないよ~」

「じゃあ他の(イザナ)でもいいじゃん」

「でも、ノアってほら、内臓とかいっぱい出てるの得意でしょ~?」

 そう指摘されたノアは一瞬ためらい、「否定しないけど」と渋々肯定した。そんな会話をしている二人の間にヒデは割って入る。

「それなら僕は何で呼ばれたんですか」

「ん~? 何でも卒なくこなしそうだからかな~?」

 場面が違えば褒め言葉なのになとヒデは苦笑いしながらノアの正面に座る。ノアはさっぱりとしたきれいな服のままで、かなり早くここへ来ていたことがわかる。お互いに制服ではなく、私服のままだ。

「というか、まぁ他のみんなもいろいろとあってさ~。動けそうなのが実際ノアとヒデぐらいなんだよね~」

「だからって堅洲村(カタスムラ)に帰らせてもらえないの、癪なんだけど」

「そう言わずに~。ベッド貸してあげたしさ~、こういう任務は得意分野でしょ~?」

「ほら。やっぱりあるじゃん、他意」

 口を尖らせたノアはテーブルに放り出していた資料を再び手に取る。どうやらノアは別任務を終わらせて事務所へ戻り、そのまま残っているらしい。この大雨だというのに、一切濡れていないのも合点がいく。

「ノア、任務って何してたの?」

「機密情報の受け渡しがあるっていうからレンジと行ってたんだけど、ロイヤル・カーテスも来ないし、すぐ終わった。あいつらと戦ってたら何か普通の人って弱く感じてつまんない」

「ケガなく終わったならよかったじゃん」

「それはそうなんだけど」

 それから二人でしばらく他愛もない話をしていると、ルキがやっと説明する気になったのか、話が途切れるのも待たずに話し始めた。

「でね~。今回はオバケ退治っていうか、もっと人間寄りの話なんだけど~」

 そうルキが指さすのはノアが手にしている資料だ。相変わらず一人分しか準備されていないそれをヒデはノアの隣に移動して覗き込む。

「ルキさんの色んなお付き合いの中にさ~、死体屋さんっていうのがいるんだけどさ~。その人からの依頼でね~」

 既死軍(キシグン)については知らないことが多々あるということを久々に感じた。隣のノアも依頼主のことは初めて聞いたようで「死体屋?」と首をかしている。そんなノアと目が合い、お互いに困ったように眉を下げてみる。どうやら思っていることは同じらしい。

「盗掘というかさ~、墓荒らしというかさ~」

 珍しく説明をするときにタバコを咥えていないルキは、いつもにまして歯切れが悪い。ノアは「まぁ結局、死体をどうこうって話でしょ?」とかしげていた首を戻し、ルキに向き直る。

「僕らは死体をどうしたらいいわけ?」

「けど、お墓に入ってるなら火葬してるし、あるのは骨だけじゃない?」

 ノアの意見を修正しつつ、ヒデもルキを見る。折角ルキが準備した資料は目を通されることもなく、ただノアの手元にあるだけだ。ノアが話すたびに、紙の端がわずかに揺れる。

「じゃあ遺骨なんて盗んでどうするの? この時代に黒魔術とか非科学的なこと言わないでよね」

「いやいや、それは流石にないよ~。えっとね~誘拐? っていうの? かな~?」

 自分で自分の言葉に疑問を呈しながら、腕組みをしたルキは話を続ける。

「芸能人とかだと、熱狂的信者がお墓掘り返して遺骨持って帰っちゃった~って話、たまに聞くんだけど~」

 さも当然かのようにルキはいつも通り笑っているが、知らない世界はいくらでもあるものだとヒデは苦笑する。どうやら世の中には自分の発想を超えた行動をする人間がいるらしい。

「最近は身代金? っていうの? 遺骨を返してほしかったら金払え~って事件があるらしくってね~」

「それなら誘拐、になるのかな」

「けど、死んでる相手でも誘拐なんですかね」

「ちなみに、遺族が要求された身代金は千五百円だって。意外とはした金だよね~」

 けらけらと笑うルキを横目にヒデは死んでなお価値を問われる、既に終わった人生を考えてみた。金額はいくらであれ、人間を金銭に換算するのはどうも忍びない。しかし、安い中古車やブランド製品ぐらいの値段が付けられるならそれなりかと着地点の見えない思考を無理矢理終わらせた。

 そうこうしていると、ゆっくりとしか進まない問答にしびれを切らしたのか、今まで黙っていたケイの声が無線から聞こえる。

『遺骨の窃盗は死体損壊罪、金銭の要求は恐喝罪にあたる。が、今はそんなことはどうでもいい。さっさと話を終わらせろ』

 つまらなさそうにルキは腑抜けた声で「は~い」と返事をする。

「ケイにまた怒られない内に手っ取り早く言うと~、とある遺骨を誘拐犯から守ってくれって依頼だよ~」

「じゃあ今回の任務は護衛、になるの?」

 ノアの短い問いに再び三人で頭をひねる。任務には関係のない、言葉の綾のようなものだが、気にし始めるとつい考え込んでしまう。そのまま考え込むこともできたが、耳元でケイの息を吸う音が聞こえた気がして、ルキは慌てて脱線仕掛けた話を本題へと戻す。

