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Blackish Dance  作者: ジュンち
116/208

116話 突き付ける

積み重ねたものは、重い。

 目の前で繰り広げられていた戦いも終息した。思ったよりもきれいなままの菊の間から重い足取りでミヤが再び庭に出る。シドや加島には目もくれず、地面に濡れた足跡を作りながら料亭の出入り口の方へ向かって来た。ヤンが立っている隣で塀にもたれかかると、ミヤは「ジンはまだか」と空を仰いだ。太陽の高さはさほど変化もしていない。たった数十分程度の出来事だっただろう。だが、加島に揶揄された通り、わずかではあるが体力の衰えを感じていた。

「ケイがあと二、三分で着くはずだって」

「全員聞け」

 ヤンの返事にうなずくこともせず、ミヤは無線を介して指示を始める。

「ジンは軍の小型輸送車で来る。全員を後ろに収容して、シドは見張りに付け。ヤンとヒデは俺が車で送る。以上だ」

 ヒデからの返事を確認してから、ヤンも「わかった」と目の前の相手を見る。

「けど、ミヤ、休まなくて大丈夫か?」

 未だに殺気立っているミヤは舌打ちをして「俺を舐めるな」と壁から背を離す。そしてジンの到着を連絡するように言い残すと、シドと加島の方へと向かった。


 既に縛られている加島は地面にうつむいたまま正座していた。その横には手持ち無沙汰な様子でシドが立っている。

「さっきの無線の通りだ。俺は先に戻ってるから、あとは任せる」

 任務内容が不満だったのか、ミヤから見たシドはいつもよりも不機嫌そうな空気を纏っていた。そこへ丁度、ジンが到着したとヤンから連絡が入る。

 ミヤはしゃがんで加島に目線を合わせた。計画を全て無駄にされ、将来も暗く閉ざされた加島はその元凶を睨みつける。

「これでお別れです、加島さん。かつて同じ戦場に立った同胞を、こうして死地へ見送らなければならないのは残念でなりません」

「定型文のような台詞だな」

 白々しい表情のミヤは軍帽を取って前髪を掻き上げ、再びかぶり直す。加島とは特に親しかったわけではないが、それでも同じ時、同じ地に立っていたことは確かだった。また一人、あの戦争を経験した人間が死ぬことになるのかとミヤは遠い記憶に思いを馳せる。

「感動的な言葉をお望みですか? 残念ながら、加島さんにはそんな言葉をかける価値はありません。あなたはこの帝国に手を出した。まぁ加島さんのくだらない計画おかげで、大量に軍内の不穏分子を粛清できそうなのは礼を言います。ですが、情状酌量も何もありません。裁判で正式に死刑を言い渡されて、元軍人らしく『お国のために』潔く死んでください」

 手を伸ばして加島の喉元を掴むと、直に息を呑む喉の動きが伝わってきた。このまま力を入れさえすれば、抵抗する術を持たない加島など容易に絞め殺すことができる。だが、今回の任務でそれは許されていない。

「加島さんが滅ぼそうとした葦原中ツ帝国アシハラノナカツテイコク明御神(アキツミカミ)である(スメラギ)が統治する神の国です。たかが人間如きがどうにかできるものではないんですよ」

 幻想じみたミヤの言葉に加島は奥歯を噛み締める。温かくも冷たくもないミヤの手の温度がじわじわと体中を蝕んでいくような感覚がする。

「お前は、それが正しいことだと思うのか。言論に自由はなく、全てが監視下に置かれているこんな国が」

 加島の言葉の端々から、国家転覆を企てた理由が垣間見えた気がした。ミヤは続きを聞く気にはなれず、手に力を込めて首を圧迫する。

「お前にこの国を語る資格はない」

 くぐもった短いうめき声を出したかと思うと、十秒足らずで加島は気絶した。手を離すと、ぐらりとその巨体は後ろ向きに倒れる。人とは呆気ないものだとミヤは立ち上がり、数歩歩いて加島に馬乗りになる。

「こいつを運ぶのは俺がやる。他はヤンとやってくれ」

 そうシドに言うと、ミヤは運びやすいように加島の縄をほどいた。まだ濡れて重さを増している身体を横向きに肩に乗せ、だらりと胸側に垂れた片足と片手を掴む。

 この重さは気絶させずに歩かせたほうが楽だったなと思いながら庭を通り、門をくぐってジンの乗りつけた車に加島を運んだ。門番をしていたヤンは役目をジンに引き継ぎ、残された男たちをここまで連れて来るため、既に個室へと姿を消していた。

「外の任務ではお久しぶりです」

 同じく軍服を着たジンが車のバックドアを開けて待っていた。現役軍人のミヤと違い、(イザナ)を引退しているジンは戦いにこそ加わらないものの、宿家親(オヤ)でありながら任務に駆り出される珍しい存在だ。その理由はいくつかあるが、一番は運転ができることだった。

「今回の任務は堕貔(ダビ)の後始末がないだけマシですね」

 少し笑ったジンは加島を車の奥に押し込み、ほかの人間が乗れるスペースを作る。

「そうだな。死体は運び慣れてるが、運ばないで済むならそれに越したことはない」

 同意するようにジンはうなずき、あとは自分たちに任せて休むようにミヤに進言した。

「それじゃあ頼んだ。店のやつらには悪いが、残りの鳥船たちを乗せ終わったら撤退だ。店はひどいままだが、ヒデが何とか言いくるめてくれるだろう。そのために連れて来たようなもんだ」

