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Blackish Dance  作者: ジュンち
113/208

113話 引導

切り捨て、御免。

 ヤンとヒデにとっては久方ぶりのミヤの事務所だった。がらんとした地下の書斎には人がおらず、ただくぐもった光を放つ電灯だけがぽつんとついている。

「ミヤも当然軍服だよな」

 部屋の真ん中にあるソファに座ったヤンは顎に手を当てて思案顔を浮かべる。

「そうじゃない? ミヤさんの軍服姿ってかっこいいだろうね。見たことある?」

「陸軍はないな。治持隊(チジタイ)はあるけど」

「あ、闇賭博場の時?」

「いや、俺はその時は会ってない。もっと前だな。何の任務だったか忘れたけど、ヒデはまだ既死軍(キシグン)にいなかったと思う」

 ヒデは壁にもたれ、「そうなんだ」と短く返す。ヤンの話から推測するに、ヒデが思っているよりもミヤは(イザナ)と共に任務に出ているらしかった。頭主(トウシュ)の秘書とシドの宿家親(オヤ)をしつつ、任務もこなすとは、既死軍(キシグン)の大人たちは多忙な人間しかいないのだと思わず決めつけてしまいそうになる。

「懐かしいな、賭博場。そろそろ一年ぐらい経つか?」

「そう言えば、今ぐらいの時期だったね」

「早いもんだな」

 たった一年前ではあるが、もっと昔のことのようにも感じる。共通の思い出話に花が咲こうとしたが、その花はつぼみのまま萎れることとなった。ゆっくりと地上に続く扉が開けられたそこには、予想通り陸軍の制服を着たミヤと、その後ろにシドもいた。

「任務内容はルキから聞いている通りだが、俺から一つ釘を刺しておく」

 扉を閉め、階段を下りたミヤはシド、ヤン、ヒデを前に立たせ一人一人を見る。

「今回の任務がこの三人なのは、俺が軍の関係者だって知ってるからだ。逆に言えば、お前らしか知らない。誰にどんな話をしたかは忘れたが、当然、一切の他言は無用だ。わかってるな」

 シド以外の二人はうなずき、理解したことを伝える。前髪をかき揚げて軍帽をかぶり直したミヤは同意したのを確認すると、話を続ける。

「加島は元軍人だ。軍の人間とどこで繋がっているかわからない。だからこそ既死軍(キシグン)が行く。ただ、軍人の失態は軍人(おれ)がかたを付ける」

 ヒデは以前、ミヤから「戦時中は軍にいた」という話を聞いたことがある。だが、今の話し方からすると、どうやら当時から変わらず軍に身を置いているらしかった。先ほどの既死軍(キシグン)内での役割に、更に軍人という正式な職業まで加わったミヤだが、ヒデは今まで一度も疲弊している様子を見たことがなかった。いつも凛とした空気を纏い、冷静沈着で思慮深い。その印象は初めて会ったときから変わることはなかった。一体どれほどの精神力があればそのような生き方ができるのかと疑問に思う。

 軍人とはそういうものなのだろう。ヒデは何となく、知っているような気がした。


 ミヤがハンドルを握る黒塗りの車がゆっくりと動き始める。軍が所有しているものだが、軍の紋章が入っていること以外は見た目も内部も一般的な乗用車と変わらない。軍服で乗り込むと、普段より少し窮屈さを感じた。

「今から行くのは一般人には手も出せない高級料亭ってやつだ。こういう店は人払いをするには打ってつけだ。だが、俺たちからしても、客が少ないのは手っ取り早くて助かる」

 速度を上げながらミヤは目的地に向かう。段々と人の気配が感じられる街並みになり、しばらくして大通りから少し入り込み、車がやっとすれ違えるかというほどの幅しかない静かな住宅街になった。川床と川岸がコンクリートで固められた都会らしい川沿いには所々に個人経営の店がある。もうすぐで目的地に着くらしい。

 ヒデは車窓から街並みを眺めていた。建物だけを残して人類が消え去ってしまったかのように、出歩いている人間は一人としていない。平日の昼、住宅街であるとはいえ、不自然なほどに人影がないのは、先ほど「戒厳封鎖令」が出されたからだった。