「まぁまぁ、それは置いといて。当然遺族は通報してるから治持隊(チジタイ)が捜査してるんだけど~、まだ犯人の特定には至ってないみたいだよ~。けど、死体屋さんはどうしても、その遺骨だけは治持隊(チジタイ)に介入されたくないらしくてね~。だから誘拐されると困るんだって。ほら、ややこしいもんね、治持隊(チジタイ)絡むとさ~」

「ルキに依頼してまで守りたいって、誰の骨? 誘拐されて治持隊(チジタイ)の手に渡るとめんどくさい感じ?」

「残念だけど、死体屋さんのことがあるから、今回は言えないことが多いんだ~。ごめんね~」

 死んでからすら守られるとは、余程の要人なのだろうかとヒデは考えてみる。しかし、得体の知れない死体屋という人物、もしくは組織が噛んでいるとすると、ルキの言う通り、詳細は知らないままのほうが任務は簡潔に済ませられそうだと思った。だが、隣のノアは(もや)がかかったようなはっきりとしない任務内容に少し苛立っているように見えた。

「とにかく、誘拐犯が現れるにしろ、現れないにしろ、依頼を受けた以上はその遺骨は既死軍(キシグン)が守らなきゃいけない。死体屋さんとはこれからも仲良くしたいからね~。ってことで、さっそく墓地に行ってほしいんだけど~」

 再びノアとヒデは顔を見合わせる。資料によると、それは山のふもとにある民家からは少し離れた墓地だ。

 夏、墓地と遺骨。

 そして犯人が訪れるのは恐らく夜だろう。絵に描いたような状況だ。

「ルキさん、もしかしてですけど、守る期間って」

「誘拐犯が捕まるまでだよ~」

 やってられないといった様子でノアは手にしていた資料をばさりと机に投げ出す。帝国の治安維持部隊は世界的に見ても優秀とは言え、特定もできていない状態から逮捕するまでに一体何日かかるというのだろうか。ノアは睨むというよりも、眉間にしわを寄せて不満を表してみる。

「大丈夫大丈夫。ケイは犯人の目星ついてるらしいから、他の(イザナ)が捕まえに行くよ~。絶対治持隊(チジタイ)が解決するよりも早いから、長くても二、三日じゃないかな~。まぁそれより早く犯人が墓地に現れたらノアたちで捕まえてくれてもいいしさ~」

 ノアの眉間のしわは一層深みを増した。そんな表情を和らげようと、ヒデは少しでも(もや)を取り払う努力してみることにした。

「死体屋って人のことも気になりますけど、それより誘拐犯の動機って何なんでしょうね」

 ノアに放棄された資料をめくりながらヒデは頭の中で色々と考えてみる。ただの金銭目的なのか、それとも変わり者の蒐集家なのか、何か思想があるのか、今はまだわからない。しかし、任務が終わった後で知ることができるとも思えなかった。はっきりした理由も目的も、やはり濃い霧の向こうにあるようで、不思議な数日になりそうだとヒデはめくっていた資料を表紙に戻した。

「まぁ流石に今は理由はわかんないけどさ~。骨は逃げ出しもしないし、衣食住も考えなくていいし、誘拐したあと楽そうだよね~。それでうまくお金ももらえたら案外いい稼ぎ口なんじゃない~?」

 一体誰の目線で物事を考えているのか、へらへらとルキは椅子の背もたれに身体を預ける。

「けどさ~遺族が身代金準備するの、ルキさん的には不思議なんだよね~。とっくに死んでるんだからさ~、いわゆる『最悪の結末』すら既に超えてるわけでしょ~? だからルキさんはさ~遺骨なんてどうなってもいいじゃんって思うんだけどさ~」

 天井を仰ぎながらゆらゆらと身体を揺らし、ぼんやりとした声を出す。すぐ後ろにある壁一面の窓の外では大粒の雨が一層激しさを増し、窓を打ち付けるように降り続いている。どんよりと垂れ込めた厚い雲のせいで空が低い。

「宗教観も大いに関係はあるんだろうけど、帝国民の一般的な感情としては、たとえ骨でも返してほしいみたいなんだよね~」

 ギシギシと音を立てていた椅子に気を使ってか、ルキは背中を少し離して座り直した。デスクに肘をついて両手を組んだルキの口元は笑っているのに、目は少しもその気配を帯びていない。

「笑っちゃうよね、死んでるのに。そんな物に何求めてるんだろ」


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