「言いくるめる、とは言い方が悪いですね、ミヤさんも」

「それなら、丸く収めてくれる、か。まぁ、自覚してるのか、してないのか、ヒデの人心掌握術はなかなかだ。上手くいくに違いない」

「わかりました。あとは任せてください。けど、ここにあと五人とシドを乗せるとなると、なかなか骨が折れそうですね」

 既に加島で面積を取られている車内を見て困ったように眉を下げるジンの肩を叩き、ミヤは自分が乗ってきた車へと向かう。たった数分だけでも休めるのは有難かった。

 運転席に戻ったミヤは椅子にもたれて大きくため息をつく。耳の奥に残っていた鹿島の声が聞こえてきた。

「十年以上前の戦争を引き合いに出して『万夫不当』とか言われてもな」

 少し乾き始めた軍服が一層不快さに拍車をかけ、ミヤは目を閉じて眉間にしわを寄せた。当時の光景が眼前に広がる。

 あの時、自分が軍に入ったばかりのときは戦争の真っただ中だった。街中には国民を煽るようなスローガンがあふれ、国中が妙にそわそわと沸き立っていた。まだ親に手を引かれているような幼少期に初めて戦争を体験してからずっと、そんな高揚感にも似た雰囲気の中で生きてきたように思う。

 命のやり取りは身近だった。このまま、死ぬまでそんな環境で生きていくのだろう。

 それなのに、日に日に身体には衰えを感じる。

「このまま年を取って戦えなくなった時、俺に価値はあるのか」

 声に出した瞬間、「それ」が近くで自分を見ているようで、ぞっとした。冷たいものがひやりと背筋を撫でていった気がする。

 普通の軍人ではないとはいえ、それでも人生のほとんどを軍に所属して生きてきた。その間は命令さえあれば敵も仲間も見境なく手にかけた。誰かの人生を終わらせることこそが自分の生きている意味、生きている価値だと思っていた。確かに、シドが生まれて人生観は間違いなく変わった。しかし、それでも根底にある姿は「軍人として戦い続ける自分」だった。

「何も守れなくなって、その時、俺は」

 うつむいて両手のひらを見つめる。

「なぁシド。もしお前なら、戦えなくなった時、どうする」


 一方、外の様子がわからないままだったヒデも、ケイからの無線を受けた。加島たちの収容も終わり、撤退するとのことだった。結局戦闘に駆り出されることはなかったが、まだ戦っている方が気楽だったかもしれないと、暗い面持ちをしたままの従業員を一瞥した。もうすぐこの一室から解放できることを伝えたはずなのに、安堵感に包まれている客たちとは雲泥の差がある。

 自分たちが去った後、残されるのは無残に踏み荒らされ、血塗れにされたままの料亭だ。軍であれ、治安維持部隊であれ、現場の後処理は一切行わない。料亭として再び門を開くまでにかかる時間や費用は莫大なものになるだろう。もしかすると、二度とその門は開かれないかもしれない。

 ヒデは久しぶりに、既死軍(キシグン)として踏み躙ってきたものを目の前に突き付けられた気がした。こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか。全ての任務を覚えていたつもりだったが、どうやら少しずつ忘れていっているらしい。三年目ともなれば当然かと、薄ぼんやりとした記憶から目を背けた。

「軍人さん」

 この料亭の女将である女性におずおずと声をかけられ、ヒデは軍刀の柄を握りっぱなしだった手をやっとほどく。

「帝国を守ってくださったこと、心から感謝いたします」

 本当に言いたいのはそんな言葉ではないことは十分承知していた。この店は加島たちとは何のかかわりもなく、ただのとばっちりを喰らっただけだ。だが、たったそれだけで、この店の明るかったはずの未来も見えなくなってしまった。加島たちにはもちろん、この店で作戦を決行した軍にも罵声の一つでも浴びせたいだろう。言葉とは裏腹に、瞳がそう物語っていた。

 だが、軍人にそんなことができるはずもない。

「軍がしたことは間違っていません。恐らく、この障子の向こうの世界は変わり果てているでしょう。ですが、謝るつもりも、弁明するつもりもありません。その必要もありません」

 ヒデの強い言葉に女将はほんの僅かに唇を噛む。わなわなと震えるその唇が伝えるのは、怒りにも悲しみにも見えた。

「軍人という絶対的な存在の前で感情を出すことは、この国では許されていません」

 軽く握っていた女性の拳に固く力が込められる。自分の思うまま泣いたり笑ったりできないことの不自由さを知っているからこそ、ヒデは目の前で耐え忍んでいる人たちの気持ちがよくわかった。

 背中を向けたヒデは障子を開け放ち、肩越しにたった数十分だけ守った人々を顧みる。

「だけど、軍がいなくなったあとなら、泣いても誰も捕まえには来ませんよ」

 そう言い残すと、振り返ることなくミヤたちの待つ車へと軍靴で敷居を跨いだ。


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