 軍から出されるこの命令は帝国民にとっては日常茶飯事のことで、定期的に行われる有事を想定した防空演習から突如発せられる軍事的な事由まで、理由は様々だ。地上にいるすべての人間は建物内や地下に避難し、カーテンや雨戸を閉めることが求められる。車やバスなどに乗っていても同様で、乗り物は路肩へ止めて建物内部に避難する。従わない者には平均月収程度の罰金が科され、悪質な場合は捕まることもある。この命令さえ出てしまえば、既死軍(キシグン)が白昼堂々行動するのも容易になる。

 ミヤは車を止め、助手席のシドに預けていた軍刀を受け取る。

「間取りは覚えてるな? 客が出入りするのは離れの個室四部屋のみ、今回加島がいるのは一番奥の菊の間だ。今回は一般人もいる。手筈通り頼む」

 三人がそれぞれ返事をして車を降りる。数分も歩かないうちに、今回の目的地である店に着いた。門構えからして普通の飲食店ではない。武家屋敷のような塀に、どっしりと構えた門があり、その左右には子どもほどもある提灯が掛けられている。その門は、普段は開け放たれているのだろうが、戒厳封鎖令のせいで閉じられている。塀を軽々と飛び越えたシドが内側から閂を開け三人を招き入れる。片側だけ開けられた扉を通り抜け、ミヤとシドは左側の従業員用の出入り口へ、ヤンとヒデは右側にある客人用の入り口へと進んだ。

 ヒデは自分が担当する大広間の前で足を止め、敷地内を見回す。独立した個室のほかに建っているのは従業員の控室や厨房がある建物だけだ。個室はそれぞれ客用の入り口から庭園を通って入る造りになっている。その帝国風の庭園は中心に池があり、光り輝く色鮮やかな鯉が悠々と泳いでいる。それに加えて、石でできた橋や灯篭が高級感を醸し出している。数時間後、いや、数分後にはこの庭も変わり果てた姿になるかもしれないと、ヒデは今のうちに美しい光景を目に焼き付けておくことにした。


 ミヤは無遠慮に従業員用の扉を開け、一斉に驚きの視線が集中する中、黒い本革に「帝国陸軍」と箔が押された身分証入れを見せる。

「帝国陸軍だ。現在、戒厳封鎖令が出ていることはご存知だろう。ご協力願う」

 ミヤとシドは有無を言わせず従業員を連れてヤンたちの後を追う。一番広い個室である入り口付近の宴会場に着くと、既にヤンによって数名しかいない客が集められていた。

「ご協力ありがとうございます。皆さんはこちらで待機をお願いします」

 訳も分からないまま軍人に連れて来られ、何事かと怯えた表情をしている従業員たちにヒデはにっこりと笑いかける。数名はその表情に安堵したようにも見えたが、室内の空気は張り詰めたままだ。加島たち以外は全員がここに集められ、ヒデはその監視が任務だ。ヤンからの無線で残った客や従業員がいないことを確認すると、ミヤとシドは部屋を後にした。

 一人残されたヒデは不安そうな客と従業員をぐるりと見回す。戒厳封鎖令自体は慣れているとはいえ、何の前触れもなく軍人が乗り込んで来るのは恐怖以外の何物でもないだろう。自分が何故今回この役に抜擢されたのかはケイやミヤに聞くまでもなかった。

「今回の軍事作戦に関して、一切の詮索は不要です。当然、口外することも禁止されています」

 ヒデはそう言うと左手で軍刀の鞘を強く握った。万が一のことがあれば、誰かが加勢に来るまで一人でこの数十人を守らなければならない。ケイが自分を一般人の監視役に選んだのは、ほかの三人よりも人に安心感を与えられるからだろう。その自負はあった。しかし、ケイの思惑はそれだけではないだろう。たった一人でも「万が一」を切り抜けられると判断してくれたに違いない。任命された以上は、やり遂げなければならないとヒデは言葉を続ける。

「ここで大人しくしてくだされば何も起こりません。僕が皆さんを守ります」

 自分に言い聞かせるように、ヒデは右手で柄を握った。


 店内の確認を一通り終えたヤンは無線で連絡を入れる。ミヤとシドが定位置に着くと、自分も移動して客用の出入り口に立った。この店から逃亡するには、この出入り口を通るか、塀を乗り越えるかのどちらかだ。塀の高さは成人男性よりも高く、道具がなければ、そう容易に登れるものではない。元軍人とはいえ、逃走経路としては選ばないだろう。

 自分の出番がないことが一番だが、最後の砦として配置された意味を今一度心に留めた。本音を言えば、今後見る機会のなさそうな戦うミヤを拝みたい気もする。方々から聞く風の噂をまとめると、恐らく既死軍(キシグン)どころか、帝国軍でも最強を誇るのだろう。それはあのシドが従順なまでにミヤに従っていることからも伝わってくる。

 いつでも抜刀できるように、柄に手を添える。刀は得意ではないが、宿家親(オヤ)であるゴハと散々木刀で戦い続けてきた。勝ったことは未だにないが、その成果が出せれば今まで負け続けた甲斐もあると言うものだ。

「今日で俺はお前より強くなるぞ、ゴハ」

 不敵に笑う宿家親(オヤ)が脳裏に浮かび、思い出すんじゃなかったとヤンは眉間にしわを寄せた。


 ミヤは部屋の外で静かに深呼吸をした。密偵をしていたルキの情報によれば、この不穏な会議に参加しているのは加島を含めて六人。先ほどちらりと厨房内を覗いた際に見えた「菊の間」用の料理は六人分だった。情報はどうやら正しいようだと心中でルキを褒める。この程度であればシドと二人で十分相手にできる人数だ。

 近くで身を潜めているシドに視線を投げかけ、無線で作戦開始を伝える。

 立ち上がったミヤは閉め切られていた障子を勢いよく開ける。障子が柱に当たり、木材の乾いた音が響き渡った。

「辞めた身とはいえ、一度は国防に捧げた人生。そんな気高き初心もお忘れのようで」

 驚いたように立ち上がり、目を見開いたのが加島だった。元軍人らしい、がっしりとした体躯をした五十代半ばの男だ。

 上座に座る加島はミヤからは離れている。その距離をミヤは一歩詰める。土足で畳に上がるのは何度やっても気後れするが、この状況でもそんなことが考えられる自分の冷静さを少し嘲笑する。その笑みは別の感情を乗せて表情を創り出す。

「ご無沙汰しております。加島さん。久方ぶりに畏苑(イエン)にお戻りになったと聞いて、馳せ参じました」

「お前は、縊朶(イシダ)大尉」

「おかげさまで、今は大佐です」

「出世頭か、それともただの依怙贔屓(えこひいき)か」

 歯ぎしりをするように加島は歯を食いしばる。軍人当時、ミヤ、もとい縊朶樹弥(イシダミキヤ)とは何度か会ったことがある。今は元帥となった葉山のお気に入りと陰で揶揄されていたことや、裏で何をしているかわからない恐ろしさも相まって、その時からいけ好かない男だと思っていた。それが今、敵として自分の目の前に現れた。

「これでも昇任試験の成績は優秀でした。今ここで実技試験と称して加島さんの首を刎ねてもいいんですが、上からは生きて裁判にかけるようにと言われているもので」

 気に入らない男が、気に入らない台詞を発するために淡々と口を動かしている。加島はスーツの懐に手を入れるが早いか、拳銃の引き金を引いた。しかし、それは時を同じくして弾き出された弾丸とぶつかって軌道を逸らされる。加島が思わず銃声の方を見ると、先ほどまでは姿が見えなかったが、同じく軍服を着た男が拳銃を構えていた。この男もミヤに似た気に入らない無表情だった。

「俺のこと、殺せるものなら殺してみてくださいよ」

 その声に加島は再びミヤに視線を向ける。その先では何の感情もない声が、何の感情もない顔で笑っていた。

 加島には、ただそれが不気味だった。


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